割り込む女
(紫蘭の誤解を解かなければならないのに、
俺は何でこんな女と)
紫蘭が婚約解消を言い出した数日後、俺は女に捕まった。2つ隣の国から来た留学生だ。
スヴェン伯爵家令嬢 チェリーナ。
高等部へ入学するのだが、何故か、既に卒業済みの俺に案内をと指名してきた。
ベタベタと俺に触り、腕を組もうとする。
(この女もこの女だ。大体、伯爵家程度で、帝国の皇子を指名するなど、何様のつもりか)
彼女の国は、帝国に比べて小さな国だ。
だが、あまりいい噂を聞かない。
代替わりした国王が人気がないらしい。
小国とはいえ、一国からの正式な留学生だからと、鷹揚に指名を許した皇帝が憎い。
側でキャンキャン話す声にイライラが募る。
「ねぇ、蒼亜殿下ぁ」
「そなたに名を許した覚えはないが」
「そんな意地悪言わないで、ね?」
わざとらしく、胸を押しつけてくる。
「蒼亜殿下、私、街を案内していただきたいの」
「断る。高等部内は案内しただろう」
「そんなこというとぉ、意地悪しちゃうから」
「非常識な女など迷惑だ」
「へ・ビ」
「?!」
「になるんでしょお?」
「何のことだ?」
「またまたぁ、私、知ってるの。帝国の皇子が蛇だってこと」
「ふざけた話だ、馬鹿馬鹿しい」
「第2皇子、蛇になったままなんでしょう?」
「 ! 」
「あ、やっぱりぃ」
「どういうことだ?」
「お父様が教えてくれたの」
「なんだと!」
「昔、外遊中の第1皇子と第2皇子が、賊に襲われたところにお父様が通りがかったんですって。で、第1皇子を庇って怪我をした第2皇子が、蛇になるところを目撃したそうよ」
「それで……」
「そうそう。で、お父様はおふたりを助けたうえで、秘密を守ると帝国の皇帝陛下に約束したの」
「だから、陛下は指名を許したのか」
「そうよ。皇子の恩人の娘ですもの、当然よ。
蒼亜殿下も、恩人の娘を大切にしなきゃね?」
「…………」
「私を大事にしないと、第2皇子は蛇のままよ?」
「どういう意味だ?」
「お父様が見つけたんですって。第2皇子を人に戻す方法を。皇帝陛下にもまだ内緒なの」
「どんな方法だ!」
「タダでは教えないわ」
「何が欲しい!」
「私を皇子妃にしてちょうだい」
「ふざけるな!」
「ふざけてないわ、嫌なら、第2皇子はそのままね。それに皇族が蛇だってしゃべっちゃうかも」
「貴様! 俺を指名したのはその為か!」
「そうよ? 私、帝国の皇族になって贅沢して暮らしたいの、一生ね。でも、第1皇子は年上過ぎだし、第2皇子は蛇でしょ、私、年下は嫌いなの」
「クソ女!」
「アハハ 大好きよ、蒼亜様?」
緊急に皇族の召集をかけた。
チェリーナの話をすべて伝え、話し合う。
次兄はもう10年も、蛇のままだ。
一生、そのままなど酷過ぎる。
とにかく、方法が見つかったというのが事実なのか、スヴェン伯爵に確認するのが先だということになった。
が、事実だった場合、残された選択は一つだった。
◇
結果、俺はチェリーナの要求をのんだ。
チェリーナは学園で皇子の婚約者だからと、生徒達を好きに使い、我が物顔で城内を歩いた。
学園に通う子息令嬢から話を聞いた高位貴族の当主達が、説明を求めに来た。余程、チェリーナの行いが目に余ったのだろう。
皇帝陛下から説明を受けた当主達は、間違っても秘事が漏れないよう、協力を申し出てくれた。
(あのクソ女!)
紫蘭は、陛下から婚約解消を伝えられると、青ざめながらも、自分も望んでいたからと素直に承知したらしい。
(紫蘭に皇族の秘事を伝えていれば!せめて、事情を説明出来たものを。だが、もう許されない)
皇族に侍る者を除いて、秘事を知ることが許されるのは、高位貴族の当主だけだった。
(あの女のせいで紫蘭に近寄ることも出来ない)
元婚約者の紫蘭が邪魔だと、チェリーナが紫蘭につらくあたるからだ。俺が近づいたり、庇ったりすると、次兄はあのままでいいのかと脅してくる。
(もう、どれくらい紫蘭に会っていない?)
側近達から聞くと、日に日にやつれていくらしい。
とうとう、城内にも、俺が紫蘭を疎んでいるという噂が広まった。
お読みいただき、ありがとうございます。