見守りし者・3
「浄化の力、か……確かにそれなら、あるいは」
王都の地下に生えた牙を消滅させ、カレンズ村のマナスポットを癒し、マナを喰らう魔物にも効果があった聖依術。
もしかしたら、うまくすれば王の体に負担をかけずに取りついた魔物を追い出せるかもしれない。
「けど、失敗した時は……」
「その時は、戦うこともあるかもな。加減が難しそうだけど、やるしかない」
不安がるシュクルの向日葵色の体毛をデューが優しく撫でる。
誰のせいでもないんだ、と諭しながら。
「にしても、まどろっこしいわね。最終的な行き先は聖依獣の隠れ里なんでしょ? 探すより待ち伏せしちゃったら?」
手っ取り早い、悪く言うなら短絡的な案を出したイシェルナに長の目が向けられる。
「……聖依獣の隠れ里は気安く人間が立ち入って良い場所ではありません。わたくしですら、訪れたことはないのです」
「行っちゃいけない云々は聞いたけど、どうして? 王様が言ってた結界とかカミベルって名前と何か関係があるのかしら?」
「恐らくですが、王は……たった一人のために世界を危機に陥れようとしています」
穏やかではない憶測にその場がざわついた。
「世界かたった一人かって、そんな悲恋モノの主人公みたいな……」
「あったのです、悲恋が。わたくしも生まれていない、五十年近く昔の話になりますが……人間、それも王となる者と人ならぬ聖依獣、その恋の行く末が平坦な道になるはずがありません」
ごくり、と息を呑んだのはシュクルだった。
脳裏には遠くシブースト村の少女シナモンの、花のような笑顔がよぎる。
「引き裂かれたのね、その二人……王様のお相手がカミベルさんってことかしら」
「ええ……詳しい話は当事者にしかわかりませんが」
長い年月を経て膨れ上がった想いは執着に変わり、暴走に至った。
現時点では予想に過ぎないが、もしそうだと仮定してわからないことがある。
「けど、それで彼女を無理矢理連れていったからって、それがなんで世界がどうこうになるんだ?」
「それは……彼女が今、アラカルティアを護る結界を生み出しているからです」
それぞれから驚愕の声があがる。
結界と言えば大規模なものが王都に存在しているが、世界全体となると軽くそれ以上だ。
「彼女は隠れ里から離れてはならない……ですから、王にそこに辿り着かれる前に、なんとかしなくてはなりません」
「…………」
暫し沈黙が訪れた。
様々な思考が入り乱れる中で、デューも同様に考えを巡らせる。
(前に妙に意識の端に引っ掛かった王の聖依獣狩り……無くした記憶と繋がっているのか?)
世界の危機に関わっているかもしれない事態だが、ここにきて主張し始めた感覚を無視しきれないでいた。
(モラセス王の顔にも見覚えがある。王様の顔を知ってて当たり前、なのかもしれないけど……なんだか気になる)
と、深く深く記憶を手繰り寄せようとした、その時。
『……には、……を…………』
突然脳内に響いた声に、咄嗟に頭を押さえた。
「――ッ!?」
「なんじゃ、どうしたのじゃデュー?」
ミレニアが心配そうに顔を覗き込む。
大丈夫だ、と取り繕おうにも顔色が悪く、明らかに無理がある。
「……話が長くなってしまったし、お疲れなのでしょう。今日のところはここまでにして、宿でお休みになっては如何ですか?」
「すまない、ミナヅキ殿……そうさせて戴く。デュー、大丈夫か?」
オグマが一礼し、他の仲間もそれに続くと、ミナヅキとカッセが残された。
ほう、と整った唇から溜め息が漏れる。
「最悪の結末、それだけは避けなければ。カッセ、引き続きお願いしますね」
「……承知」
人より小柄な聖依獣の青年もまた立ち上がると、宿へと足を向かわせた。