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第二話 僕の叔父さん、康お兄ちゃん その五~お祖父ちゃんのハフハフ~

前回の後書きで、「このあとの展開を楽しみにしていただけたら」

なんて書きましたけど、言うほど展開しているかと考えて、

冷や汗が出ました。どうでしたか? 展開してますか?

今話はどうでしょうか? 頑張って書いてはいるんですけど。


では、どうぞ。


「どうやら彼女とは違うみたいね」

 おかあさんはもうベテランスパイの眼差しだ。


 五分ほど歩いただろうか。

 歩きながら、僕はどうしてここがわかったのか、訊いた。

「お父さんに電話して訊いたのよ」

「姫たんが靴見てるときにな」

 お父さんは弁当の空容器をひと纏めにしたレジ袋を持ち換えて言った。


「お母さんとお祖父ちゃんはご飯、食べたの?」

 ふと気になって訊いてみたのだけど、答えより先に新情報が入ってきた。

「康お兄ちゃんの動きに変化ありだわよ」


 全員が注目した。

 康お兄ちゃんはリュックサックのなかに手を入れて、なにかを取り出そうとしている。

 上げた右の太ももにリュックサックを乗せてけんけんして、やっと見つけたようだ。

 遠くてよく見えないけど、なにかを握っているようだった。

 そうして立ち止まって、辺りを窺った。


 道路の反対側にいる僕たちはしゃがむことで止まっている車の陰に隠れられた。

 危険はないと判断したのだろう、康お兄ちゃんは壁に向かってなにかしている。

 その間に僕たちが横断歩道を渡ったため、康お兄ちゃんとの距離は一時百二十メートルほどになったのだけど、逆にそれが康お兄ちゃんに気付かれなくてすむ距離のようだった。

 取り出したなにかをリュックサックに仕舞った康お兄ちゃんは、またプラプラと歩き出した。

 僕たちは康お兄ちゃんがなにかしていた壁まで小走りした。


 期待はいい方向で裏切られた。

 なにかとんでもないことをやらかしている雰囲気を十二分に醸し出していた康お兄ちゃんがしたことは、ただ壁に貼られていたポスターの破れにセロテープを貼って補強しただけだった。

 真新しいセロテープは劣化したポスターには眩しすぎた。


 でも、僕たちは物足りなかった。

 その胸のもやもやを晴らしてくれたのは、お祖父ちゃんだった。


「たこ焼き、買ってきたぞ。お祖父ちゃんはな、この出来立て熱々のたこ焼きを、まったく熱がらずに食べることができるんじゃ」


 言うが早いか、お祖父ちゃんはたこ焼きを頬張った。

 ひと口噛んで

「ぶほああ」

 と叫んだ。

 そりゃそうだ。


 お祖父ちゃん、米寿を迎えて、リアクション芸に目覚める。

 熱いと言いながらハフハフしているお祖父ちゃんを見ていると、僕は可笑しくなった。

 みんなも笑った。

 一番ツボにはまっていたのは姫たんだった。


「お祖父ちゃん、それはそうなるだわよ」


 お腹を抱えた姫たんの笑い声が人目を(この場合は人耳を、か?)はばからずに響いたのだけど、康お兄ちゃんは気付くふうもなく歩いて行った。

 角を曲がる背中を見て、見失ってはいけないと、みんなでスパイを再開した。

 手で口を隠して声を抑えてはいたけど、姫たんはいつまでも笑っていた。

 子どもの笑顔はひとを幸せな気持ちにする。

 笑いが伝染して、僕もみんなもまた笑い出してしまった。


「いつまで笑ってるの、姫」

「だって面白いだわよ」


 そんなやり取りをしていると、康お兄ちゃんは通りを一本外れた道に進んだ。

 人通りが減るからスパイがしづらくなってしまう。

 慎重にいこうと心をそろえた。


 細身の女性から受け取った物がなんなのかもまだ定かではないし、康お兄ちゃんがどこに向かっているのかも、当然わからない。

 歩くペースは変わらなくて、七人の大所帯になった僕たちスパイは隠れるのに苦労した。


 暗くなってきたと気が付いてから速度を増して夜に向かっていった街のなかで、いくつかの灯りが道路にこぼれていたのだけど、そのなかのひとつに三、四歳くらいの女の子の姿があった。

 康お兄ちゃんは一旦足を止めて、忍び足でその女の子に近づいていった。


「康、それは洒落にならないぞ」


 お父さんは真顔になって言った。

 でも康お兄ちゃんはその女の子を、高い高いをするように持ち上げて抱っこした。


「康お兄ちゃん……」

 雪は口に手を当てた。

 次の瞬間。

「キャハハハハハ」


 と幼児特有の甲高い笑い声が聞こえてきた。

 どういうことだかわからなくて、僕たちが顔を見合わせて首を傾げていると、そのまま灯りのほうへ歩いて行って、どうやら建物のなかに入ったようだった。

 僕たちは恐る恐るといった足取りでその建物に近づいて、そしてお姉ちゃんがブロック塀から顔だけ出して覗き込んで、小声で説明してくれた。


「ここ……保育園みたい。康お兄ちゃんは、いま、なかで子どもと遊んでる。六十くらいの保育園の先生……、保育士さんみたいなひともいる。こどもはひとり、ふたり、さん、四人いる。なんか、顔なじみみたい。よかった。康お兄ちゃん、変質者みたいなことするんだもん」


 お姉ちゃんが首を引っ込めて、みんな代わる代わる顔を伸ばした。

 最後にお母さんが首を伸ばしているときに、不味いと思ってお母さんの服を引っ張った。

 コンビニの袋を持った、エプロンをしていてジーンズ姿でスニーカーを履いた、二十代半ばの女性、たぶんだが間違いなくこの保育園の関係者、保育士さんであろう女性が、僕たちを見て、

 なにしてるの、このひとたち? 

 という顔をしていたのだ。


振り向いて気が付いたお母さんの対応はとても見事なものだった。

「あら、すみません。義弟が入っていったものですから」

「ああ、小日向さんの」誤解が解けたようで、笑顔になった。

「はい。義理の姉です」


 それからその女性はお母さんに歩み寄って、僕たちの知らない康お兄ちゃんの話をしてくれた。

 この保育園の園長先生は康お兄ちゃんの友達の知り合いで、園長先生が人手不足のうえ資金不足で、最後の子のお母さんが迎えに来るまで、ボランティアで子どもの世話をしてくれるひとを探している、という話を聞いた康お兄ちゃんが、僕でよければと手を挙げたそうなのだ。


「わたしもこれから、子どもを預けてるんですけど、もう迎えに行かないといけない時間で。園長先生ひとりになっちゃうところだったんですけど、小日向さんが来てくれるおかげですごく助かってるんです。ほかのボランティアのみなさんも、小日向さんが見つけてくれたんですよ。子どもに人気があってすごく好かれてるし。ほら、また笑ってる。本当にありがとうございます」


 そういって頭を下げて保育園に帰っていくときに、お母さんが

「このことは内緒にしていただけますか?」

 とお願いして、女性はにっこりと肯いた。


 僕たちにスパイされているなんてまったく知らない康お兄ちゃんは、ニコニコしながら子どもと遊んでいた。

 スニーカーの保育士さんが来る前は追いかけっこ(両手を上げて子どもたちを追い回したり)をしていたし、いまは園長先生の弾くピアノ(オルガン?)に合わせて歌を歌っている。

 声が聞こえはしないが、顔を見れば子どもたちがケタケタと笑っているのがわかる。

 康お兄ちゃんも楽しそうに笑っていた。

 

 子どもを迎えに行くと言っていたスニーカーの保育士さんが出てきて、来たときはいつも終わりまで、最後の子のお母さんが迎えに来て園を閉めるまで、いてくださるんですよと言ってお辞儀をしてから駅のほうへと歩いて行った。


「しまった。最後の子のお母さんが迎えに来るのって何時ごろか訊きそびれた」

 お父さんが額に手を当てて後悔した。

「姫たんトイレに行きたいだわよ」

「我慢できない?」

 とお姉ちゃん。

「それほどでもないけど、我慢できなくなるぎりぎりになるまでトイレに行けないのは嫌だわよ」

「さっきのポスターの近くに、コンビニ、なかったですか?」

 と雪。

「あったね」

 とお姉ちゃん。

「じゃあ、わたしが連れてくわ。晩ご飯まだのままだだから、なんか食べたいし」

 とお母さんが言った。

「動きがあったらスマホで連絡するから、行ってきな」

 とお父さんはさっきから持ったままの弁当の空が入ったレジ袋をお母さんに無言で差し出した。

 おかあさんも無言で受け取って、もう片方の手で姫たんの手を引いてコンビニに向かった。


 お母さんがコンビニに行っている間に、四人が三人、三人がふたりに、そしてふたりがひとりになった。康お兄ちゃんは最後のひとりに絵本を読み聞かせていた。


「さすがに遅くないか?」

 とお父さん。

「なにが?」

 と僕。

「お母さんたち」

 とお父さん。

「なんかあったのかな?」

 と僕。

「ありえるね。もしかして、慌てて家、出たから財布忘れてきた、とか」

 と雪。

「お父さん、俺、ちょっと様子見てくる」

「おう。なんかあったら連絡する」

この話を書いていて、わたしの観ている番組だけがそうなのかもしれませんが、

リアクション芸を見る機会が極端に減ったような気がしました。

コンプライアンス! でも、いじめを助長するよりはずっといいですよね。

なくそういじめ! 増やそう笑顔!


では、また。

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