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ようこそ、蝶の舞う花園へ。  作者: 白鷺緋翠
第二章 心というもの。
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孤独な蝶は、心を知る。

 桜華国に来て二週間経った。


 私はこの国に来てあまり不便に感じたことはない。

 まずご飯が日本食だったこと。お米にお味噌汁。鮭だったりおひたしだったり、煮物だったり。この舌に馴染みのある食べ物は私を酷く安心させた。


 次に言語が日本語であったこと。これは特にありがたかった。普通異世界とか来たら新たに言語を覚えなきゃいけない苦痛の時間が待っているとばかり思っていた。しかし、この国は読み書きも全て日本語。何も苦労することはなかった。


 そして平和なこと。戦争はおろか、喧嘩もないのではないかと思う程平和だ。私は燈火さんの指示でこの二週間研究所の敷地外には出ていないのだが、外に出た時に人々の楽しそうな声が常に耳に入ってくる。どこかでは喧嘩してるのかもしれないが、それを打ち消してしまうような平和な国だった。多分、この国の人達はいい人なのだろう。


 燈火さんは言葉が通じるとはいえ、この国に馴染みのない黒髪に黒目の女性が急に現れたら酷い騒ぎになると考え、私としばらく敷地内で過ごすという約束をした。


 そういえば月夜様に仕えているあの三人と道を歩いている時も、何やら騒がしかったことを思い出した。もしや私の容姿にザワついていたのかと思うと、人から注目し慣れてない私は急に寒気がした。


 燈火さんは私を弟子に迎えた。しかし、私は弟子らしきことを何一つしていない。燈火さんは大抵研究室に籠ってるか、楼閣にいるか。その間私は生活スペースの掃除やらの家事をし、後は敷地内の庭を散歩してるだけ。それしかやることがないのだ。


 気づけば燈火さんは台所に立ち、あっという間にご飯を作る。しかし料理の品は一パターンだ。お米、お味噌汁、焼き鮭。日本食は大好きなのだが、さすがに二週間、三食全部これを出されてはさすがに嫌いになりそうだ。

 作る、と言ってもその必要はないと断られてしまう。いい加減私が何かを作りたい。楽させてあげたい、という弟子相応の考えではない。ただ私が好きな料理が嫌いになりそうだからだ。

 ここから先ここで生きていける気がしなくなっていた。


 それより、私は何のためにこの研究所に来たのだろうか。これではただの居候ではないか。


「燈火さん、お願いです。料理だけは私にやらせて下さい」

 耐えきれなくなった私は、今日の夕飯を見てそう言った。

「ははは。いいですね、星蘭。君はこの二週間で私に文句まで言うようになった。いい進歩です」


 少し怒りに身を任せている私に比べ、燈火さんは気にもせず笑って鮭を頬張る。この人は今までこれしか食べてこなかったのだろうか。街にはもっと色んな食べ物があるというのに。


「笑ってないで。私は一日中暇なのです。料理くらい作れますし、やらせて下さい」

「では君に一つ問いましょう。この一週間何をしていたのですか?」


 燈火さんは私のお願いを完全にスルーして、そう私に聞いた。私の話は聞いていたのだろうか。


「私は、言われた通り花に水をやり、敷地内を散歩して、後は自分の洗濯物の洗って干して、それで終わりです。それしかしてません」

「そうでしたか。ではまた一週間外出禁止の期間を伸ばしましょう」


 私は目を見開く。実は先週にも同じことを聞かれ、私は先週と全く同じことを答えた。そして一週間外出禁止の期間を燈火さんは伸ばしたのだ。

 でも私は本当のことを言っている。嘘はついていない。一週間していたことを、事実を述べているだけなのに。


「少し進歩はあったと思いますが、まだまだですね。さあ、また一週間、頑張ってくださいね」


 フードを被っていて口から上は見えなかったが、燈火さんはそれはすごい圧のある笑顔を私に向けていた。

 私は、何を頑張ればいいのだろうか。それくらい教えてもいいのではないのだろうか。


 私はまたあのいつもの夕飯を食べ終え、庭を歩き回った。

 庭には大きな池があり、そこには鯉が何匹か泳いでいる。

 私はその池の前に屈み込み、水面に映った自分を見た。地味な顔つきにボサボサの髪。希望の持たない黒い瞳。私はこの容姿が、嫌いだ。ため息をつき、立ち上がって歩き出す。


 燈火さんは、私に何を望んでいるのだろうか。他人の考えていることは、全く理解ができない。


 さすがに三週間この敷地内にずっといるのは辛い。四週間に突入しないように私は私なりに必死に考えた。どうすれば燈火さんが認めてくれるのか。何を望んでいるのか、聞いてもはぐらかされるため、本当に何も分からなかった。


「何がだめなんだろう。言われた通りのことを、言われた通りにしているだけなのに」


 私は洗濯板で洗濯物を洗いながら呟いた。


 ずっとそうしてきた。母に言われたこと、兄姉に言われたこと、先生に言われたこと、先輩に言われたこと、友達に言われたこと。

 全部、言われたことだけを言われた通りにやっていれば認めてくれる。怒らないでくれると思っていた。それ以下のこともそれ以上のことも絶対しない。言われたことだけをこなす。それだけでいい。そう、信じていた。


「まさか、それがだめ……?」


 私は、洗濯物を洗うのをやめた。だが、さすがに一週間洗濯しないのはまずい。私はしっかり全ての洗濯物を洗って干した。


 家に入った私は、自分の部屋ではなく、使われていない部屋を覗いた。埃まみれで汚れている。

 私は物置にあった箒を取り出して掃除を始めた。雑巾で水拭きをする。見違えるように綺麗になった部屋を見て心做しか嬉しくなった気がした。

 次に庭に咲いている花に水をやった。そういえば昨日の朝、燈火さんが胡桃(くるみ)が欲しいと言っていたことを思い出し、胡桃二つ取って家に持ち帰った。


 そして時は過ぎ、この国に来て三週間が経った。

 相変わらずお米にお味噌汁に鮭のフルコンボだ。夢に出てきそうな程になってきたからそろそろ違う物を食べたい。切実に。


「星蘭、何だか最近忙しそうですね。何かありました?」


 また燈火さんは答えが分かっているかのように微笑みながら聞いてくる。このふつふつと感じるこの気持ちは一体何なのだろうか。怒り……なのか。私にはまだよく分からない。


「いえ。それといったことはありません」

「そうですか。それでは、この一週間、君は何をしていましたか?」


 私はその問いに先週とは違って自信を持って答えた。

 私は、私なりに必要だと思ったことをしたのだから。


「私がなぜ外出禁止だと言ったのか、薄々気づいてきたできょう。星蘭は感情がそれはそれは乏しいですからね。逆に野放しにしたらいいのでは、と思ったのです。成功してよかったです」


 燈火さんはそう満足そうに言う。そう言えば最近、驚いたり、嬉しいと感じたりすることが増えた気がする。


「いいでしょう。明日、私と共に街へ出ましょう。月夜も君に会いたがっていましたし、ついでに王宮へ行くことにしますね。服は予め私が何着か用意してあります。好きな物を明日着て外に出ましょう」


 燈火さんは「ごちそうさまでした」と手を合わせて食器を片付ける。私は泣きそうになりながらも食べ終えて、「ごちそうさま」と言った。


 そういえばこの国は文化も日本と似ていた。食べる時には「いただきます」と言い、食べ終えたら「ごちそうさまでした」と言う。研究所から街を見下ろすと、神社らしき鳥居が見えるのも何だか不思議だった。


 それより、さっき燈火さんは桜華国の王女様である月夜様を呼び捨てしていた。裏でも王家の一人娘である王女様を呼び捨てしてはいけないものではないのだろうか。燈火さんって本当に一体何者なのだろうか。


 今日も今日とて、謎が増えるだけだった。

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