第二話 僕の叔父さん、康お兄ちゃん その二~陰でひそひそ~
この第二話は、言ってしまえばお姉ちゃんの
悪だくみから始まっています。
ひとのあとをつけるのは悪いことなので、マネはしないでください。
では、どうぞ。
「康お兄ちゃんが普段なにしてるのか、同じ家に住んでるのに、て言ってもお祖父ちゃんちとお父さんちで離れてるけど、俺たち、知らないじゃない」
お姉ちゃんが話を引き継いで
「休みの日は、いつも働いてる時間にはなにしてるのか? 起きてからの四時過ぎの外出ではなにをしてるのか? 仕事前に出かけるときはなにをしてるのか? 知りたくない?」
とお母さんに訊いた。
「なにそんな。駄目よ。ひとにはプライバシーってもんがあるのよ。ねえ、お父さん」
唐突に話を振られたお風呂上がりのお父さんは
「え、なに? なんの話?」
と目を丸くした。
「この子たち、康くんのプライベートを探ろうとしてるのよ」
とお母さんがここまでの会話を説明した。
「そりゃ駄目だ。子どものころ、何度も言っただろう? 自分がされて嫌なことは、ひとにしても、いけませんって」
「でもお父さん、興味湧かない? 康お兄ちゃんが普段なにしてるのか。もしかしたら、裏社会を牛耳るワルかもよ」
お姉ちゃんが煽る。
「康がそんなわけないだろ」
「もしかしたら、康お兄ちゃん、妖怪人間かもよ。闇に隠れて生きてるのかもよ」
「それは見てみたいけど、要するに尾行するってことだろ。それはやっぱり駄目だ」
「駄目だあ、駄目だあ、駄目駄目だあ」
「はい、お義父さん、もう寝ましょうね」
襖を勢いよく開けて陽気に歌いだしたお祖父ちゃんを、お母さんがお祖父ちゃんの部屋に連れて行った。
茶の間で、世界中にテーマパークがつくられていて、みんなが大好きなあの映画会社の傑作お姫様映画を夢中になって観ている(うっとりした声でかわいいだわよを連発している)姫たんには聞こえないように、食卓で麦茶を飲みながら、お父さんとお姉ちゃんと僕は話し合った。
雪も僕の隣にいたのだけど、なにも言わなかった。
でも尾行に反対なわけではない。
小学生のころ、探偵ごっことかいって知らないひとのあとつけたこと、誰にだってあるよね、楽しそう。と、むしろ乗り気だったくらいだ。
なにも言わなかったのは、この場合は、言いたいことを全部言われてしまったからだ。
雪はそんなに活発に発言するタイプではないのだ。
結局、お父さんもお母さんも参加の意思を示さず、でも僕と雪とお姉ちゃんが尾行するのは、洒落ですむ程度にするんだぞ、と不承不承と言った感じで認めてくれた。
お父さんは真面目だから、本当は嫌なんだろう。
お祖父ちゃんちからお父さんちに戻る前に、雪が
「もし変わったことがあったら、報告しますね」
と言った。
姫たんは不思議そうに雪の顔を見上げていたけど、 庭を歩いているときも、お父さんちのリビングでくつろいでいるときも、なにも言わなかった。
康お兄ちゃんが休みの日はお母さんが教えてくれるから、なおかつ僕らのスケジュールと合致する日を待って決行しよう、と確認して僕たちはサミットを終えた。
お姉ちゃんはサミットをこう締めくくった。
「麟、雪ちゃん。我が家最大のミステリーが、いま、あきらかになるのよ」
なんかもう
「イエス、クイーン」
てノリだった。
僕らのスケジュール、といっても、お姉ちゃんは日曜日しか休みを取れない(有給休暇を取ってまですることではないし、有給休暇を取る理由がスパイをするからっていうのもどうかと思うしね)から、必然、僕たちは康お兄ちゃんの休みが土曜日になるまで待つことになった。
僕と雪も平日は大学だし、うちが金持ちだからバイトもしてはいないけど、やっぱり時間に一番自由が利くのは日曜日なのだ。
その日、土曜日が休みかどうか教えてもらえる土曜日の朝は、ちょっとしたイベントになった。
康お兄ちゃんは毎日、次の日の朝の競争の有無を、前日の朝にコーヒーを飲みながらお母さんに話すのだ。
つまり、土曜日の夜八時から日曜日の朝五時までが、仕事なのかオフなのかを、土曜日の朝に知らせるのだ。
お姉ちゃんの仕事は多少の都合はつくらしいけど、迷惑をかけたくはないのは誰だって同じだから、お姉ちゃんは徹夜しても仕事に影響の出難い日を選んだのだ。
それが土曜日だ。
お母さんは康お兄ちゃんが休みかどうか、朝ご飯をつくるときに雪に知らせて、それを聞いた雪が、僕やお姉ちゃんと目を合わて、首を縦か横に振る、それが合図だ。
お姉ちゃん、僕、雪がスパイをすると決めてから最初の土曜日、首は横に振られた。
そうそう上手くいくわけがない。
でもショックではなかった。
その週は木曜日が休みだったので、今週はないな、と諦めていたのだ。
二度目の土曜日も、雪は首を横に振った。
それで助けられたのだ。
その土曜日の夜に、僕と雪は大学の友達とどうしても外せない約束をしていたから。
お姉ちゃんは、わたしはひとりでもやるわよ、と息巻いてきたのだが、これじゃあどうしようもない。
お姉ちゃんは最初の土曜日に、会社に言ってしばらく土曜日は三時にあがらせてもらえるように交渉してきた、と意志が固い。
ここ二回の土曜日は、姫たんの宿題を見て過ごした。
そうして三度目の土曜日の朝。
雪はお姉ちゃんを見てから僕を見て、首を縦に振った。
まさに三度目の正直。
その上康お兄ちゃんは
「今日は俺、用事があって外出るから、晩ご飯、いらないです」
とまで言ってくれた。
願ったり叶ったりというやつだ。
お姉ちゃんがにんまりした。
僕もつられてにんまりして、雪も笑顔を必死で隠しているところだった。
「なに? どうした、ふたりとも」
康お兄ちゃんが驚きながら笑って訊いてきた。
「なんでもないよ。ね」
「うん。なんでもない」
僕がお姉ちゃんに同意を求め、お姉ちゃんも知らんぷりをした。
「ただちょっとご飯粒がね」
「そう。麟のここに」
とお姉ちゃんは右の降格の辺りを指差した。
康お兄ちゃんはふうんと言ってそれ以上追及はせずに、ご飯をかっこんだ。
お姉ちゃんと僕と雪は目配せをして、肯き合った。
お姉ちゃんは同様に三時で仕事を上がった。
僕と雪は大学を途中で抜けて、三時半になる前にお父さんちのリビングでお姉ちゃんと合流した。
「さっき雪と話したんだけどさあ、もし康お兄ちゃんの移動手段が自転車だったらどうするの? 俺ら車? 走りじゃ無理だし」
「自転車なら車。歩きなら歩き。大丈夫、お姉ちゃん、週一でジム通ってるから」
お父さんちのリビングからは、お祖父ちゃんちの玄関から庭から車庫までが見渡せる。
お祖父ちゃんちから康お兄ちゃんが出てくるのを待つ間に、お洒落よりも機能性を重視した服に着替えた。
本格的なジョギング・ウエアとかではないけどね。
姫たんには、ママたちはちょっと用があるから、ばあばの言うことよく聞いて早くに寝るのよ、とお姉ちゃんが言うと、大丈夫、小学一年生はもうお姉ちゃんだわよ、ご飯の時間になったらお祖父ちゃんちに行くし、ひとりでだって眠れるわよ、心配はいらないだわよ、と胸を張って返された。
いまはリビングでスイッチョで遊んでいる。
姫たんは年齢よりもしっかりした子だ。
「出てきた」
最初に見つけたのは、雪だ。
「姫、じゃあママたちは出かけるけど、なにかあったらばあばに連絡するのよ」
「はいだわよ。行ってらっしゃいだわよ」
「よし、行くわよ」
イエス、クイーンとは言わなかったけれど、僕と雪はお姉ちゃんのあとについた。
さあさあ、次回からスパイが始まります。
知られざる康お兄ちゃんの秘密が、白日の下に…………なるのかならないのか?
いや、ならなきゃ物語として成立しないんですけどね。
小出しにしていきます。言っていいのかな? 悪いのかな? 駄目でしたか?
失敗だったとしても、ショー マスト ゴーズ オン!
頑張ります。今回もお読みくださりありがとうございます。
では、また。




