第7話 偽りのカップル
「騒がしいなぁ、お姉ちゃん」
その声に俺とレインは身を震わせる。
玄関の戸口が開いて出てきたのは車椅子に腰かけた10歳前後の少女だった。レインと同じ鮮やかなピンク色の髪をツインテールにまとめており、右目は深い碧・左目は金色のオッドアイ。その顔立ちにはどことなくレインの面影が見える。
「スノウ……外に出ないでってお願いしてるのに何で出てきちゃったのよ! 」
スノウと呼ばれた10代前後の少女は既に姉の叱責を聞いてなかった。
俺のことを視認するなりいきなり目を輝かせたかと思うと
「お姉ちゃん! このイケメンが前に言ってたお姉ちゃんの彼氏さんだね! 呼んでるなら早く言ってくれれば良かったのに……」
「「は? 」」
綺麗に俺とレインの言葉が重なったと感じたのは一瞬だった。
次の瞬間レインは態度を180度変えて俺の右腕に自分の左腕を絡ませてくる。そして。
「そう、この人が前に紹介した私の彼氏―――ケインよ」
はぁ? という喉まで出かかった疑念の言葉を俺は慌てて飲み込む。組まれているレインの腕は汗ばんでいた。至近距離にいるからレインのうるさいくらいの鼓動を感じる。これは別に本当に恋心があって俺にドキドキしてくれているわけじゃない。――俺のことが怖くて仕方ないのに、妹の前で恋人とのラブラブを見せつけようと無理してるんだ。それをわかってしまうと、レインの努力を無駄にするのは野暮に思えた。
「あとでちゃんと紹介するから、今は一旦お家の中に戻りなさい」
「はーい! 」
元気よく返事して家の中に戻っていくスノウ。
2人きりになった途端レインが組んでいた腕を離すのは早かった。
「その……ごめんね、勝手につき合わせちゃって」
そう言いながら俺のことを見るレインの瞳は揺れていた。俺に対する恐怖はまだ残っている。けれども、その場の思い付きの妄言に巻き込んでしまった申し訳なさも同時に感じている。そんな感情が入り混じっているような複雑な瞳だった。
「別にいいよ。今のところ実害があるわけではないからな。今のが前に言ってた妹さんか? 」
俺の問いにレインは静かにうなづく。
「そしてその……あそこまで見栄を張っちゃった以上、数日でいいからスノウ――私の妹の前だけでも彼氏役をしてくれると嬉しいな、なんて……流石に都合良すぎるよね」
段々と弱弱しくなるレインの言葉。彼女自身も自分の言葉に悩んでいるのがありありとわかった。
「彼氏、か」
言葉に出した途端、妻子の姿が脳裏を掠める。ほんの数日前までは当たり前だった存在。そんな2人を、いつか取り戻せると信じて疑ってなかったから最初、俺はレインの申し出をちゃんと受け止めようとすることすら拒絶した。
でも、今は状況が全然違う。アンナたちの協力を断った今、俺が元の妻子と出会える可能性は限りなく低い。俺はこれから独りぼっち。だとしたら、俺の側としては無理に彼氏の”振り”をすることを嫌がる理由は、俺としてはない気もしてくる。でも……。
「レインはそれでいいのかよ」
「え? 」
「なんでかは知らないけれど、俺のこと怖くて怖くて仕方ないんだろ。そんな男のことを、たとえ”振り”だとしても彼氏なんかにしちゃっていいのかよ」
「……いいに決まってるじゃない。私の意志なんてどうでもいいの。スノウがそれで笑ってくれるなら」
そう言って再び哀しそうな笑みを零すレイン。そんなレインを見ていると、俺の中で沸々と怒りが湧き起ってきた。気づいた時には。
「レイン」
「ひゃい! 」
いきなり俺に壁ドンされたレインが縮こまる。そんなレインの反応が余計に俺の癇に障る。
「俺を傍に置かせろ」
「そ、それはこっちから頼んでいるわけで……」
「そういうことじゃない。お前は自分のことを大切にしなさすぎる。そういう態度が見ていて危なっかしいんだよ。だから――お前が自分を大切にできるようになるまでお前の近くにいさせろ。その条件さえ呑んでくれれば恋人の振りでもなんでもしてやる。俺のことをその……本当は嫌ってくれてもいいし、怖がってくれてもいい」
多分、レインの行動指針は多分、「スノウ」が第一にあって、自分のことなんてどうでもいいと思っている。だから、自分が死ぬことにも一切興味がない。スノウとの関係を考えなければ。そんなレインの態度が、俺には許せなかった。
レインは「何を言ってるのかわからない」といった表情で俺のことをじっと見つめていた。暫くして。
「ふふ」
いきなり笑いだすレイン。そんなレインを、俺はすごく久しぶりに見たような気がした。そう、それは……俺達が最初に会った時のように。
「君――いや、ケイン。やっぱ君、変わってるよ」
ひとしきり笑った後。笑いすぎて出た涙を小指で拭いながらレインは言う。
「ありがとう。でも、最初に謝っておくね。やっぱり、私はケインのことを信じ切ることはできない。自分の魔法が通じない相手は怖い。それでも……そんな我が儘な私でもいいなら、私のことを見ていてほしいかな。ケインが望むように自分のことを大事にできるようになれるかはわからないけれど」
そういうレインに俺は喉まで出かかった言葉を飲み込む。本当はレインに「自分を大事にできるように」確約してほしかった。でも、今はこれでいいんだと思う。
「私からももう1つだけ聞くね。ケインは……あなたから家族を奪った私と恋人の振りなんかしていいの? 」
レインの言葉に俺の胸がずきんと痛む。
まだ何も知らない時。レインと恋人になることのストッパーになったのは妻と娘の存在だった。それからレインの魔法が俺と家族を引き裂いたことを知らされた。その事実はもちろん、そう簡単に割り切れることじゃない。でも、「俺が家族を喪った」という事実は、俺とレインが恋人になる壁がなくなったことだともいえる。どうせレインの申し出を断ったところで、俺の帰りを待ってくる家族が取り戻せるわけじゃない。なら、レインの力になってやる方が合理的じゃないか。
もう1度そのことを心の中で確認してから。俺は徐に右手を差し出す。
「ああ。――これからよろしくな、レイン」
「うん、ケイン」
その時。王国の最終兵器を管理する教会の片隅で、1組の偽りのカップルが生まれた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。2人のスタートを描く回でした。あらすじで書いていた内容ではありますが、どうでしたでしょうか。
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