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第8話 妹の本音

 その後。俺は井戸水を汲み直して運ぶのを手伝った流れでレインの部屋に案内されていた。俺がレインの傍にいる。そのための打ち合わせの必要があったからだ。と、その前に……。


「よいしょっと」


「い、いきなり何をするんだ! 」


 俺の目の前で脱ぎだしたレインに慌てて手で顔を覆う俺。しかし、当の本人はきょとんとした調子で


「ん?  何か問題でも?  井戸水を零してびちゃびちゃになったままの服でスノウのお世話をするわけにいかないでしょ」


と言ってくる。


「それはそうだけど……俺って男だぞ。本当に付き合ってもいない男の前で着替えるって言うのは」


「私は別に気にしないわよ。あ、でもスノウの着替えや入浴をのぞき見したら、あんたのことを即刻で殺すから」


 いきなり人が変わったようにガラの悪いことを言い出すレイン。


「のぞき見なんてするわけないだろ。それ以前に、そういう所だよ」


「え? 」


「だからな……自分の着替えを異性に見られてもいいとか思うなよ。そういう所も、自分のことをもっと大事にしろ」


 ビシッとレインのことを指さす俺。そうすると当然、俺の顔を覆っていた物がなくなるわけで……。


 シンプルな黒の下着に包まれたレインの控えめな胸が俺の視界に飛び込んでくる。それを視認した瞬間。


「ぎゃぁぁぁぁ! 」


 俺は叫び声を上げながらレインの部屋を出た。




 閑話休題。


 無事に俺のいないところで新しいメイド服に着替え終わった俺とレインは今後について簡単に打合せをした。その結果、スノウの前では毎日1回以上は恋人の振りを見せつけることの他、レインが今は一手に引き受けている家事を俺が分担すること、その関係で俺もこの屋敷に済ませることを無理やり同意させた。


「でもやっぱ不安だな。井戸水を汲む時だって毒を混入されないか、ひやひやしてたんだもん」


「そんなことするわけないだろ。というか毒なんて持ってきてないよ。それよりも、1人で家事を全てやる方が無理ゲーだろ。この10年間ずっと1人でやってたのか?」


「ううん。スノウが5歳の時、つまり今から5年前から2人暮らしを始めたから、その時から。見てもらったとおり、スノウは足があんな調子だから私が家事をしなくちゃいけなかったの。これでも、はじめたばかりの時よりも上達したんだよ。魔法も殆ど使わなくてよくなったし!」


「魔法を使って楽になるくらいなら使えばいいのに。使ったところで、レインの場合は大聖女だから無尽蔵に魔力があるし、便利な魔法も沢山使えるんだろ」


 何気なく言ってしまってから後悔する。俺の台詞に、明らかにレインの顔が曇った。


「……魔法は、なるべくスノウのためにしか使わないって決めてるから。だから、私が楽になるためだけに使っていいものじゃないの」


 そう語るレインの横顔は少しだけ憂い気だった。


「ということは……教会の要請に応じて魔法を使うことを拒んでいるのも、そして人魔大戦で聖女としての務めを果たさなかったのも"スノウのため"じゃないからか」


「うん。――見損なった? 妹のためにしか魔法を使わない、自分勝手な私のことを」


 そう言って自虐したように笑うレインに対し、俺はゆっくりと首を横に振る。


「そんなことで今更見損なったりするかよ。どれだけ信じてもらえるかわからないけれど――少なくとも今の俺は――レインに無理に王国のために聖女の力を使ってほしいなんて思わないし、それを強要したいとも思わない。ただ、もう少し自分のために力を使ってほしいかな、とは思うけれど、それも今すぐという気はないよ」


 そんな俺のことをレインは不思議そうに見つめてくる。そこで一言。


「ケインって、やっぱり変わってる」


「言ってろ」


 そう投げやりに答えつつも、こんなやり取りが段々と自然になってきているのが俺には少し嬉しかった。



「それでなんだけどさ、その……スノウへの挨拶ってどうしようか」


 いきなり話題を転換してくるレイン。そんな彼女はらしくもなく顔を赤らめてもじもじしている。そんなレインは年上ながらいじらしい。


「そんなの普通でいいんじゃないのか」


 何気なしに俺が答えるといきなりレインは怒りだす。


「その普通がわからないから言ってるんでしょ! 私の場合、巻き戻す前の世界で恋人がいたわけじゃないし、そう言うのがよくわからなくて。恋人ならききききききキスとか普通にしたらいいのかな」


「そこまで動揺しているレインに接吻ができるとも思えないし、これみよがしに他人の前でするようなことでもないだろ」


「そ、そうなの? 」


「少なくとも俺と俺の家内はあんまりそんなことしなかったぞ。まあ見合い結婚だったからそういう過程が要らなかった、って言うのはあるけど」


 俺の返答にレインは驚愕の表情をしていた。


「見合い結婚!? 信じられない。そんな、お付き合いって本当は互いに好き同士だからするものじゃ……」


「どれだけ頭の中お花畑なんだよ。田舎だとお見合い結婚が普通だよ」


「そんな……」


 現実を突きつけられがっくりとうなだれるレイン。表情豊かだな、こいつ。そう微笑ましく思っていると


「うふふふふ」


 唐突に誰かの笑い声が乱入してくる。振り返ると入口の所には車椅子の少女――スノウがいた。その姿に俺はドキリ、とする。見られているところによっては、俺とレインが恋人じゃないことが早くもスノウにばれてしまったのではないかな、と思ったから。でも、その不安はすぐに消えた。


「お姉ちゃんと彼氏さんってほんと仲いいんだね」


 そう言ってニコニコし出すスノウ。そんな彼女は年相応に色恋沙汰で騒ぎ立てる小さな女の子に過ぎなかった。


「スノウ! いつからそこに……」


「えーと、お姉ちゃんが自分からキスとか口にしておきながら自爆していたところからかな? 初心なカップル、っていう感じでかわいい」


 スノウの言葉にぽっと顔を赤くするレイン。


「そんなことよりも! そろそろお昼ご飯作ってくるわね」


 誤魔化すようにそう言ったレインはこの場から逃げるようにキッチンに向かっていった。それを、俺とスノウはあえて追うことはしなかった。




 2人きりになった途端。


「ケインさん、ちょっといいですか」


 いきなりスノウが口を開く。その口調はこれまでのタメ口から丁寧語に代わり、声音も少し大人びた低いものになっている。さっきまではあくまで身内に対して話していたことを加味しても、人が変わったかのようなスノウの変化に、俺の体は強張らざるを得ない。


 そんな様子がにじみ出てしまっていたのだろう。あはははは、とスノウは作り笑いを漏らす。


「まあ驚きますよね、お姉ちゃんの前で猫を被っているわたししか知らない人が、いきなりわたしの本性を見たら。でも、こっちが今の本当の私なんです。お姉ちゃんの前では、年齢よりもだいぶ幼く振舞っているだけで。そうじゃないと、お姉ちゃんが壊れちゃうから」


 レインが壊れる。その穏やかじゃない言葉に俺はぎょっとしてしまう。


 対してスノウは遠いところを見るように目を細めて話しはじめる。


「昔はわたしとお姉ちゃんは普通の姉妹だったんです。お姉ちゃんはやっぱりお姉ちゃんだからわたしのことを気遣ってくれたし、わたしもお姉ちゃんに甘えることが多かったけれど、年相応の範疇だった。でも5年前のあの日を境に、わたし達の関係は歪んでしまった。


 わたしの下半身が動かなくなり、怖い聖職者が来てわたし達がこれまで育った家からこの教会への引っ越しを余儀なくされたあの日の晩。お姉ちゃんは「私のせいでごめんね」って何度も何度も泣きながらわたしに何度も謝りました。お姉ちゃんが悪いことなんて何もないはずなのに。


 それ以来、お姉ちゃんはわたしに対して過剰なほど過保護になりました。最初はわたしの足が不自由になった上、環境の変化が大きかったから気を遣ってくれているのかな、と思ってました。でも、お姉ちゃんはわたしのお世話をすることだけが生きがいのようになってしまって、自分を顧みなくなっちゃった。


 お姉ちゃんが無理しているのはすぐに分かりました。でも、わたしがおねえちゃんにできることなんて何もなかった。それどころか、お姉ちゃんの過保護の対象で居続けなければお姉ちゃんの心の支えが無くなってしまいかねなかった。でも、このままでいいわけがない。だから、わたしは協力者を探していたんです。わたしではできない方法で、本当の意味でお姉ちゃんを支えてくれる人を。だから、お姉ちゃんの恋人が見たい、なんていう我が儘をわたしはお姉ちゃんに言ってみたんです。そして、紆余曲折はあったけれど、ケインさん、あなたがその役を引き受けてくれた」


 そこでスノウは深々と頭を下げる。


「だからケインさん。――巻き込んでしまって本当に申し訳ないんですが、どうか、わたしと協力してお姉ちゃんのことを救ってあげてくれませんか?」


 いきなり10歳の少女に頭を下げられて俺は正直戸惑っていた。


 でも、考えてみるとスノウの話はすとんと腑に落ちた。全く想定外とはいえ、スノウも俺と目指しているところは同じなんだ。そう思うと、自然と笑みが零れてしまった。


「――お義兄ちゃん、もしくはお義兄さん、だろ」


「え?」


 俺の言葉にぽかんとするスノウ。そんな反応をされると自分の台詞が恥ずかしくなって、俺は開き直って続ける。


「だから! 俺がスノウのお姉さんと恋人になるなら俺の呼び方はお兄さんだろ、って言ってるんだよ。――俺だってレインのことを救いたい。その思いは同じだ」


 そんな俺の言葉にスノウは最初は戸惑っているようだった。でも時期に小さくはにかんで


「うん、そうですね、"お義兄さん"」


と小さく呟いた。

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