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ミクニと永遠の大窟  作者: 孫 遼
前編
8/36

再会の予感

「そうか……でも無事に、伝魂ができたなら何よりだ。実際、サクヤのあれを見てみてどうだった? 不思議な力だろう」

 私は右足首に輝く糸をちらりと見て、はい、と頷いた。

「では、前回の続きだ。初代は、サクヤの〈伝魂〉を利用して、迷路のような地底大窟の開拓を進めることができた。そんな彼らが発見したのは――そうだな、君に実際に見てもらうのがいい。こちらにおいで」

 レイヴァンはそう言うとスロープを下って地下の部屋へと降りていった。私も彼の後ろをついていく。

 やがて〈資料室〉とプレートがかかった部屋の前に到着すると、レイヴァンは、車椅子の下からジャラジャラと金属の音をさせて、鍵束を取り出し、扉を開けて中へと進んでいった。

 資料室の中には、整然と並べられた標本があった。

 昆虫、植物、キノコなど、ありとあらゆるものが体系化されているようだった。

 その中でも私を圧巻したのは、鉱石のコレクションルームで、それは標本室のさらに奥の扉に納められていた。

 まるで博物館のように順序だてて、色、形、種別に並べられたそれは、もはや学術的価値とは別に、アートとして鑑賞するに値するものだった。

 ほとんどの石は、加工されずに原石のまま並べられていたが、ときおり、美しく磨かれたルースの宝石があった。私はまるで、宝飾店の客になったかのように、夢中でケースを覗きこむ。

 細かい文字で書かれた説明を、順番に読んでいると、まるでそれ自身が発光しているかのように、ひときわ強く光を反射する、黒とも銀色ともつかぬ、不思議な色の原石が置かれているのが目に留まった。

 私の視線がその場所で止まったことに気づいたレイヴァンは、得意げに話し始めた。

「クオン完全結晶――〈永遠〉と名付けられた石だ。まず自然界では生成できない代物で、宇宙から飛来したのではないか、と言われている。大窟クレーター説の根拠となっている重要な標本の一つだ。現物は今のところ、これ一つしかない。大窟で存在が確認できているもののなかでは、最も貴重と言えるから……大窟の探索の目的に、この石の採取を掲げるチームがほとんどだ」

 レイヴァンは車椅子を操り、その場でくるりと一周する。

「これらのほとんど――九割以上が初代の功績さ。初めて発見しただけじゃない、名前をつけ、そして系統を整理し、標本として持ち帰ることにも成功しているんだ。あとの開拓員は、言ってみれば初代の足跡を辿っているだけといえる。初代の成した偉業がどれほどのものか、これで想像がつくだろう」

 レイヴァンの目はキラキラと輝いていた。

「そんな初代でさえ、到達できなかったとされる最深部――そこに、大窟の存在意義が明らかになるほどの重大な秘密があるんじゃないかと、僕は思っている。僕はご覧のとおり、自由には動けない。だから、大窟の開拓には参加できないけど、僕にできることを精一杯やるつもりだ」

 レイヴァンは、車椅子のハンドルを握りながら言った。

「僕の本職は、研究者だけれど、初代が持ち帰ったこれらの研究を維持し、後世に語りつぐのも、僕の役割だ。たとえば、大窟にはいくつも結論が出ないまま謎とされている研究がある。初代が残した最大の謎――何だったかわかるかい?」

 私が首を振ると、レイヴァンは言葉を続けた。

「君もよく知っているとは思うが、この大窟はあえて外界との接触を避けている。観光は比較的容易なんだけど、滞在には厳しい。観光目的なら、最大でも半日しかいられないルールになっているし、再来訪の許可も滅多に下りないからね。君もここに来る許可を得るのに、かなり面倒な手続きをしなければならなかったはずだ。開拓員になるのも狭き門で、ほとんどが古参の人間だ。ご覧のとおり、大窟は、開拓員によって自治を認められている。ここは――あらゆる国家から独立した存在なんだよ」

 そこまで話すと、レイヴァンは、声を潜めた。

「それが、先代が残した最大の謎――大窟という存在から、人々の足をなるべく遠ざける理由は何故なのか? そこには、必然性があるに違いない」

 確かに、と私は首をひねった。

「僕はその答えが、最深部にあるんじゃないかと考えている。たとえば、経済を揺るがすレベルの貴重な鉱物。ロストテクノロジー。賢者の石。宇宙からの飛来物。そんなものが、大窟の最深部に隠されているとしたらどうだろう」

 荒唐無稽な話だが、妙に説得力があった。

 レイヴァンの語り口に加え、それを信じさせてしまうのが大窟という場所なのかもしれなかった。

「そんな重要な場所なのに、観光には寛大なんですね」

「無理に人を排除しようとするとかえって好奇心や憶測を呼ぶ。ほどほどに解放すべき、これは初代の言葉だ」

「何故、そんな重要な情報を、あっさり話してくれるんですか」

「それは、君がこの大窟の情報を必要としているように、我々も君の存在を必要としているからに他ならない」

 レイヴァンは手に持っていた鍵束の輪を、くるくると回した。

「いずれ解るよ。ここの一員になるのは、そんなに簡単なことではないんだ。サクヤが見える人間なんて、十年に一度、いるかいないかだ。毎日、あれほどの観光客が訪れているというのに、だよ。サクヤが座っているカウンターの前にベルがあっただろう。あれは押してみたかい?」

 私が首を横に振った。

「僕らは、あれを〈人選の鈴〉と呼んでいる。見るからに、鳴らしてみろと言わん場所に置かれた鈴だが、あれを鳴らすことができた者は、大窟の環境には、不適格。そのような人物に、我々は接触をしないと決めているんだ。音が鳴らなかったものだけが、大窟に滞在する許可を得られる」

「でも、音が鳴らないんじゃ、実際に鳴らしたかどうかもわからないんじゃない?」

「ははは……良いところに気づいたね。だからサクヤはわざわざ、あの場所に座って、道行く人の反応を見ている。君はサクヤに直接話し掛けたようだけどね」

 サクヤに話し掛けたときには、私はすでに、大窟に選ばれていたに等しい、ということか。

「話をまとめると、この大窟に〈招かれる〉ための条件は二つあって、どちらかを満たす必要がある」

 レイヴァンはそういうと、指を折りながら教えてくれた。

 一つは、サクヤが〈見える〉、つまり彼女の存在に気づくことができる能力を持っている者。たとえばイブキや私がこれに該当する。

 もう一つは、〈人選の鈴〉が鳴らない者。本人の環境、能力及び心身が、大窟に最適と判断された人物。ロブをはじめとした他多数の人間がこれに該当する。

 ソヨウは後者だろう。

 だとすると、ソヨウはサクヤの目の前で、あのベルを鳴らそうとしたことになる。

「レイヴァンはどっちなの?」

 私が興味本意で尋ねると、レイヴァンは遠い目をして言った。

「僕は古い人間だから、鈴はなかった時代だ――鈴を作ったのはイブキだ。彼でなければこのようなものは作れない」

「イブキは――どんな能力を持っているんですか」

 レイヴァンはいたずらっぽく微笑んだ。

「僕の口から、それを語らせるのかい?」

「いいえ、自分の目で確かめろ――ですね」

「ああ、そうだ。さらに言うと、僕自身がイブキについて、君に余計な先入観を与えたくない――」

 言い淀んだレイヴァンの様子から、彼にもイブキに関して、何かしら思うことがあるらしい、ということはわかった。ロブとイブキの会話に神経をすり減らしたばかりの私は、あえて詳しくは聞かないと決めた。

「ところで、これから何をするか、決めているのかい?」

「できれば、開拓員として、大窟の中に一度は入ってみたい、と思っています」

「そうだね、入口付近は安全で、よく整備されているから、ハイキング感覚で行ったとしても命の危険はないだろう。ただその先は、ベテランと一緒に行動した方がいい。慣れてきたら、まだ開拓されていない、新しいルートを発見したり、最深部を目指す、というのもいいと思う。初代でさえ到達できなかった境地を目指す――僕は応援するよ」

「ありがとうございます」

「では、僕から仕事の依頼だ。君には、大窟で未知の植物や、昆虫、鉱石などを探して報告してほしい。報酬は払うよ。悪い話じゃないと思うけれど、どうかな?」

 ぜひお願いします、と私は頭を下げた。彼はニコニコしながら言った。

「ただ、もちろん条件がある」レイヴァンは続けた。「大窟ではあまり経済が発達していない。お金で買えるものは少ないんだ。だから、なるべく物々交換ということにしよう。僕が必要だと思う情報――この資料室にまだ記録されていない、新たな発見をしたら、その情報の対価として、僕自身が持っている情報を提供して君をサポートするよ」

 そういうと、彼は透明な片手に収まるサイズのプレートを私に手渡した。そのプレートには、人肌程度の不思議な暖かみがあった。

「そのプレートを透かして、物を見ると、君が見ている映像が僕の眼鏡に届く。何か新しい発見や知りたいことがあれば、それを通して僕に映像を送るといい。そして、プレートをそのまま、上下に返すと、僕が見ているものを君に送ることができる」

 私はまじまじと、そのプレートを見つめた。なんの変鉄もない、シリコンに似た素材のプレートに見える。レイヴァンの指示のとおり、板を上下にひっくり返すと、今度はプレートを覗き込む私の様子が映った。レイヴァンの片眼鏡が見ている情報がこちらに映っているのだ。

「イブキの作品だ。彼は、実用性とデザインの融合した、実に素晴らしい物を作る――うまく活用してほしい」

 私が覗くのをやめると、その板はなんの変鉄もない透明のプレートに戻った。私はそれを、丁寧にポケットにしまった。

「わからないことがあったらいつでもおいで。既に誰かが足を踏み入れたことのある領域なら、普通の人間よりはちょっとは詳しいから、役に立てると思うよ」

「どうもありがとう、また、来ます」

「では、本日の講義はここまで」

 レイヴァンの決まり文句を合図に、私は椅子から立ち上がりお辞儀をした。

 レイヴァンのおかげで、ソヨウを探す間の、当座の大窟での目的ができた。開拓員の一員として、大窟の最深部の謎を解き明かすのだ。私は、レイヴァンの椅子を押して駆け足でスロープをあがると、レイヴァンの家を飛びだした。そして胸一杯に空気を吸い込む。

 ――私の進む方向は間違っていない。

 その道をまっすぐ進んでいけば、きっとどこかで、ソヨウと再会できそうな予感がした。

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