第1話 まずは前置き
主人公は時々心の声が荒くなり、暴力に出ることもあるので、苦手な方はご注意ください。
『守護騎士と聖乙女』という乙女ゲームがあった。
ストーリーはよくある、16歳の年に神殿で行われる成人の祝福の儀で、聖女の素質である聖属性の魔力を持っていることが分かった平民のヒロインが、その能力を高め今代の聖女となるべく王都の大神殿へ向かう。そこで修行を行う傍らで、聖女の身辺の警護を行う10人の聖騎士と交流を深め、友情や愛情を育てていくというものだ。
それと並行して、魔力量・魔力の質・魅力・神聖性・人望・人徳の各パラメーターを上げ、その数値によってエンディングや騎士達との関係性も変わっていく。
そんなヒロインには同じく聖女を目指すライバルがいて、それがローゼリア侯爵令嬢のクラウディアだ。
ローゼリア侯爵家は、その豊富な魔力と慈悲深さで数多くの人を助け、後世にも語り継がれる大聖女シルディアを輩出した家で、百年以上経った今でもシルディアのファンは多い。
そのシルディアの子孫で、聖属性を持って生まれてきたクラウディアは聖女になることを期待され、周囲に散々甘やかされて育てられてきた。結果としてクラウディアは大変我が儘で傲慢に育ってしまう。典型的な高位の貴族令嬢っぽい性格で、自分が一番で常に他者を見下し、貴族以外は人間ではないという考え方を持つ。
聖女に相応しいのは自分しかいないと思っており、平民であるヒロインを嫌悪し、あらゆる嫌がらせをしてくるのだ。
ちなみに、ヒロインのパラメーターや聖騎士達との関係によって、クラウディアの行く末も変化する。
ヒロインのパラメーターが低ければクラウディアが聖女となるけれど、神殿が盗賊や魔物に襲撃されたときの怪我もろもろで途中でいなくなったり、ヒロインへの嫌がらせが原因で聖騎士達に断罪されて退場させられたり、特定の騎士のルートではヒロインを傷つけようとして返り討ちにあったりする。
自分がそのクラウディアになっていることに気付いたのが、まさに聖女候補として大神殿に向かう馬車の中だった。
ガタゴトと揺れる馬車に、ふと電車に揺れている時の感覚が過り、「……電車……?」となってから怒涛のように前世の記憶が蘇ったのだ。
前世の私は男嫌いだった。まず古くから続く名家の当主である父は典型的なクズ男で、母に対する暴力やモラハラは日常的だった。しかも他所に多くの愛人を抱えていた。
共学だった幼稚園と小学校では、ボス的な立場にあった男の子に執拗にいじめられ、物を隠されたり暴言を吐かれたり、叩かれたり髪を引っ張られたりもした。小学校の卒業式の後にその男の子に告白されたが、ふざけるなと引っ叩いてしまったのは仕方がなかったと思う。
中高は親の勧めで女子校に通った。おっとりとしたお嬢さまが多く学生生活は快適だったけど、友人と遊びや買い物に出かけるたび変な男にしつこく声を掛けられたり付きまとわれたりでうんざりした。
さらに近くの男子校との交流会で、ニヤニヤしながら執拗に女の子達を見ている男に嫌悪感を覚え、迷い込んだ男子校の部室のあまりの汚さと臭さに悍ましさを感じた。終いにはすれ違った男に空き教室に引きずり込まれ、「特別に相手をしてやる」だの、「ただの気まぐれだから勘違いするな」だの言いながら体を触られ、幼い頃から鍛えあげられた護身術で急所を思い切り蹴りとばしてしまった。完全なる正当防衛である。
以来、男が近づくだけで鳥肌が立ち、話しかけられれば吐き気を催すようになった。もし触れようものなら容赦なく拳や足が出るようになってしまった。
そんな私がイケメンであっても男に囲まれて暮らすなど地獄でしかない。
記憶が戻る前まではすべての聖騎士を自分のものにして侍らせてやろうと考えていたけれど、そんなの絶対にごめんだ。全力で関わらないで生きていきたい。
幸いにしてヒロインではないので、聖騎士達と一切関わらず、むしろ原作通り嫌われるような行動をとればいいんだけど、聖騎士の好感度が低すぎると断罪されたり斬りかかられたり、盗賊や魔物が神殿に侵入してきたときに助けてもらえなかったりして詰む。
断罪自体は良いのだ。家名を汚したと家族に罵倒されローゼリア侯爵家を追い出されたとして、もともと蝶よ花よと育てられた令嬢が平民として無事に生きていけるかは分からないけれど、聖魔法の治癒術があれば何とか働く場はあるのではないかと。
追い出されずに、どこかに嫁にやられるのは困るかな。まあ問題のある妻となれば冷遇されて、屋敷の片隅でひっそりと生きていく……ならば大歓迎なのだけど。この身を求めてくるような夫だった場合には、ちょっと五体満足とはいえない体にしてしまうかもしれない。
ただ出来れば聖女になれずとも、そのまま神殿に留まって神官として働けないかなと思っている。聖女になれずに実家に戻っても、結局家にとって都合のいい相手と結婚させられるのだ。どんな相手であっても男との結婚生活など虫唾が走る。ならば一生独身のまま神に尽くしたい。
ヒロインに危害を加えようとして聖騎士に返り討ちにあうのもごめんだし、誰にも助けられずに盗賊に襲われたり魔物に食われるのも辛すぎる。
そこで今後の流れを思い出しながら考えた結果、私は傍に寄るのも畏れ多いと感じるような孤高の高嶺の花となることにした。
女子校時代、とある名家のご令嬢で、美しく整った美貌に艶やかな長い黒髪、頭脳明晰で凛とした立ち姿も麗しい“白百合姫”と呼ばれる方がいた。その方は日ごろから表情の変化もお言葉も少ないクールビューティーだったけど、多くのファンがいて大規模なファンクラブが作られていた。
そんなファンクラブのモットーが、“白百合姫”が心穏やかに恙なく学園生活を送れるよう陰ながらお支えすること、だった。“白百合姫”の学園生活に干渉することなく、交友関係を邪魔したりもせず、ただ“白百合姫”が何不自由なく過ごせるよう密かに手助けをすることに心血を注ぐ。“白百合姫”も彼女たちの献身に気付いているため所々で感謝の言葉を述べていたが、互いに適度な距離感を保っていた。
「今日、姫様に感謝のお言葉を頂きましたわ!」
「まあ、よろしかったですわね!」
「はい! 私、この幸運を忘れぬようダイアリーに書き止め、生涯忘れぬように致します」
「それがよろしゅうございますわ。さあ、皆様、姫様の気高さと慈愛の深さに感謝し、今日も姫様が御心安くお過ごしあそばされますよう祈りを捧げましょう」
「「「「「「「「「「はい!!」」」」」」」」」」
というファンクラブのあり方に感心したものだ。
過激なファンクラブを抱える“黒薔薇姫”や、ファンクラブをハーレムにしている“藤の君”とはかなりの違いがあった。
つまり嫌われること無く、必要以上の接触なしに、必要なときには守ってくれるような関係を築くのが理想だ。
そのために私は、孤高で気高く純潔で神秘に満ちた、近寄りがたい、けれどその能力の高さから見捨てることはできないキャラを目指そうと思う。
現実に考えれば、そんな理想通りのキャラになり切ることは難しいけれど、ここはゲームの世界。特定のパラメーターを上げていけばいいのだ。
魔力量は、増えれば何度も聖魔法が使えるようになり、人を癒すイベント等で周囲の評価が高くなる。
魔力の質は、使える聖魔法の種類が増えたり性能が高くなり、特定のイベントが発生してそれに関わる人の評価が高くなる。
魅力は、外見や身嗜みのことで特定の聖騎士の好感度が上がりやすくなる。
神聖性は、聖女としてのカリスマ性で特定の聖騎士の好感度が上がりやすくなる。
人望は、ボランティア等を行うことで国民全体の評価が高い状態。
人徳は、身近な人間の悩みを解決したりして、周囲の評価が高い状態をいう。
それぞれのパラメーターは、午前と午後の二回に、掃除・お祈り・散歩・治癒院の手伝い・孤児院の手伝い・図書室へ行く・鍛練をする・お出かけ、等の行動を選ぶことで上がっていく。
私が目指すのは、全体的にバランスよく上げつつ、神聖性をカンストさせることかな。その為にはひたすらパラメーターの上がる行動だけを選択し、聖騎士とのイベントを一切起こさないことになるのだけど、それは望むところなので何の問題もない。
大神殿に向かう馬車の中、溢れ出した記憶に混乱する頭でどうにか方向性は決まった。
後は静かに穏やかに粛々と聖女候補としてのお役目をこなすだけだ。
ちなみに、何故私がこの乙女ゲームに詳しいかというと、女子校の私達の学年でこのゲームが流行っており、友人もしていたので話題に付いて行けるように一通りはやってみたからだ。
攻略情報は友人と交換するくらいだったので、特別に調べたりはしていなかったけど。
あと二次元の男ならば、話しかけてこないし付きまとってこないし触ってこないしで、まあ大丈夫かなと思っていたのに……まさかこんなことになるとは……。
安全な場所などどこにもなかったのだ……。
目的地に着き止まった馬車の、開かれた扉の向こう。荘厳に佇む大神殿に目を細めながら、拳に力を込めた。
のんびり更新です。