魔物に憂う街・2
―南の洞窟―
「ここは……話には聞いていたが……」
オグマが思わず感嘆の声をあげる。
薄暗い洞窟の岩壁は仄かな輝きを帯びていた。
「なんだ、この光は?」
「蛍煌石という鉱石だ。暗い所で輝く、高純度の魔力を秘めた石でこの洞窟内で自然に生成されるが……」
「確か結構な値段するんじゃろ?」
ミレニアの問いを肯定してオグマは言葉を続ける。
「生成には時間がかかる。だから年に採れる量は決まっているんだ」
「貴重なのねぇ……それに綺麗。ちょっと貰って行っちゃいたいわぁ★」
壁を撫でながらイシェルナが呟く。
それをデューが呆れた顔で見上げた。
「……普通に犯罪だろ。そんな貴重なモノ、洞窟ごと街の所有になっているだろうからな」
「そうだ。だから普段は警備の者がいるはずだが……」
オグマが小刀を構える。
洞窟内に響く声に魔物が集まってきたのだ。
「噂通り、狂暴そうだな」
「これでは、盗掘も簡単には出来ないだろう」
ぐるりと取り囲む魔物に物怖じするどころか楽しむようにデューが笑う。
「甘いな!」
「風の刃よ、閃け!」
まず飛び掛かってきた一匹を斬り伏せるとオグマが魔術で追撃する。
「こっちもいくわよ、ミレニアちゃん!」
「合点なのじゃ☆……ぐつぐつグラグラ、魔女の釜火っ!」
ミレニアが敵の足元から炎の爆発を起こして、怯んだ隙にイシェルナがとび蹴りを叩き込む。
着地すると続け様に強力な掌底の一撃でとどめ。
ぐるりと囲んでいた魔物は次々に数を減らし、やがて洞窟が静寂を取り戻す。
「ふふん、ざっとこんなもんじゃ!」
「終わったか……先へ進むぞ」
ここは入口。待ち構える魔物はまだまだこんなものではないだろう。
一行は薄暗い中を蛍煌石の明かりを頼りに進んで行った。
途中も幾度となく戦闘になったが、目立って苦戦する事はなかった。
ただ群を成して襲ってくるため、無傷とはいかなかったが。
……と、大分奥まできたかという所で先頭を行くデューの足が止まった。
「……誰かいる」
「逃げ遅れた人かの?」
或いは、魔物か。
慎重になるデュー達だったが、次の瞬間、
「痛いでガスぅぅぅ!!」
というどこかで聞いたような男の声が響き渡った。
「ウォール! 情けない声を出すな!!」
「そうよ、それにそんな声出して……魔物に見つかったらどうするの!?」
続く男女の声も、やはり覚えがあった。
きょとんとするオグマを除いて、デュー達は脳裏に同じ三人組を思い描く。
「うぅ、ここの魔物強いでガス……もう帰りたいでガス……」
「何を言うか! ここで騒ぎの元となっている魔物を倒し、我らの傭兵としての名をあげるのだ!!」
「……けどさカシュー、こんなに苦戦して、ここの親玉倒せるの……?」
ここまで進んできたはいいが、デュー達ほど順調にはいかなかったらしい。
不意に不安げになる女性に、リーダーらしき男性は、
「おっお前までそんな事を言うなマカデミアぁ! こっちも怖くなってくるじゃないかぁぁ!!」
実は少なからず不安を感じていたらしく、涙目だった。
「……相変わらずやかましい連中だ」
「そろそろ出てっていいかの?」
ぞろぞろとデュー達が現れると三人組はビクリと大袈裟に跳ねた。
「ひっ!……ってああ、なんだこの前の……」
「お前達も魔物退治に来たのか?」
デューが尋ねるとリーダーの男……カシューは今までとは打って変わって自信に満ちた表情になる。
「もちろん! 危ないから君達は下がっていたまえ!!」
と、いくらキメても先程までの会話は筒抜けだし何より現在進行形でカシューの足は震えていた。
そんな様子をしばらく傍観していたオグマがカシュー達に歩み寄る。
「……怪我をしているな。お前達こそこのまま進むのは危険だ」
「なっ、なんだなんだ!?」
辺りを白くあたたかな光が照らす。
オグマの治癒術で三人の傷は跡形もなく消えた。
「これで大丈夫だ……ここは危ない。早く帰りなさい」
「んじゃ、あたし達は行きましょっか♪」
呆気にとられる三人を通り過ぎて最深部へ行こうとするデュー達。
だが、
「……待て!」
「?」
カシューの声が一行を呼び止めた。
「また助けられてしまったがこの借りはいつか必ず返す! 何故なら我々は義理堅さもバッチリな傭兵団!!」
カシューのその台詞を合図に彼の両隣りに並ぶ二人。
「ウォール!」
大柄な男が勇ましいポーズをとる。
「マカデミア!」
妖艶な女性がセクシーに決める。
「カシュー!!」
そしてリーダーらしく真ん中でポーズをとるカシュー。
「「「三人揃って我ら漆黒の……」」」
しかしその声を遮って、
―グォォォォン!!―
地鳴りのような咆哮が空気を震わせた。
「「「……え……?」」」
ギギギ、と三人が油の切れた機械のような動きで声のする方を窺う。
「ひっ……出たぁぁぁぁぁっ!!」
思わず叫んだのはカシュー。
そこには、他の魔物とは明らかに格の違う化け物が一行を見下ろしていた。