黒魔女は復讐がしたい。
ストック完結まであるのに毎日投稿を忘れるゴミクズカスなので更新なかったら感想ください
すいませんでした
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ばーんっ、と勢いよく開かれた扉に、ローザがゆっくりと視線を向ける。
「あらミーシャ様、随分とお早くいらっしゃい――」
「とぼけたって無駄よ、ローザ! 今日があなたの命日なんだから! いっけええええ!!」
手に持った杖の先に暗闇が灯り、ミーシャが高らかに謳う。そして素っ頓狂な顔をしたままのローザへ黒杖を差し向けると、唸るような叫び声と共に漆黒の閃光が迸った。
まるで屋敷全体が揺れるような轟音が鳴り、絵画の飾られた壁や吊られている煌びやかなシャンデリアを揺らす。そして黒の槍はローザの元へ撃ち出されたか思うと、その手前で急激に方向を変えて食堂の天井へと打ち上げられた。
紅く滲む右腕を見つめたあと、ローザがミーシャへ目を向ける。まるでそれを知っていたような落ち着いた動作に対し、ミーシャの表情はどこか焦りが感じられた。
「ミーシャ様、これはどういう……?」
「だぁークソ! また失敗した! なんでいつも失敗するのよぉー!」
地団太をだんだんと踏みながら、ミーシャが叫ぶ。そんないきなりやって来て殺傷力マシマシの魔法をぶち込んできた黒魔女に、ローザはただただ首を傾げていた。
「っ、師匠! 今の音なに!?」
と、肩で息をしているミーシャの後ろから、騒音と共にジオラが現れる。ミーシャを追っていたのだろうか、同じく息を切らしているジオラは一瞬目を見開いたあと、こちらを睨みつけているミーシャの元へ近づいて、勢いよく胸倉を掴み上げた。
「ミーシャ様、なにやってんの!? 師匠にいったい何したのよ!」
呆気にとられたミーシャだが、すぐに眉間に皺を寄せて怒鳴り返す。
「な……何って、こいつは私に猫の耳をつけるようなヤツなのよ!? そんなこと許せないわ!」
「猫の耳!? 師匠が……ローザ様が、そんなくだらない事する筈がないじゃない!」
「でも私は本当にやられたのよ! アイリスだって知ってるもん! ほんとだもん!」
「そんなでたらめ言わないでよ! いくらお客様だからってこれ以上は――」
「グラジオラ」
ローザの冷たい声と共に、ぴしゃりと水を撃ったような沈黙が訪れた。
「……し、師匠?」
「ミーシャ様は大切なお客様ですよ。今すぐその手を離してください」
「で、でも」
「お願いです。ミーシャ様も驚いていますから」
ローザの視線に耐えかねたように、ジオラが一瞬だけミーシャを睨んで突き放す。未だに憤りが収まらないジオラをかばうように、ローザはミーシャへと優しく語り掛けた。
「ミーシャ様、あなたは私と初めて会った時もそのような振る舞いをされましたよね」
「……ふん」
「ですが、私にはミーシャ様がそこまでお怒りになられる理由が分からないのです。私、もしくは私の弟子に何か至らぬ点があったのか……せめて理由だけでも、どうかお聞かせください」
その言葉にミーシャはブチ切れて奇声を上げながら暴れまわりそうになったが、対するローザの顔は真剣そのもの。声色は優しいけれど、こちらへ向けられる眼差しには強い意志が込められているようだった。少なくともミーシャが押し黙るほどには、その意志は強いようだった。
須臾の静寂。紅魔女と黒魔女の視線が交錯し、辺りに得体の知れない緊張感が漂う。
そうして、沈黙を破ったのはローザでもミーシャでもなく――ドアの向こうから響く足音だった。
「……アイリス」
「ローザ、あまりミーシャちゃんを責めないでくれる? あなたも魔女なら、猫の耳をつけられる屈辱が分かるでしょうに」
呆れたように肩をすくめてたアイリスが、我が物顔で食堂へと足を踏み入れる。後ろのドアの近くではあわあわと覚束ない様子のウイスティがのぞいており、驚いたような顔をするローザに向かって、アイリスは淡々と語りだした。
「今ミーシャちゃんの言っている事は全て本当よ。問題は、その猫の耳を解除したらあなたの夜会の招待状が出てきた、ということ。これは一体どういう説明するつもり?」
「そ、れは……本当ですか?」
「本当よっ! なに、知らないとは言わせないわ!」
輝く金の瞳に、驚きと困惑の色が浮かぶ。調子を取り戻してイキり始めたミーシャを差し置いてそのまましばらくローザは黙り込んでしまい、何かを必死に考えているような素振りを見せた。
しばらくの思考の末、ローザが意を決したようにして口を開く。
「……申し上げにくいのですが、ミーシャ様。私にはそのような無礼をした覚えはございません」
「はぁ!? でも実際に私はその魔法をかけられたのよ! あんたが知らなくても!」
「はい、アイリスが言うのならそれは真なのでしょう……たとえ私の身に覚えがなくとも、ミーシャ様を不快な気分にさせてしまったのは事実。であれば、私に非があるのもまた揺るぎない事実ということ」
「……師匠? 何言ってるの?」
つらつらと語るローザに、唯一ジオラだけが唇を震わせる。怒りとも失望ともとれるような、歪に染められた表情だった。その彼女の視線を真に受けながらも、ローザが淡々とその言葉を口にする。
「ミーシャ様、大変申し訳ございませんでした……」
行為にしてみれば、何ということはないただの一礼。けれどその姿には、領主としての威厳も、魔女としての尊厳も、何もないただの純粋な人間のようだった。
「し、師匠! いくらなんでもそんな――」
「グラジオラ、黙りなさい」
慌てた様子で声をかける自らの弟子に、ローザが強い口調で言い放つ。完全に圧し返されたグラジオラは、行き場を失った言葉を喉の奥に呑みこんだ。
奇妙で異質な、三度目の沈黙が流れる。想定していたよりも斜め上のその反応に戸惑っているミーシャを差し置くように、アイリスが一歩前へ出た。
そうして地へ頭を向ける紅の魔女の前に立ち、告げる。
「あなたは昔からそうね。何も考えずに何とかしてその場を乗り切ろうとして。全て自分が責任を取ればなんとかなるとでも思っているの? 弟子を持ったと聞いて驚いたけど、その様子じゃお弟子さんたちも大変そうだわ」
「…………」
「そうやってまた相手が機嫌を直すまで動かないつもりでしょ? だからあなたはそのままなのよ。いつまでも怖がって耐えるだけじゃなくて、もう少し周りに目を向けてみるといいわ。同輩としての忠告よ」
それだけ言い放つと、アイリスはジオラの方を一瞥して嘆息をひとつ。やりきれないといったような様子で冷たい視線を向けると、黙り込んだままのローザの前から去り、ぼけっと突っ立っているミーシャの肩をぽん、と叩いた。
「ごめんなさいね、ローザと話しているのに割り込んでしまって。でも、どうしてもこれだけは言いたかったの……もう、私は喋らないから」
「そ、そう言われても……どうすれば……」
「ミーシャちゃんのしたいようにすればいいと思うわ」
「むぅ……んー……?」
そう言い残し、アイリスが後ろで控えているウイスティの元へと歩み寄る。ひそひそと一言二言と会話しているアイリスたちをよそに、ミーシャが恐る恐ると言った様子で頭を下げているローザへと声をかけた。
「ろ、ローザ……さん? とりあえず頭あげて、ください……?」
「……はい、そう致しましょう」
なんとも事務的なその台詞に、ミーシャは後ろ首が痒くなった。
「……聞いておくけど、ローザさんには悪意はなかったのね?」
「はい。ミーシャ様はお客様ですから」
「それで、魔法も間違えちゃっただけ?」
「はい。未だ魔法には未熟なものでして、この度は大変申し訳ございませんでした」
「ふーん……」
と、腕を組んで何かを考えるそぶりを見せるミーシャ。しばらくして腕をぽん、と叩くと、ミーシャは沈んだ顔のままのローザへ向かって咳払いを一つ二つして、大きく口を開く。
「ご、ごほん! ……そ、それなら仕方ないわね! 間違いなら誰にでもあることだし、悪意がないのも分かったし! それにローザさんがこれだけ謝ったんだから、許してあげる!」
「…………へ?」
あまりに突飛なミーシャの発言に、ローザが思わずどこから出したのか分からない声を上げた。それに対してミーシャは自信満々に胸を張ったままで、ローザにはそれがとても歪んだものとして見えていた。
しばらく呆けたように口を開けたままのローザが、はたと我に返ったようにしてミーシャへ語り掛ける。
「わ、私を許して下さるのですか? まだミーシャ様にお詫びもしていないのに……」
「だからそう言ってるじゃない! 黒魔女には全てを許す寛容さも必要なのよ!」
まったくもう、とミーシャが頬を膨らませる。しかしふと何かに気づいたかと思うと、あたふたと分かりやすいように慌て、ローザへ申し訳なさそうに口を開く。
「あ、でも……私のほうこそごめんね? いくら間違いって言っても、やりすぎちゃった……でもローザさんも間違えちゃったんだし、これでおあいこって事で……ダメかな?」
「それは……」
上目づかいで恥ずかしそうに言うミーシャに、ローザが思わず言い淀む。向けられたその瞳は眩しすぎるほどに輝いていて、ローザにはそれに畏怖すらも覚えていた。初めて、人の恐ろしさを知ったような感触だった。
返す言葉を選ぶのに、時間などというものは要らなかった。
「もちろんです。こちらこそ、ありがとうございました」
「うん、よし! これでお互いさま、恨みっこなしね!」
それだけ告げると、ミーシャは沈んだ表情から一転して、ぱぁ、と明るく目を細める。その起伏のある表情がどうにもおかしくて、ローザは思わず口に手を当てながら、ミーシャと同じように優しい笑みを浮かべていた。
ふとミーシャが後ろを振り向くと、そこにはふてぶてしそうに腕を組んでいるジオラの姿が目に映る。するとミーシャははたと彼女とのやり取りを思い出し、慌てたようにして口を開いた。
「ジオラちゃん!」
「ふぇっ!? ……な、なによ」
とてとて、とミーシャがジオラに近づいて、申し訳なさそうに頭を下げる。
「えっと、その……さっきはごめんね? ジオラちゃんも分からなかったんだよね」
「うえ!? え、そ、そうだけどさ……」
「それに、あなたのお師匠さんを危険な目にも合わせちゃって……ほんっとーに、ごめんなさいっ!」
「も、もうわかったから! 私の方こそ話を聞かなかったんだし!」
手を合わせて謝罪するミーシャに、ジオラがまた宥めるように話す。先程の流れを見て、許せないというのが酷なものだろう。黒魔女と言われている割には想像以上に純粋なミーシャに、ジオラは不思議に思いながらもどこか達することのできない違いを感じていた。
「ミーシャ様は、お優しいのですね」
「ん? なんで?」
「私達の失態を許してくれて、それでも自分の罪を認められる……そのようなお方が、世界を探してどれほどいるでしょうか。少なくとも、ノールドにはそのような人間は存在いたしません」
言葉とは裏腹に、ミーシャへと向けられる視線はどこか虚ろなものだった。まるで、ミーシャと話しているのではなく、遠くのどこかの人間を思うような語り。その表情にミーシャは気づかずとも、少しだけ違和感を覚えていた。
やがて、ローザが優しく笑みを作ってミーシャへ話しかける。
「ミーシャ様、昼食にいたしませんか? せめてものお詫びとして、極上の品を振る舞いましょう」
「ふふん、そうこなくっちゃ! みんなも呼んで、一緒にね!」
花の咲いたような笑みで、ミーシャがドアの裏に控えているウイスティ達の元へと向かう。
そんな彼女を見つめているローザは、ただ一人、変わらぬ笑みを作っていた。
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「うわー、すごいすごーい!」
ミーシャの驚きに満ちた叫び声が、地平線のかなたまで続く。一面を埋め尽くすのは、燃え上がるような真紅。紅色のバラの花びらがミーシャの目の前を過ぎたかと思うと、突き抜けるような青い空へと舞い上がり、さわやかな風を運んで行った。
昼食を終えたミーシャがやってきたのは、丘の向こうまで続くバラの花畑だった。まだ夜会までには一日と少しの時間があるので、それならばノールドの観光を自ら買って出ようというローザの意向である。別段することもなかったミーシャ達は、それにありがたく乗ることにした。
「これ全部ローザさんのバラなの?」
「はい。ここの花畑は全て私の管轄下ですわ」
「いやー、この年になってお花に感動することになろうとは……」
多少自虐的な笑みを浮かべて、ウイスティがそう呟く。それほどに眼前に広がる光景は壮大で、心を満たしてくれるものだった。
ノールドの北側に位置する、バラの花畑。ローザの住んでいる屋敷の十倍の広さを持つこの花畑は、全て彼女が管理し、使用人の手を使わずに面倒を見ているという。いつもならついてくるジオラとソフィーも、この時だけはローザの下を離れて屋敷の仕事にあたっていた。
「あなた、まだこんなことしてたのね。よくも飽きないわ」
「こんなこととは何ですか、アイリス。私は好きでやっているんですから」
呆れたアイリスのつぶやきに、ローザがむっ、と頬を膨らませる。いつもなら見せないローザの少し怒った表情に、アイリスは嘆息で返した。
「ねね、ローザさん、お花畑の中、入ってもいい?」
「もちろんです。何でしたら、いくつか摘んでいってもらっても構いませんよ?」
「ほんと!? わーいっ!」
そう答えると、飛び跳ねるようにミーシャが赤い花の中へと躍り出る。紅の中に一点の暗黒が混じり入り、花畑の紅い波の中で黒い三角帽子がぴょこぴょこと飛び跳ねていた。
やがてしばらく花畑の中を突き抜けて、ミーシャがぽす、と赤の海へと身を投げ出す。視界の端で緋色の花々がミーシャの顔を覗き込むように波を打ち、ミーシャの瞳には紅の額縁に彩られた空の海が鮮やかに彩られていた。
「綺麗ですか?」
「うん、とっても!」
何時の間にか紅のバラを散らしながらそこにいたローザに、ミーシャが笑顔で答える。少なくとも、そこには裏も何も無いように思えた。
「私も子供のころに、よくここで寝転んでいました。バラの隙間から見える青色がとても素敵で……ほら、空の青色とバラの紅色が対比して、とても綺麗なんです」
「そうだよね! こんな景色、他では見られないもん!」
そう言いながらミーシャがむくりと起き上がり、ふと目の前のバラへと手を伸ばす。何枚もの花弁が重なったその花はまるでミーシャを誘うかのようにしてそこに在り、ミーシャは何のためらいも無く自らの腕を伸ばす。紅の色は、簡単にミーシャの手へと収まったかに思えた。
その瞬間、ちく、と小さな痛みがミーシャの手のひらに走る。
「あいたっ」
「ミーシャ様?」
驚いたようにローザが声を上げ、ミーシャの側へとしゃがみ込む。恐る恐るミーシャが手のひらを開くと、そこには指の間から洩れている小さな血の雫が見えた。
自らの手に出来た血の球を見て、ミーシャがばつの悪そうに頬を掻く。そんなミーシャに、ローザはうすく微笑みを浮かべながら優しい口調で語りかけた。
「大丈夫ですか、ミーシャ様?」
「むぅ……黒魔女の私に傷をつけるなんて、このバラ中々やるじゃない……!」
「ふふっ。ミーシャ様、お手をお出しになって下さい。傷口から菌が入ったら大変です」
ローザの細い指が、ミーシャの手をつたう。そして膨らんだ血球を包み込むと、そこから魔力が流れ込むのをミーシャは感じた。指の間からあふれる光の色は、穏やかな紅色をしている。
痛みが引くのに、時間はさほどかからなかった。すっかり治った手を見て驚いているミーシャに、ローザが少しおどけた様子で口にする。
「ミーシャ様、バラを摘むときは気を付けなければなりませんよ? ほら、昔から言うじゃないですか。綺麗なバラには棘がある、って」
その言葉に、ふとミーシャがローザと視線を交わす。
「綺麗なバラ……」
「……ミーシャ様? どうかなさいました?」
不思議そうに首を傾げ、ローザが問いかける。
答えようとするミーシャは、自分でも少しおかしくなって、恥ずかしそうに笑った。
「いや、ローザさんはバラっぽいなー……って」
「私がバラ……ですか?」
「だってだって、ローザさんって珍しい紅の髪だし、それにすっごく美人だし、性格も優しいし。それに、棘もないんだからお花にしたらすっごく綺麗で真っ赤なバラになると思うの!」
突拍子もないミーシャの物言いに、ローザが呆気にとられてぽかんと口を開ける。そして一瞬だけ目を伏せたかと思うと、耐え切れないような笑みをこぼしてミーシャへ言った。
「ふふっ、ミーシャ様は本当に面白いお方ですね。もしも私がバラになってしまったら……その時は、どうか棘にお気をつけてください。またお手を怪我されては、悲しくなってしまいますから」
「うぐ、それは……」
「冗談ですよ、ミーシャ様。そもそも、私はバラになるつもりはありません。だって、私がバラになってしまってはこの花畑の面倒を見れなくなってしまいますもの。それに、バラになってミーシャ様と話せなくなるのは、とても寂しいものですから」
ローザの語るような物言いに、ミーシャが零れるような笑みで返す。そこには先程のような敵意やぎこちなさは既になく、ただ純粋に広がる情景と流れる時間を楽しむ、二人の魔女だけが存在していた。
満開の花畑の中で、黒魔女は幸せに満たされる。
ミーシャには、ふとそれがどこか懐かしいことのように感じられた。
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