第5話 一年目11月のこと
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肌寒い朝が続くなと思っていたら庭の木々が色づき、気が付けば11月である。
ゲーム内ではもっとたくさんイベントがあった気がしていたけど、よく考えたらあれはヒロインが活動的に聖騎士達と交流したり、街に出かけたりして様々なイベントを起こしていたからであって、そうでなければこんな何もない日々だったのかと気づく。
私としては特に困ったこともない楽しいパラ上げの毎日である。聖騎士達とも相変わらず目礼しかしていないし、女性神官の皆様や神官見習いの子達ともなかなか仲良くやれていると思う。
そんなある日、普段何かとお世話になっている治癒院の院長先生から、魔物の大氾濫が起きた地域へ奉仕活動へ行ってほしいと言われた。
この世界には普通の動物より体が大きく力が強くて、積極的に他の生き物を襲う魔物というものが存在している。
そして世界中には魔物が発生しやすい魔力だまりがいくつも存在し、数十年に一度その魔力だまりから大量の魔物が溢れかえり近くの村や町を襲うのだ。
定期的にその魔力だまりを浄化したり、魔物を間引いたりしているらしいけれど、魔力だまりは完全に消滅させることはできず、また把握していない魔力だまりから大氾濫が起きたりもするのだそうだ。
今回は国の辺境領にある魔力だまりが大氾濫を起こし、その対処に当たった兵士や冒険者に多くの怪我人が出ているとのこと。
ええ、もちろん喜んで行かせて頂きますけれど、これヒロインのイベントではなかったかなあ。それともヒロインとは別のイベントなのだろうか。
出発にあたり、私の他に治癒士の方が四人、女性神官の方が三人、あと護衛の神殿兵が数名と聖騎士が三人で辺境領に向かうことになった。
ゲームの中ではヒロインと聖騎士三人で訪れていたような気がしたけど、それはゲームの都合上だったのかな。
なおついて来る聖騎士は、聖位2位のカーライル・コランダム卿と、聖位4位のタクシス・クォーツ卿、聖位9位のラシュディ・ジプサム卿だ。
聖位9位ラシュディ・ジプサム卿は一族全員が神官という神官の家系出身で、紺色の真ん中分けの短髪、少し目尻の上がった水色の目をしたきりっとした雰囲気の青年だ。
そして幼い頃から大聖女シルディア様の伝記を読んで育ってきたため、シルディア様に強い憧れを抱いている。
攻略の際には、何かとシルディア様と比べてくるジプサム卿に対し、ヒロインの頑張りを見せつけることで、みんな違ってみんな良い、ということに気付かせていくのだ。
つまりシルディア様のように完璧ではないが、ヒロインのように明るく元気で時に失敗もするけれど、挫けず健気に頑張る聖女というのも好ましいのだと思うようになっていく。
いつしかシルディア様の話をしなくなり、ヒロインの行動をひたすら褒めてくれるデレ方はすごかった。
シルディア様大好きなコランダム卿とジプサム卿が護衛として来てくれるのは想定していたけど、もう一人がクォーツ卿だったのは意外だった。
血筋に関すること以外で、彼の好感度を上げることがあっただろうか。
数台の馬車に分かれて揺れること七日、ようやくたどり着いた辺境の地で、一応挨拶に行ったそこの領主に歓待された。
ゲーム内ではそんなシーンなかったので、これもゲームの都合かなと思ったけど、相手に会って分かった、あれはヒロインが平民だったからだ。
領主は典型的な権力に擦り寄るタイプで、私や公爵家出身のコランダム卿、辺境伯家出身のクォーツ卿には話しかけるが、それ以外の人はいないもののように扱っていた。
私のことも無茶苦茶褒めてくれたけれど、ヒロイン側の扱いを知っているので冷めた目で話を聞き流してしまう。
私の容姿を褒め、ローゼリア家の偉業を褒め、その後自分の自慢といかに自分が優れているかを語る。小太りで全身を宝石で飾り、目の奥は渦巻く欲望でギラギラしており、さらに隙あらば体に触れようとしてくる。私の大っっっ嫌いなタイプの男だ。
辺境に滞在中は領主の館に泊まってほしいと言われたけれど、適当に断って大氾濫の対策本部が置かれている、街を囲む壁の門へと向かった。
大氾濫のピークは終わっているらしいが、それでも多くの魔物が魔力だまりのある森の奥から押し寄せているらしく、多くの兵士や冒険者が門の辺りに詰めていた。
そこから少し離れた広場に救護所のようなものが置かれており、コランダム卿と治癒士の代表の方が本部の人と話した後に、私はそこの一角に案内された。
全身のあちらこちらに包帯を巻かれ横になっている患者を、手伝ってくれる女性神官さんと一緒に回りながら聖魔法の治癒術をかけていく。
毎日パラ上げを頑張っているおかげで、確実に治療できる人の数も増え、治療にかかる時間も短くなっている。
切り傷や抉られたような傷、火傷等の怪我は綺麗に治すことができたし、多くの人に感謝もされた。
けれど、腕や足を失った人などの欠損は治せない。
家族のために街を守り、右腕を失った若い兵士の男性が「痛みが無くなりました、ありがとうございます」と礼を言う。街に入り込んだ魔物から幼い子どもを守って足を失った冒険者が「助かった! ありがとな!」と礼を言う。
自分の無力さに涙が零れそうだった。
「シルディア様だったら、失った手や足も治せたのでしょうか」
今日の治療はひとまず終え、借りることができた宿に戻る道すがら、つい口から零れた言葉。
「そうですね。シルディア様は死んでさえいなければ、どのような怪我も治せたと言われていますし」
それはそれでなんか怖い気がしますが。
「ふむ、今後も修練に励まれるとよろしかろう」
私の呟きを聞き止めたジプサム卿の返答に続き、コランダム卿が何の感情も篭らない声で激励の言葉(嫌味です)をくれる。
君達私に厳しくないですか!!? これがヒロインで、他の攻略対象ならもっと優しく慰めてくれるのだろうに。
「クラウディア様は大変頑張っておいでですよ」
気をつかったクォーツ卿が普通に励ましの言葉をくれた。うん、ありがとう。
その後、一度街の壁を越えて入り込んできた飛行系の魔物をジプサム卿が瞬殺してから、護衛は一人を置いて大氾濫の制圧に聖騎士達を叩き出したりもしながら、大氾濫が収まるまでの五日間ほど辺境で過ごした。
そしてどうにか後は現地の治癒士のみで大丈夫なほどに怪我人が落ち着いてから、引き止める領主の言葉を無視して私達は帰路に着いたのだった。
もっとパラメーターが上がって欠損も治せる治癒術が使えるようになったら、もう一度この街に来ようと強く心に誓って。
「あの領主から、どうしたらクラウディア様を妻にもらうことができるのか聞かれたんだけど」
「大聖女シルディア様の子孫の方に対し何と無礼な!!」
「あの人クラウディア様よりだいぶ年上なうえに、正妻こそいないけど愛人をたくさん抱えてるんだよね――クラウディア様も好ましくは思ってなさそうだし」
「……ふむ」
「おや、動かれますか、聖位2位殿?」
「聖女になられるお方を煩わせるわけにはいかぬからな」
大神殿に戻って、今回の報告書をまとめる席で、あの辺境の領主が親戚に領主の座を譲って隠居したとクォーツ卿に聞いた。
へー何かあったのだろうか。まあ次にあの地を訪れるときに、またあの領主に会わなくて済むのは正直助かったかな。