狂う舞台(後編)
「白蛇様…」
お会いするのは二回目となるが、やっぱり人形みたいであまり好きではない。美白すぎて腹立たしいのは仕方ないわよね。私も女だもの。それに、中性的な顔立ちは、何度見ても女の子。しかし、問題はそこではない。
「下座に招かれたのは交流濃度の差だと思ってたけど、君の好みも混ざってたのかな?」
「い、いいえ!それは純粋にお父様の采配で私は関与しておりません!」
サッと血の気が引く。半分嘘である。完全にお父様の采配ではあるが、顔も知らない段階で、蛇自体が好みじゃないことは愚痴り済みである。たかが名前。されど名前。影響があったかは定かではない。というかいつから居たのだろう。まさか最初から?ぐるぐると頭が混乱を起こす。
ああああ黒龍様!面白そうに一歩下がって白蛇様に場を譲らないで!!
「冗談だよ。さて。君は結局、婚約をとりやめるのかな?」
「……」
えっ怖い。何を考えていらっしゃるの?肯定したらいけない気配を感じるのですが…!助けを求めて黒龍様を見れば、初めて見る意地悪そうな笑みを携えていた。自分の頬がひきつるのがわかる。
「信用のおける友人だ。悪い話ではなかろう」
「け、結構ですわ!いつから聞いてらしたの!!」
「呼ばれたのは君の安全性が解ってからだよ。聞いたのは、原因はこの家にある、あたりからかな」
思わず絶句する。当初は私が乗り気だったことまで耳に入っている。ダメだわ、黒龍様も共犯だわ!!!私としたことがなんということ!!
「まぁ、私の話をきいておくれよ」
微笑む白蛇様に、身構える。
「長との結婚が君と、君の家の利点。此度の失態は、君に過失がある。それを盾に黒龍が私を紹介すれば、君の話では、この家は話を蹴らない。そして、君に拒否権はない」
「事実ですけれど、聞きたくありませんでしたわ」
「私は君を側に置きたい。演技をしているとは思えなかった。君自身には興味はないけれど、白昼夢には興味をそそられる」
えっなに。本当に怖い。どういうこと。何を考えているのかわからなくて、睨むように白蛇様を見た。
「お互い愛はないが、利害は一致している。平和的じゃないかな」
「家としてはよくても、私個人としては利がないのです。お断りいたします」
「おや?それを君が嫌がるのはおかしな話だ。黒龍にしたことと、あまり変わりはないというのに」
「え、」
言われてバッと黒龍様に目を向けた。そんな酷いことを私は彼にした覚えはない。驚きとともにこれは一体どういう事かと不安が広がる。
「白蛇、虐めすぎだ」
「しかし、貴殿に対する謝罪を、私は耳にしていない」
「ま、待ってください…私が?黒龍様に?」
「家の問題だ。こいつが把握してない類も多かろう。怒ってくれるのは有り難いが、説明が要るぞ」
「ふむ…、では」
そこから聞かされたのは、我が家が黒龍様の家にかける圧力問題だった。壟家と華家は、私からみた曽祖父の時代に、共同で交易に出たことがあった。そこで有能だった華家出身の高位の娘を、無理やり引き抜いて、壟家の利としたことがあったようだ。
きっかけは恋愛ではあったものの、政略結婚の色が強く、外堀を埋められ、故郷に帰れず、城からも出れない形になる。黒龍様の見解では、引き入れる手段は悪手であったことは間違いないが、当時は権利的に壟家が有利であったためそこまで気にしていなかったであろう、とのこと。その証拠に、彼女に対しては城ではかなり厚待遇だったそうだ。それでも華家からしたら突然だったために不興を買い、私の祖父の台にあたるまで、やや蟠りがあった。
曽祖父は知力的に優秀であった実の妹を可愛がっていた。その妹を、立てるべき礼儀もなしに突然奪われたのだ。本当に溺愛していたらしく、恨みは深かったらしい。その愚痴を聞いて育った祖父は、壟家は信用しないと頑なになり、今までの交流は保ちつつ、微妙な距離を保ってきた。そうしている内に、元々体の弱かった、黒龍様のお母様の早い死と、後追いするようなお父様の病により、壟家の衰えが見え始める。
一方、華家は、今私が壟家へ嫁に出ることで、華家が四方の長と肩を並べる絶好の機会と言える。蟠りを今後水に流すため、友好の印として私を受け取ることか壟家への条件にされた。私の父は保守に走らず、さらに勢力をあげることを企んでいる。
要するに、この家から見れば、四方の長の中では壟家が一番付け入りやすかったのだ。それだけの理由で、ねちねちと強要していたそうだ。保ってきた交流の断然を匂わせる脅迫に加えて、黒龍様の手元に届くのは、黒龍様の気持ちを考慮せず、私の気持ちばかりを綴った恋文。
嫌われる筈だわ。白昼夢で見た、他の女を選ぶ場面が現実に訪れても、何だか府に落ちてしまう。それとともに、心の底に沈む感情がある。
ーーー私が好いても、好かれることはなかったのね。
この期に及んで、自分の事ばかりな思考に絶句してしまう。
でも、これで納得した。妥協点として、同じ立場の友人を紹介することが、今の壟家にとっては必要なのだ。交流を減らされては、こちらの区域が生産している、生活に依存する物流に影響する。これ以上、壟家の領地が衰えることを懸念して、些細なものですら阻止したいのであろう。なんという嫌がらせ。そして、私を貰った後に、融通をきかせろとお父様から無茶を通されるのも嫌に違いない。
私の失態を理由に、様々なリスクを退けるつもりだ。
「解ったかな?」
「はい。ご説明感謝いたします、白蛇様。黒龍様、不躾な文を失礼いたしました」
「ああ、だがもういい。お互い視点が欠けていた。白蛇の無礼で手打ちにしよう」
「ありがとう存じます」
満足そうな笑みを携える白蛇様は、再び私に問う。
「君は、私との婚約は嫌かな?」
ああ…最悪だ、このひと。本当に嫌い。逃げ道がなくてわかりきった答えしか無い。私は沸き立つイラつきを、笑顔として出力する。
「仕方ありません、あなたで妥協致します」
誤字脱字、誤変換ないかハラハラしてしまうー!!