なじる女
「ねぇ、貴女、いつまでここにいるつもり?」
「チェリーナ様……」
「前はそうでも、今は私が蒼亜様の婚約者なの。さっさと出ていけば!」
「紫蘭様、こちらへ」
「あなたたち! 蒼亜様の側近なら、私の為に働きなさい。どうして、その女に優しくするの? こんな変な女、ほっとけばいいじゃない!」
側近からの知らせに急ぎ駆けつけると、チェリーナが、紫蘭を罵倒していた。
俺の側近が、その背に紫蘭を庇っている。
(側近を紫蘭につけておいて正解だったな)
「チェリーナ、やめるんだ」
「蒼亜様…」
「すまない、紫蘭嬢」
(こんな形でしか言葉を交わせないなんて)
「何で謝るの? 居座ってるこの女が悪いのよ!」
「いいからよせ! 辺境伯のご令嬢だぞ! 彼女は皇帝の客人でもあるのだ。詫びろ!」
「イヤよ! 私に命令するつもり?」
「蒼亜様、私はけっこうですから」
紫蘭が無表情で謝罪を断った。
「だが…………」
「そうよ、大人しく引っ込んでなさいよ」
「チェリーナ!」
「あ、そうよ、いいこと思いついたわ。その女が使っている部屋、私のと変えてちょうだい」
「何だと!」
「だって、おかしいじゃない! どうしてこの女の部屋が、蒼亜様のお部屋に近いの? どうして私の部屋より広い部屋なの?」
「仕方ないだろう?」
「ねぇ~蒼亜様? 私、あのお部屋がいいの、婚約者の私のお願い聞いてくれるわよね?」
しなだれかかる女に全身が総毛立つ。
(どこまで!)
紫蘭が顔を背けて俯いた。
「変えてくれないと、私……」
チェリーナは俺だけに見えるように、口だけを動かし『お・に・い・さ・ん』と言った。
(くっ、兄上…………)
「………………………………………紫蘭、頼む」
「 ! 」
パッと顔をあげた紫蘭が俺を見る。
その顔は裏切られたと、ショックを隠しきれていなかった。
(すまない、紫蘭)
「…………承知いたしました」
しなだれかかるチェリーナを俺が抱いているように見えているのだろう。
その目は、女の身体を掴む俺の手を見ていた。
「わきまえろ」
紫蘭が去ったところで、チェリーナを責めた。
「何ですって? わきまえるのはそっちよ!可愛い娘にこんな扱いをして、お父様が知ったらどう思うかしらね?」
「脅すつもりか!」
「いいえ? 思い出させてあげただけよ?」
「貴様っ!」
「アハハ、蒼亜様、結婚式は出来るだけ早くね?」
上機嫌で去っていく女の後ろ姿を、俺は睨むことしか出来なかった。
(紫蘭を遠ざけることしか出来ない)
蛇になり鬱々としていると、次兄がやって来た。
(蒼亜、すまない)
(兄上! いいえ、兄上、俺は大丈夫です。10年も耐えておられる兄上に、これ以上我慢などさせたくないのです)
(だが、あの女をお前の伴侶になど)
(仕方ありません)
(紫蘭嬢を諦めるつもりか?)
(兄上を人に戻すことが出来れば、あとでどうにでも出来るでしょう。あの女との婚約など、解消してみせます)
(すまない。スヴェン伯爵はこのようなことをなさる方ではないはずだが……)
恩人の行いに釈然としない様子だった。
(娘が可愛いのでしょう)
兄と別れ、執務室に戻ると2つの知らせが、俺を待っていた。
紫蘭がチェリーナに部屋を明け渡したという。
もう一つは、チェリーナから大蛇姿で自分に侍るようにとの要求だった。
「あの女!」
屈辱にチェリーナを毒殺してやろうかと思ったが、次兄が人に戻れるようになるまではと承知するしかなかった。
「蒼様……」
庭園で、チェリーナに大蛇姿で侍る俺を見て、紫蘭が泣きながら去って行った。
(紫蘭、待ってくれ!)
「アハハ、いい気味。いつまでも居座るからよ」
(この女っ 殺してやりたい!)
俺を撫でる不快な手に耐えながら、女を呪った。
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