四大名家の歴史
大人たちの交渉の日、私と白蛇様との交渉も成功した。私は上機嫌で廊下をスキップしながら歩く。やった!やった!握手が出来るっ!こっくりゅーさまとーあっくしゅができるっ!歌えないので鼻歌である。
「ねぇ、日取りはいつになったのかしら!」
「まだ旦那様が調整中だそうですよ、蝶花様」
「楽しみだわっ」
「愛がないなんて言い始めたので、心配しました…。和解したのですね」
咲の言葉は聞こえなかったことにしておこう。お昼を食べて部屋に戻ると、どん!と机に詰まれた本が目に入る。分厚さにごくりと息を呑んで、待ち構えていたお母様を見上げた。
「お、お母様…これは一体…?」
「玄武様が白蛇様の妻候補に入るならと、綠家管轄の歴史を持っていらしたのよ。簡単な纏めらしいわ」
「壟家の時は何もなかったじゃない!」
「それは既に知っていることが多いでしょう?交流があった壟家とは違って、綠家のことはさっぱりなのですから。最低限は覚えなければなりませんよ」
「…なんてこと…」
壟家管轄の土地は水が豊かで、水の都と呼ばれるほどだ。水質がよく、水車や水路、水道、ポンプ。水に関わる産業が活発で、食物がとても美味しいと聞く。行ったことはないが、地図もざっくりならば把握していた。何故四方の長に選ばれたのかも、表面だけなら知っている。
壟家の初代は女性だったそうだ。最初は荒れ果てた場所だった。何万年も前に、彼女は区域の浄化を行った。水源に埋まるものが不浄に犯されていたため、それを清めるだけの力があったのだ。それを見ていた神様は、その女性に、今後も土地を浄化する使命を与える代わりに、神力の一部をお与えになった。
四大名家は代々、脈々と続く血筋だが、こぞって何かしらの力に秀でている。同じだけ覚えなくてはならないのか…。
「しっかり覚えなさいね」
「はい…」
早々に観念すると、与えられた本を片手に席につく。綠家はどうやら、山岳地帯だそうだ。平民にあたる一般的な生活は、遊牧民のような暮らしらしい。あまり行きたくないわね。ただ、お肉は美味しそう。乳やチーズが有名だそうだ。チーズって何だろう?私は食べたことがない。地図の把握は、地名に馴染みが無くて難しい。後にしましょう。
こちらの初代の長は、男性なのね。元から自然豊かな土地だったけれど、火山で大変なことになったことがあったらしい。彼は動物を含めて、皆の避難を率先して誘導する指導者だった。そこで、倒木の下敷きになっている獣を助ける。結構怪力ね。その獣は倒木から抜け出すや否や空に帰ってしまう。
なんと、神に使える聖獣だったのだ。初代は神からの感謝を受け、この地帯を守る力を授かる。噴火の力を分散させて逃がすために、神力の一部を手にした。
「…思ったより戦闘民族のような激しさがあるのね」
白蛇様からは想像つかないが、現長の玄武様と言われると納得してしまう。
「私は中央出身なのよね。護るものも、使命もないし」
この世界の地図は、大きな丸い盤のような土地の上に、五つの区画が存在している。中央を真ん中にして、東、西、南、北と扇状に、丸い円として連なるように分割されている。海はあるのだが、不思議な重力で巨大な浮島になっている。
人間界という別世界に行ける門は、中央に存在していない。四方がそれぞれ持っており管理しているが、今開いているのは百家、西の長の白虎様と聞いている。なんでも、息子の妖狐様があちらの世界の神様に気に入られて、修行中なのだとか。
華家は中央だが、東に一番近い地区に居る。そのため東の長である壟家との交流が一番深かった。中央地区の真ん中には、都と言われる大きな城がある。四方の長を支えるための選抜試験会場及び、学舎だ。
中央の出身のものには使命がないが、雑多な特殊能力を持つものは多い。変化から、スプーン曲げといったピンキリ能力だ。魑魅魍魎と言われることもあるが、そんな粗悪なものと一緒にしないで欲しい。
「…なんだか神話みたい」
兆家、南の長の朱雀様を思い出す。がっしりした体格に、豪快な笑い方をするひとだった。天狗様は素直そうだったわ。白蛇様と比べると可愛げがある。南は武芸に秀でた、というより剣舞を愛する土地柄だ。酒が有名で、種類が豊富。香り高い品種が多い。弓技も高度だけれど、鳥に関しては一部捕ってはならない品種がある。
朱雀の初代も男性と聞いている。とある鳥が金の卵を落としたそうだ。その卵は南で育ち、別の鳥に保護され、美しく成長した。それを見た欲のある人が捕獲しようとする。初代はギリギリで防いで鳥を守った。初めて悪意にさらされた鳥は、ヒトガタが怖くなり、隠れて暮らし始める。鳥が抱えた恐怖は魔を呼び、穢れを呼び、いつしか土地を腐らせ始めた。
初代は最初に助けた時に、不思議な力を感じていたらしい。民は討伐を望んだが、鳥の安否が気になり、民が動く前に保護をするため探し回った。そこで魔に捕らわれた鳥を救う。しかし、その鳥は彼の腕のなかで本来の姿になると、穢れにより絶命してしまう。美しい鳥の正体は、女神だったのだ。
悲しんだ初代は、彼女を苦しめた穢れを消す力をと願い、その対価に彼女が愛したものを護ることを約束した。
ほう、とため息をつく。私が一番好きな話だ。
「南国のような草木に囲まれてるのよね。鳥の時に自由に育った故郷を愛していたってことかしら…」
次に、百家。西の長は白虎様だ。代々、長候補にあたる役名が四つ足の獣なのである。なんというか、爽やかそうな笑みで毒舌を吐く人である。商売がうまそうだという印象しかない。白虎様にはよく父が舌を巻いていた。差し向けられる商売相手とは、いいライバル関係にあるようだ。入り用だからか、筆記具の開発が先進的である。名産品としては、繊細な白い陶器が有名である。
こちらの初代は女性にあたる。彼女がこの土地に来たとき、魔物が住んでいたらしい。しかし彼女は旅商人。正体を隠して化かして煙に巻き、自分の勢力をぐんぐん伸ばし、土地をどんどん発展させていく。それを目にした神様は、面白がって彼女に声をかけた。この土地を綺麗にしてくれたら、褒美に純金をやろう。
しかし、彼女は首を横に振る。見捨てられた地と聞いて、この土地にやって参りました。この地を手に入れるために参りましたが、あなたが管理しているのならば手を引きましょう。神様は困った。確かに魔物の力が強く、手を出せずにいたからだ。純金ではなく、管理できる地位を提案する。それでも断る。押し問答の末、彼女はこの土地の地脈との繋がりと、それを枯れさせないための力を手にした。
そこからの追い上げは素晴らしく、魔物として過ごし魔物として引き入れた筈が、気付けば白虎という彼女の傘下に入れられて、彼女の力の影響を受けて育った土地と仲間は、やがて本質が変化し、この地に順応したという。
四方のなかでは異色である。知を尽くした戦略の長という印象だ。
「あっ…もう日が暮れてる」
地図覚えてないけど、今日は頑張ったと思う。明日からまた挑戦しよう。