驚く女
(紫蘭、頼む)
大蛇になった俺は、ひたすら紫蘭を待った。
夜が明けても紫蘭は来ない。諦められずに待ち続けた。日が南中を過ぎても現れない紫蘭に焦れ、何度もとぐろを巻き直す。
「蒼様?」
(紫蘭! 来てくれた!)
紫蘭に摺り寄って、身体に巻きついた。
(俺の紫蘭、俺の伴侶 会いたかった!)
「蒼様、おいでいただき嬉しいですわ」
俺の身体を嬉しそうに撫でまわす。
(俺も抱きしめたいのに)
「でも、これで最後かもしれません」
( ! )
「私、殿下との婚約を解消したのです」
タシーンッツ! タシーンッツ!
(ダメだ! 俺は認めない!)
激しく抗議して紫蘭を見つめる。
「蒼様、寂しいですわ。殿下が蒼様と同じくらい私を想ってくださったら………」
(紫蘭が泣いている!)
俺は両腕で紫蘭を強く抱きしめた。
「キャアア! 殿下!?」
「紫蘭、聞いて欲しい」
「キャアア!」
再び悲鳴をあげて紫蘭が後ずさる。
「何で裸ですの? 服! 服を着てください!」
急に人型に戻った俺は勿論、素っ裸だった。
「伴侶に見られて恥ずかしいことなどない」
悠然と服を着る俺に、真っ赤な紫蘭が叫ぶ。
「伴侶ではありません!」
「まだな。だが俺はお前を伴侶に決めたのだ」
「そんな勝手な」
「勝手なのはお前だ。勝手に俺の気持ちを決めつけて、勝手に帰って、勝手に追い返そうとする。お前は我が儘だな」
服を着終えて紫蘭に近づく。
「紫蘭、俺がいつ、お前を嫌いだと言った?」
「令嬢と婚約されたではないですか!」
「事情があるのだ」
「いいえ。殿下は陛下が命じたから、意に添わぬ私でも受け入れようとされていただけです」
「疎んでなどいない。むしろ、毎日お前といた」
「え?」
「紫蘭? 忘れてないか? なぜ俺は裸だった?」
「 ? 」
「蒼は何処にいる?」
「なぜ蒼様のお名前を?」
「俺の名だからだ」
「はい?!」
キョロキョロと蛇を探す紫蘭に告げる。
「大蛇は俺だ、俺が蒼だ」
そう言って、せっかく着た服を脱いで蛇になった。
「ええ?!」
紫蘭に巻きついて首に擦りつき、舐めた。
そのまま、また人に戻る。
「蒼様が殿下? 殿下で蒼様?」
「混乱するのも無理はない。説明しよう」
「わ、わかりました。ですから、服を!」
「そのうち、飽きるほど見るのに」
「いいから、服を着てください!破廉恥魔!」
「ははっ わかった。
かわりに俺の腕の中にいろ、いいな?」
返事を聞かずに服を着て、紫蘭を腕に囲う。
「紫蘭、黙っていて悪かった。最初に木の上で会った青い大蛇がいたろう? あの時からずっとお前と会っていた大蛇は俺なんだ」
「わ、わけがわかりません」
「ああ、そうだろうな。皇族の男は皆、蛇になるんだ。ずっと昔からな」
「……」
「緑華も蛇だ。緑華だけじゃない、兄上達も、皇帝陛下も蛇だ」
「じゃあ、庭園にいたのは……」
「そうだ、俺達だ」
「…王妃様方のペットではなくて?」
「ああ、彼女達の夫や息子や孫だ」
「…王妃様方は蛇がお好きなわけではない?」
「もう嫌いではないだろうが、彼女達が愛しているのは、ただの蛇ではない。俺達だ」
「……殿下は蛇……」
「そうだ。お前が可愛がっていた大蛇だ」
「じゃあ、私は殿下に殿下の相談を?」
「そういうことだな」
「 ! 」
「これでわかったろう? 俺はお前を疎んでなどいない。愛している。あの女と婚約する前は、ずっと側にいたほどな」
「きゅ、急に愛しているなどと」
「急でも後でも変わらないからな」
「……ではなぜ、チェリーナ様と?」
「赤い蛇がいただろう? あの蛇は次兄なんだ。もう10年、人に戻れていない」
「10年も! 郊外で療養されているとばかり…」
「そうだな。そう発表してある。蛇だと公表する訳にいかないからな」
「それと婚約が何か関係があるのですか?」
「ああ。チェリーナの実家が、次兄を救う方法を見つけたそうだ。その方法を教える代わりに、俺との婚姻を迫られている。取り敢えず婚約しろとな」
「それではやはり、私とは………」
「さっき言ったろう? 俺はお前を伴侶に決めたと」
俺を見る紫蘭の顔が色づく。
「俺を信じて欲しい、必ず、迎えに来る」
「本当に?」
「ああ、時間は貰うが必ず迎えに来る」
「わかりました。蒼亜様を信じます」
「…紫蘭、ありがとう………愛している」
口づけを落として思いだした。
「紫蘭、いいことを教えてやろう」
「何です?」
「お前を助けた蛇は前皇帝陛下だ」
驚愕する紫蘭に、笑って口づけた。
(ああ、俺は幸せだ。
絶対にあの女との婚約を破棄してみせる!)
お読みいただき、ありがとうございます。
あと、2、3話ぐらいです。
どうぞお付き合いください。