第6話 一年目1月のこと
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最近奥殿の一部で変な噂が流れているらしい。
怒りに頬を膨らませた(可愛い)セルトくんが教えてくれたのだけど、どうにもヒロイン側の離れの辺りで働く人の間で、私がヒロインをいじめているという噂があるのだとか。
え、いやどうやって??
私の一日の行動は常に誰かの目に入っている。
パラ上げの選択行動では必ず誰かと一緒にいるし、移動をするときにもあえて人の通りの多い廊下を選び、すれ違う人と挨拶をするようにしている。
さすがにトイレは一人だけれど、ヒロインのいる離れまで行って戻るほどの時間戻って来なければ、何かあったのかと探されるだろうし。
夕食とお風呂をすませて部屋に戻ってからも一人になるけど、離れの入り口辺りには不寝番の女性神官兵や聖騎士がいるので、誰にも見られずに抜け出すことは不可能だ。
じゃあ誰か人を使うという方法もあるかもしれないけど、それは買収されるような神官や職員がこの大神殿内にいるということで、大神殿自体を貶めているということになる。そんな主張をする人はいないだろう。
だからいじめているというのなら、私が直接しているということになるのだけれど、ヒロインのいる離れへ行ったこともないのだ。本人にも会わないし。
そんな私の行動を知っている女性神官の方達も、全くでたらめの噂だと一緒に怒ってくれている。
特に私の指導を行ってくれているエニシダ様や、日常生活の手助けをして下さっているバーベナ様は、奥殿の管理をしている副神殿長に噂を諌めるよう嘆願しに行ってくれた。
私が直接行くと権力を使って脅したなどとかえってややこしくなるので、自分達に任せろと言われ、あまりの頼もしさに惚れるかと思った。
神官見習いの子達もたくさん怒ってくれて、嬉しさににやけ顔が収まらなかったほどである。
神殿側もきちんと聞き取り調査をしたうえで、事実無根で人を貶める噂を流すことは許されないと注意して回ってくれたおかげで、私に関する噂はすぐに立ち消えた。
けれどどうにも嫌な感じだ。どこから出た噂だったのだろう。
そんなことがありつつ歳を跨ぎ、1月である。
年越しは大神殿に所属する皆が集まり、ささやかな食事会が行われた。
私の所から遠く離れた席でヒロインが聖騎士数人と楽しそうに話をしていて、攻略は順調なのだろうと思う。
私も女性神官や女性治癒士、女性職員の方々、そして神官見習いの子達に囲まれとても楽しいひと時を過ごすことができた。
そして1月の頭頃には聖女祭りというイベントがある。
これは大聖女シルディア様をはじめ、人々のために尽くしてきてくれた歴代聖女を称えるお祭りだ。
このお祭りでは、大聖女シルディア様が十人の聖騎士達と力を合わせ、様々な困難を乗り越えたという伝承の一部が演劇で行なわれる。
そこでヒロインは大聖女シルディア様を演じ、現聖騎士達が聖騎士役を演じるのだ。
乙女ゲームのクラウディアは自分こそ聖女役に相応しいと主張したけど、我が儘を言い過ぎて劇を無茶苦茶にしてしまい、結局シルディア様役はヒロインになる。
しかし今回は聖女候補が二人ということで、劇を二部に分けて二人ともシルディア様の役をすればよいのではないかという案も出ていた。
けれど私は丁重にお断りさせて頂いた。
だって聖騎士達と長時間劇の練習をしなければならないのだ。劇の内容によっては近くで話したり体が触れたりもする。耐えられない。
何故あえてそんな苦行を行わなくてはならないのか。何のパラメーターも上がらぬというのに。なので喜んでヒロインにお譲りした。
そうして迎えた祭り当日。
この聖女祭りは大神殿の正門前の広場を開放して行われる。
劇は広場中央辺りに設置される特設ステージで演じられ、広場の周辺にはたくさんの出店も並ぶのだ。
私はそんな広場の端、出店の無い神殿関係者の詰所のような辺りに張られたテントの救護所で、祭りで具合が悪くなったり怪我をした人の治療係をしていた。
しかし救護所はいくつか設けられているため、私の居るテントにはほぼ人が来なくて暇である。
それでも寒くないように暖房は用意されているし、時々女性神官さんが様子見ついでに差し入れを持って来てくれるので、大変快適に過ごしていた。
遠くから聞こえてくる喧騒は、それだけでわくわくと楽しい気持ちになれる。
椅子に腰かけ劇が始まるのはいつ頃だろうかと考えていると、女性神官さんが困った表情で、嗚咽を漏らす小さな男の子の肩を抱きながらテントへと顔を覗かせた。
話を聞いてみると、どうやらその子は迷子らしい。保護したのは良いけれど、どこで待っていてもらえばいいのか悩んでいたそうだ。あ、そういえば迷子センターとか用意されてなかったな。
患者もいないし、他の救護所にも余裕があるということなので、このテントを迷子の保護所にしてもらうことにした。
大きな紙に“迷子を保護しています”と書いてテントに張り、テント周りにいた神官さん達に、迷子の子どもがいたりそれを探している親御さんがいたらここに連れてきてほしいと、見回りの兵士達に伝えるようお願いする。
不安そうに俯いている男の子に暖かい蜂蜜茶を渡していると、ちらほらと迷子の子ども達が集まってきた。
声を嗄らさんばかりに母を呼んで泣き叫ぶ幼子や、ひたすら泣きじゃくっている女の子、不安そうにうろうろする男の子など、見ているこちらも胸が痛く、早く保護者さん迎えに来てくれと願う。
それぞれに声を掛けたり暖かい飲み物を渡したり、お菓子を差し出してみたりしたけれど、皆怯えていたり泣いていたり、周りを窺っていたりと気を張りつめている。
そんな彼らの気をどうにかして和らげてあげられないかと考えていると、前世の女子校生時代に幼稚園にボランティアに行ったとき、幼稚園の先生が教えてくれた歌と踊りを思い出した。
幼稚園の子ども達はキャーキャー喜びながら踊っていたけれど、今のこの子達に受けるかは分からない。まあすべったとしても私が恥をかくだけだし。
「みんな~、今から…………おねーさんがお歌を歌うから、一緒にポーズをとってくれると嬉しいな」
出来るだけ明るい声で話しかければ、テント内にいた六人の子どものうち、数人が顔をこちらに向けてくれる。
明るいイントロから続き、歌詞はこちらの世界でも通じるように変えて歌う。
「さあ、ここでポーズよ! ‘燃えあがれファイヤー!’」
大きな動作でポーズを決めれば、何人かが釣られて少し手を上げる。見てくれてなかった子も、歌に気を取られてきたようだ。
「次は可愛くポーズね‘癒しの水よウォーター!’」
私のポーズに泣いていた子が笑ってくれた。立ち上がって見よう見まねでポーズをしてくれる子もいる。
「今度は力強く‘砕けストーン!’」
近くに寄って来てくれる子も出てきて、同じようにポーズをしてくれた。
「元気よくいくわよ‘舞えウィンドウ!’」
両手を伸ばしてくるくる回れば、歓声を上げながら子ども達も回り出す。
気が付けばテント内にいた子ども達皆が、歌に体を揺らしながら次のポーズを待っていた。
『泣いてる子もこれで一発なの!』とウィンクしてくれた幼稚園の先生の言葉に間違いはなかった! ありがとうございます!
「じゃあもう一回ね!」
ちらりとテントの入り口に目を向けると、そこにいた女性神官さんが笑顔で頷いてくれた。煩くて周囲に迷惑になっているとかは無さそうだ。
それから保護された子どもが増えても皆で楽しく踊り、保護者さんが迎えに来てもなかなか帰りたがらない子もいたりして、小さなお遊戯会みたいなのが開催されていたのであった。
「ふふ、可愛い~」
「クラウディア様は平民嫌いと聞いていたが、そんな様子は無さそうだな」
「ええ、ダイヤモンド卿のお言葉通りのようですね」
「それで噂の出どころは分かったのか?」
「目星はついています。しかし処罰まではできませんね」
「泳がせるの~? 大丈夫かなぁ」
「あの方の身に害はないのか」
「それについては対策を考えています」
親御さんや一緒にいた女性神官さんにしか見られていないと思っていた私の奇行は、テントの周囲を行き来していた人達にけっこう見られていたらしい。
わ……私のイメージ戦略が……!!
けれどその後孤児院でも披露して、子ども達が大喜びで踊ってくれたのが可愛かったから……まあよし!
なかなか展開が進みませんm(__)m