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3745チャンピオン  作者: 異邦人マリコ
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第五章 5

 小倉たちが岩手県宮古市に着いたのは、まだ空も暗い5時過ぎだった。車を道の駅に停め、二人は車内で三時間ほど仮眠を取ると、朝一番で田老郵便局へ向かった。望みは薄かったが、この手紙を窓口で出しているなら、付近の住人かもしれない。梓が局員に事情を説明した。

「あのボクシングの!?」

 応対した女性局員は、豊と彼の告白に関心があるようだった。

「そのお母さんがこの町に!?」

 興奮する女性局員に、小倉は声を低くし、

「いえ、まだ可能性があるというだけでして」

 と答えた。大騒ぎになって、本人の耳に届くのはマイナスになる。

「少々お待ちください」

 冷静さを取り戻した女性局員は、奥にいる上司らしき局員と話を始めた。数分後、課長と名乗ったその男性が二人に対応する。

「この手紙は、局に持ち込まれたものではありません」

「わかるんですか?」

「はい、消印を見ればわかります。窓口で出された場合、消印の形が違うのです」

 と言って、窓口用の物を二人に見せた。

「確かに違いますね…」

 過度な期待はなかったとは言え、小倉と梓の顔に落胆の色が浮かんだ。やはり、しらみつぶしに捜さなければならないのか。

「ですが、どこのポストで投函されたか、ある程度までは特定できるかもしれません」

「本当ですか!?」

 梓の声が局内に響いた。

「はい。日付の下の数字で集荷ルートがわかるんです。ここみたいな人口の少ない地域では、一日に何度も回りませんのでね。担当者を呼んできましょう」

「お願いします」

 二人の間に、再び希望の(あかり)が燈る。ほどなくして、集荷担当者が現れた。その男性局員は消印の日付を見て、

「三日前ですか…」

 と呟き、宙に視線を投げ記憶を呼び戻そうとしていた。

「あの日は天気が悪かったせいもあって、ほとんど集荷がなかったんですよ」

 独り言のように言葉を発しながら、特色のない封筒をまじまじと見つめた。そして、

「確実とは言えませんが…」

 と、前置きをしてから、

「旅館内のポストで集荷したような気がします」

 と言った。旅館は、集配ルートに一軒しかないという。

「わかりました。その旅館に行ってみます」 

 二人は礼を言って郵便局を出た。

 小倉は車に乗り、カーナビで旅館の場所を確かめたが、その表情は暗かった。

「宿泊客ならお手上げだよな…」

 地域の住民が、わざわざ旅館内にあるポストに投函するとは考えにくい。

「でも、旅館の従業員の可能性もありますよ」

「そうだな。とりあえず行ってみるか」

 小倉は車を走らせた。郵便局から二十分くらいの所に、その旅館はあった。

 路肩に停車し、

「見てくるから、ちょっと待っててくれ」

 と言って、小倉は車を降りた。

 梓は窓を開けて、外の空気に触れた。漁港が近いのか、冷たい風が魚の生臭さを運んでくる。彼女は、豊の顔を思い浮かべた。豊と知り合ってほぼ一年、その間に彼は押しも押されもせぬ人気ボクサーとなり、遠い世界の人と感じるようになっている。

「だからこそ…」

 恩を返す機会は今しかないと、梓は思う。

「豊君のために…」

 彼女は31日までかかっても、捜し続ける覚悟だった。


 車に戻ってきた小倉は、部屋を取ったと梓に言った。

「従業員に話を聞こうと思ったんだが、そんな雰囲気じゃなくてね。けど、こういう旅館には、話し好きの仲居さんがいるのが相場だ。客として入れば、そういう人も見つけやすいだろう」

「なるほど」

「ちょっと早いけど、チェックインできるそうだから行ってみよう」

 二人は兄妹(きょうだい)を装い、部屋に案内してもらった。

「東京からですか?明日から年明けまでは予約で一杯なんですが、今日はそうでもないんですよ」

 湯呑みに茶を注ぎながら、中年の仲居が教えてくれた。

「それはラッキーでした」

 と言いながら、小倉は内心、

「しめた…」

 と思った。話し好きの匂いがプンプンと漂う女だったからだ。早速、小倉は封筒を見せた。

「実はですね、新聞社に勤めていた私の弟が、こちらに来たことがあって。その時、親切にしていただいた仲居さんがいたらしいんです。それで感謝の手紙を送ったら、わざわざ返事をいただきまして」

「そうだったんですか」

「その弟が先月事故で他界して、遺品を整理していたら封筒だけ見つかったんです。お礼がてら会えればいいなと思い、こうして妹と来たんですが、その方のお名前がわからなくて」

「うーん…」

 仲居は封筒の字を見つめ、

「ともえちゃんの字に似てるかなあ…」

 と、自信がなさそうに答えた。それでも、小倉と梓は期待を抱かずにはいられない。

「お会いできますか?」

「それが今日は休みなんです。ほら、明日からしばらく休めないでしょ?だから、今日は休みの従業員が多くて。でも、社宅アパートに住んでるから、出かけてなければ会えるんじゃないかしら」

 仲居は、地図まで書いてくれる親切ぶりだった。

「ありがとうございます。早速伺ってみます」

 二人は旅館を出て、そのアパートへ向かった。徒歩で五分もかからないということだった。

「これが田舎の良いところであり、悪いところでもあるんだろうな」

 小倉は感心するように言った。中居は、その女性の名前、年齢まで教えてくれた。岡田(おかだ)知恵(ともえ)、37歳。豊の親としてはギリギリ圏内と言えるだろう。独身という情報も得ていた。

「都会なら絶対に教えてくれないよ。個人情報なんちゃらとか言ってな」

「しかし、よくあんな作り話をペラペラ喋れますね」

 梓は、小倉のアドリブ力に驚いていた。

「いやあ、実話も混ざってるんだよ。うちのお袋の実体験を、ちょっとアレンジしただけでね」

 そんな会話をしているうちに目的のアパートが見えた。海岸沿いの二階建て、潮風の影響か外付けの階段は完全に錆びついていた。

「いるといいんだが…」

 アパートを前にして、小倉の身体は震えていた。


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