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ミクニと永遠の大窟  作者: 孫 遼
後編
29/36

離脱

 クオン完全結晶を発見した場所から、さらに奥に進むと、『ダンスホール』と呼ばれる大きな広間にたどり着いた。大窟のあらゆるルートは、最終的にはこの場所に必ずつながっているのだという。

 しかし『ダンスホール』に入る直前で、私は、むっとするような鉄臭いにおいに気づいた。

「何だか……とても嫌な予感がする」

 私のその言葉を聞いて、ヤコは顔面を蒼白にしながら、うなずいた。珍しくヤコは言葉を発さなかったが、目に飛び込んできた凄惨な光景を見て、理由が分かった――そこには、何人もの人々が血を流して倒れていたのだ。

「マルコ!」

 ロブは名前を呼ぶと、慌ててその人物の元に駆け寄っていく。

「一体何が起こったんだ……」

 私は目の前の光景に、レイヴァンの言葉との符合を感じた。

 ――イブキは、大窟にいた、三十人以上もの人を次々に、殺した。

 おそらくこの場所が、イブキとレイヴァンの運命を大きく変えた場所に違いなかった。

 私は虹色の合口を構えて、反射的に叫んだ。

「油断しないで!」

 その声にはっと我に返ったロブは、懐から鉈のような武器を取りだし、ヒューも隙のない動きで、ヤコを近くに寄せると、私の背後に回り込んだ。しかし、彼らが周囲に気を払っている間、私は自分自身が暴れださないかという、恐怖と戦った。

(私が、もし、イブキと同類だというのなら、私もこの場所で、誰かを傷つけてしまうかもしれない)

 注意深く辺りを見回すにつれ、ますますその光景は、現実味を増して、私の視界に飛び込んできた。まるで先に進む人間に警告をするかのように、血を流した死体が無造作に転がっている。ロブがマルコと呼んだ男性以外に、そこには四人の人間が倒れており、微動だにしない。そのうちの何人かは、ソヨウの結婚式にいるのを見かけたような気がする。

(フラッグシップチームのメンバー……)

 その人間の中に、ソヨウがいないことに安心したのもつかの間、私は絶望の淵に叩き落とされた。

(どうして、ソヨウだけが、ここにいないの?)

 私の心に芽生えた疑惑は、徐々に大きくなっていく。私は足元がふらつきかけた私を、白髪のヤコが抱き止めた。

「ヤコ、ミクさんと一緒に外に出てろ!」

 ヒューの一声で、むせかえるような血の臭いのする部屋から逃げ出すように出た私たちは、警戒を怠らないようにしつつ、壁に背を向けてゆっくりと座った。

「ミクちゃん、大丈夫?」

 きっと、私の顔は蒼白になっているのだろう。ヤコが心配そうに、私の顔を覗きこんだ。しかし、私がショックを受けたのは、死体を見たからではない。その場所にいるべき人間――ソヨウの姿がなかったためだ。そのことを思うと、私の心は、まるでゆっくりと、深海に向かって沈んでいくかのようだった。

「なぁ、一つ、気づいたことがあるんだ」

 ロブの声が聞こえた。

「サクヤが……サクヤが、何かの理由で反応してない」

 それを聞いて、ようやく私も異常に気づいた。ダンスホールで何が起きたかはわからないが、伝魂の済んだ彼らを、サクヤが検知できなかったはずがない。

「サクヤ…何事もなければいいんだが」

 私はその声に誘われるように、何とか立ち上がろうと試みた。

「ミクちゃん、大丈夫?」

 ヤコに抱えあげられて、私は壁に手をつきながら、何とか立つことができた。ダンスホールの入口から、中を覗くと、ホールの真ん中で、一縷(いちる)の望みを抱いているかのように、ロブは上を見上げていた。しかし、ダンスホールには、横たわった死体以外には何もなく、ただの行き止まりのようだった。

 私たちは、そこから動くことができないまま、ただ、時だけが過ぎていった。

(一度、地上に戻るべきだろうか)

 私が、腰に下げた合口に手をかけた瞬間、その異変は起きた。

「ミクちゃん、危ない!」

 ヤコが私の手を引くと同時に、後ろから、ひゅっと風を切る音が耳元をかすめた。

 音のした方向を見ると、そこには、両手に短剣を構え、血まみれになった女性が立っていた。彼女を真っ赤に染める尋常でない量の返り血は、間違いなくここに倒れている他の開拓員のものだ。

 私は悲鳴を上げた。

 その声を聞いたヒューが、最も早く反応を返した。ヒューのナイフが応戦すると同時に、パンと激しい火花が飛ぶ。

「サアラ……」

 ヤコは、その女性に心当たりがあるようだった。

「二人は危ないから逃げて!」

 ヒューが叫ぶ声が聞こえ、金属が激しくぶつかりあう音が響く。ヤコは私を素早く立ち上がらせると、ダンスホールの奥に逃がそうとする。ロブもいち早く異常に気付き、私たちと行き違いにヒューの元へ向かうと、すぐに手に持った武器で応戦を始めた。

 その女性は、容赦なく二人に攻撃を繰り出す。ロブにせよ、ヒューにせよ、戦い慣れをしている身のこなしだったが、その女性の素早い攻撃を防ぐので手一杯、という様子だ。二人を相手に、まったく劣勢を感じない、鬼神のような戦いぶりだった。私たちは少し離れたところから、その戦いを見守った。

「ヤコは、あの人を知っているの?」

 ヤコは唖然としたように、私の目を見つめた。そして次の一言は、私にさらなる衝撃を与えた。

「ソヨウの……パートナーの人だよ。あの結婚式の花嫁さんだった人」

 私は式の間、そのサアラという女性のことを直視できず、ずっと顔を伏せていたので、その女性の顔に見覚えはない。しかし、ヤコが言うには、彼女がソヨウの結婚相手で間違いないらしい。

「やめて! どうして私たちを攻撃するの?」

 しかし、サアラという人物は、まるでその声が届いていないかのように、攻撃を繰り出している。まるで人間としての感情がなくなってしまったかのように、予測不能な攻撃を繰り出す彼女に対し、ヒューとロブは、同じ開拓員である仲間を攻撃することがためらわれて、なかなか反撃に出ることができないようだった。

「この力、普通の人間とは思えないな! ヒュー、何か方法はないのか」

 ロブは全身の力を込めて刀を押し返し、ヒューに声をかけた。

「俺だって考えてるよ! だけど、俺よりロブの方が頭がいいだろ?」

 その会話を聞いて、私ははっとした。

 ――レイヴァンのプレート。

 私は震える指で、ポケットにあるそれをつまみ出した。あやうく取り落としてしまいそうになるそのプレートを両手で拾い上げると、望みを託して、今の光景をレイヴァンに送った。

(この状況を、一度経験したレイヴァンなら、解決法を教えてくれるかもしれない)

 しかし、祈りを込めて裏返し覗いたプレートの裏側からは、何の反応も帰ってこなかった。これまで、大窟のあらゆる場面で即答してくれた彼と、ここに来て、初めて連絡が途絶えた。私はますます、何とかしなければ、と焦燥感を強めた。

「サアラ! ソヨウはどこへ行ったの?」

 必死の呼びかけにも、サアラは応じる気配がない。直後、ロブはサアラから強い反撃を受けて、手に持っていた鉈を取り落とした。ロブは覚悟を決めたように叫んだ。

「ヒュー、あいつは俺が抑える!」

 ロブはサアラの背後を取るように回り込むと、その両腕を羽交い絞めにするようにして拘束した。サアラは顔をしかめると、身をよじるようにして、ロブの拘束を力ずくで解こうとする。

 ――その時だった。

 大きな地響きの音が聞こえて、ロブとサアラの姿が、一瞬にして消えた。地面が崩れ、大きくあいた穴に、二人が飲み込まれていったのだ。

「ロブ!」

 三人は、同時に彼の名前を呼ぶと、二人が落ちていった穴を覗きこんだ。

「ロブ! 大丈夫か!」

 その時、耳元をつんざくようなリーンという音が周囲に鳴り響いた。鼻の奥にユリの花のような匂いを感じたと同時に、ロブの身体がふわりと宙に浮き、一瞬にして消えていった。

 そして、ダンスホールに静寂が戻った。

「大丈夫、ロブはまだ生きてる。サクヤが引き上げたから」

 ヤコは確信に満ちた声で言った。ヒューの仮面は、穴のふちを覗きこんでいたようだが、ふと立ち上がり天井を見つめる格好になった。

「サクヤ……良かった……」

 ヒューは静かに呟いた。私は、まだやまぬ心臓の音を落ち着けるために、その場でゆっくりと姿勢を崩した。

「ミクちゃん、レイヴァンのプレートに、何か来ていない?」

 ヤコの声にはっと体を起こした私は、プレートをさかさまにして覗いた。そこには、ロブの姿が映っていた。どうやら、サクヤとレイヴァンの二人で、懸命に手当を施しているようだ。私はほっと息をついた。

「レイヴァンに、つながった。サクヤと、ロブと一緒にいるみたい」

 よかった、とヤコは胸をなでおろす。しかし、一人のメンバーを失ったことによる喪失感は大きく、私は交互にプレートを覗きこみながら、てきぱきとレイヴァンがロブの処置をしていく様子を見守った。ロブは微動だにしない様子で、意識があるかどうかもわからない。かなりの重傷を負ってしまっているようだ。

「命に…別状がないといいんだけど」

 ヒューは、ぽつりと言った。私はかける言葉が見つからず、ゆっくりとヒューに近づくと、手探りでヒューの腕を探した。ヒューはそれに気付くと、ヤコと私を一緒にきつく抱きしめた。


 しばらくして、プレートから、レイヴァンの手書きのメッセージが届いた。

『ロブは、なんとか生きている。僕らは、ベストを尽くした。ところで、さっき送ってもらった女性についてだが――』

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