大阪環状線発車メロディー 弁天町駅 大阪駅 新今宮駅 大正駅 桜の宮駅 編
優しい人は、顔の表情に出るのか、動作に出るのか、すぐに分かる、従って、気軽に話しかけてくれたり、慕われ、好かれ、信用、安心されるような、いい事が多いが、時には、無理難題を、頼まれたり、ずるい奴に、利用され、責任を押し付けられたり、苦労する時もある、
「線路は続く どこまでも」の発車メロディーが聞こえ、慌てて電車に飛び乗り、大阪駅に向かった、ここは弁天町駅、2014年まで、ここに交通博物館があったので、この曲が選ばれたと聞いている、長井道紀は、自分の名前が、ながいみちのりと読むので、線路が続くを、長い道のりに例え、この発車メロディーが気に入っている、道紀は通勤時、京橋方面から来る彼女と待ち合わせて、一緒に通勤する習慣になっている、もう付き合って2年以上経っている、喧嘩をした時も、必ず1番線フォームで待っていてくれて、大阪駅の発車メロディー「やっぱ 好きやねん」が、流れると、お互いニコリと笑い、仲直りができる、今日は、最高の日にしたい、リュックに、大事な指輪を入れていて、今夜、中之島公園で、プロポーズをするつもりである、彼女も、以前から、道紀さんと、ずっと一緒に居たいと言ってくれているので、結婚を承諾してくれると思っているが、不安で昨夜は眠れなかった。
電車は、西九条駅から急に混み出し、身動きが取れない状態になってきたが、いつもの事なので、全く気にならなかった、道紀は、つり革が持てず、左手を座席横の柱を握って立ち、今夜のプロポーズのセリフを頭の中で、何度も繰り返し練習していた、気がつくと、横に24~5才の女性が、つり革を持って立っている、「女性専用車に乗ってくれ」と頼みたいくらい、気を遣う、出来る限り、動かないように体を固めて、女性の体に当たらないように意識をしているが、満員の中、揺れる毎に、どうしても肩が当たり、右手が体に触れてしまいそうで、早く大阪駅に着いてくれと祈っていたが、昨夜、あまり寝ていなかったこもあり、立ったまま、ウトウトし始めた。「まもなく、福島です」とアナウンスが聞こえた時、横に立っていた女性が泣き出し、その声で、目が覚めたと同時に、思い切り右手を掴まれ、上に持ち上げられた。驚き、振り向くと掴んでいるのは、40才くらいの、スーツ姿の男性だった、
「この人が、彼女を触りました」
大声で叫ぶと、乗客全員が驚き、こちらを見ている、道紀は、今、何が起こっているのか、見当がつかなく、呆気にとられ、掴まれた状態のまま、じっとしていた、ドアが開いた。
「降りろ」
手を掴まれたまま、無理矢理、下車させられた、
「あなたも、降りてくださいよ」
泣いている女性も降りて来たが、その場に座り込み、震えながら手で顔を覆って泣いている、野次馬に囲まれた
「こら痴漢」
「変態」
罵倒を浴びせる人も多かった。
駅員が、駆け付けて来た
「こいつが、この女性を触っていました、痴漢です、私、見ていました」
男性が、興奮しながら、駅員に叫んでいる。、
道紀は、やっと、今、自分が置かれている立場がわかった、
「僕が?・・・触った?・・・」
全く、覚えがない、なぜこうなったか分からないまま、駅員室を出て、曽根崎署に連行される途中、パトカーの中で、二人の警官が
「あなたは、真面目そうな顔を、しているのに、可哀そうなことをしたら、あかんで、あなたは、奥さんか、彼女がいますか」
穏やかに質問された
「彼女はいますけけど」
「それなら、あなたの彼女が、痴漢にあったらどう思いますか、そんなこと考えた事ありますか」
説教されているのだと気付いた、もうこの時点で、僕を犯人だと決めつけている、この人に何を言っても無駄だと、黙っていた、
警察に到着すると、女性から被害届が提出され、目撃者もいるという理由から、逮捕され、取り調べを受けた、まず、右手に粘着テープを張られ、手についた繊維を採取された、電車に揺られ、女性に触れそうな時はあったと思うが、実際は分からない、今まで、あまりにも唐突な出来事で、気が動転し、頭が真白になり、思考力、判断力に欠けていたが、逮捕と聞かされ、我に返った、
「僕は、痴漢ではありませんよ、触っていません」
「最初は、皆、そう言うんや、自分からやったとは誰も言わへんわ」
刑事は、笑いながら言った
「僕は、窓の外を見たり、西九条を過ぎたあたりから、柱に掴まりながら、居眠りをしていました」
「えらい、器用な事をするんやな、こっちは、目撃した男性から詳しい話を聞いているんや、正直に言えや、目撃者と被害女性証言が、ぴったり一致しとるわ」
大声で、脅しのような口調で言われ、怖かった、
「女性は、どう言ってますか」
「そんな事、言われへんがな、でも右手で触られたと言ってるようやで、お前の右手は空いていたやろ」
目撃男性は、公務員で池田(45才)と名乗り、被害女性とは、全く面識がない。
池田の証言内容は
「西九条から乗ると、あの男性の横に、彼女がつり革を持って立っていました、可愛い子なので、見ていると、あの男性が、頭を掻くふりをして、手を下す時に、彼女の胸を触りながら下したんです、偶然かなと思っていたんですが、何回もやるんです、痴漢だと思いましたが、言うと彼女が恥ずかしがると思い、黙っていたら、野田駅から、堂々と、お尻まで触りだしたので、腕を掴みました」
刑事は、ひつこく、何回触ったかと聞いてくる、温厚な道紀だが、腹がたってきた
「それって、僕が痴漢だと決めつけていませんか、僕を信用するってできないのですか」
「目撃者の証言がうそやと言うんか、女性は被害届まで出しているんや、あの人達が、うそを言っているんか」
刑事は怒ったように言ってきた
「うそですよ、僕は触ってません」
「言い訳は、弁護士に言え」
「僕は、痴漢じゃあないから弁護士はいらん、何を弁護してもらうんや」
刑事に、食ってかかった、刑事は、笑っていた、どうやら印象を悪くしたようだ、その日は、勾留されてしまった。
翌朝、頼みもしていない弁護士が来た
「相手様の弁護士と相談した結果、示談にしたいと、申し出がありました」
また、朝から腹が立ってきた
「僕は、痴漢などしていないのに、なぜ示談金が必要なんや、相手にそう言っておけ」
弁護士にも、食ってかっかたが、少し、言ったことを後悔した。
検察庁まで行き、検察官とも面談したが、犯行を否認し続けた、、しかし、10日間も、取り調べを受ければ、殺人、強盗の凶悪事件は、多くの刑事が動員され、捜査に当たると思うが、痴漢では、女性や、目撃者の証言を信用して、綿密な捜査はしてくれないようで、いくら抵抗しても無駄だとわかり、調書にサインをしてしまい、初犯ということで、略式起訴の罰金刑になったが、日本でこんなことがありうるのか、警察不信に陥った。
10日ぶりに帰宅し、ゆっくり風呂に入ると、惨めで、悲しくなり、自然に涙が出てきた。両親が、道紀を信じてくれたのが、唯一の救いだった。落ち着いてから、彼女に電話をした、呼び出しているが出てくれない、仕方なく、メールを入れると、即、返信が来た、
「迷惑電話、迷惑メールを送信しないでください」
慌てて、もう一度、電話をすると、すでに、着信拒否をされていた、どんなことがあっても、道紀さんに付いて行くと言ってくれ、プロポーズすることを決心していただけに、ショックだった。せめて話くらい聞いてくれてもよかったのに、着信拒否って、あまりにも残酷である、一般家庭で、夫の浮気がバレたとき、許す、許さないは別として、一応、奥さんは、夫の言い訳くらいは聞くだろうと思うのに、彼女には、心の寛容さがなかった、一瞬、プロポーズをしなくてよかったと思った、痴漢に間違われる前は、バラ色の人生を送れるはずだったが、、一気に、どん底に突き落とされた、人生は怖い、油断も隙もない、、何が起こるかわからないことを痛感した。
5年間勤めた会社からも、何の事情説明も聞いてくれず、一方的に解雇通知がきている、遺書を残し、被害女性や、目撃男性、彼女、会社に、死んで訴えてやろうかとも考えたが、思い留まった。
何もかも、嫌になった、今、結婚資金にと、貯金が300万円ある、自暴自棄に陥り、このお金を全部使ってやろうと、制止する両親を振り切り、弁天町のプラットフォームに立った、線路は続くよどこまでものメロディーが聞こえてきたが、いつもの感覚ではなかった、自分の長い人生は、これから、どうなるのか「不安は続くよ、どこまでも」と聞こえた。当てもなく、環状線内回りに乗ったが、乗客が、道紀を見て「あいつは、痴漢だ」と言われているような気がして、連結部まで移動し、下を向いて、目を閉じていたが、これから、新しい世界に飛び込もうとしていると考えると、先程聞いた、「不安が続くどこまでも」が、頭の中から消えなかった。そうしているうちに、新今宮駅に着いた、降りる気はなかったが、発車メロディー、ドヴォルザークの「新世界」が流れると、無意識に電車から降りていた、通天閣に上がる気はないが、人混みの列に付いて、新世界の方に歩いて行った。通天閣前まで来ると、この周辺は、串カツ店だらけである、中を覗くと、どの店も客で賑わっている、最近まで営業していた、有名なフグ料理の「づぼらや」の店がなくなり、その跡地にまで、串カツ店になっていたのには驚いた、もう3時を過ぎているが、不安で、お腹は空かない。天王寺公園と、動物園正面玄関まで繋ぐ、歩道橋の石のベンチに、当てもなく座ると、下の動物園から、アシカや、猛獣の鳴き声が聞こえ、晴天で、春の日差しが強くて、暖かく気持ちがいい、通路を挟んだ前のベンチにリアカーに犬を乗せた、50才くらいの、髭を少し伸ばした、身なりは、清潔そうな感じだが、路上生活者らしい男子が、座っていた、この人の人生って、どうだったんだろうと考えていると、犬が道紀を、尾を振りながら、じっと見ている、道紀も、犬に向かってニコッと笑い、手を振って応えてやった、喜んだ犬は、リアカーを飛び越えて、こちらに向かおうとした、
「こらっ」
男性が、慌てて怒り、押さえて制止した、
男性は、ニコニコしながら、道紀に近づいてきた
「兄ちゃん、驚かせてすまんな」
「全然、いいですよ、僕は、犬や、猫ら動物は好きですから」
「あいつ」
と犬を指さし
「あいつは、あまり人に懐かないんやけど、兄ちゃんが気に入ったみたいやな、動物は感が鋭いから、兄ちゃんは、きっと、優しい、いい人やねんわ」
道紀は、笑いながら、手を横に振った、
「そうや、兄ちゃん、おにぎり食べるか」
突然言い出した
「いいです」
慌てて断った
「そうやろな、こんなホームレスのおにぎりなんて食べられへんわな、すまん、すまん」
謝ってくれた
「そんなつもりで、言ったのと、違います、すみません、あまり食欲がないんです」
「俺に、気を使わなくていいで、やっぱり兄ちゃんは優しい人やわ」
「気を使ったのではありません、本当に食べたくないんです」
「「へぇー、失恋でもしたんか、兄ちゃんを捨てるような女は、ろくな女と違うで、最低な女や、向こうから去って行ったから、手間が省けて、よかったやん」
道紀は、男性が言う通り、去って行ってくれて良かったとも思った、男性の言葉に救われた気がして、急に、お腹が空いてきた、
「おじさん、おにぎり、貰いますわ」
男性が、差し出してくれた、おにぎりを2個食べた、凄く気分がよくなった、電車に乗っていた時のような、憂鬱な気持ちが吹っ切れた、
「おじさん、もう少しここに居させてください、今度は、僕が夕食を、ごちそうしますわ」
「何、言ってるねん、そんなんいいで、もうすぐ、動物園も閉まる、早く帰り」
「いや、まだ、帰りません、おじさんに、話を聞いてもらいたくなりました、一緒に食事しましょうよ」
男性は、遠慮しながらではあるが、承知してくれた
「何が、食べたいですか」
「そうやな、長い間、うまいもん食べてないからな、串カツ、回転すし、ラーメンかな、酒は、こう見えても飲まないんじゃ」
「安い物、ばかりですね」
「それが、一番うまいんじゃ」
結局、串カツを食べ、店を変えてラーメンを締めに食べた、その間、痴漢に間違われ、罰金刑になり、前科が付いたこと、彼女の仕打ちなどを話した、男性は真剣にきいてくれ、気持ちも楽になった。
「もう、終わった過去の話ですわ、もっと、広瀬すずみたいな、いい女の子を見つけますわ、あははっは、前科者は無理ですかね、」
男性は、身の上話を聞かせてくれた
「私は、20数年前、難波で妻の親が経営する喫茶店を継いで、うまくやっていたが、妻の兄が、メイド喫茶をすると言い出し、私達夫婦は、猛反対をしたが、言う事を聞いてくれず、親からの頼みもあり、店を担保にして、私が5000万、妻が兄の保証人で2500万を銀行から借りてやったが、兄も、話を持ち掛けて男に騙され、逃げてしまい、店は取り上げられ、妻の借金だけが残った、私は、卑怯な男で店を無くしたことで、妻を罵倒し、殴り、妻と離婚をし、5才の娘を置いて逃げて、結局、罰が当たりホームレスになってしまった、妻や、娘がどうしているか、全くわからない」
涙を浮かべながら語った、楽しかった食事が、一転して暗い雰囲気に変わってしまった。人生って住人十色やなと、改めて感じた。
「すまんな、こんな話を、君に聞かせてしまってな、でも初めて人に話したわ」
笑って謝ってくれた。
店を出て、天王寺公園を、リヤカーに乗せた犬と一緒に歩いていると
「そうや、今度は、おごってくれたお礼や、わしの所で泊まっていくか」
「ほんまですか、今日は、帰りたくないんです、嬉しいです、泊めてください」
「そうか、よかった、、でも暖房がないから少し、寒いかもしれんで、辛坊できるか、家賃ただやし、しょうないねん」
「大丈夫ですよ、では帰りましょう」
「もう、帰っているがな」
「えっ」
「ここが、わしの家や」
「・・・・」
「知ってるやろ、わしはホームレスやがな、家は広い公園の中じゃ」
なるほどと納得した
学生時代、キャンプでテントで寝たことはあるが、野宿は、初めてである、毛布を2枚貸してくれたので、意外と寒さは感じなかった、
朝、目覚めると、おじさんがいない、しばらくすると、弁当を2つ持って帰ってきた。
「さあ、朝食や」
389円のシールが貼ってある鮭弁当である、
「弁当くらい、豪邸に泊めていただいた、お礼に,買ってきましたのに」
「これ、ただや」
「えっつ、まさか、万引き」
「アホ言うな、なんぼホームレスでも、そんなことは絶対にせん、これは、賞味期限が切れた弁当で、コンビニが廃棄処分にするやつを貰ってきたんや、この鮭は、少しだけ残してな、こいつの餌にするから」
犬を指さした、
このような、だらだらした生活を、3日間送った、4日目の朝、lおじさんが言った
「そろそろ、こんな生活が飽きてきたやろ、長井君は若い、こんなことをしてたらあかん、仕事をみつけろ、そうしないと、広瀬すずみたいな嫁さんは来ないぞ」
おじさんの、昔の知り合いが、小さな清掃会社を、芦原橋近くで経営していて、従業員を探
しているということで、まず、準社員として勤務することになり、近くに、安いアパートも借りて、やっと、落ち着くことが出来た、おじさんのお陰である。1か月前まで働いていた、大阪第一ビルのオフィスより、狭く、汚く、若い女の子もいなく、華やかさはないが、仕事が出来るだけでありがたかった。
早朝や、夜勤もあり、きつかったが、必死で皆についていき頑張った、1か月が過ぎた頃、夕方5時、京橋のビルの清掃があり、ビルに入っている全ての事務所が終了するのを待つ間、清掃員のコーヒーを買うため、自販機まで行くと、前方から、1か月半前まで勤務していた会社の部長の姿を発見し、慌てて隠れた、
「あっ」
思わず、声が出てしまった。一緒に歩いていたのは、道紀を振った彼女だった。横を通り過ぎたが、気付いていないようだ、二人を目で追うと、予想通り、ラブホテルに入って行った、手をつなぎ、かなり、親しそうだ、いつからそういう関係になっていたのだろうか、2か月前まで、道紀と付き合い、プロポーズ寸前までいった彼女だ、ショックというより、あきれ返ってしまい、プロポーズをしなくてよかったと安堵し、笑ってしまった。
道紀の実家、弁天町駅の隣、プロ野球オリックスの本拠地、京セラドームがある大正駅からバスで2~3分の、三軒屋町の小さな古い文化住宅に、千春という女性が住んでいる、
彼女は、25年前、大学で知り合った光嗣と結婚し、二人で、コーヒーマイスターの資格を取得し、難波で、山形県出身の千春の両親が経営する、喫茶「さくらんぼ」を継ぎ、順調に行っていたが、近くにスターバックス、ドトールコーヒー、サンマルクのような、有名コーヒーチェン店が進出してきて、徐々に売上は減少してきたが、頑張っていた、結婚して、5年が過ぎた頃、一流大学を出て、銀行のエリートマンだった、千春の兄が、得意先から、堺筋通りにある、小さな空ビルが売りに出され、、その1階にカレーショップ、2階をブームになっていた、メイド喫茶経営の話を持ち掛けられ、慎重派の兄だから、勿論、実際に地主にも、不動産会社にも会い、出店希望のカレーショップのオーナーとも面談したのち、話に乗った、しかし、千春夫婦は、堺筋近辺の土地は小さくても結構するし、特殊な喫茶店だけに不安で、猛反対をしたが、銀行員の兄を信用し、両親の頼みもあり、店を抵当にして、夫の光嗣は5000万、千春は兄の2500万の保証人になり1億の契約を済ませ、いよいよ工事着工の5日前、その土地は、他人名義で、地面師の詐欺にひっかかったことが判明した、兄は逃げて行方不明、店は人手にわたり、毎日、夫婦喧嘩が絶えず、温厚な光嗣であったが、店を無くしたことで激高し、ついに、千春を殴り、家を飛び出し、1週間後に、離婚届けに自分の印鑑をついて送ってきた、それ以後の消息は全く不明で、最後に残ったのは、兄の借金2500万だけだった。
千春は、住んでいた、マンションの契約を解除し、三軒屋の、家賃が安い、古い文化住宅に引っ越してきた、毎月、10万円の返済で、利子も含めると、払い終わるまで22年かかる、昼間、時給1050円のラブホテルのスタッフとして、週5日、10時~16時まで働いた、男女の情事後の、清掃、部屋の整理整頓、ベッドメイクはつらかったが、頑張った、娘が高校生になると、近所の喫茶店でモーニングの時間帯6時~9時まで手伝ってから、ホテルに出勤した、母子家庭になった娘に、みじめな思いをさせたくなく、大学にも通わせたので、夜7時から清掃会社で夜勤の仕事をして、帰宅が1時を過ぎることもしばしばあり、睡眠時間が5~6時間の日が4年間続いた、3年前に、娘が大学を卒業し、就職をしたので、家に生活費を入れてくれるようになり、生活はかなり楽になったが、、千春には、小さな喫茶店をもう一度開店したいという夢があり、資金を貯めるため、今も3つの仕事をこなしている。
お金を全部使ってやると、やけを起こし、家を飛び出したが、結局、ほとんどつかわず、正社員になったことで、貯金は前よりも増え、いつでも結婚は出来るが、いまだに、広瀬すずは現れない。実家には、帰っていないが、一応安否は手紙で伝えているが、両親は、道紀の居場所を知らない、また時々、ホームレスのおじさんに会いに行き、食事をともにするが、さすがに豪邸には泊まらなかった
「おじさん、まだ50過ぎやろ、一緒に、仕事しようや」
誘うが、その気はないようだ
「いや、こういう生活に慣れると、仕事をする気力がなくなるわ、妻子を捨てた罰や、ここで野垂れ死するわ」
笑っているが、寂しそうである。
「でもな、もう一度だけでいいから、お客さんの前で、コーヒーを淹れてみたいわ」
とよく言っている。
道紀が勤務する清掃会社に、夜勤だけの契約をしている、50過ぎの女性が、7時頃、毎日来る、名前は知らない、よく見ると、美人のようだが、化粧も、髪の手入れも、ほとんどしていないようだし、やつれて、いつも疲れた顔をしていて、気になる、苦労をしているのだろうと思うと、憐れみを感じてしまう、
時々、コーヒーを差し入れすると、
「ありがとう、ございます」
ニコリと笑って応えてくれる、それが、道紀にとって凄く嬉しく、仕事のやる気が出てくる。
ある日、ビル掃除の準備をしていると、彼女が、突然、真っ青な顔で、床に倒れた、意識はあるが、起き上がれない、慌てて、救急車を呼び、病院に付き添い、診察室の前で待っていた時、初めて、彼女の名前が「千春」と知った、
「栄養失調で、強度の貧血です」
医者から伝えられ、この時代に、栄養失調とはと驚いき、しっかりした食事をしていないんだろうと悟った、長時間点滴を受け、元気になったようだが、2~3日、入院することになった
「もうすぐ、入院の準備で娘が来るから、会ってください、お礼を言わすから」
と言われたが、若い娘さんに会うのも恥ずかしく、また仕事も気になり、病室を出た。
結局、退院まで1週間も要したが、元気に出勤してきたので安心した、それ以来、お互い、いろいろ話す機会も増えたが、彼女の身の上話は全くしてくれず、謎だらけであった。
先日、清掃中、窓から、前と違う男とホテルに入って行く、あの女を目撃してしまった。なぜ、2回も出くわすのか、僕に対するる、当てつけかと思ってしまう、何か、女性不信になり、結婚相手も探す気にはなれなかった。
ある夜、清掃が終わり、休憩していると
「長井さんは、結婚しているのですか」
初めて、千春が、道紀個人の事を尋ねてきた。
「結婚どころか、彼女もいないですわ、あははは」
照れ笑いをした
「へぇ、よく働く、真面目な、男性で、モテそうだけど、女性の選り好みが激しいのと、違うのですか」
「そうなんです、広瀬すずみたいな、女の子を探しているんですよ、えへへへ」
「そら、無理やわ」
楽しそうに、笑っていた。
それから数日後、、千春はコーヒーを飲みながら、
「私ね、昔、喫茶店をしていたのよ」
初めて、自分の事を話した、やっと、心を開いてくれてようで、嬉しかった
「へえ、喫茶店ですか、それでどうなったんですか」
「家族で、いろいろあってね、店は人手に渡ってしまったの」
道紀は「ギョ」とした、ホームレスのおじさんの話と、よく似ている、興味が湧いてきた、
「千春さんは、結婚してるのですか」
「旦那さんは、その時、私を殴って、娘を置いて、家を出てしまって、行方知らずよ」
ますます、おじさんの話に似て来た、もう少し、続きを聞きたかった
「嫌やわ、こんな話を、長井さんにして、ごめんね。もう帰りましょう」
早々に帰ってしまった。
あれから、話を聞く機会がなく、日が過ぎて行った、今日は、雨で、仕事がキャンセルになり、時間が出来た、いい機会が出来た、少し、話したい事があると言って、近所のラーメン店に誘った、
「この前の、喫茶店の話を 聞かせてくれませんか」
「嫌やわ、なんで、私の嫌な事を聞くの、趣味悪いよ」
笑いながら応えてくれた
「私の兄が、メイド喫茶をすると言い出し、主人は店を抵当に銀行から、私は兄の保証人になり、お金を集めたが、その土地が、他人名義で、詐欺だとわかり、店は人手に渡り、兄と、主人は逃げてしまい、私の借金だけが、残ったんです」
千春は、絶対、あの、おじさんの元妻だと確信した
世の中は、狭い、こんな近くに関係者が3人もいたのだと驚いた。
「千春さん、間違っていたら、謝りますが、ご主人の名前は、光嗣さんではないですか」
「・・・・」
千春の顔が、赤く染まってきたのがわかった、
「どうして、知っているのですか、主人とは、どういう関係ですか」
強い口調で聞いてきた
「その人とは、ある所で知り合い、いろいろお話をさせて頂き、やけを起こして、生活が乱れかけていた僕を、立ち直らせてくれた、恩人です」
「主人は、元気にしているんですか、仕事は何をしているんですか、女性と一緒ですか」
畳みかけて、質問をしてきた、
「慌てないで下さい、一気に言われると分かりません、一つずつ、言ってください」
千春は、少し間を置き、深呼吸をしながら、再度、質問をしてきた
「元気に、していますか」
「たぶん、元気だと思います、心配はいりませんよ」
「よかった、仕事は何」
「それは、僕は、分かりません、しているような、そうでないような・・・です」
「へえ、、何処に住んでいますか、大阪ですか」
「勿論、大阪ですよ」
「大阪の何処なんですか」
「何処と言われても、困るのですが、住所はありません」
「えっ、ない・・・・」
「まさか、刑務所?」
「いいえ、違いますよ、そんな環境のいい所ではないです」
「・・・・・・」
「何処なんですか、早く教えて下さい」
怒ったように言った。おじさんのプライドもあるし、迷ったが、思い切って言う事にした
「住所は、大阪市、公園です」
「こうえんって、いう場所、聞いた事ないです、ほんとうに大阪市にあるのですか」
「千春さんも知っている、公園です・・・・・ホームレスです」
「えええー・・・・」
千春の目から涙が溢れ出し、下を向いて黙ってしまった、少し、雰囲気が暗くなってきたので、その場を和らげようと
「女と一緒に暮していますよ」
「ええええー」
ショックのようで、また顔を手で覆って泣き出した、これはヤバイ
「すみません、女と言っても、メスの犬ですよ」
千春は、安心したのか、笑って、道紀の肩をポンとたたいた。
「主人に、会わせてください、お願いします」
「会って、どうするんですか、殴られた仕返しでもするのですか、もう夫婦ではないしね」
「まだ、夫婦です、離婚届けは提出していません、こんなことになっかのも、私の兄の精で、主人が怒るのも、無理もないんです、喧嘩して、私も、きつい事を言いました、だから、謝りたいです、そして、もう一度、一緒に暮したいです」
いい話で、感動した、まだ千春は話を続けた、
「それと、私は、いつか、主人と一緒に、喫茶店ができるようにと、お金を貯めているんです、でも、借金返済がきつくて、思いようにはたまりません、しかし、あと2年弱で返済は終了します、そうすれば、かなり貯金が出来ると思いますし」
2日後、千春の思いに感動して、おじさんに,会いに行くことにした。
「僕は、会わせるだけですよ、後は二人で話会ってくださいよ」
いつも、おじさんがたむろしている歩道橋まで行くと、市立美術館前に、大勢の人が集まり、救急車がサイレンを鳴らしながら走り去った、知り合いになった、おじさんが走ってきた
「えらいこっちゃあ、ここにきたら、おやじさんが倒れていたんや、今、救急車で運ばれていったわ」
二人は、驚いた、搬送先がわかり、急いで病院に駆け付けると、医者の手当てが終わり、病室で眠っていた、看護師は、心筋梗塞で、危険な状態だという、静かにベッドに近づくと、目が覚め、二人に気付いたようで、道紀を見て、ニコリと笑い、千春を不思議そうに、長い間見つめていた、
「あなた、わかりますか、千春ですよ、やっと会えましたね」
おじさんは、思い出したように、涙を浮かべ、何か言いたそうだったが、声が出ていない、
「おじさん」
道紀が、大きな声で呼んだ瞬間、息を引き取った、
「・・・・・」
「・・・・・・」
もう一日、早く公園に行けばよかったと、後悔した、
公園に戻り、リアカーの荷物を整理していると、道紀宛ての手紙が出て来た
「道紀君、私が死んだら、二つ、お願いがある、まず、妻の千春を探して欲しい、〇〇銀行阿倍野支店の貸金庫に、大事な物を保管している、それを、千春に渡して欲しい、もし1年経過しても、見つけだせなかったら、君に受け取ってもらいたい、二つ目のお願いは、この犬を、君に飼ってもらいたい」
〇〇銀行の貸金庫に、手紙と金塊が5枚、保管されていた。
「千春へ、さくらは元気にしていますか、君に似て、きれいな女性になっているでしょうね、あの時、君を殴り、家を出てしまい、皆に迷惑をかけたと思います、誠にすみませんでした、この金塊は、「さくらんぼ」が繁盛している時に、さくらのために、もう一店舗、店を持っておきたいと思い、店の売り上げの一部と、私の小遣いで、貯めたお金を、金塊に替えました、千春のことだから、きっと店を再開しようと頑張っていると思います、この金塊は借金返済に使わず、店の再建のために、隠しておいた「さくらんぼ」の埋蔵金です、金塊1枚450万はすると思います、是非使って「さくらんぼ」を復活させてください」
家族葬を、千春の近所の小さい会館で行った、最後は、棺にさくらんぼをお供えして、見送った、遺骨な、千春が持ち帰ることになっている。
この日、初めて、娘さんの姿を見た、たしかに綺麗な女性である、
「はじめまして、さくらと言います、お父さん、お母さんがお世話になりました」
丁寧に、挨拶をしながら、じっと道紀の顔を凝視している、不思議だ
「何か、へんですか」
「いや、なにもないです、すみません」
手を横に振りながら、奥の方に走って行った。
斎場を出て、大正駅近くの和風レストランの個室で、食事をすることになった
「お母さん、ちょっと、話があるねん、長井さん、少しだけ、この部屋で、待っていてくれませんか」
さくらは、遠慮しながら、言った
「いいですよ、ごゆっくりどうぞ」
何か、奇妙な感じがした、もしかして、昨日の金塊の事で、もめているのかと心配になってきた。様子を見ると、向こうの方で、さくらが、千春に怖い顔をして話していて、千春も、驚いた様子で頷き、相談しているようだった、5分で戻ってきて、食事が運ばれてきた、母娘は先程と違い、表情が硬い、なにかあるなと感じた、他人の僕が、ここに居ると、話い難いだろう、早く食べて退散しようと思っていた、
「長井さん、私を知っていますか」
さくらが、奇妙な質問をしてきた、今日、初めて会ったのに、知るはずがない
「えっつ、どういう事ですか、僕は、あなたに今日初めて会いましたし、名前も、お父さんの手紙で知ったくらいです」
さくらは、モジモシしながら
「お母さんから言って」
「何、言ってるの、自分の事やないの、自分の口で謝りなさい」
謝るという言葉が出て来たが、全く見当がつかない
「長井さん、申し訳ありませんでした、私、あなたを痴漢だと思い、被害届を出した、あの女です」
「えええ~・・・」
僕を捕まえた男の顔は、しっかり覚えているが、女性の顔は、はっきり見ていない
「あの時の女性ですか」
もう一度、顔を見たが、やはり覚えていない、 慌ててまた言い訳をした
「すみませんでした、でも僕は、絶対に、さくらさんを触っていません、痴漢などしたことはありません、ほんとうです、信じてください」
テーブルから下がり、畳の上で深々と頭を下げた。さくらは狼狽した
「頭を上げてください、実は、あなたを捕まえた池田さんから、駅員室で、詳しく、長井さんが、こうやって私を触ったと、自分の体で胸を触ったり、お尻にふれたり、実演してくるんです、実際その通りだったので、完全に信用してしまい、長井さんが、痴漢だと思い込んでしまうと、強引に被害届提出を勧めてくるんです、しかし、私、長井さんが、触っている所を見ていないし、迷っていると、警察も、池田さんと、私の供述が一致しているので、長井さんに間違いがないと言われ、被害届を出しました」
道紀は、黙って話を聞いていた
「1か月ほどした時、警察が来て、あの痴漢は長井さんではなく、犯人は池田だと報告を受けました」
「はあ~・・・あいつが・・・」
道紀は、驚き、大声を張り上げた
「道理で池田さんの説明が、リアルすぎると思いました、池田さんは、痴漢の常習犯で、港区の警察が
マークしていましたが、たまたま、その日は、弁天町で女子高生の盗撮事件があり、警官が、そちらに残っていて、乗っていなかったそうです、連れて行かれたのは、北区の曽根崎署でしょう、管轄が違うので、痴漢情報の共有がうまく行ってなかったようで、あのような結果になったそうです」
事情は分かったが、曽根崎署の取り調べをした刑事の顔を思いだし、また腹が立ってきた
「早速、長井さんの家に、お詫びに行きましたが、お父さんが出て来て、息子はやけを起こし家を出て行方不明といわれ、胸が痛みました、、凄く、自責の念に駆られています、ほんとうに、軽はずみなことをしてしまい、申し訳ありませんでした」
母娘は、土下座をし、深々と頭を下げて、謝罪をしてくれた、さくらは、涙を一杯溜めていた。
やっと、自分の無実が分かって、嬉しかったが、もう会社に復帰できるわけもないし、彼女と結婚なんて、毛頭考えていないし、もうどうでもいいと思った、
「頭をあげてください、気にしていませんから、さあ食べましょうよ」
母娘に、気まずい思いをさせたくないので、明るく振舞った。
二日後、
「さくら、どうやった」
千春は、変なことを聞いてきた
「明るい、いい娘さんですやん、可愛いし、美人やし、へへへへ」
「ほんまに、そう見えましたか」
「ほんまですよ、正直、広瀬すずには、負けていると思いますけどね、わはっはは」
「実は、あの娘、鬱なんです」
千春は、手で顔を覆って、泣いている感じがした
「えっ」
「この前は、気丈に振舞っていただけです、相当、無理をしていたようです、昔は、明るい娘でしたが、痴漢に会ってから、人が変わったように、精神的に落ち込み、、部屋に閉じ籠るようになり、食欲もなく、気力もなくなってきたんです、心療内科で診察を受けると、痴漢のショックが原因で鬱症状がでていると診断されました」
「僕のせいですね、すみません」
「後日、長井さんが、痴漢でないことが分かったでしょう、それ以後、更に症状が悪化し、痴漢が怖くて電車にも乗れなくなり、会社を辞めて、家に居ます」
全く、そのような感じには見えなかったので、驚いた、何を言っていいのか、困ってしまった。
「・・・・・」
この前、家に帰ってから、長井さんどうやったと聞いてみたんです、怒鳴られると思っていたが、私達に、気を使ってくれて、優しく接してくれて、いい人やと、嬉しそうにしていました、久しぶりに、笑った顔をみました」
「優しい人と、言ってくれましたか、嬉しいです、ありがとうございます」
ホームレスの、おじさんにも、あんたは優しい人だと言われたことを思い出した。
「そこで、お願いがあります」
「何でしょうか」
ドキッとした
「痴漢扱いした女で、憎い奴だと思いますし、迷惑だとも思いますが、月に1~2回でいいんです、私の家で、一緒に食事をしてくれませんか」
「ええ、それは・・・・・・・・」
予想もしなかった事を言われ、困惑してしまった。
「私は、あの娘の小さい時から、ずっと働き続けて、全然かまってやることが出来なかったし、大学に行っても、友達とあまり遊びに行かないんです、私に、お金を使かわせてはいけないと、気を使っているんですよ、私は、もう少しで、借金の返済が終わりますので、やっと人並みの、女の子らしいことを、させてやれると思っていた矢先に、鬱でしょう、今日までの、あの娘の人生は何だったのかと思うと、可哀そうで、可哀そうでたまらないんです、せめて、なんとか、鬱は治してやりたいと思っているんです」
涙を浮かべながら、必死に、母の思いを淡々と語ってくれた、道紀も共鳴した
「そうですね、いい娘なのに、可哀そうですね」
「長井さんは、彼女はいないと言っていましたね、彼女が出来るまででいいんです、一緒に食べてやって欲しいんです、長井さんはいい人だと言って嬉しそうにしていたし、昨日も、長井さん、何処で犬飼っているんだろうと聞いてきました、一緒に食べながら話をすると、さくらの気も和らぎ、鬱も治ってくるかもしれません、この前のレストランで、あんなに食べたのは、久しぶりだったんですよ、よく考えたら、長井さんが居たからだと思いました」
「・・・・・」
返答に困った
「誤解しないで下さいよ、付き合ってくれとか、結婚してやってくれとかではないんですよ、あくまで治療が目的です、お願いします」
深々と、頭を下げられた。
もう若い女性と食事は嫌だ、でも、お母さんが横にいるから少し気が楽だし、治療と言われると断れない、渋々、承諾した。
あの、おじさん犬は、家では飼えないので、会社の承諾を得て、会社の倉庫で飼い、皆から可愛がられている、
1週間後、3人で食事をした、さくらは、嬉しそうに、少し緊張しているのか、あまりしゃべらないが、千春はテンションが高く、一人でしゃべっている、誰のために来たのかわからない、
「さくら、長井さんが来てくれなかったら、こんな料理食べられなかったね、そうだ、長井さん、嫌いな食べ物ありますか」
「そうですね、ニンジンが苦手です」
「ええニンジン、子供もみたいやわ、あははっは」
さくらは、呆気に取らてて、母を見つめていた、
あれから、3回も食事をした、千春が言うには、長井さんが来ている時は食べるが、普段は、あまり食べないので、鬱より健康が心配だと困っていた、
1か月が経過した、今日も食事会である、道紀は、仕事で遅くなり、6時に着いた、千春は、6時までホテルで働き、7時に清掃会社に出勤するパターンがいまだに続いている、6時30分に出て行き、二人だけになった、こういうのは気まずく、苦手だ、今日は来なかったらよかった思ったが、さくらが話しかけてくれて、助かった、
「長井さん、私のせいで、彼女にふられたんやて、お母さんから聞いたよ、ごめんね」
道紀は、黙って首を横に振るだけだった。
「彼女、何才やったの、可愛かった、美人やった」
興味本位で、立て続けに聞いてきた
「もう、彼女の事は、忘れました、言いたくありません」
さくらには、関係ないのに、怒ったように返答したが、悪かったと反省した
「アッツ、ごめんね」
謝ってくれたが、申し訳なかった、まだ彼女のことを思い出すと、腹が立ってくる自分が情けなかった。
さくらに、こんな事、聞いていいか迷ったが
「さくらさんは、彼氏いたの」
「私??・・・いたと思う・・・ははは、いるわけないやん」
意外と、明るく応えてくれてホットした
「可愛いのに、なぜ居ないんだろうね」
「お母さんが、朝から晩まで働いて、私を大学まで行かせてくれていたのに、彼氏なんか作って、浮かれていたら、お母さんに悪いわ」
驚くような事を言ったが、感動してしまった
「そんな事は、ないよ、彼氏が出来た方が、喜ぶよ、きっと」
「それより、長井さん、こんな家にくる暇があったら、早く彼女をみつけたらいいのに」
さくらは、道紀を覗き込んで、反応をみているようだった、
暇と、違う、あんたのために来ているんやと、言いたかったが、笑ってごまかした。
3人の食事が、最近は1週間に1回のペースで行われるようになって、3か月が過ぎた、
「お医者さんから、だいぶ状態が良くなってきたと、言われたんです、長井さんのお陰です、ありがとうございました」
お礼を言われ、これで、終わりだと、ホットしていると
「でもな、あの娘、ほとんど家から出ないんや、家に引き篭もりなんやわ」
「やはり、そうでしたか、そんな気がしていました」
「なあ、長井さん」
何も言われていないうちから、へんな予感がして、ドキっとした
「なあ、長井さん、もう一度、お願いがあるんです、迷惑なのは、十分承知しています」
やはり、まだ、何かある、ヤバイと思った
「あの娘を、何処かに、連れ出してやって欲しいんです、なんとか、病気を治したいんです、お願いします」
迷惑を承知しているのなら、言うなと言いなかった(笑)、と言う事は、一緒に遊びに行けと言う意味なのかな、それは、ちょっと困るな
「ええー、僕がですか、・・・・・それは・・・・」
少し、嫌な顔をしてしまった、
「お願いしますよ、あの娘は、女の子の友達もいないし、一番信用できるのは、長井さんだけですから」
「信用されても・・・・・・」
「あんな娘と、一緒じゃあ、嫌ですか」
「・・・・・、分かりました、さくらさんが、僕と行くのを嫌がるかもしれませんよ、でも協力します」
こう、言わざるをえなかった。、
3日後
「さくらさん、お母さんから、聞きましたが、ずっと家に引き篭もっているんですってね、そんな事だめですよ」
「分かっているんですが、どうしても、まだ外に出る気力が出ないし、遊んだら、働いている、お母さんに悪いし」
「何、言ってるんですか、この前も言ったでしょう、遊びに行ったら、お母さん喜びますよ、引き篭もっていたら、反対に、心配かけますよ」
「そうかな、でも、お母さん、今まで、何処にも遊びに行った事ないよ、働くばかりやわ、可哀想やわ」
千春は涙しながら聞いていた
「さくらさんが、引き篭もっているのを見るほうが、可哀想そうです、一度、勇気を出して、何処かに行ってみたら」
「・・・・」
さくらは、黙っている
「何処か、行きたい所は、ないのですか」
[私ね、働いていた時、天満駅まで行っていたんですが、大阪駅を過ぎると、阪急ヘップファイブの赤い観覧車が、見えるんです、ビルの上にあるんですよ、珍しいでしょう、あれに乗ってみたいなと、いつも思っていました」
「赤い観覧車ですか、楽しそうですね、僕が連れて行ってあげます、行きますか」
「えっ、長井さんがですか・・・行きます」
即、返事が返ってきた、
「では、行きましょう」
「お母さん、長井さんと、一緒に行ってもいいかな」
千春は、嬉しそうに、首を縦に振った。
「お母さんは、連れていきませんよ」
少し、照れ臭かったので、冗談を言った
「お母さん、振られたね」
凄く、嬉しそうだった
翌日
「ほんとうに、ありがとうございます、私のせいで、昔から、あの娘に、可愛いい、女の子らしい服を買ってやれなかったので、ファッション感覚が全くないんです、昔の長井さんの彼女のような、オシャレな服ではなく、ださい服しか持っていなくて、一緒に歩くのは恥ずかしいと思いますが、辛坊してやってね、離れて、歩いてもいいよ」
笑いながら、お礼を言ってくれた。
さくらは、母が言うように、服装には、全く関心がなく、学生時代は、ほとんどジャージで通学をし、社会人になってからは、会社のダサイ制服のまま、電車で通勤していた。
大正駅で、待ち合わせた、千春が言うように、男性とデートをするような服装ではなく、黒い膝丈のスカートに、薄いピンクのブラウスに、茶色のカーディガンを羽織っていて、近所のスーパーに買い物に行くよいうな格好だったが、さくららしく素朴でいいと思った。
発車メロディー「てぃんさぐぬ花」が流れた、大正区は、沖縄出身の方が多く住んでいる町なので、この曲が選ばれたと思う、てぃさぐぬ花とは、鳳仙花らしい、歌詞のなかに「親の言う事は、心に染めなさい」「親の言う事は、数えきれないものだ」がある、さくらは、いつも、お母さん、お母さんと言って甘え、慕い、言う事を素直に聞く娘だ、まさしくこの曲にぴったりの娘だと思っている。
電車に乗った、気がつけば、道紀は、左手を座席の柱を握り、右手は下していて、さくらは、両手でつり革を持っている、、あの時と同じ体制である、さくらは気づいているのだろうかと、顔を覗くと、真っ青な顔で、涙を浮かべ、微動だにしないで、車窓を見ている、電車に乗るのを怖がっていると、千春が言っていたのを、思い出した、
「さくらさん、大丈夫ですよ、僕がいますから、安心してくだだい」
さくらは、ニコリと笑い、緊張がほぐれたようだ、弁天町に到着した、「線路は続くよどこまでも」が流れた、てぃんさぐぬ花の、さくらと違い、僕は親に反抗して、家を飛び出した、急に両親を思い出し、涙が出てきて、一度、帰って、謝りたいと思っていると
「どうしたんっですか」
さくらが、顔を覗いている
「いや、何もないですよ」
とぼけたが、さくらは気づいていた
「今度は、私が付いて行ってあげるから、両親に会ったらいいわ、お父さん、心配していたよ」
お父さんと言われ、また涙が止まらなかった、
ヘップファイブに入ると、赤いクジラのオブジェが、二人を迎えてくれた、さくらが、嬉しそうに写真を撮っている携帯を見て驚いた、
「ええ、さくらさん、まだ、ガラ系なんだ、若い女性では珍しいね」
「あっ、見つかってしまったわ、恥ずかしいわ、私は、スマホで遊んでいる場合じゃないねん、お母さんに悪いから、でも、これで十分やよ、」
乗り場は7Fにあり、ゴンドラは77.4mあるビルの屋上を抜けて、106mまで上昇した、遠くに、明石海峡が微かに見え、ビルが建ち並ぶ、おおさかの街が一望出来た。
「長井さん、青い顔をしているよ、高所恐怖症でしょう、はっはっは」
さくらは、平気な顔をして笑っている、実は、道紀は、この観覧車に乗るのは2回目だった、あの時も、彼女は、同じ事を言った
「道紀さん、高い所は、怖いのでしょう、こうすると安心でしょう」
と、手を握ってくれた事を思い出したが、さすがに、その事は、さくらには言えなかった。
ゴンドラの中で
「長井さん、ありがとう、今日は、私が食事代を出すから、一緒に行ってくれる」
「ええ、食事は僕が出しますけど、一緒に行きましょう」
「学生の時から、お母さんが、友達に恥をかかせないようにと、お小遣いを多くくれたんですけど、悪くて使えなかったんです、でも私、ケチ違うよ、お母さんは、喫茶店を、もう一度開きたいと、貯金をしているのを知っているので、私も内緒で貯めているんよ、だから、お金はあるよ、心配しないでいいから、私が出します」
東宝シネマ近くの、フレンチレストランで、コース料理を注文し、お肉は、二人とも、和牛の赤ワイン」煮込みを選んだ、
「私、こんなに食べれるかな」
さくらは、嬉しそうに食べ始めたが、途中で、涙を浮かべながら、手を止めた
「どうしたんですか、食べれないのですか」
少し、慌てた
「こんな料理を食べるなんて、お母さんに悪いわ」
「ええー」
驚き、道紀も手を止めてしまった
「お母さんは、私には、きっちり美味しい物を食べさせてくれるが、自分は、ほとんど、玉子焼き、お豆腐、コロッケで、夜しか食べない時もあるよ、鬱の,私より、食べる量は少ないよ、だから、栄養失調で倒れるんや、まともな物を食べるのは、長井さんが来てくれる日だけや、だから、毎日でも来て欲しいわ」
実際、ほんとうの話ではあるが、自分が毎日着て欲しいと思っているので、お母さんに託けて(かこつけて)そんな話をし出した。道紀は、千春の苦労を、改めて感心した、
「お母さん、こんな料理を食べていると知ったら、凄く喜ぶよ、写真を送ったら」
「そうかな」
と言いながら送信した。1分後
「あっ、お母さんからや」
「なんと書いてある、怒っていますか」
「2皿、食べろと書いてあるわ、あははっは」
食事が終わった
「今日は、さくらさんと、デートが出来て凄く嬉しかったです、最高の日になりました、感謝の気持ちです、僕が払います」
さくらに、払わすわけにはいかない、道紀が払った
「ほんとうに、嬉しかったの、こんな服を着ていたので、恥ずかしかったでしょう、ごめんね、、私も凄く嬉しかった、男の人と一緒にいるなんて、初めてやわ」
感極まり、涙ぐんでいた、
約半年が過ぎたが、さくらの症状は、かなり回復してきたが、まだ2か月に1度の割合で、きつい鬱状態の襲われる時があるようだが、医者は「もう少しだ」と言ってくれている、、さくらを連れ出すことは、一度だけ、落合上の渡し船、いわゆる渡船に乗りたいと言うので、乗ったことはあるが、道紀の仕事もあり、なかなか、難しい、千春は、相変らず、3つ掛け持ちで働いているが、あと1年で返済終了となる、もう少しの辛抱である、
ある日の食事中
「長井さん、まだ実家に帰ってないのと違うの、私、付いて行ってあげると言ったでしょう」
さくらが、怒って言った、道紀は、帰りたかったが、気が重く、帰り難かった、さくらを連れ出す、いい機会でもある、思い切って、さくらに付き添ってもらい、帰ることに決めた。
マンションの前まで来た、親の制止を振り切って飛び出しただけに、気が重い、緊張して足がどうしても前に進まない、やはり、帰ろうと思った、
「長井さん、何してるの」
さくらに、背中を押されて、エレベーターに強引に乗せられた
数年ぶりに、ドアの前に立つと、緊張して手が震えた、チャイムを鳴らすと、母が出て来た
「お母ちゃん」
大きく叫び、泣いてしまった、母も泣いている、さくらまで、貰い泣きをしていた、
「お父さんは、ガンで入院している、余命1ヶ月もないらしい、でも今は、まだ意識はある」
開口、一番 母が、怖い顔で言った、
いい時に帰ってきた、早速、阪急梅田の近くにある、病院に駆け付けると、父は眠っていた、痩せこけた顔をみていると、自然に涙が出て止まらなかった、やけを起こし、出て行った事を詫びた、親不幸な息子だと、改めて思った。
父が目を覚まし、道紀を見て泣いている、
[お父ちゃん、ごめんな」
大きな声で、謝った
「よう帰ってきてくれたな、会いたかったで、お前の痴漢の疑いが晴れたで、お前を信用していたので、嬉しかったで、元気そうやな」
蚊の鳴くような、小さな声だった、父は、痴漢の事を、心配していてくれたようで、嬉しかった
「その、お譲さんは誰や」
さくらの顔を見ながら、尋ねてきた
「この子は、さくらと言うんや、僕の彼女や、いい子やで、もうすぐ、嫁になってくれる女性や」
思わず言ってしまった
「えっ」
驚いている、さくらの声が聞こえた
「そうか、もうすぐ、道紀の嫁になってくれるのか、お母さんよかったな」
母も、嬉しそうに頷いている
「お譲さん、道紀をよろしく頼むわ」
と言いながら、疲れて、眠ってしまった、
父を、安心させるためとは言え、さくらの前で、えらい事を言ってしまった、
母は、さくらの顔をじっと見ている
「以前、わざわざ、謝りに来てくれた、お譲さんですね、こんな我儘な息子やけど、頼みますよ、ほんとうに、お願いしますね」
さくらは、困惑しながら、証拠となしに、無言で、首を縦に振った、
もう、さくらの顔がまともに見れない、逃げて帰りたかった、母は病室に残ったが、二人は、病院を出て、黙って大阪駅に向かった、、さくらは、病室で、道紀の言葉を聞いてからは、心臓の鼓動が波打ち止まらない、「もうすぐ、嫁になる」の言葉だけが、頭に残り、お母さんと何を話したか、ここまで、どのようにして歩いてきたか、全く記憶がない、
さくらが、梅田の場外馬券売り場を過ぎたあたりで、満を期して口を開いた、
「なあ、長井さん、あれ本心ですか」
「・・・・」
まさか、「うそだ」とは言えない、黙っていた、
しばらく、お互い黙って歩いた
「やっぱり、うそやたんや」
しゃがんで、泣き出した、
道紀は、歩きながら、両親の前で、なぜ、あんな事を言ったのかを考えていた、まんざら、うそではない、思い付きで言ったのでもない、さくらは、生活の苦しい中で育てられ、辛くて、惨めな思いをしてきたと思うが、悪びれず、素直ないい子である、道紀と、同学年の女の子と比べると、化粧はほとんどしていない、服装もださく、地味な女性ではあるが、食事の時の笑顔を見ていると、道紀の方が、元気をもらい、一日の疲れも取れ、明日からの仕事も頑張れる、最近は、毎日、家に行きたいとも思っているくらいである、お母さんが忙しい時は、症状が悪化して、体がだるく、辛くて倒れそうな時でも、起きてきて、笑顔を見せてくれ、一生懸命に料理本を見ながら、作ってくれる姿を見ていると、涙が出て、心が惹かれて行き、この子と結婚してもいいと思ったこともあったし、絶対に、病気を治してやりたい、治せるのは、僕しかいないとも思っている、病気の父の前で、ずっと一緒に居たい、居てやりたいと言う、心の片隅にあった本心が出たことに気づいた。
大阪駅1番線フォームで、電車を待った、「やっぱ 好きやねん」の発車メロディーが流れた、気持ちが高揚していくのが分かった、目を閉じ、心を落ち着かせた、
電車が、到着し、並んでいた乗客が、動き出した
「次の電車に乗りましょう」
列から離れた、さくらは、驚いて、道紀を見た
「さっきの話は、本心ですよ」
「えっ・・・・・・・・」
「両親の前で、うそは言いません」
「・・・・・、私・・・鬱ですよ」
「鬱では、死にません、必ず僕が治してあげます、僕の嫁になったら、治ります」
さくらの手を握った、温かい手だった
「ありがとう、長井さん、嬉しいわ」
涙を一杯溜めている
電車の中で、さくらは、千春にメールを入れた
「長井さんが、私に、僕の嫁になったら鬱が治ると言ってくれたので、長井さんの嫁になる」
大正駅の改札前で、千春は、涙を浮かべながら、二人を出迎えてくれた、
「広瀬すずでなくて、ごめんね」
笑いながら、さくらを抱きしめていた。
10日後、父は他界した、あの時、さくらが「付いて行ってあげるから」と言ってくれていなかったら、父と会えず、一生後悔したと思う、やはり、道紀にとって、大事な人になった。
さくらは、元気を取り戻してきた、完治も時間の問題だ、千春が3人で、食事をしていた時
「お願いしていた不動産屋さんから、桜の宮駅前に、空店舗があると連絡をもらい、昨日、見に行ってきました、そこは立ち食いソバ屋さんのお店跡で、駅前だけに繁盛していたらしいですが、ご主人が亡くなり、店を閉めたそうです、私は、そこで、立ち食いソバではなく、立ち飲み喫茶、いわゆるスタンドコーヒーショップのようなものをしようかと考えたんです、駅構内にも、そういうお店はないんです、お客さんは、8名しか入れません、カウンター前に、カウンターチェアを設置して、例えばモーニングだと、コーヒーとサンドイッチで400円、ランチはパスタかカレーとコーヒーで600円という感じです、立ち食いソバのように、4~5分で食べ、飲めたら、朝の通勤時にも、気楽に立ち寄れるでしょう、お金は貯金があるし、主人が残してくれた埋蔵金があるでしょう、それに、借金返済は、後1年を切りました、道紀さんが、さくらを貰ってくれるので、もう、3つも働かなくていいし、楽になれるし、みな、どう思いますか」
さくらが、一番に言った
「わたし、お父さんや、お母さんのように、コーヒーマイスターと、調理師の資格を取る、道紀さんも、一緒に取ろうよ、私も、喫茶店を開けるように、貯金をしているから、使ってくれたらいい、そして道紀さんと一緒に、店を手伝いたい」
店の名前は、難波の店と同じ「さくらんぼ」にした、偶然、桜の宮駅の発車メロディーも、大塚愛さんの「さくらんぼ」である、
1年後の3月、駅前に「さくらんぼ」が開店した、4名分のカウンターチェアを設置し、あとの4名分は、テーブルの前で立って飲む、スタンド形式にした、、今日は、3名のスタッフで切り盛りする予定である、朝6時開店、早速、4~5名のサラリーマンが入店してくれ、美味しそうにコーヒーを飲み、さくらが作ったサンドイッチを食べ
「ここの、コーヒーうまいで」
と言いながら、足早に駅に入って行った、3台のコーヒー焙煎機はフル活動、9時前まで、席が空くことはなかった、皆さん、朝は急いでおられるようで、テーブルの前で立ち飲みする人が多かった、8時過ぎの混雑時には、4名用のテーブルに、5名の人が立って飲んでくれ、早い人は3分で出て行った、昼は、駅員さんや、近くの時間に追われている商店街の人が、夕方から夜は、クラブを終えた、高校生が、小腹が空き、カレーを食べに寄ってくれ、店が気に入ったのか、なかなか帰ってくれない、ここは、「コメダ珈琲」と違うよと言いたかった、
道紀は、一日中、カップと、お皿洗いで、皆も食事を摂る時間がなかった。最近は、駅から下りて来た、お客さんが、ここに寄ってくれてから、近くの会社に出勤する常連客も増え、焙煎機も5台に増やした、4月、造幣局の桜の通り抜け期間は凄かった、昼過ぎから、大勢の、お客さんが、行き、帰りに押し寄せてくれ、1時間に30名、一日最高350名が来てくれ、嬉しい悲鳴をあげた、初日は、要領がわからず、一番のピーク時の7時前に、材料切れで閉店してしまった。
いつの日からか、電車が到着してから「さくらんぼ」を出ても、駅で「サクランボ」が聞こえ、電車に間に合うという書き込みが、ネットに流れたようで、それを聞きつけた大阪の某テレビ局が、バラエティー番組の中で、タレントさんに何度もチャレンジさせたが、流石にそれは失敗に終わった、お陰で、それが、いいPRになり、更に、朝の利用客が増え、道紀は本業の清掃会社の仕事も、休暇を取ることが多くなり、さくらと一緒に過ごせる時間が増えた。
、
っ、
人間は、いい服を着たり、女性なら、お化粧したり華やかな外見上より、人間らしい素朴で、素直で心の優しい、人の気持ちが分かる人が、好かれる事が多いようだ、