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第7話 一年目3月のこと

評価・ブックマーク・いいね等ありがとうございます。


 ついに3月、一年目の終わりの月である。


 ゲーム内では一年目のうちに大神殿への魔物の襲撃があったので、出来るだけ対策を立ててきたけれど、どうやらそれは今夜だったらしい。


 このイベントは、普段から大神殿を覆うように結界が張ってあるにも関わらず、どこからか侵入した魔物が大神殿内を暴れ回る。

 大神殿に勤めている聖騎士達が各自鎮圧や避難誘導に向かうけれど、そのうち好感度の高い三人がヒロインのもとに駆けつけてくれるのだ。


 それで「君が無事で良かった」「俺が君を助けたかったのに……」「あなたは何があっても私が守ります」といった甘いやり取りが行われる。

 緊 急 事 態 中!! とツッコみたいところだけど、まあこれは乙女ゲームなので仕方がない。


 その一方で、誰もこの事態を知らせに来てくれなかったクラウディアは、騒々しさに腹を立てて文句を言おうと離れから出て、魔物に襲われるのだ。

 いや普段から周囲にきつく当たって、あまり人が寄り付かなくなっていたとはいえ、その仕打ちは酷すぎる。きちんと職務を遂行しろ!!


 そして怪我を負ったクラウディアは、ヒロインのパラメーターの数値によって、無事に怪我が治ったり、怪我が原因で侯爵家に帰ることになって退場という流れになる。



 普段は静まり返っている宵の口、どこからか悲鳴と魔物の咆哮が聞こえてきて、今日がその日だったのだと知った。


 いざというときの避難先になっている奥殿の本殿に向かうべきかとも思ったけれど、迂闊に離れから出てストーリー通り襲われることになったらどうしようかと足が止まる。

 前世も含めていざというときの護身術を習ってきたけど、さすがに魔物を倒せるほどではない。


 まあ色々用意もしてあるし、大人しく離れの部屋に篭っていよう。さすがに朝までには助けが来ると信じたい。忘れられてないといいなぁ。


 離れの入り口から外の様子を伺いつつ、そう溜息を吐いていると。


「クラウディア様! クラウディア様ーー! 早くお逃げください!!」


 中庭の方から私呼ぶ声がして、女性神官のバーベナ様が必死に駆けてくるのが見えた。

 そしてその背後から迫る大きな猛禽類型の鳥の魔物が。


 慌てて離れから飛び出し、バーベナ様の手を掴んで離れの廊下へと引っ張り込んだ。

 次の瞬間バチバチバチと音をたてて、小さな稲妻が走り鳥の魔物の侵入を防ぐ。


 しばらくもどかしそうに何度もぶつかって来ていた魔物は、その度に見えない壁と稲妻に阻まれ、やがて諦めたように空に飛びあがっていった。


 バーベナ様の体を抱き締めながらその様子を息を殺して見ていたけれど、ようやく周囲から魔物の気配が消えたことで、ほっと息を吐き出し腕から力を抜く。


「ク……クラウディア様……今のは……」


 呆然としたように問うてくるバーベナ様に、安心させるように僅かに微笑んでみせる。


「一月ほど前に覚えた聖魔法の結界ですわ。毎日練習してようやく離れまでなら覆えるようになりましたの」


 そう! 毎日のパラ上げのおかげで、ついに魔物除けの結界を張れるようになったのだ!

 最初は自分の周りにだけしか張れなかったけれど、毎日寝る前に魔力を使い切る勢いで張り続けていたら、だいぶ広範囲まで覆えるようになった。


 ふふふ、助けが期待できないのは分かっていたので、魔物の襲来前に結界が張れるようになって本当に良かった。

 ちなみに一回張ってしまえば維持にはそれほど魔力は使わないので、一日ぐらいなら張り続けられる。


「バーベナ様は何故こちらに?」


 荒かった呼吸が落ち着いた頃、そう問いかけた。


「大神殿内に魔物が入り込んだのですわ! 危険ですので、クラウディア様もお早く本殿の方に避難して下さい!」


 腕を掴んで必死な表情のバーベナ様に、私は内心でものすごく感動していた。

 だって! わざわざ! 危険を冒して! クラウディア()に報せに来てくれたのだ! 現に魔物に襲われそうになっていたのに! 何という優しさだろう。


 喜びに言葉が出ないでいると、再び外から悲鳴が聞こえてきた。


「クラウディア様!」

「お逃げください! クラウディア様!!」


 エニシダ様を筆頭に普段何かと関わりのある女性神官の方がそう叫びながら駆けてくる。

 急いで彼女達のもとへ駆け寄り、離れに入るように周囲を伺いながら促す。


 バーベナ様と同じように説明をすると、皆荒い息を吐き出しながらその場へと座り込んだ。

 急いで部屋にとって返し、水を持って戻る。それを彼女達に差し出して背を摩った。


 話を聞いてみれば、皆私の姿が見えなかったので、バーベナ様と同じように探しに来てくれたらしい。感謝の言葉しか言えず、目が潤む。

 みんな私を心配して……!!? 喜びに滂沱の涙を流しながら両手を天に掲げたくなった。


 ふと獣が吠える声が聞こえ離れの入り口の方へ目を向ければ、真っ赤に血走った眼で一直線にこちらに向かって駆けてくる、虎のようなジャッカルのような奇妙な魔物が見えて、小さく悲鳴が漏れた。

 結界は正常に作動している、しかしあんなものに全身でぶつかってこられるのは恐怖でしかない。


 同じように悲鳴を上げた女性神官さん達を抱き締めて、その魔物を睨みつける。

 聖魔法に攻撃魔法が無いのが歯がゆい。


 次の瞬間、魔物が結界にぶつかる前に真っ二つに斬り裂かれ、黒い煙となって立ち消えた。一瞬き分の間の出来事である。


「…………え?」


「……ご無事ですか」


 低く耳に響く声が聞こえ、そこに立っていたのは腰元までの丈の聖騎士の白い上着を身に付け剣を持った、聖位3位のサティヤ・トパーズ卿だった。


 眉に少しかかるぐらいに短く切られた黒い髪に、青空のような青い瞳。孤児院出身の彼は剣術の天才と言われ、剣の腕一つで聖位3位まで上り詰めた傑物だ。

 普段は無口無表情だけど、好感度が上がるごとにささやかに笑う場面が増え、ど直球な言葉の数々に画面の前で赤面した人が多数いたらしい。


「わあ、見事な結界ですね」


 そんな少し高めの声と共にトパーズ卿の背後から現れたのは、聖位8位のヤエル・カルサイト卿だ。


 私やヒロインの一つ下15歳の彼は、頬にかかるくらいの緑色の髪にグレーの大きな目。魔法の名門である子爵家出身で魔法の天才と言われている将来有望な少年だ。

 甘え上手の可愛らしいキャラで、美少年を愛でたいおねー様方を虜にしていた。


「これならばここに居て頂いた方がよさそうですね」


 遅れて駆けてきたのは、水色の長い髪を背中で結び、薄茶色の目で柔和そうな顔立ちをした、聖位6位ハイム・アパタイト卿だった。


 聖騎士であるけど神官の身分も持つ彼は、その穏やかな物腰と真面目な性格で、ヒロインに勉強や魔法を教えてくれる先生のような頼れる存在である。

 好感度が上がると何かとヒロインを褒め、励まし、勇気づけてくれる、一家に一人は欲しい癒しキャラなのだ。


「魔物が侵入していた穴はすでに塞ぎました。ここの警護はトパーズ卿に任せて、我々は魔物の殲滅に向かいましょう」


 こちらに向かってにこっと安心させるように微笑んでから、大聖堂のある方向へと走って行った。

 それに続いてカルサイト卿も駆けて行く。


 残されたのは、剣を抜いたまま無表情で暗闇の向こうを見つめているトパーズ卿だ。


 結界が信用できそうなら、一緒に殲滅に行ってもらっても良いんですよ、と思わないでもないけれど、女性神官さん達にとっては彼がいた方が安心だろう。


「他の皆さんはご無事ですか?」


 とりあえず気になっていたことを聞いてみる。


 するとゆっくりとこちらに顔を向けて「……ああ」と頷いた。

 おや珍しい。彼は普段から必要最小限しかしゃべらず、イエスかノーかで答えられる質問には首を振って答えるのが常なのだ。それが許されるのがすごい。


 その後、落ち着かない様子の女性神官さん達を部屋へと招き入れ、ベッドや椅子に座って休んでもらう。

 トパーズ卿は開けっ放しの扉の前で外を警戒していた。


 少しでも気を和らげてほしいと部屋に常備している飴玉を女性神官さん達に配ってみる。

 大きなビンの中に、紙に包まれた色とりどりの飴玉が詰められていて、飾っておくだけでも可愛らしい。この大神殿内でも買っている人は多い。


 先に私が口に入れ、それを見た女性神官さん達もおずおずと飴を口にする。

 優しい甘さと普段食べている味に少し落ち着いたのか、皆の顔に笑みが浮かんだ。


「……その飴は」


 そこにいるのに一人だけあげないという鬼のような真似はさすがに出来ないので、トパーズ卿にも飴玉を数個渡す。


「以前神官見習いの子が買って来てくれたのを気に入ってしまって。定期的におつかいをお願いしているのです」


 貴族は行かないような平民街にあるお店だけど、季節の果物の果汁を丁寧に煮出した優しい味とほんのり香る果物の匂いが気に入っている。ちょっと甘いものが欲しい時とか、小腹が空いたときによいのだ。


 トパーズ卿は僅かの間だけれど、掌の飴玉を凝視していた。

 ど……毒とか、媚薬や洗脳薬(あるのか分からないけど)とか入ってないですよ!??



 それから一時間ほどで魔物の襲撃事件は終わりを迎えた。




 その数日後、私は奥殿の本殿内の副神官長の部屋へと呼び出された。


 副神官長が座っている重厚な机の正面に立つ。

 その私の両サイドにアパタイト卿とカルサイト卿の二人の聖騎士が付き、私から離れた壁側に一人の若い男神官が両手をトパーズ卿とジプサム卿に掴まれて立っていた。


「その女が魔物を神殿内に引き込んだんだ!!」


 そう急に叫ばれて私は目線を副神官長に向ける。何ぞ事ですか??


 疲れたように眉間に皺を寄せる副神官長によると、その男が今回の魔物の襲撃は、私が結界に穴を開け魔物を誘い入れる魔法陣を神殿内に設置したからだと主張しているらしい。

 え? 何で? どうやって??


「聖女に相応しいのはリリーナ様だ!!」


 叫びながらもがく男をトパーズ卿とジプサム卿が押さえる。


 …………?


 ……………………??


 あ! そういえばこれ二人の聖女候補が、聖女の地位をめぐって競い合うゲームだったわ。

 パラメーター上げが楽しすぎて、RPGとか育成ゲームだと思ってた。


「貴女が魔法陣を設置したのですか?」

「いいえ、違いますわ」


 そう副神官長の言葉に答えると、喚いている男神官以外の皆がそうだろうなと頷いた。


 「嘘だ!」「これもお前の策略だろう!」とまだ騒いでいる男が連れ出された後に話を聞くと、どうやら一通りの調査は終わっていて、私は一応の聴取と事態の説明を行うために呼ばれたらしい。


 結界に穴を開け魔物を呼ぶ魔法陣は確かに設置されていて、それは私の離れの奥、大神殿を囲む塀との間にあるちょっとした森の中にあったらしい。

 それでその位置から私が設置したのだと、あの男が主張したのだそうだ。


 確かに部屋の近くの方が人目を盗んで設置しやすいかもしれないけど、一番に自分の離れが狙われそうなところに置くだろうか。

 あれ、もしかして結界を習得していたことも疑惑に拍車をかけている? でも結界の練習はちゃんと事前に副神官長に報告してあるし。


 無表情でいたつもりが、不安が顔に出ていたのかもしれない。私に疑いがあることははっきりと否定された。

 魔法陣を調査したカルサイト卿やアパタイト卿、他の専門家によって、魔法陣を設置・起動させたのが私以外の魔力によるものだと証明されているからと。


 ゲーム内でも魔物の襲撃はあったけれど、てっきり魔物が偶然迷い込んできただけだと思っていた。

 実はこんな裏事情があったのだろうか。

 黒幕とかも分からないし、怪我をしたクラウディアがヒロインを害するためにやった……とかも考えにくいしなぁ。



誤字報告ありがとうございました<(__)>

全然気づいてませんでした……。

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