#0
──それは、ただ寂然と存在を誇示する世界だ。
黒き本。幾多の理想と幽玄なる夢想で描かれた幻想。
深淵を挟むは、虚構と現実。
深淵に佇むは、定められた運命。
それら全てを箱庭の如く閉じ込めるは、清純たる漆黒の糸が織り成したかの如き闇の指先――
此処に存在する全ては、願望を形とした妄想のみ。
本という閉鎖的な舞台を、世界を、己が理想を抱く者は歩む。
枷の如く重みを増す足で歩み続けたその先には、真実こそが退廃した成れの果てがあると、彼らは心の片隅で知っている。
現実の真偽を確かめるものでもなく。
虚構の質疑など愚かな追究に等しいと分かりきった上で。
それでも、そうだとしても、彼女の元へ、辿れるものならば。
どんな結末を迎えても構わない。
救いこそ至高。それが紛い物の救いだとしても。
幻想ならば、空想ならば、全てが赦される。
わたしは覚えている。
忘れることはない。忘れることなどできない。
この身に刻まれた後悔。憎悪。悲しみ。愛しさ。
わたしは覚えている。
曖昧な夢を見ることはなかった。
見ることなどできなかった。
それほどまでに恋い焦がれた想いがあったがために。
あなたを信じ、あなたを慈しみ、それでも叶われなかった夢。
わたしは此処に示す。
外からでも中からでも、あらゆる理想をかき集めて紡ぐ。
全てを喪ったわたしを、せめて自己満足で陶酔させてくれるように。
総じて例えるならば、そう。
これは、理想を奪いし神への恨みにも似た御伽噺だ────