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ようこそ、蝶の舞う花園へ。  作者: 白鷺緋翠
第四章 優雅なバカンスを。
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孤独な蝶は、一躍有名に。

 気持ちのいい朝。鳥の鳴き声で目を覚ました。


 今日はあの屋台を開いてから三日目の日である。

 私は起き上がって、窓から外を眺めた。庭に咲く草花が風で揺られている。


「星蘭、起きてます?朝ご飯ですよ」


 部屋の扉の向こうから師匠である燈火さんの声が聞こえた。


「今行きます」


 私は寝癖を直して着替えた。

 窓を開けると()()匂いがする。鮭だ。最近は私が作ることの方が多くなっていたから久しぶりに食べる。


 やはり一ヶ月に十回以上の鮭は辛い。


「今日は焼鮭じゃないといいな……」


 そう願って台所に行った。

 見事に食卓に並べられていたのは、お米、味噌汁、焼鮭。例のフルコンボだ。


 美味しいのには変わりない。ふっくらとした身にしつこくない脂。ちょうどいい塩加減。これを食べたら他の鮭料理は食べれない!と思うくらい美味しいのだが、こう何度も出されると飽きてくる。せっかく美味しい鮭なのに、とてももったいない。


「いい鮭が手に入ったんです。美味しそうでしょう?」


 そう満面の笑みで言う燈火さん。そんな燈火さんの言葉に私は苦笑いで返した。確かに美味しそうではあるのだけど。


「さあ、食べましょう。いただきます」

「……いただきます」


 せっかくなら鮭の味を知らない口で食べてみたかった。そう思う程この鮭は美味しかった。なのにも関わらず、味に飽きてきてしまったのがとても悔しかった。


 フルコンボを食べ終えた後、私たちは新たな商品を作り出すため、食器を片付けた食卓にて作戦会議を行っていた。


 実は、あのリップクリームは思わぬ反響を呼んだ。

 おにぎり屋の梨伊さんが広めてくれたおかげか、開店初日であの大量にあったリップクリームが完売となってしまったのだ。慌てて生産しても間に合わない。そんな状況が続き、私たちはここ数日リップクリーム生産に追われている。

 効果もバッチリだったらしく、買った客が家族や友達にも買ってあげたいと追加で購入する人も多かった。


 そんなこともあって、購入者から違う商品も楽しみにしているといった声が続々と出たのだ。そこで私たちは一旦新たな商品開発とリップクリームの生産という名目で、一ヶ月休みをとることにした。


 私もまさかここまで人気が出るとは思ってもいなかったのでかなり驚いた。


「それで、次は一体どんな物をこの世界に残してくれるのですか?」


 燈火さんはワクワクを隠しきれず、そわそわした様子で私に尋ねた。


「気になっていたんですけど、この世界の化粧はどのように行われているのですか?この前リップクリームを買ってくれたご婦人が化粧による肌荒れに悩んでいるという相談を受けたのですが……」

「そうですね。私も男ですからあまりその手は詳しくないのですが……。とりあえず、どのように化粧しているかだけ教えますね。まず水で顔を洗い、水を拭いてそのまま白粉を塗り……って感じです」


 私は燈火さんの発言に思わず口を開けて驚いてしまった。


 まさか水で洗顔後、直で白粉を塗ってしまうとは。それは肌荒れに悩むのも無理はない。絶対肌が荒れるに決まっている。


「それは大変ですね。……決めました。アレを作ります」

「アレ?」


 燈火さんは首を傾げた。

 アレとは言ったが、もちろんこの世界に無いものなので燈火さんは知らない物だ。


「今回も男女兼用の物としても使えるんです」

「それは一体何なのですか?」

「化粧水です」


 燈火さんは初めて聞く言葉にまた首を傾げた。


「化粧水……?想像ができませんね」

「私のいた世界ではそれは様々な化粧水がありまして、その中で今回私が作るのは保湿化粧水です」


 乾燥とは恐ろしいものである。乾燥すると顔がカサカサして粉を拭いたり、化粧のノリが悪くなったりと美肌を保てなくなってしまう。美肌を保たなくてもいい、と思う人もいるだろうが、実は美肌を保てないと最悪の場合、プラス五歳の年齢で見られることもある。


 また、化粧をする前につけておくのも大事だ。ただでさえこの世界の人は潤いが足りていないので、普段より少量の化粧水を化粧前につけるだけで化粧ノリも抜群によくなるのだ。


 それに化粧をしない男性にももちろん使える。男性だって乾燥肌の人がいるはずだ。乾燥肌でなくてもニキビで悩んでいる人もいるだろう。


「化粧用の水というより、肌の調子を整える水と言った方が近いかもしれません。たくさんの美容成分が入ってる液体なんです」


 私が化粧水について簡単に説明すると、燈火さんは感心したように頷いた。


「作り方はある程度頭に浮かんでます。ですが、それが本当に成功するか分からなので……その……」

「いいですよ。私と一緒に実験しましょう。初めて作って成功することなんてないのですから、成功するまでたくさん試行錯誤して、その化粧水とやらを作りましょう」


 言葉を詰まらせている私を優しく笑った燈火さんは、私にそう言ってくれた。


 私は詳しく燈火さんと話し合うために必要な紙と鉛筆を持ってこようと席を立ち、自分の部屋へと歩き出した。


「ですが、今日はそんなことしませんよ」

「え?」


 燈火さんの引き止める言葉に私は足を止めた。


「せっかく一ヶ月の休みを頂いたのです。せめて一週間くらいは何もしないで過ごしましょう。あまり急いでもいい物ができません」


 燈火さんは少し意地悪に微笑んだ。


「昔から憧れてたんです。何もせずにぐうたらして日々を過ごすことを。あなたも、もちろん付き合ってくれますね?」


 そうは言いつつ、私に有無を言わせないように燈火さんは私の手をとって、私の部屋まで連れて行かれた。


「必要な物、最低限でいいです。ああ、服はいりません。下着くらいで十分ですよ」

「な、何をする気なんですか?」


 興奮したように小さな鞄を持ってきた燈火さんは、しっかりとフードを被ってまるで外出するかのよう……ってまさか。


「どこへ行くんですか?」

「王宮です」

「へ?」


 燈火さんといえば、確か早く王宮から逃げ出したくて、自分の力で王宮から出ることに成功した人だ。


 そんな人が王宮へ行く?月夜様にでも呼び出されたのだろうか。一体何の用で?


「はは、混乱してますね。何も王宮で仕事なんてするわけではありませんよ。月夜の所に居候をするのです」

「居候ですか。でも、なぜ月夜様の所で?」


 私がそう質問すると、なぜか得意気な顔をして私の部屋の椅子に王様かと思うくらい、堂々と足を組んで座った。


 それ、結構座り心地の良くて私のお気に入りの椅子なんですけど。


「なぜって、そこが一番適してるからです。あの子は謎にデカい隠し部屋をいくつか持っています。ですから王宮の者にバレる確率は限りなく低い。その上、あそこは豪華な料理が朝昼晩振る舞われる。おやつも付いてくる。働かずに食える場所、それが王宮です」


 この思考回路、ダメ人間だ。王宮をなんだと思ってるのだ。逃げ出したくせに今度はぐうたら生活のために王宮に入り込むなんて。

 月夜様なら許してくれるかもしれないが、これはダメ人間すぎる。


「はあ、全く星蘭は頭が固いですね。こういう時は素直に自分の欲に従うのが一番ですよ。それに、ただ遊びに行くわけでもありませんしね」


 燈火さんは意味ありげに微笑むと二回手を叩いた。


「ほら、早く準備してください。考える暇があったら行動しなさい」


 私は偉そうに、と思ったが確かに私の師匠様であり、この国の王族出身だったので、その言葉はそっと胸の中に置いて私が必要だと思う物を小さな鞄に詰め始めた。


「終わりましたか?では、戸締りをして参りましょう。あ、王宮に行く前におにぎりを買いましょうか」

「また鮭ですか」


 私の呆れた言葉に燈火さんは騒がしく怒っていたが、全く耳に入らなかった。きっと誰しもがそう思ってるはず。


 この鮭狂人が。

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