第3話 一年目6月のこと
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大神殿に来て三カ月が経った。
『守護騎士と聖乙女』は、16歳で聖女候補に選ばれたヒロインが二年を大神殿で過ごし、その間にパラメーターを上げながら聖騎士との仲を深めていくゲームだ。
始まりは一年目の4月であり、翌年の3月で一年。その年の4月からさらに次の年の3月までが二年目と、日本の学校と同じようなスケジュール構成になっている。プレイヤーが分かり易いようにだろう。四季も日本と同じようにある。
月によっては固定イベントがあり、固定イベントでは適切な行動をとると好感度が爆上がりしたり、数人の好感度が一気に上がったりする。それ以外の月は日々の行動選択だったりお出かけだったりで聖騎士と交流して、こつこつ好感度を上げていかなければならない。
それで、ゲーム内の予定なんてすっかり忘れていたけれど、一年目の6月の今日は固定イベントのある日だった。
王都内のどこかの倉庫で大規模な爆発事故が起きて、その治療に治癒院だけでは人手が足りず、普段は治癒院で手伝いしか許されない聖女候補二人が聖魔法を使って治癒行為を行うというものだ。
ゲーム内では、もともとの魔力が多く幼い頃から英才教育を行ってきたクラウディアがより多くの人を治療し、うまく治療を行えなかったヒロインが自分の未熟さを悔やみ、よりいっそうの努力を誓う。
この時にランダムで三人の聖騎士が声を掛けに来てくれて、それに対する答えで聖騎士達の好感度が上がるイベントだ。
一方、平民の治療を行うことにクラウディアは不満たらたらで態度も悪く、しかも聖魔法を使いこなせないヒロインに勝ち誇り人前でしこたま貶すのだ。
「クラウディア様はこちらで!!」
「分かりましたわ。直ぐに患者の方を!」
大神殿の敷地の一角にある治癒院、その近くには幾つものテントが張られ、血の滲んだ包帯を巻かれた人達が次々と運び込まれてくる。
テントは屋根と三方に布が貼られた簡易なものだ。その間を神官達や警備兵が慌ただしく行き交い、治療用の物品を抱えた神官見習いの子達も忙しく駆け回っていた。
端の方のテントの一つに案内された私は、早速目の前の簡易ベッドに寝かされた男性の腕に巻かれた包帯を剥がし、補助についてくれている女性神官がその傷を水で洗うのに続いて、傷に手を当てて聖魔法の治癒術を行使した。
魔法の行使の仕方はクラウディアの知識で分かっていたし、毎日のパラ上げで聖魔法のレベル・魔力量ともにかなり上がっていることは体感的に分かっていた。ので、治癒術的には問題はないと思う。
現に男性の腕の火傷はみるみる塞がり、すでに他の皮膚と同じ状態に治っている。痛みに呻いていた男性の表情も落ち着き、自らゆっくりと体を動かしていた。
「まだ痛みがあるところや、おかしなところはありませんか?」
「……いえ……、ありがとう……ございます」
安堵したように息を吐く男性に僅かに口の端を上げて微笑めば、女性神官の方がその人を支えながら外に誘導して他の神官に預けている。
「クラウディア様」
「ええ、まだ大丈夫ですわ」
頷いてそう言うと、女性神官の方はテントの外へと向かって行った。
その様子を見ながら、私は深く息を吐いた。
治癒自体はちゃんとできるとは分かっていた。けれど、この目で傷を見て、肌が焼ける臭いを嗅ぎ、苦しむ人の声を聞くのがこれほど怖いとは思わなかった。
指先が冷たく、気を抜けば全身が震える。何度も唾を飲み込んで吐き気を堪えた。奥歯を噛み締めていなければパニックを起こしてしまいそうだ。
「すまない。次の怪我人を」
テントの入り口から掛けられた見知らぬ男の声に頷き、簡易ベッドへと運ばれてきた人を案内する。
そのひどい火傷の様子に息を呑み、悲鳴を上げてしまわぬようにきつく唇を噛み締めた。
次々と運び込まれて来る怪我人に無我夢中で治癒術をかけているうちに、気が付けば外の喧騒はかなり落ち着いていた。
「クラウディア様、お疲れ様でした。後は他の治癒士で対処できますわ」
そう女性神官の方に声を掛けられて、ぐっと体から力が抜けた。
体が傾き倒れ込みそうになった時、こちらに伸ばされた男の手が目に入り、腹筋に力を入れ歯を食いしばって体勢を立て直した。
顔を上げれば心配そうにこちらを覗き込んでいる聖騎士のタクシス・クォーツ卿がいて、僅かに体を引く。
タクシス・クォーツ卿は聖位4位の聖騎士で、赤みがかった紅茶色の髪に深い緑の目の甘い顔立ちのイケメンである。
辺境伯爵家出身でその家風により多くの子どもの面倒をみてきた経験から、細かい気遣いのできる面倒見のいい性格で、好感度が上がると何かと世話を焼いてでろでろに甘やかしてくれる。
「よろしければ、私が部屋までお運び致しましょうか」
疲れ果て今にも倒れそうな女性で、しかも護衛対象である聖女候補に対し、親切心で言ってくれているのはよく分かっている。分かってはいるが、だ が 断 る !
これが嫋やかな女性神官や可愛らしい神官見習い達なら喜んでお願いするけれど、彼女達も疲れているだろうし呼びつけて部屋まで送ってほしいと頼むわけにはいかない。
「いえ、大丈夫ですわ。自分で戻れます」
気を抜けばへたり込みそうな足を叱咤して立ち上がる。それ以上言い募られないようにすっと背中を伸ばし、疲れなど感じさせないよういつもの無表情を作った。
周囲にいた神官達に軽く挨拶をして、奥殿の自室に向かって歩き出す。
広い奥殿内の自室まで道のりが遠い。しかし足を止めれば護衛のために数歩離れて付いて来ているクォーツ卿に支えられてしまう。そうなれば精神的疲労が限界値を越え、自分でも何をしでかすか分からない。奇声を上げて殴り倒してしまうかもしれない。
私のことは放っておいて帰ってくれないかな。職務上無理なんだろうけど。はぁ。
ノロノロととられないよう姿勢を正し、ゆっくりと歩みを進めていると、部屋の手前の廊下に背の高い影があるのに気づき、苦虫を噛み締めた顔になりそうになるのを必死で堪える。また男か。癒しが無い。
私に気付きこちらに体を向けたのは、聖位2位の聖騎士カーライル・コランダム卿だった。
カーライル・コランダム卿は公爵家出身で、濃い灰色の髪にブルーグレーの瞳、涼やかな目元にすっと通った鼻筋、薄い唇の正統派王子のような整った顔立ちだ。ただしいつも顔に影がかかっていそうな厳めしい顔をしている。
そして熱心な血統主義者である。いや貴族至上主義とか平民を見下すとかではないのだけど、大聖女シルディアを崇拝しており、彼女の血筋の者が聖女になるのが正当だと考えている。
だから中身はどうであれクラウディアに対する評価は最初から高い。それが好感度に繋がるかは分からないけれど。そして逆にヒロインに対しては態度が冷たく、コランダム卿を攻略するのは最難易度とされていた。
まあその分、彼の態度が徐々に和らぎ、ヒロインの努力を認めてくれるような台詞が出るようになると、その達成感とギャップから多くの女性達の心を奪っていた。
「……コランダム卿」
「クラウディア様。本日の治癒術はお見事でした。さすが大聖女シルディア様の血を引くお方だ」
どうやらお褒めの言葉を頂いたらしい。ヒロインサイドではゲーム終盤にならなければ見られない、小さく浮かべられた笑みにちょっとビビる。
そこにいるだけで気圧されるような存在感に押されながら、どう返答すべきか考える。私は高嶺の花高嶺の花。あの“白百合姫”を目指すのだ。
「私などシルディア様の足元にも及びません。もっと精進致しますわ」
凛と背を伸ばし両足でしっかりと立つ。表情は無のまま、すっと視線は窓の外へ向けた。前にも男後ろにも男、どうにも息苦しい。
その返答にコランダム卿は満足そうに頷いて、「それでは失礼する」と言って私の横を抜け歩き去っていった。
その背を見送るように振り返り、やり取りを見守っていたクォーツ卿に顔を向ける。
「こちらで結構ですわ。送って下さってありがとうございました」
それだけ告げて、相手の返答を聞かずに部屋へと入った。しっかりと扉を閉めると、がくんと足から力が抜けその場に座り込む。はあああああ。本当に疲れた。
そういえば、ヒロインの方はどうだったのだろう。
パソコンの調子が悪く、更新が出来なくなったらすみません<(__)>
その時は活動報告でお知らせします。