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ようこそ、蝶の舞う花園へ。  作者: 白鷺緋翠
第一章 出会い。
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孤独な蝶は、弟子となる。

「それにしても名がないのは少し不便ですね。本当に名がないのですか?」


 なぜだか燈火さんは、質問しているのにその答えを知っているかのような気がした。

 この人は一体何者なのだろうか。研究者と言っていたが、何の研究をしているのだろう。


「……名がないのは嘘です」

「なら、なぜ嘘をついたのですか? 名がないという嘘なんて、つく意味などどこにもないのに」

「私は自分の名前があまり好きではないんです。だから、名乗りたくなくて」


 そんな私の答えを聞いて燈火さんはどこか満足気に頷いた。

 なぜこの答えにその反応を示すのか。この人は何を考えているのか分からない。


「それにしても君は異世界という所に行ったことはあるのですか? 妙に慣れているというか、恐怖心を感じないから」

「なんか、驚くのも馬鹿馬鹿しくなっちゃったんです。どうせ怖いなんて思っても、あんま意味はなさそうだと思って。あ、ちなみに異世界は初めて来ました」


 燈火さんはしばらくの間黙っていた。どんな顔をしていたのか分からないけど、多分驚いていたんだと思う。


「そうですか。初めての異世界を、どうか存分に楽しんでくれると嬉しいですね」


 私はため息にも似た息を零した。


 異世界を存分に楽しむってどういうことだろうか。私は元いた世界でも楽しむことがほぼ無いに等しかったのに、初めて来た世界で楽しく過ごすことなどできるのだろうか。というか初めての異世界なんて、旅行みたいに言っていいものなのだろうか。


「研究所はこの国全体が見渡せる場所にあります。まあ、研究所といっても私一人しかいないんですけどね」


 私は興味の無さそうな返事をした。そんな私を見て燈火さんは声をあげて笑う。

 今の話の何が面白いのか理解はできない。なぜ彼は笑っているのだろうか。


 しばらく私たちが木造建築の家が並ぶ、騒がしさのない住宅街を歩いていると、神社の階段のような石段が見えてきた。その石段の両端には灯篭が一定の間隔を開けて何個か立っている。

 その幻想的な光景に思わず私は見入ってしまった。異世界に来たみたいだ。いや、実際に異世界なのだが。


「この石段を登れば着きますよ。もう少し頑張ってくださいね」


 燈火さんはそう言うとそそくさと石段を登っていってしまった。私は燈火さんに追いつこうと急いで石段を登る。

 竹林の中の石段は何だか趣があってすごく日本人の心を揺さぶる、気がした。


 石段を登った先にあったのは大きな木造の門。その重そうな門を燈火さんが開けると、少し先に木造の大きな平屋の建物があった。きっとこれが研究所なのだろう。


「ようこそ、我が研究所へ」

「すごく、立派な建物ですね。こんな広い建物にお一人で?」

「ええ。少し前までは人がいたのですが今は一人ですね。こんな広い家を一人では使えないので、ほとんどが空き部屋です」


 燈火さんはそう説明すると、門を閉めて研究所の方へ向かった。


「案内しますよ。どうぞ中へ」


 燈火さんは研究所の戸を開けた。なぜだか懐かしみのある建物だ。

 私が靴を脱いでいると、目の前が明るくなった。建物内の電気が一斉に点いたようだ。脱ぎ終わると、燈火さんは研究所内を案内した。


 玄関から右と左に道があり、右に行くと研究所が、左に行くと生活スペースがあるらしい。

 この家はとても広かった。中に入ってみるとその広さは身に染みるほど分かった。台所から客間、お風呂場から相当な数の部屋が揃っていた。


 私は燈火さんから一番日の当たりの良い部屋をもらった。しかもその部屋も結構な広さがあった。何かしら置かないと悲しい部屋になってしまう。それはそれで私は一向に構わないけど。

 生活スペースの方の案内が終わると、次は研究所の方を案内をしてくれた。研究所も左の生活スペースと同じ、それよりもっと大きいくらいの広さがあった。


「何の研究をしているのか、ここに住むなら教えないといけませんね。この国は世界の中で一番平和な国と言われている国です。私はそんな国で毒の研究をしています」


 一番平和な国で毒の研究を。平和なのになぜわざわざ毒を研究しているのだろうか。

 私は首を傾げた。


「毒は時に人を救い、時に人を殺します。そんな様々な毒を持つ桜華国だからこそ敵がいない。毒を研究しているとはいえ、薬のことも研究しているのですよ。全ての毒が人を救うとは限りませんし、私は人のためにたいから、毒という名の薬研究者です」


 燈火さんはそう説明すると作業スペースだという場所の戸を開けた。天上スレスレまでにある大きな小さな引き出しが大量にある棚に囲まれた何だか鼻を刺激する匂いが漂う部屋だった。


「匂いがキツいでしょう? ここにはこの国、また他国から採取した薬草、毒草などが揃っています。他国から採取した草がこの先も使えるように屋敷のすぐ隣にある楼閣で育てているのです。それぞれの国に合わせた気候で育てるための建物を建てるのに、一苦労したんですよ」


 私は部屋の窓から見える、大きな塔のような建物に目を移した。


 一人でそれだけの植物を管理するのはとても大変そうだ。

 ()()()()()()()()()


 何か嫌な予感がした。まさか、私をここに住ませると言ったのは。


「勘づいたみたいですね。薬、毒を研究しながら植物の面倒を見て……なんて生活はとても一人じゃ無理があって。ちょうど弟子が欲しいと思っていたところなんです。いいですね?」


 燈火さんはまるで有無を言わせないような圧で私に迫った。その圧で断る気を完全に失わせた。


「でも私、研究なんてやったこともありませんし、高校すら行ってません。まともにできる気がしません。ましてや人の命に関わるものを……」

「私が手厚く教えますので、何も心配しないでください。初めは慣れず、失敗することはあるかもしれませんが、覚えれば何てことをありませんよ」


 優しい声色に反してとても強引な燈火さんは、私の手を両方の手で包んだ。頑張ろうとでも言いたげに頷くと、何かを思い出したかのように私の手を離した。そして考え事をするかのように腕を組んだ。


「名がないのは本当に不便です。これから先、私も、もちろんあなた自身も苦労します。そうですね。あなたがこの世界にやってきた時、実は一年に一度行われる星華祭(せいかさい)という祭の日だったのです。簡単に言うと、国民は星と灯りに感謝を捧げるために国にそれぞれ好きな花を贈ります。今年も国が平和でいることを願う祭ですね。そんな日にこの世界へ来たわけですし、名を星蘭(せいらん)としましょうか。星に花の蘭と書いて星蘭」


 私の本当の名前と比べたら天と地の差くらいはあるだろう。正直に言うと、とても気に入った。

 というかそんなお祭りが開催されてる時に私はこの世界に来たんだ。道理でやけに騒がしいと思った。星と灯りに感謝っていうのも何だか無性に気になる。


「何か不満がありましたか?」

「いいえ、前の名前より全然いいです」


 燈火さんは何も言わない私に困ったように眉根を寄せたが、私のその言葉に満足気に微笑んだ。


「改めて、これからよろしくお願いします星蘭」

「……はい。こちらこそ」


 そうして私はまだ右も左も分からないこの異世界で、少し癖の強い師匠との共同生活の幕を開けたのだった。

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