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第6話 大聖女はドジっ娘メイド?

 外を歩いているうちに微妙な雰囲気は段々と和らいで行った。


「と、いうかこの教会の敷地広すぎじゃない?」


「当たり前ですぅ。7人の大聖女様と羊飼いの皆さんが1人ずつ公爵家クラスの邸宅をお持ちなのに加え、一生の大半を教会内で過ごす皆さんが不自由をしないよう、大抵のことは教会内で完結するように劇場からパン屋まで様々な施設が配されているのですぅ。その面積は実に王都の1/3、ここのことを「小王都」なんて呼ぶ人もいるですぅ」


 スケールが違いすぎる……。ほんととんでもないところに来ちゃったなあ。


「もちろん各施設の従業員や各邸宅の使用人も住んでるですぅ。あ、ケイン様のお屋敷にもすぐに使用人をあてがうので少しだけ待ってて欲しいのですぅ」


 ミルンの言葉に俺は苦笑する。だって俺は数時間前まで片田舎の庶民だったんだ。自分が使用人を雇う側だなんて実感が湧かない。外に出てきたのだって正直あの馬鹿でかい屋敷に一人でいるのはそわそわして落ち着かない、って言うのがあったくらいだし。


「そういや、レインも大聖女だから立派な邸宅に住んでるのか?」


 ふとそんな考えが湧いてきて俺が尋ねるとアンナは明らかに言葉を濁す。


「あー、ええと……百聞は一見に如かず、見てもらった方が早いと思いますぅ」


 そう言うアンナに不穏なものを感じながらも、彼女に付いて行くこと十数分。大聖女の豪邸街のはずれに現れたこじんまりとした三角屋根の家に俺はこれまでとは逆の意味で言葉を失う。


 人が住めないレベル、というわけではない。俺の田舎ならば中の上には入るくらいだとは思う。でも、これまでの豪邸街では明らかに浮いていた。


「えっ、何?非協力的な大聖女の家は簡素にする、みたいな?」


「し、失礼ですぅ! なぜか、レイン様は私達が申し出た物件を全て拒絶して「普通の」家に住むことを望まれたのですぅ。「貴方達からなるべく施しは受け取りたくない」って言い張って。そして、使用人も一切雇わずに家事も1人でやってるのですぅ。家事なんて得意じゃないはずなのに……」


 そう言うアンナの視線の先にはちょうど屋敷から出てきたレインが井戸で水汲みをしていた。


 魔法が乏しい村で育った俺でも、魔法使いなら水くらい、井戸で水汲みなんてしなくても魔法でどうにかできることを知ってる。実際ナナミが何度も掌から水を出すのを見せてくれた。


 なのに、レインは何故か顔を真っ赤にしながら井戸から桶一杯に水を汲み、それを抱えて屋敷の中に戻ろうとしていた。その足取りは桶の重さのためかおぼつかない。そう、彼女はただのドジっ子メイドにしか見えなかった。


――彼女は本当に大聖女なのか?


ふとそんな疑念が頭をよぎる。そんなことを思う自分に、自分自信が驚いていた。だって、俺はレインが時の魔法を使うのを間近で見ていたのだから。でも……。


 その時


「うわぁ! 」


 玄関の所でレインが派手に躓いたその瞬間。俺の体は自然と動いていた。


 まき散らされる桶の水。でも、レイナが頭から地面に倒れ込むことはなかった。俺が彼女の体を支えたから。


「ありが……って、あ、あなた……」


 俺のことを認識した瞬間、狼を前にした小動物のように震えだすレイン。そんなレインに「せっかく助けてやったのに」というがっかりした感情よりも寂しさが先に募ってくる。


 レインにとって唯一彼女の魔法が効かない相手が俺。それだけのことで、なぜレインがここまで怯えているのか俺にはわからない。でも、今はまだこういう反応をしてしまうのは仕方ないんだと思う。だから、なるべく彼女のことを刺激しないように言葉を選ぶ。


「その……たまたま通りすがったら、レイン――君が倒れそうになっている所を見かけて体が動いただけだ。だから気にしないでくれ。だけど、もし良かったら水を汲んで運ぶくらい、俺にさせてくれないか? 君の細腕には重労働過ぎるだろ。妻がいる身として、女性が無理しているところは放っておけないんだ」


「妻? 」


「あ、えっと……今はいないけれど、時間が巻き戻る前の時間軸ではいたっていうか……」


 俺の言葉にレインは一瞬はっとし、それから哀しい笑みを漏らす。


「そういえばさっきもそんなこと言ってたよね。なら猶更……なんで私に良くしてくれるの? さすがにあの子ーーアンナから話は聞いてるよね。あなたの奥さんとあなたの仲を魔法で引き裂いた張本人は私なんだよ? 普通なら殺したいと思ってもおかしくない! 」


 ヒステリックに叫ぶレイン。そんな彼女と反比例するように俺の頭は冷静になっていく。


「じゃあ、君は俺に殺してほしいのか? 」


 ぴしゃりと冷水を浴びせられたように、とでも言うのだろうか。一瞬固まるレイン。


「それは……」


「確かに妻をなくしたことは辛いよ。でも、その原因を作った女だからって言って、君みたいにびくびくしているような子を手にかけるような気分には俺はなれない。だから、そんな自分を大事にできないことを言うな」


「でも! 」


 再びレインが大声で言った時だった。


「騒がしいなぁ、お姉ちゃん」


 背後から妙に明るい声が聞こえてきた。

 ここまでお読みいただきありがとうございます。

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