下弦の月(白蛇視点)
綠 白州。次期長として、白蛇の通称を頂いている。なぜ蛇かというと、父上の大蛇の要素を継いでいるからだと思う。人より生命力が高いみたいで、なかなかに無茶が効く。
帰り際、視界の隅で黒龍が眉を寄せた。彼女が了承をしたとき、あまりの不敬さに私は笑ってしまいそうになったのだが、黒龍の中では見直しかけた印象が悪化しただろう。身内に甘い彼が、友である私を軽く見るような言い方を許容する筈がない。
いやぁ、素直なひとだ。妥協した相手が私だとは。実に可笑しな話だ。
「心配しなくていいよ。せっかくくれるんだから、無下にはしない」
「そんな心配はしていない。不憫に思いかけていた自分に嫌気がさしただけだ」
「優しいなぁ」
「お前は、本当にアイツで良かったのか」
「勿論。飽きたら解らないけど、今のところ面白そうだ」
「…ならいい。すまない」
「君が謝罪を述べるとは。珍しいなぁ」
まじまじ見ると、決まりが悪そうにムッとする。私が希望したのに、厄介事を押し付けたような気持ちがあるのだろう。根がいいやつは気苦労が耐えないな。
「白州」
真名で呼ぶのも珍しい。大概重要そうな情報共有の前に呼ばれる。共通の合言葉のようなものだ。
「レンゲと書いて、レンカと読む女がいたら教えてくれ」
「ほう」
「アイツが白昼夢で見たらしい」
「覚えておくよ」
ほら、やっぱり面白そうだ。他に何か見たら、根掘り葉掘り聞いてみよう。
「疑わないんだな」
「信じてもいないよ。でも彼女、あのままなら確かに君とは長続きしなかっただろうね。間違いなく、君が音を上げる」
「そうだな」
今日の分だけでも、お互いよく知らないままの溝は大きく見えた。彼女は私が思う以上に大人の裏事情を知らなかったし、彼は大人の裏事情を知りすぎている。教育方針の違いかな。
黒龍の相談をのみ受けている時は、親の策略を理解した上で拒否できない事を前提に、文を書いていたと推測していた。よって、二人してあまりいい印象を彼女に持っていなかったのだが、そこまで考えていなかったのではないか、と婚約の儀で疑惑に代わり、今日で確信を得た。
話自体の理解力はあるようだが、情報収集力が低く、上手く使われてしまう。こんなところだろう。
現に私との話も、妥協といいつつ了承した。事情を知れば、家のみの視点で利を計算できるということだ。聞き分けはいい。
「そういえば、婚約を急ぐ理由を聞きそびれたな」
「ああ、いいよ。意図して聞かなかったから。それと白昼夢のことは彼女が明かさない限り内密に」
「…お前は昔から…、…もういい」
理解しがたい、というようにため息をつきながらも、好きにしろとばかりに歩調を早めて隣から去って行く。黒龍は私のペースに慣れている。
家の野心とは違う意図で、彼女は動いている。やれ顔が見たい、会うのが楽しみ、心待ちに、などといった、お花畑な文の裏にあったものは、果たして一体なんだろうか。単に黒龍を気に入っただけ…ではないな。婚約の儀が初めて会った日だと、黒龍は言っていた。
「楽しみだなぁ」
何が落ちてくるのだろうか。