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ようこそ、蝶の舞う花園へ。  作者: 白鷺緋翠
第五章 異国へ。
30/36

孤独な蝶は、廻り巡り。

「あ、起きたぁ。悪い夢でも見てたぁ?」


 私は目を開け、近距離にいたリュカ様に声をかけられた。私は結局ソファで寝ていたようだ。ふかふかだったから、ほぼベッドで寝たようなものだが。

 それにしても、私は悪い夢を見ていたのだろうか。そういった自覚はなかったけれど、確かにあまり良い夢ではなかった気がする。暗くて終わりのない世界に、ひとりぼっちで。


「異世界人はねぇ、二度と元の世界には帰れないんだぁ」

「そ、そうですか」


 私は急にそんなことを言い出したリュカ様に驚きながらも相槌を打った。リュカ様はずっと笑顔のままだ。

 というか、私は勇さんの日記で帰れる方法を知った。どういった意図で言っているのだろうか。まさか、私が帰れないと知って泣いて悲しむのを見たい、とか?

 いやいや、さすがにないだろう。


「だから、可哀想だけど君はここで()()()ね」

「は?」

「元の世界に戻せるならそうしてあげたよ?でもできないんだったらしょうがないよねぇ」

「ど、どういうことですか?意味が全く分からないんですけど」


 私は変なことを言い出したリュカ様を見つめた。終わりとは何なのか。その瞳の奥でどんなことを考えているのだろう。

 どうして、こんなことを言い出したのだろう。一体この人は何が目的なのだろうか。


「可哀想な孤独な黒蝶。二度も世界を壊されちゃあ、困るんだよ」


 そのリュカ様の視線に私の心臓がナイフで刺されたように痛み出した。

 孤独な黒蝶?世界を壊す?二度も?

 私は分からないことだらけで混乱した。


 私じゃない。私は、そんな大それた人間じゃない。


「人違いです。私は、この世界に来たのだって初めてで」

「うん。知ってるよぉ。君は日本という国から来た澁谷黒孤。十九歳。ほらねぇ、人違いじゃない」


 私は身震いした。なんで、この人は私の情報を知っているのだろう。それに歳ならまだしもこの世界の人間に私は本名を明かしたことがない。それなのに、なんで、なんでこの人は名前を知っているの。


「あっはは。別にまだ消しやしないから安心しててねぇ」

「笑ってないで、ちゃんと説明してくれませんか。あなたこそ、一体何者なんですか?」

「俺はリュカ・アルヴァリート。アルヴァリート皇国の王子。それ以外の何者でもない」

「どこで私の情報を知ったの…?」


 私のその質問に、リュカ様はニヤリと笑った。


「さあねぇ。…俺がなんで桜華国と仲良くしたかったかぁ、分かる?」

「私の質問に答えてください」

「分かる?」


 私の言葉を遮りながら、リュカ様は私を睨んだ。その反論もさせない威圧感に、私はリュカ様の質問に首を横に振ることしかできなかった。

 たまに見せる、このとんでもない威圧。何が彼をこうさせてるのだろう。


「俺はね、桜華国が大嫌いなんだぁ」

「は?」


 意味がさっぱり分からなかった。嫌いなのに、仲良くしたい?

 矛盾している気がした。普通は、好きだから仲良くするもののはずなのに。

 ニコニコと笑うだけのリュカ様のその本性は一体何なのか、私は睨みつけるようにリュカ様を見ていた。


()()()()のせいで俺の理想郷が消えた。まあ、その元凶は君だけど」


 何を言っているのかと問いたかった。けれど、私の言葉は誰かが部屋のドアをノックしたことによって言えなくなってしまった。

 リュカ様が声をかけた後、入ってきたのは燕尾服を着た男性だった。

 私を見るなり少し怯えた様子だったが、気のせいだろう。


「アルヴァリート皇国にまもなく到着致します。まず、王子は皇王様に謝罪すること。あなたはとりあえず我々の方で、城の離れにある屋敷に案内させてもらいます」

「めんどくさぁい」

「文句言うなら滞在していれば良かっただけの話でしょう」

「それはぁ、もっと嫌」

「なら文句言わずに謝ってください」


 そう言うと、男性はそそくさと退室していった。あの人は執事とかそういう人だろうか。忙しい人だ。

 男性がいなくなったこの部屋には、沈黙がただただ続いていた。


 私はリュカ様に尋ねたいことがたくさんある。あの燈火さんよりも謎に包まれた人。それに、私の過去を知っているようで。

 だけど、その中でも一番、聞きたいことがあった。


「あなたの目的は、一体何ですか」

「目的?…俺を()()()奴に、同じ目に遭って欲しいだけだよぉ」


 リュカ様はそう不気味な笑みを浮かべながらそう言う。

 殺したって、一体どういうことだろう。だって、今リュカ様は生きてるじゃないか。まさか、幽霊?

 私はリュカ様を恐る恐る見ていた。この人は、誰なのだろう。本当に“皇国の王子様”なのだろうか。


 私がそんなことで頭を悩ませていると、リュカ様は私にぐい、と近づいた。肩を掴まれてしまって逃げることはできない。


「惚けたって無駄だよ。だってぇ、君のその魂は今も助けを求めてんだから」

「何を言ってるのか、さっぱり…」

「ねぇ、黒蝶。かつての神様。可哀想だねぇ。また、君は幸せになれない」


 リュカ様は私の耳のそばでそう囁いた。その低い声は私の心臓ごと掴んでるような気がして、私は頭が真っ白になった。

 ただ、私の胸の中がとても焦っていてなぜだか分からないのに、今はすごくこの人から離れたかった。


「本当に、人違いです!私はそんな大それた人間じゃない。私は、私は…!」


 どうして、こんなに頭がぐらぐらするのだろう。こんなにも、胸が苦しいのだろう。心が、助けを求めるのだろう。

 自分のどこからともなく湧いてくるこの悲痛の叫びは、一体何なのだろう。

 私に、そんな感情は存在しないはずなのに。


「まあいいやぁ。大人しくお屋敷にいてねぇ。逃げたらぁ、自分から殺してくれって言う程のことをしてあげる」


 リュカ様はそう手をひらひらとさせながら部屋を出ていった。嵐のような人だ。


 それにしても、リュカ様が言っていたことは何なのだろう。黒蝶だったり、世界を壊すだったり、リュカ様が殺されたと言っていたり。分からないことだらけだ。


 私は結局、城と言っても過言ではない程の豪華なお屋敷へ案内された。二階建てだが、部屋は多分数え切れない程ある。装飾だったり物が無駄に豪華で煌びやか。

 誰かの所有物なのだろうか。埃一つ見当たらなかった。


 屋敷には五人のメイドと三人の執事がいた。メイドは皆若く、多分私と同年代。執事は二人おじいさんで、一人は四十代くらいの人だった。

 彼らは、私のお世話をしてくれるそうだ。そんなもの頼んだ覚えなどないというのに。

 私は頑なに断ったが、彼らの方が一枚上手だったため、そのままお世話されることとなった。


 メイドは、言うなればクラスにいるうるさい女子軍団だった。休み時間だけ、うるさくなる人たち。授業で当てられた時は風のささやきくらいの声になるのに。


 メイドは私を何度も心配していた。国に帰りたくないのか、とか寂しくないのか、とかそんなこと。

 私は全くと言っていい程、そんな感情はなかった。むしろ、帰りたくないと思っているくらい。今更帰るなんて、絶対にできない。

 まあ、リュカ様は少し怖いから離れたいけれど。でもそれは決して桜華国へ帰りたいというわけではない。


 皇国は桜華国より暖かった。枯れた葉が落ちていた桜華国とは異なり、ここアルヴァリート皇国の葉は枯れるどころか、生き生きとした綺麗な緑をしていた。

 どうやら皇国には四季がないようだ。メイドに聞いた話なのだが、皇国は年中暖かくて葉が枯れることはないのだという。だからといって暑くなることもない。ずっと過ごしやすい気候らしい。


 あれからリュカ様が屋敷にくることはなかった。執事の話によると、公務が忙しいらしい。ここに来る暇さえないと言った。

 私にとっては嬉しいことなのだが、このまま長期間私を滞在させてどうする気なのか。そんな不安だけが私の心に募っていった。


 退屈な日々を過ごしていたある日のこと。メイドの一人が私に二通の手紙を渡した。一つはリュカ様から。もう一つは、燈火さんから。

 私の心臓が変に脈打った。二通とも何が書かれているのか予想ができなかったからこそ、私はその手紙を持つ手が震えたのだ。

 恐る恐る、二通の手紙の封を開けた。リュカ様は微妙な上手さの字。燈火さんは書道家顔負けの綺麗な字だった。


 まず、リュカ様からの手紙を読むことにした。

 内容的にはお願いに近いことだった。家から勝手に出ないこと。庭へ行く際はメイドに声をかけること。勝手に屋敷の物を使わないこと。何か欲しい物があればメイドに言うこと。そんなことが長々と。

 私はため息をつきながらその手紙をゴミ箱に捨てた。何だか無性にリュカ様の字をこれ以上見たくなかった。どうせ内容は全て覚えたし、捨ててもいいだろうと。


 私は燈火さんの手紙を手にした。


 というかさっきは何も思わなかったのだが、なぜ燈火さんは皇国へ私宛に手紙を送れたのだろうか。菊さんたちから聞いたとしても、菊さんたちは私が皇国へ行ったなんて知らないはず。どうやって知ったのだろう。

 そんなことを思いながら綺麗な字で綴られた手紙を読んだ。


 私は最後まで読むことができなかった。


「…早く、ここから出ないと」


 その手紙を小さく折ると、皇国へ来てからしばらく着ていなかった着物を着た。メイドによってクローゼットにしまわれていた着物は少し、埃っぽい。

 しかし、この格好がこうもしっくりくるのはなぜだろう。


 私はその小さく折った手紙を懐へしまった。

 この部屋から出るには窓から飛び降りる以外他ない。ドアの前にはいつなる時も必ず二人のメイドがいる。隣の部屋など屋敷の全貌を把握しているわけでもないから、一番守りの薄い窓の真下が一番安全なのだ。

 そうは言ったものの、ここは二階だ。飛び降りた後怪我をしたら逃げられなくなる。それに、見つかった時にリュカ様に何をされるか分からない。

  だが私にここの部屋に留まるという選択肢もまた、自分の身を滅ぼす結果になる可能性が高い。


 幸いなことに窓のそばにあった大きな木へ飛び移ることにした。少し距離はあるが、そのまま地上へ飛び降りるより安全だろう。

 私は意を決して、窓からその木の枝に移ることに成功すると、気づかれないように屋敷の外へ出ることができた。


 あとは、早くこの皇国から出るだけ。

 早く、早く。リュカ様に見つかる前に、逃げないと。

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