第五章 2
調印式は、ルールや条件の確認後、王者と挑戦者が揃っての写真撮影、そして共同記者会見という流れになる。
関東スポーツの渋谷は、集まった報道陣の数に驚いていた。世界戦と言えど、普段はスポーツ新聞や専門誌の記者が集まる程度だが、今日はテレビ局各社のカメラが入り、一般週刊誌の見慣れぬ顔も多い。いかに、この一戦が注目を浴びているかがわかる。
鈴なりの取材陣を眺めながら、
「米崎豊に目をつけたのは、俺が最初なんだぜ!」
と、渋谷は叫びたい心境だった。
豊と金本は、実質的に今日が初対面となった。撮影の際、豊が挨拶をしたが金本は目も合わせなかった。そして、二人並んでの会見が始まった。
まずはチャンピオンの金本へ質問が飛ぶ。いつものように無愛想で、記者が喜ぶようなコメントは発しないが、記者側も多くを期待していないので、予定調和と言えばそれまでだった。
そして、報道陣の視線が豊に移った時、ハプニングが発生した。いや、事件と呼ぶ方が適切かもしれない。
豊は記者の質問を遮り、どうしても話したいことがあると言ってマイクを手にした。
「私、米崎豊は孤児です。今から十八年前の4月25日、新宿駅のコインロッカーに捨てられていました」
突然の告白に会見場が静まり返る。しかし、豊は表情を変えることなく話を続けた。
「僕がプロボクサーを志した動機は、大金を稼ぐためでも、名声を得るためでもありません。もっと言うならば、世界チャンピオンになるためでもないのです。今日こうして記者会見の席で多くの注目を浴びる、それだけが目的でボクシングを始めました。何故記者会見をしたかったか、それは肉親に会いたいからです。お父さんかお母さんがどこかで生きていて、この会見を見てくれていたなら、ぜひ連絡をしてほしい。ただ、それを呼びかけたくて、今日までボクシングを続けてきました」
そこまで言って、豊は大きく息を吐いた。彼の目標が達成された瞬間だった。日本中が注目する中で「肉親に会いたい」、この一言を言いたいがために、豊はプロボクサーになって努力を重ね続けてきたのだ。
通常の調印式であれば、試合に向けての抱負などを語るのだが、取材陣もカミングアウトについての質問を豊に浴びせた。
「捨てられていたとおっしゃっていましたが、恨みはないのですか?」
「ありました」
「過去形の表現ですけど今現在は?」
「ボクサーになろうと決めた時、それは自分の親に心から会いたいと願った時ですが、その時に恨みや憎しみはすべて捨て去りました。なので、今はもうわだかまりは…」
と言いかけた時、豊の目から涙をこぼれた。
「肉親を捜す手段として、ボクシングを選んだと言われましたが?」
「はい。他にも方法はあったんでしょうけど、僕が見つけたのがボクシングだったということです」
スタッフからハンカチを借り、豊は目許を拭って答えた。
「何故このタイミングで?」
「いえ、このタイミングしかありませんでした。これから先、今日、今以上に注目していただく機会はないと思いますので」
「失礼な質問と思いますが、自分を捨てた親と会って何がしたいのでしょう?恨みはないと言われましたが、感動のご対面とはならない気がしますので」
「何をする、何を話すが目的ではありません。この世に僕と血の繋がった人間がいるのか、いるなら一度会ってみたい、ただそれだけなんです。なので、僕を捨てた理由も問いませんし、何かを求めることも一切ありません」
「ただ会うだけで?」
「そうです。この思いは、肉親がいる人には理解してもらえないかもしれませんが…」
次に一般誌の女性記者が挙手をした。
「私は、個人的に米崎さんの大ファンです」
と、前置きをしてから質問をする。
「米崎さんの肉親がご存命でいたとしても、名乗り出てくる可能性は極めて低いと予想されますが?」
「あるいは、そうかもしれません。でも、こうして呼びかけて知っていただけなければ、可能性はゼロだったと思います。今は少なくとも、ゼロではなくなったわけですから」
「そうですね。私も陰ながら、お会いできることをお祈りします」
次は女性週刊誌記者の質問である。
「米崎選手の親となると、三十代後半より上の世代になるかと思います。そうすると、すでに家庭があり、他に子供もいる可能性が高いと考えられますが?」
「僕もそう思っています。ですが、先程も言いました通り、名乗り出てくれた方に対する要求は何ひとつありませんし、お会いする時にはプライバシーを尊重させていただくつもりです。本当に、ただ会うだけでいいんです」
豊への質問が延々と続く中、チャンピオンの金本は、突然席を立って無言で会見場を去った。豊と記者のやり取りが三十分を超え、我慢の限界に達したのだろう。だが、豊は動じることなく記者の質問に答え続ける。
「何故ボクシングだったのでしょう?変な言い方ですが、もっとメジャーな競技があったと思うのですが?」
「あるボクサーの自伝を読んだからです。外国の方なのですが、そのボクサーは幼い頃に生き別れになった母親と、チャンピオンになって再会されたそうです。なので、影響を受けたということですね」
「肉親の方に、大晦日の試合を観戦してほしいという願望はありませんか?」
「観たいと言っていただければ、特等席を用意します」
と答え、この会見で初めて豊は笑顔を見せた。そして、
「先程、チャンピオンになりたいわけではないと言われていましたが、それは次の試合に負けても構わないと考えているととらえてもよろしいのでしょうか?」
という意地の悪い質問には苦笑いも浮かべる。
「すみません、言葉足らずだったようです。プロボクサーになるきっかけが、世界チャンピオンではなかったという意味です。改めて言うまでもありませんが、当然試合には勝ちたい… いえ、勝つことしか考えていません。孤児として、この世に生を授かった身ですが、ボクシングを始めてから人との出会いに恵まれ、そして支えられて、ここまでやってこれたのです。こんな僕を応援してくれるファンもいます。なので、負けるわけにはいかないという気持ちです」
穏やかな口調ながら、豊は力強く勝利を宣言した。彼が言うように、豊は出会いに恵まれた。そして、多くの幸運にも恵まれたと言ってもいいだろう。だからこそ、最短距離で頂点を決する舞台まで駆け上がれたのだ。
会見が終わり豊の姿が見えなくなった後も、ざわめきが止まぬ会場内を見渡し、北原はビッグイベントの成功を確信した。




