表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3745チャンピオン  作者: 異邦人マリコ
32/55

第三章 10

 梓が姿を消して一週間が過ぎた。その間に、彼女が通う専門学校から連絡があり、実家の方でも梓の行方はわからないとのことだった。舞も協力し、目ぼしい場所はすべて探したが、依然手がかりさえつかめていなかった。

「まさか自殺なんてことは…?」

 荒川が不安を口にした。だが、舞は自信を持って否定する。

「それは絶対にありません。そこまで悩んでいたなら、私に相談していたはずです。けど、梓のお父さんって、地元ではかなりの有名人でお金持ちみたいなんです。私立探偵でも雇ってくれればいいのに」

「でも、仲悪いんでしょ?」

 千尋が聞いた。

「仲が悪くても親子じゃないですか。普通なら心配すると思いますけど?」

「普通か…」

 千尋は寂しげに微笑んだ。彼女の親も、舞が考える普通の親ではない。五年近く音信不通だが、一切心配などしていないだろう。

「お金持ちってことは、社長とかやってるのかな?」

「そうみたいです。あと県議会議員みたいなのもやってるらしく」

「だったら調べたらわかりそうだね」

「でも実家にいないんじゃ、調べても意味なくないですか?」

「拳都を引き取ってもらうのよ。お孫さんなんだから当然よね」

「なるほど」

 梓の苗字は角田(つのだ)。インターネットで検索すると、角田啓三(つのだけいぞう)という県議にヒットした。この人物が梓の父親だとすると、なかなかの大物である。地元では大手の部類に入る建設会社を経営しており、二週間後の県知事選に立候補していた。

「すぐに行っても会えそうにないか…」

 選挙が終わってから訪ねてみようと、千尋は思った。


 その日の夕方、北原が荒川ジムに来た。次戦の相手についての話だったが、その相手に豊と千尋は驚いた。

「世界ランカー!?」

「そうなんだ。君も知っての通り、来月の興行で金本が世界タイトルに挑戦する。そして、同じ日に世界ランク8位のアメリカ人選手と大阪(おおさか)日下部(くさかべ)ジムの鮎川(あゆかわ)の試合を予定していたんだが…」

 鮎川はフェザー級の東洋太平洋ランカーだが、怪我で出場できなくなったという。

「契約は済ませてるから、試合が中止になってもギャラは支払わなければならない。かと言って、代役を立てようにも手頃な選手がいなくてね」

 そんな北原の説明に、千尋が難色を示す。

「いきなり世界ランカーなんて… 米崎に勝ち目はあるんですか?」

「確かに強敵だが、面白いと思っている。当日はトリプル世界戦があってマスコミの注目も高いし、アリーナもおそらく超満員になる。そんな中で世界ランカーを倒したら… 考えるだけでゾクゾクしないかね?」

 北原は、豊の目を見て言った。しかし、千尋が異を唱える。

「でも、負ければ商品価値はゼロになると言ってたじゃありませんか?」

「だが、勝てば何倍にも跳ね上がるんだ」

「ハイリスクハイリターンですね」

「もともとボクシングは、そういう性質のものだよ。それに、ボクサーの選手寿命は長くない。特に旬の時期は一瞬で過ぎ去ってしまう。もちろん、やるかどうかは本人次第だが。どうだね、米崎君?」

「やらせてください!」

 豊は間髪入れずに答えた。自分でも驚くほど大きな声だった。北原と千尋のやり取りを黙って聞いていたが、胸の高鳴りをこらえずにはいられなかった。

「KOだぞ?できるか?」

「はい!」

 これにも豊は即答した。できるできないではなく、この千載一遇のチャンスを逃す選択は、彼にはなかった。


 翌日から、豊のトレーニングは激しさを増した。梓のことは気がかりだが、次の試合で結果を残せなければ、拳都を養うために引退する覚悟だった。結果とはKOでの勝利を意味する。勝ってもKOでなければ、北原に見限られるのは明白であるし、彼自身その商品価値にこだわっていた。

 KO勝ちを続けることでプレミア感を高め、世界に挑むタイミングでマックスに達する。そうすれば、自ずと世間の注目を集めるに違いない。豊がボクシングを始めた理由はそこにあった。ボクシングファンのみならず、一人でも多くの国民に米崎豊の名を知ってもらいたかった。

 翌日、また北原がジムに来た。

「ビル・ヘフロンの試合映像を持ってきたんだ。それと、彼…」

 北原は、見るからにボクサーとわかる男を連れていた。

「如月君のような素晴らしいパートナーがいるので、余計なお世話かとも思ったんだが、次の対戦相手とタイプが似ているんでね」

 豊のスパーリングパートナーとして、FSGからわざわざ連れてきたのだ。豊よりランクも階級も上の選手だ。

「いえ、とても助かります」

 北原が言うように、如月は最高のパートナーだが、いろんなタイプの選手と交わるのは勉強になる。早速、豊はリングに上がった。如月とスパーリングを6ラウンド消化したばっかりだったが、気合の入り方が違うのだろう、笑顔すら見せるタフネスぶりである。

「米崎の相手って、強いんですよね?」

 リング上の豊を見つめながら、千尋は北原に尋ねた。

「当然強い。だが、センスなら彼も負けていないよ。問題はキャリアだろう」

 彼が不安視するのは、豊がトレーナーのいない状況で練習をしていることだ。素晴らしいと評した如月がいるものの、あくまで彼はトレーナーではなかった。トレーナーの指導なしで勝てるほど、ボクシングは甘いスポーツではない。ましてや、次の試合は世界レベルの戦いなのだ。だからこそ、北原は最大限のバックアップをするつもりだった。

 今度のマッチメイクは、ひとえにFSGの都合によるものだ。北原のプランでは、これほど早く大物とぶつける予定ではなかった。しかし、本当に世界ランカーをKOで倒したとなれば、マスコミを煽りまくって豊を売り出す腹づもりでいる。

「それにしても…」

 豊の動きがいいと、北原は目を見張った。彼が連れてきたスパーリングパートナーを子供扱いしている。

「これは、ひょっとしてひょっとするかもな…」

 ベテラントレーナーの北原にそう思わせるほど、豊は格上の相手を圧倒していた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ