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こすぷれ。ぼーい  作者: 宮本双葉
第1章
3/3

僕もメイクするんですか?

結局、それから一時間くらいは待ったであろうか。

 僕はいい加減じっとしているのも飽きて、先輩のベッドの縁に背中を預けて床に座り、衣装を着たままスマホを開いてゲームに勤しんでいた。


「よーし。お待たせ駿くん」


 ようやく向こうの部屋から先輩の声が聞こえたので顔を上げると、遂に開かずのドアがゆっくりと開き始めた。


 中から出てきたのは、まずあざみ先輩。そして、その後ろからおずおずと続いてきたその姿に、僕は本当に無意識に、ぽつりと言葉が漏れ出たのだった。


「……可っ愛い……」


 群青色のゆったりとしたスカートと、身体にぴったりと寄り添ったブラウス。ヨーロッパの民族衣装をモチーフにした衣装を身にまとった咲は、黒色の長い後ろ髪を三つ編み一本にまとめて、それを肩から下ろしていた。

 胸元が開いたブラウスから見える鎖骨が妙に艶っぽい。それを恥ずかしそうに、咲の両腕が胸元を覆っていた。

 

 瞳はカラコンこそ付けてはいないものの、目元はばっちりとメイクされ、普段より何倍も大きく見える。

 唇は淡い色で覆われて艶やかに光り、白くきめ細かい肌が美しく煌めいていた。

 

 普段のメイクとは勝手が違うとあざみ先輩が言っていたが、確かに普段では濃いメイクと見られて、街中では浮いてしまうのかもしれない。

 だが、コスプレとしてそれを見たときに、違和感は全く感じなかった。

 はっきりとした顔立ちが二次元性を呼び起こして、よりキャラクターに近いように思わせるのかもしれない。

 

 あざみ先輩はやりきったような清々しい表情を浮かべて、咲を品評した。


「咲ちゃんは可愛いってずっと思ってたけど、やっぱり実際に着せてみると色気を感じるわね。正直コスプレイヤーとしてめちゃくちゃ素質あるんじゃない?」


 目元の工夫はこうで、とかリップの配色はどうで、とか、カラコン付ければさらに、とか、あざみ先輩は彼女に施した工夫を誰に話すでもなく一人くどくどと語り始めたが、ちょっと正直、こっちはそれどころではない。


 咲は、いつもの元気さだとか、僕を手のひらで転がすような余裕な感じとかは何処へやら、随分と恥ずかしそうに顔を俯かせ、メイクの上からも分かるくらいに顔を真っ赤にしていた。


「ちょ、駿。恥ずかしいからあんまじろじろ見ないで」


 彼女はいつもの「しゅんぴ」呼びさえする余裕もなくて、僕の視線を弾くように腕を前に出してぶんぶんと振るが、そんな彼女の行動自体が無性に愛らしい。

 

 これは、かなり、とても、すごく良い。良い。


「さ、次は駿くんの番だね」


 唐突に名前を呼ばれたので、僕ははっと我に返った。だが、結局何が僕の番なのか少しの間出てこなくて、軽く首を傾げていた。


「駿くんはもう衣装着てみたんだね。鏡で見てどうだった?」


 そこまで言われて、ようやく僕は今日自分もコスプレすることを思い出した。

 同時に、先ほどの鏡の前での惨事を思い出して、僕は心が痛くなった。


「正直、思ってたのとは違うなあ、と……。冴えない芸人みたいで」


 苦虫を潰したような顔で正直に告白すると、あざみ先輩は大袈裟に笑って、それはそうだよと言った。


「三次元が二次元になるには、メイクがやっぱり大事なのよ。次は駿くんの顔をメイクするから、部屋に入って」

「え、僕もメイクするんですか!?」


 驚いてそう返した僕に、あざみ先輩は当然と答えた。


「メイクも含めてコスプレデビューよ。さっき『コスプレのメイクの仕方を教える』って言ったじゃん」

「コスプレどころか普通のメイクも経験ないですよ……」


 メイクなんてしたこともなければ、誰かがしているのを見たことすらなかった。何があって何を使ってどこをどういじればいいのか、てんで検討がつかない。


 メイクの思い出というと、まだ幼稚園生だった頃の記憶がおぼろげに呼び起こされる。

 母の秘蔵の口紅を見つけ出してお絵描きをしていたところ、それを見つけた母が膝から崩れ落ちて絶叫していたのだけは憶えている。


 裏を返せば、幼稚園まで遡らないと、僕とメイクの関係なんてない。


「男の子と女の子では、コスプレまでの壁がそこで一つ違うかもね。ほとんどの男の子は、メイクのいろはを憶えることから始めなきゃいけないから」


 でも安心して、と言葉を添えてあざみ先輩は僕に可愛くウィンクしてみせた。


「今日は私がメイクしてあげるから。駿くんは、どういう流れでメイクしていくのだけ、何となく憶えて帰ってくれればいいよ」


 さ、部屋に入ってとあざみ先輩に誘導されて、先ほどのコスプレ部屋へと再び入室した。

 部屋の中にあった机には、既に咲に使ったであろうメイク道具が並べられている。

 薬局でなんとなく見るものや、初めてみるようなものも様々で、僕は目をぱちぱちと大袈裟に瞬きして、入ってくる情報の多さを何とか飲み込もうと頑張った。


 机の前に置かれた椅子におっかなびっくり座ると、後ろのあざみ先輩がぷっと吹き出した。


「何その座り方。借りてきた猫みたいな」

「初めてのものが多すぎて、脳のキャパが限界に近いです」

「緊張すると礼儀正しくなるの?面白いね」


 そう言われると、なんだか僕は自分の態度が恥ずかしくなってきて、より一層縮こまってしまった。


「じゃあ、始めよっか」


 あざみ先輩は手始めに、と言葉を添えて、机の隅に置いてあった、糸くずに見えるなにかを僕に手渡した。


「まずこれ。ウィッグネットを被ってみましょう」

「ウィッグネット……ですか?」


 早速聞き慣れない単語を耳にして、僕は思わず聞き返した。

 手渡されたそれを解いてみると、確かに言葉通り、それは目の粗いネットでできた帽子のような形をしていた。引っ張ってみると、よく伸び縮みする素材でできている。


「ウィッグを被るときに、地毛が出ちゃうと不自然に見えちゃうでしょ。だから、髪の毛を先にこのネットの中に仕舞うようにして被って、地毛が見えないように隠しちゃうの」


「地毛を……。あ」


 先ほど鏡に立った自分の滑稽な姿を思い起こして、ようやく僕はこのウィッグネットなるものの役割の本質に気づいた。

 適当に被ったウィッグの端から、にょきにょきと飛び出していた自分の地毛は、これで隠すことができるのだ。

 

 まずはウィッグネットを頭から被り、そのまま一度、顔の下まで引き下ろす。

 それから、髪の毛を巻き込むようにして、ウィッグネットを徐々に引き上げていって、髪の毛の生え際まで戻して、帽子を被ったような形にする。

 あとは、あぶれた髪の毛をネットにしまえば完成だ。僕の髪の毛は網の中に綺麗に収納された。


「完璧ね。そしたら次」


 そう言ってあざみ先輩は、机の上から小さなプラスチック製のボトルを手にとった。蓋を開けて瓶の中身を手のひらにあけていく。


「いよいよメイクを始めるね。少し冷たいよ」


 先輩はそう言うと、液体で濡れた手でそのまま、僕の頬を触ってきた。小さくて柔らかい手の感触に、僕はびくりと肩を震わせた。


「あ、ごめん。やっぱり冷たかった?」

「あ、や、や、大丈夫っす」


 手のひらから伝わったぞくりとした感触をどうにか誤魔化そうとして、逆にわざとらしい反応になってしまう。 先輩も深くは取り合わず、そっかとだけ呟いてメイクを続けていく。


 頬、顎、おでこ、目の周りなど、優しく先輩の手が僕の顔を撫でていく。手の軌跡に残った液体は少しひんやりとしていて、心地よい感触がしばらく残った。


 先輩は次々に僕の肌に色々なものを塗り足していった。

 粉だったり液だったりを丁寧に塗り足していくので、自分の顔が今どうなっているのか、果たして検討もつかなかい。

 ひょっとしたら、マーブル色の顔面になっているかもしれない。


 肌はどうやら一通り終わったようで、次にあざみ先輩が取り掛かったのは目の周りだった。

 まず先輩は、絵の具のパレットのように、様々な色の塗料が嵌め込まれている板を手にとって、そこから数色を選んで、指にとって僕のまぶたに塗り込んでいった。


 細かい違いの色をいくつも重ねて塗り込んでみたり、ときどきブラシを取り出して色味をならしてみたり、細かく細かく僕の目の周りを指で擦っていく。

 その後も、細い筆で僕のまぶたの縁をなぞったり、ブラシでまつ毛を撫で回したりと、明らかに目元に対して気合が入っているのを感じた。


「目元、すごく丁寧にやるんですね」


 僕の感想と質問を混ぜ込んだような言葉に、先輩は頷いた。


「そうよ。第一印象は目で決まるからね。二次元負けしない、パワーのあるアイメイクにしてるから」


 アニメ負けしない目、という言葉に、僕は妙に納得した。

 考えてみればコスプレというのは、目の大きさが顔の半分もあるようなキャラクターになりきる必要もあるはずだ。僕ら現実側の人間のナチュラルメイク如きでは、成す術もなくやられてしまうということか。


 目元の調整に二十分ほど使っただろうか。

 その後は、大小様々なブラシで僕の眉や鼻や頬を撫で回していった後、最後は唇を潤わすために、クリームを塗り込まれる作業だった。

 先輩が僕の唇を直接指で触れてクリームを塗ると、唇にぞわぞわとした感触が広がってくる。

 だけど身震いするとメイクが崩れてしまいそうで、僕はお尻に力を入れて必死に耐えた。


 無事に顔のメイクが全て終了し、改めてウィッグネットの上からウィッグを被る。

 ウィッグネットが髪の毛を全て抱えてくれているので、今度は地毛がはみ出た様子もない。


 あざみ先輩は最後の微調整を顔の随所に施した後、僕の顔を色んな角度から見回して、やがて最後に大きく頷いた。

 そして、そのまま僕を椅子から立ち上がらせて、部屋に置いてある全身鏡の前に連れて行った。


「さ、アルセーヌ・ルパンの降臨です。どうぞ!」


 僕の全身が鏡に映し出される。その変わり様に、僕は息を呑んだ。


 肌のニキビや黒子が全て消えていて、透き通った白色が顔中に広がっていた。

 まるで陶器みたいな肌とよく褒め言葉で耳にするが、今日初めて意味を理解した。

 鼻は自分のものかと疑わしくなるくらいに高く鋭くなって、淡麗な顔立ちを印象付けている。


 極め付けは目だった。普段鏡の前で目にする自分の目よりも格段に大きい。二倍に膨れ上がっているんじゃないかと思うほどだ。形も美しく、釣り上がって整えられた目じりが男らしさを演出していた。

 眉は白色に染められており、目尻にかけてキリッと上がる男眉に変身していた。


 先ほど鏡で見たように、地毛があちこちから生え出しているような不様な姿はどこにもない。

 頭部からは美しい銀髪が生えそろっていて、その頂上には活かしたシルクハットが少し歌舞いて乗っていた。

 ウィッグが素晴らしい出来なのは既に分かっているが、自分の頭にしっかりと収まった形で見ると、その完成度の高さが一層際立った。


 ルパンだ。アルセーヌ・ルパンだった。

 先ほど洗面台の前で見た、素人芸人はどこにもいなかった。二次元が、次元の壁を破って遂に僕に手を差し伸べた。


「これ、本当に僕ですか?」


 恐る恐る僕はそう呟いた。

 鏡が巨大なモニターになっていて、全くの別人が映っているドッキリだと明かされても、僕はそうだったのかと納得するだろう。


 しかし、あざみ先輩が僕の隣に並ぶと、鏡の中のルパンの隣には、先輩が並んで映っているのだった。


「このルパンは、正真正銘駿くんだよ」


 鏡の中の先輩が僕にそう囁いた。


 僕は恐る恐る、鏡の前で自分の体を動かしてみる。

 鏡の中のルパンは、僕の動きを寸分違わず、左右対称に真似してきた。

 僕は鏡に顔を近づけると、ふるふると顔を動かして、鏡の顔をまじまじと観察してみる。すると、左のうなじのすぐ下に、消しきれなかった小さなほくろを見つけた。

 これは正真正銘、僕のほくろだ。本当に目の前のルパンが自分の姿だという実感が、急に込み上げてきた。


「本当に、僕なんですね。これ……」

「だからそう言ってるじゃない」


 あざみ先輩は呆れたように笑った。

 そして、鏡の前から目を離せない僕にそっと寄り添って、にやりと笑って言った。


「ね、コスプレってすごいでしょ」


 その言葉に、僕は素直に頷いた。

 これは、とんでもない魔法だ。さながら僕は、魔法にかけられたシンデレラだった。


 僕はあざみ先輩に連れられて、ついに部屋のドアを開けて、咲の待つリビングへと戻っていった。

 先輩に続いて部屋に入ると、ベッドに浅く腰掛けて、スマホを片手に自撮りに勤しんでいる現代的なスノゥホワイトがいた。


「咲ちゃんお待たせ。駿くんのメイクも終わったよ」


 あざみがそう声をかけると、ぱっと顔をあげた白雪姫と目が合った。

 お互いしばらく無言のまま見つめ合った後、彼女の顔がみるみると紅潮していくのが僕には分かった。

 パッチリとメイクされた瞳を目一杯に開いて、今にも爆発して花火が飛び散りそうな表情だ。


「カッコいいー!ちょ、ちょっと、ルパンまんまじゃん!」


 咲は勢いよく立ち上がって、僕の元へと駆け寄ってくる。

 まじまじと僕の全身を舐め回すように咲の視線が刺さるのを強く感じて、僕はたちまち顔が真っ赤になっていった。先ほどの咲と全く同じではないか。


「ちょ……。あんまりじろじろ見るなって」


 数十分前の咲と全く同じことを僕は言って、全身を視姦せんとする咲の目を何とか遮ろうと、僕は腕を振った。

 咲は全くお構いなしに僕の周りをくるくると回って、全身をくまなく観察した後に、今度は手に持っていたスマホを構えて、あろうことか僕のことを撮り始めたではないか。


「と、撮るなって、おい!」


 僕は咲のスマホカメラのレンズを塞ごうと手を伸ばすが、ひょいと引いて交わされて、その瞬間にパシャリ。まんまと一枚撮られてしまった。


「良いじゃん。どうせコスプレなんて、撮影してなんぼなんでしょ?どうせこの後いくらでも自撮りとかするんだから」

「そりゃそうだけど、心の準備ってものがさあ!」


 スマホを取り上げて写真を消去すべく彼女に飛び掛かったが、咲はするりとかわして逃げ回る。

 ドタバタとじゃれあいが大きくなってきたところ、あざみ先輩が手を鳴らして僕たちを止めた。


「ちょいちょい。一応マンションなんだから、静かにしなさい」


 僕と咲は二人揃って縮こまって、すみませんと謝った。


 結果、盗撮された写真はうやむやになってしまったが、咲が言った通り、その後は先輩のリビングでミニ撮影会の運びとなったので、最初の一枚などどうでもよくなったのは確かだった。


  *


「それじゃ、今日はありがとうございました。あざみ先輩!」


 玄関越しに僕と咲は並んで、咲が代表してそう挨拶した。

 あざみ先輩はひらひらと手を振って答えた。


「私も楽しかったわよ。気をつけて帰ってね。衣装は早めにハンガーにかけて保管すること。シワになるから」


 はい、と元気よく答える咲の胸には、紙袋に入った先ほどの衣装が大事そうに推し抱かれていた。

 当然、僕の手元にも同じように袋がある。衣装に加えてウィッグも入っている袋は、随分と大きいものだった。


 先輩にドアの隙間から見送られながら、僕たちはエレベーターに乗りマンションを後にした。


 衣装の入った紙袋を抱えながら、僕たちは並んで駅の方へと歩いていった。

 日曜日だというのに、制服を来た高校生たちが何人も早足に僕たちの横をすり抜けていった。

 皆楽器ケースを持っているので、吹奏楽部の休日練習だろうか。


 隣を歩く咲をちらりと横目で覗くと、無作法にも歩きスマホで何やらタタタタと画面を弄っていた。

 上背からそれをちらっと覗き込んでみると、それはツイッターの画面だったのだが、そこに映っているアカウントは僕が知っている咲のツイッターのアカウントではなかった。


「ちょっと、人の画面覗き込まないでよ」


 僕の視線に気づいた咲が、慌ててスマホをぎゅっと胸に押し当てて僕をじろりと睨みつける。

 僕はそれよりも正体不明のアカウントの正体が知りたくて、構わずに問いかけた。


「そのアカウント、僕知らないんだけど何?」


 もしかしたら、自分の知らない彼女の裏アカを見つけてしまったかのかもしれないと、冷や汗がこっそりと背中を流れていったが、彼女はあっさりとその正体を教えてくれた。


「あ、これね。あざみ先輩に勧められて、コスプレ活動用のアカウント作ってたの」


 改めて見せられた画面には、僕の知らないアカウントが一つ。

 『さくやこのはな』と銘打たれたそのアカのプロフィール画面には、先ほど先輩の自宅で撮影したスノゥホワイトの写真が入れられていた。


 既に一件だけ投稿もされていて、それにはプロフィール画面に使ったものと同じ写真が添えられていた。


『コスプレイヤー初心者のアカウントです!ノベコレのスノゥホワイトのコスしてみました!』


「身内のアカウントだと身元特定とかされやすいから、コスプレ用にアカウント分けとくのが良いんだって。しゅんぴもそうしたら?」


 まるで芸能人みたいな理由に僕は「はあ」と相槌を打つことしかできなかった。

 身元特定を怖がる割には、顔をネットに曝け出すことについては躊躇わないことが、何だか滑稽なように感じた。


 ネット黎明期に生を受けて、インターネットの発展とともに育ってきた僕は、ネットに顔を晒すことの恐ろしさについて散々教わってきた。

 顔だって個人情報で、調べれば個人特定につながり、個人名、年齢、住所、学校が暴かれていき、最後には自宅に頼んでもいないピザがいたずらで何枚も届くのだ。 


 食べたくもないピザに代金を払うのなんてまっぴらごめんな僕は、咲の問いかけにやんわりと首を振った。


「僕は別に作らなくても良いかなあ」

「なんで?コスプレ楽しくなかった?」

「いや別にそう言う訳じゃ……」


 そこまで言いかけて気づいたが、僕の方を覗き込む咲の顔はあまり晴れやかではなかった。

 先ほどまで見せていた満足げな表情はさっぱりと消えていて、代わりに困ったような目線と、固くなった口元で、僕の方をじっと見つめていた。


「結構強引に誘っちゃったかなって思って。興味ないのに彼女に付き合わされたって感じだったら、ちゃんと謝っておこうと、思って……」


 バツの悪そうな口調でそう口にされて、僕はぐっと言葉に詰まってしまう。

 コスプレが楽しかったことと、SNSに顔を晒すことはまた別問題だと言い返したくなるのだが、そのしおらしい顔を見ていると、何だかそんな気力もなくなってしまう。


 しまいに僕はとうとうがっくりと首を折って、黙ってスマホをポケットから取り出した。

 ツイッターを開いてアカウント開設の手続きをしていき、最後に本名の駿から捩った『しゅ〜』という適当な名前を銘打ったアカウント画面を突きつけるように咲に見せてやった。


「ほら、これでいいだろ」


 すると咲は、先ほどのバツの悪そうな表情などすっかり奥に仕舞い込んで、晴れやかな表情で僕の手を取って腕に抱きついてきたのだった。


「さすがしゅんぴ。そういう思い切りの良いとこ好きだよ」


 特段思いきりの良いところをこれまで見せたつもりもないので、適当に持ち上げられているだけだと分かっているのだが、彼女に腕に抱きつかれて悪い気になる男などもおるまい。僕は何も言わずにおいた。


 それにしてもと、僕は先ほどの彼女のコスプレ写真を思い出す。

 改めて写真を見ても、咲のコスプレ姿の可愛さを再認識できた。

 メイクによって増強されたぱっちりとした両目が上目遣いにこちらを見つめてきている。

 さらさらの黒髪が清純さを強調し、うっすらと微笑みを讃えて唇は湿っぽく潤っていて、まあ言葉を濁さずに率直に純粋無垢に誤解を恐れずに表現するならシンプルにエロかった。


 むくむくと情動が起き上がってきそうな頃合いに、まるで見計らっていたかのように咲がそう言えばと前置いて口を開いた。


「分かってると思うけど、コスプレしてエッチするなんて駄目だからね」


 完全に心中を見破られたような言葉に、僕はその場でつまずきそうになった。

 心臓がありえないくらい素早く脈打ち始めたが、それを咲に悟られた途端に取り返しのつかないことになりそうで、必死に落ち着きを取り戻そうと努めた。


「コスプレするならキャラ愛は大事にしないと。エッチで汚すのなんて言語道断だから!」


 咲はさぞ偉そうな口ぶりでそう語るが、君がこっそり集めているBL同人誌たちは良いんですか!?と絶叫したくなった。

 ただし、それを口にしたが最後そのままボロが出そうなので、僕はじっと唇を噛んで堪えた。

 何とか声を絞り出して「当然」と答えたはいいものの、それが僕にとっての限界だった。


 帰ったらこっそり一人で致そう。そう心の中だけで固く誓い、その日は咲とは解散となった。


 すっかりそのことで頭が一杯になっていた僕が、紙袋に入った衣装を言いつけ通りハンガーに掛けるのを忘れていたことに気づいたのは、すっかりコトも終わって翌日になってのことだった。


 とまあ、こんな感じで、僕はコスプレというものを始めてみることになったのだった。

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