幕開け・2
王都に戻ると、見知った顔が街中を歩いていた。
ぞろぞろと部下を引き連れた先頭に月白の髪を靡かせてすまし顔の色男が。
「トランシュ隊長よ!」
「きゃあ、素敵っ☆」
などという乙女の黄色い声援に気付くと、トランシュは彼女達の方に顔を向け、ニッコリと微笑む。
それだけで歓声をあげる乙女達にデューは顔をひきつらせる。
「……随分と楽しそうじゃねーか、あほくさ」
「いやいや、これがなかなか大変だよ」
すれ違いざまに会話を交わすと、トランシュは王都の外へ。
「御大層に団体で……また魔物退治かなんかか?」
と言っても騎士団の事情を知っている訳でもなし、そしてさほど興味があるというのでもないのでデューは気にせず下宿先の部屋へ足を向けた。
食事と風呂を済ませると武器の手入れをして、簡素なベッドに寝転がる。
「あれから結構経ったな……」
傭兵として仕事には困っておらず、王都で暮らしているものの肝心の記憶の方はさっぱり手掛かりを掴めないでいた。
ふと、ミレニアと出会った時の事を思い出す。
彼女に発見された時に持っていた剣の柄に刻まれていた、掠れて途中までしか読めない文字。そこからつけられたデューという名前。
(ホントはまだ名前すらわかっていないんだな、オレは)
ああ、いけない。
こんな辛気臭い顔をしていたら怒られてしまうな、とデューは首を振り、目を閉じた。
……翌朝。
「…………ュー、」
「う……ミレ、ニア……?」
ぼんやりとした意識に降り注ぐ、甘く柔らかな声。
寝ぼけ眼をうすら開くと、次の瞬間デューは慌てて跳ね起きた。
「デュー君、起きて!」
「っ!……フィノ、か?」
そこにいたのは三ヶ月振りの仲間……東大陸に帰ったはずの神子姫の少女、フィノ。
「どうして王都に……いや、それよりオレの部屋にっ……」
「すみません、下宿先のおかみさんにここだと聞いて合い鍵を……」
「い、意外と大胆だなお前」
とか言いながら出会った当初から彼女がおとなしそうな外見に似合わない行動力を秘めていた事を思い出し、別にそこまで意外じゃなかったかななんて考え直すデューだったが、
「お前がそこまでして来るのはただ事じゃなさそうだな」
「……はい。実はまた不吉なものを視たのです。今回は、わたしが」
見習い神子姫のフィノが前回の凶事を予知出来なくて今回は視たと言うのなら……
「……未熟だから間違った予知をしちまった、なんてオチじゃないよな?」
「それなら良いんですけど、嫌な予感が……胸騒ぎが、消えないんです」
そう言われてフィノの胸に視線を移す。
慎ましやかというか控え目というか、露出の多い衣装なのに色気のいの字も感じさせないな、なんて思ったところで、
「……デュー君? 何じっと見てるんですか?」
「いや別に」
ない胸も騒ぐのか、なんて考えを口にしたら愛用の杖で撲殺されそうだ。
「そういや、母親はもう大丈夫なのか?」
「はい、もうすっかり。今回の事を話したら快く送り出してくれました。ただ、気をつけなさい……と」
「……そうか」
偉大な神子姫だというフィノの母。
彼女もどうやら今回の事は予知していないらしい。
「さて、城にはもう行ったのか?」
「それが門前払いされてしまいまして。トランシュさんも不在で、それでまずデュー君に会おうと思いました」
「ああ、アイツならどっか任務行ったっぽいからな。帰りを待つか?」
え、とフィノが目を丸くした。
「しばらく帰ってこない、とわたしは聞きましたが……」
「ああ、そうなのか。じゃあどうする?」
「もしまた障気が溢れ出すのなら、ミレニアちゃんとシュクル君の力が必要になると思います。けど今はまだ、どんな禍いが起こるか……そもそも、この予知が当たるかもわかりません」
「そうだな。なら行くか」
デューは立ち上がると剣を携え、支度を始める。
「え、どこへ?」
「フォンダンシティを通ってアトミゼ山脈だ。こういう時は年長者の意見を聞こう。オグマがどうしているか気になるしな」
「い、いいんですか?」
「いいも何も、じっとしてるのは性に合わないんだよ。それに……」
デューはドアノブに手をかけ、フィノを振り返り微笑む。
「お前が不安そうにしてるの、放っておけないんだよ」
「え……」
「ほら、行くぞ」
一瞬惚けるフィノだったが、我に返ると杖を握り締めスッと立つ。
「はい!」
シャン、と杖の鳴子が音を奏でた。




