愛の交渉
「作戦会議をしましょう」
「はい?」
「だって大変よ。初恋の人がいらっしゃるのよ?二度目の婚約の儀に!」
「…君って図々しいのは元からなんだね」
白蛇様との婚約の儀だものね。でも、私にとっては重要な事なのだ。
「あら、愛はお互い無いんじゃなかったかしら」
「はぁ…面倒臭いなぁ。本当に恋なの?」
ひじ掛けに肩肘をついて頬をのせる様子に、気を使わなくなっているのを感じる。ポニーテールから流れた髪を指先で巻く仕草は、どこからどう見ても女の子である。事情も知らない人が遠目にみれば、この場は女子トークの場に見えるだろう。
「少なくとも顔がタイプですし、優しいです」
「黒龍がいつ君に優しさを見せたのかな?」
「…と、捉え方の問題です」
常時目を閉じているのに、なめるように見られている気がしてたじろぐ。
言われてみれば、確かに優しいところは無かった気がする。でも白昼夢の話を聞いてくれたし、否定もされなかった。
「私も聞きたいことがあるんだけど、いいかな」
「ものによります」
「答えてくれるなら、作戦会議にも乗ろう」
「くっ…!!仕方ありませんね」
「夢はあれから見たかい?」
「え…」
どうせ大した話はしないだろうと、軽く見ていたのが間違いだった。何故今、その話を?
「内容が知りたいな。これから、高確率で伴侶になるんだし」
「あれからは見ていなくて…」
「ふふ、失礼。気が利いてなかったね。セス。人払いを」
白蛇様についてきたお供の人は、セスと言うらしい。護衛の面があるのか、刀を腰にかけている。水色の髪に、紫の瞳をもつ。品行方正といった顔立ちである。従順そうで腹立つ。
「そちらのお嬢さんは…居た方がいいかな?」
咲を見て、首を傾げると面白そうに問われた。背中に冷や汗が伝う。私の手腕では、どうしても回避できなさそうだ。
「…咲も下がってちょうだい」
いやーー!!うそ本当は居て欲しい!!一人にしないでぇぇ!!
内心で叫びながら笑顔で見送ると、白蛇様に向き直る。勝負時のポーカーフェイスは淑女の嗜みである。
「内容とは?」
「蓮花だっけ?それの容姿は?」
「知りません」
そういえば、彼女については一切覚えていない。興味がなかっただけかもしれないが、本当に名前しか記憶に無い。切っ掛けも、黒龍様について無意識に考えていたら浮かんだのだ。黒龍様が呼んでいた確率が高い、という事しか浮かばない。
「じゃあ、年齢は?」
「えっ?し、知りません」
「……」
うっ…無表情こわい。本当に人形のようだ。
「君は何を理由に、いつ彼女と知り合うの?」
「知りません。最初に見たのは、黒龍様が想い人と結ばれて、私が捨てられる場面だったもの」
「ぷっ」
殴って良いかしら。片手で顔を隠して、肩を震わせている。泣いているお姫様に見えなくはないが、声を押さえて笑っているだけである。
「ご、ごめんね。そんな強烈な場面とは思わなくて…ふっ、ははっ」
「わたくし、あなた、嫌い」
「ふふっ、わかったわかった」
一息ついた白蛇様が、姿勢を整えて身を乗り出す。私は後ずさりたい気持ちで、悪あがきのように背筋が延びた。
「質問が悪かった。君が見た黒龍は、今とどう違った?」
「…それを知ってどうなさるおつもりですか」
「時期の逆算だよ。面白そうでしょ?」
にこりと笑う笑顔に、私は雷に打たれたような衝撃を覚える。そんな風に考えたこと無かった。もしやこの人、凄く頭が良いのではないだろうか。天才…!!
「なるほど…時期を見極め、妨害をすると!!私に気持ちが向くように!!」
「君、君。私と婚約するんだからダメだよ。友人と泥沼なんてごめんだ」
「一瞬天才だと褒め称えた気持ちを返して欲しいわ」
「ありがとう」
誉めてないのだけれど?夢について気狂いと言われないのは解った。黒龍様はあの事態を招いた私の言い分を確かめるために聞いていたが、白蛇様はある意味気狂いのご様子なので、完全に楽しんでいるのだろう。
「…未来に関わりあるとも言えないのですけれど」
「遊びの一貫だよ。実際に関わりがなくても構わない」
はぁ、とため息をついて、先に条件を出すことにする。
「これからあなたと婚約するにあたり、気軽に黒龍様と接触出来なくなると思います」
「まぁ、そうだね」
「ですので、婚約の儀で黒龍様と握手がしたいです…」
「は?何で?」
この言い方はかなり素ではないだろうか。呆れた雰囲気を見せつけるように、乗り出した身を引っ込めてぽすんとなげやりに椅子に腰をおろす。ふわりと白い髪が凪いだ。
「握手くらい、いいではありませんか。最後に記念のような思い出が欲しいです」
「理解しがたい…」
「情報料ですよ」
「……叶うかは別として、お願いしてみるよ」
「叶えてくれないと喋らないわ」
「情報に価値があるかすら解らないじゃないか」
「では前払い。黒龍様に角が生えてました」
ぴたり、と動作が止まる白蛇様が、何か考えるように口元に手を当てた。数秒してから、その薄い唇が妖しく開く。
「楽しみにしてると良い」
誤字報告大変助かります…ありがとうございます!
感謝感謝~!