第3話 上京してきたばかりの俺が王都の美少女メイドに彼氏にされかけた件
「そういや、ケインはさっき何でため息ついてたの? 」
「それは……ある用事を済ませるために王都に出てきたんだけど、その場所がなかなか見つからなくて参っちゃっててね」
「まあ王都ってごちゃごちゃしててわかりにくいからねぇ」
うんうん、とうなづくレイン。都会民に共感しているとは思ってなったので少しだけ嬉しい。
「そういえば、レインもため息をついてたけれど、あなたは何でため息なんてついてたの?」
さりげなく出てしまった俺の質問にメイドさんは一瞬だけ逡巡する。それから小さく笑って
「本当はこんなことを言うと頭おかしいんじゃないかって思われると思うから誰にも相談しないつもりだったんだけど……不思議だね。君になら、なんか話してもいい気がしてくる」
と前置きしてから話し始める。
「私にはとっても大切な妹がいてね。いつもしてるメイドの格好も妹の希望に合わせてるし、私にとって妹の命令は絶対なんだけど……今朝、妹がとんでもないことを頼んできたのよ。「お姉ちゃんの彼氏さんが見たい! 」って。そりゃ、自分一人でやれることなら妹のためになんだってやるつもりだったけれど、こればかりは相手がいるものだからね。
私は妹以外の他の人間になんて一切興味ないから、彼氏なんているわけがない。でも、妹の願いを無下にする訳に行かないから、妹にとって害にならなそうで、”恋人ごっこ”に付き合ってくれる人いないかなぁ、って今朝から町中に出てきて探してたのよ。でも、なかなかそんな都合のいい人いなくて、疲れちゃってさ」
「それは流石に過保護好きじゃないか? いないならいないってはっきり言えばいいのに。と、いうか、それぐらいで妹さんだって癇癪を起したり愛想を尽かせたりなんてしないだろ」
「あはは。頭ではわかってるんだけど……どうしてもあの子に対しては甘くなっちゃってね。過去のこともあるし」
そう言うメイドさんの表情が少しだけ曇る。
「ねぇ、君。―――数日だけ、私の彼氏役になってくれない?」
唐突なメイドさんの台詞に俺は思わず彼女を二度見する。な、なんかこのメイドさんいきなりすごいこと言ってきたぞ……。
「自分でも変なこと頼んでるってわかってる。でも、なぜか君になら頼めると思えてきちゃうんだ。だから……お願い! 妹と私を助けると思ってさ」
なんで俺になら頼めると思ったんだよ。そう思いながらも、うるうるとした瞳で懇願してくるメイドさんに、一瞬俺の心は傾きかける。その時。
俺の脳裏に妻と娘の姿がちらつく。うん、そうだ。数年後には俺には妻子ができる。だから、例え”振り”だったとしても、他の女性と恋人になんてなれない。
「ごめん。俺じゃ、君の力になってあげられない。自分の用事もあるしな。まあ、その……頑張れ」
それだけ言うと俺は領収書を持って逃げるように立ち上がって会計に向かおうとした。
「ちょ、ちょ、待ってよ。もう少し話し合おう? ね?」
そんな俺に慌てだすメイドさん。
――これ以上の長居は余計に断りづらくなるだけだ。
そう確信し、あえて彼女から視線をそらして足早に会計に向かった、まさにその時だった。
空気全体が震えるような感触。それに、俺はビクッとせざるを得ない、
――また巻き戻しか?
怖くなって周囲を見回す俺。しかし、今度は喫茶店の店内やいる人がガラッと数年前の一コマに入れ替わって、みたいなことはなかった。否、逆に不自然なほど変わっていなかった。だって、今度は時が静止したように全ての物・人が動きを止めていたのだから。
ウェイターによって高い位置から注ぎ込まれる紅茶の流れも、滑って床にダイブしかけているウェイトレスも、そして彼女の手から離れ、床にまき散らかされる寸前のナポリタンも。そんな状況でなぜか俺だけが動けている。いや、これも正確じゃない。だって。
改めて確認すると俺のすぐ隣にいるメイドさんもなぜか震えていた。他の事物は動けないはずなのに、なぜか彼女は震えていた。
「あなたも動けるの? ってことは大聖女の魔法が効かないのは俺だけじゃなかったってことか!」
同志を見つけて少しだけ嬉しくなる俺。そんな俺の感情と反比例するかのようにメイドさんは青ざめていく。それから。
「な、なんであなたには”停止”が効かないのよ。こ、こここここここの、ひとでなしぃ!」
俺のことを指さしたかと思うと、メイドさんは俺から逃げるように一目散に駆け出す。そして即座に時間停止も解け、バランスを崩していたウェイトレスは床にダイブしナポリタンの皿が床にばらまかれて割れる。加えて
「あっ、この食い逃げ~!」
メイドさんに向かって飛ぶ店長の怒号まで鳴り響き、店内は滅茶苦茶だった。
――今のことから考えると今の彼女がまさか……。
いろいろと考えそうになるところを俺はその考えを頭から追い払う。そして
「彼女の分は俺が払いますよ。自分の分と彼女の分でこれで足りるでしょ! それじゃ、ご馳走様でした!」
激昂する店長に2人分の領収書と紙幣を押し付ける。そして街に繰り出す俺。考えるのは後だ。とにかく今は彼女を追いかけるのが最優先。彼女に追いついて何がしたいのかはわからない。でも、あのまま放っておくことは、俺の心が許さなかった。
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