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ミクニと永遠の大窟  作者: 孫 遼
後編
28/36

クオン完全結晶

「フラグシップチームが言っていた場所まで、だいたい八つぐらいポイントがあるんだが、どこまで来たかな?」

 ロブが地図を取り出して、ヤコが指を折り始めた。

「えーっと、暖炉、水晶の滝、ドームでしょ?それから、台所、北極、天国!」

 私は、明るく話すヤコの横顔を、じっと見ていた。彼女は大窟の奥に進むにつれ、少しずつ、だが確実に、老人の風貌に近づいているようだった。

 仮に彼女が百歳まで生きるとすれば、すでに現在の年齢は、六十近いということになる。

 ヤコは今でも若々しく、元気な様子だったが、一時期、まるで咲き誇るようだった美貌は、すでに失われていた。

 私はその様子を見て心が痛んだ。もし最深部にたどり着いたら、彼女は一体――どうなってしまうのだろう。

「ヤコの言うとおり、六つまで来たことになるな。そして我々が次に目指すのは、竜の口という場所だ」

 竜の口についたとき、ロブは確信を得た様子で言った。

「ヤンとフリードが事故にあったのは……ここだろう。間違いない」

 その場所は、立っているだけで汗が噴き出すほどに熱い場所で、所々、間欠泉のような蒸気が噴き出す様子が見える。

 大窟の中でも、かなり深い場所まで来ていて、マグマに近いところに到達しているのかもしれなかった。

「ここは危険だし、ルートを探すのが難しそうだ。何か作戦を立てよう」

 ロブが顔に流れ落ちる汗をぬぐいながら言った。

 突然、ごう、という風の音がして、横穴から炎が噴き出した。私たちはそれに驚いて慌てて横に飛びのいた。

 ここに来て初めて、進むことすらためらわれる道に出た私は、かつてこの先に進もうとした開拓員達に心の中で敬意を表した。

 この先が行き止まりでない保証なんてどこにもないのに、諦めずに進み続けたのには、何かが奥にあるという確信があったのだろうか。

「ねぇ、あれは?」

 ヤコが指さしたのは、ちょうど炎が噴き出した場所だった。その壁には、黒い炭のようなもので大きくバツの字が書かれている。

「もしかして……」私たちは顔を見合わせると、頷き合った。「どちらかのチームが残した印に違いない。これに沿って進めば……」

 ロブが周囲を見渡して、丸が書かれた壁を見つけると、その穴を恐る恐るのぞき込んだ。「おい、こっちだ!」

 ロブが手招きする方向に走ると、確かにそこは次に進めそうな横穴が空いている。私たちは印を探しては前に進んだ。

 しばらく進んだだろうか、徐々に周囲の熱気も落ち着き始めたころ、丸と書かれた場所に向かって進もうとした私の裾をヤコが思いっきり引いた。

「ミクちゃん、危ない!」

 ごう、という音が耳元をかすめて、髪の毛の少しだけ焦げる匂いが鼻をくすぐった。あと少しでその炎に巻かれる寸前だった私は、心を落ち着けるために、しばらくその場に座り込んだ。

 ロブがまじまじとその壁の印を確認する。

「おかしい……丸と書いてあるのに、ここから炎が出るなんて……もしかして、ヤンとフリードは、この印に騙されたのか?」

 ――ヤンやフリードが死んで、もう一つのチームは行方不明になってるけど、あれを偶然で片付けちゃっていいの?

 その時、私たちは初めて、イブキの言っていた企みが、はったりや妄想ではなく、実際に存在するのだということに気づいた。誰かが彼らを死に追いやった、そう確信できる証拠に行きあたってしまった今、それを無視することはできなかった。

(この印をつけられるのは、ヤンたちのチームの生き残りのメンバーか、フラッグシップチームのどちらか)

 その時、私は、脳裏に、浮かんでしまったその名前を懸命に否定していた。

(ソヨウじゃない……ソヨウはこんなこと、しない)

 しかし一度浮かんでしまった疑惑の種は、私の中で根を張り、大きく育とうとしていた。

 ロブは地面から炭化した黒いものを拾い上げると、丸を打ち消すように大きくバツを上に書いた。

「これでよし、と」

 竜の口を脱出した私たちは、岩場の歩きやすい道に出たが、チームには重苦しい空気が漂っていた。その静寂に耐え切れなくなったのか、ロブは一大決心をしたように口を開いた。

「なぁみんな、今度は俺の話を聞いてくれ。俺も嬢ちゃんに内緒にしていたことがある。俺が大窟にいる理由だ」

 ロブを除く三人は、きょとんとした顔で見つめ合った。

 ロブの話の予想がついているヤコと私は、視線でヒューに訴えかけた。

「えっ、俺?」

「いや、ヒュー。お前じゃなくて俺の話だ」

「いや、そういう意味じゃなくてさ……」

 ヒューは勿体ぶったように咳ばらいをした。

「俺らたぶん、その理由を知ってるから。というか、バレバレだからね?」

 ヤコと私は真面目な顔をしながらも、こらえきれず肩を小刻みに上下に震わせた。ロブの顔がみるみる赤くなっていく様子を見て、私たちはその理由が間違っていないことを確信した。

「俺、ここに立ってるのが恥ずかしい! もう耐えられない!」

 ヒューはそういうと、勢いよく走り出した。

「だってさ、ロブの顔に、サクヤのためって書いてあるんだもん! ソヨウが結婚式の時に、クオン完全結晶を指輪にしたのを見て、今度は、クオン完全結晶が欲しいって言い始めるし!

 どのぐらい鈍感になれば、それに気づかないでいられるっていうんだよ! 俺のことバカバカ言うけどさ、一番バカなのはロブだからね!」

 ヒューが耐えきれずに暴露し始めた大声は大窟中に響き渡り、ロブが何かを叫びながら、真っ赤な顔でその後を追うのを、私とヤコが笑い転げながら追いかけた。

 私は内心では、遊んでいる場合じゃないことを理解していたが、竜の口を過ぎて、比較的歩きやすくなった道で、おそらくチームとしては最後になるであろうふざけ合いに、納得のいくまで付き合うことにした。

 迷路のような入り組んだ道を、ロブとヒューの声を頼りに走り抜けて、最後の広間のような場所に出た時、ヒューとロブはぜえぜえと息を上げながら、大の字で地面に横たわっていた。

「バカ野郎。体力を無駄に消費しちまった……」

 ロブは一度空を仰いで、呼吸を懸命に整えた。

「お嬢ちゃんはいつから気づいてたんだ」

 私はしばらく考えて、最初に大窟に入った日のことを思い出すと、ロブに伝えた。

「なんてこった。会ってすぐじゃねぇか」

 ロブは太く焼けた腕で、顔を覆った。

「恥ずかしい――俺は一大決心をして告白したつもりだぜ?」

 私たちはそれを聞いて、さらに大きな声で笑った。それが束の間の安らぎであることをわかっていても、私たちは、まるで自分たちが生きていることを実感するかのように笑い続けた。それはレイヴァンのそれに比べると、とてもささやかで幸せな告白だった。

 ロブは全身の筋肉を器用に使って、上半身だけを素早く起こすと、私の方を向いた。

「見ての通り、俺は単純だからな。イブキのことは大嫌いだ。だが、あの竜の口にあった罠を見た以上、奴の言うことがただの妄想でないことも――理解した。だから俺の秘密にしていることは話しておかなきゃいけないと思ってな」

 ロブは立ち上がると、歩き始めながら言った。

「俺は、先を行くフラッグシップチームやヤン達のチームに嫉妬していた。お嬢ちゃんには言いづらいが、兄さんの式だってな、内心、俺には複雑だったんだ」

 その発言を受けて私はロブを責める気にはなれなかった。何故なら私も同じように、心のどこかに複雑な気持ちを抱えていたからだ。

「嬢ちゃんの力があれば、あいつらの先を越すことができるかもしれない――そう思った瞬間から、俺自身の目的に、強引に皆を付き合わせちまったんだ。だから他人を利用しているというイブキの指摘は、俺の痛いところをついた。だってそうだろう。俺たちが張り切って、大窟の奥に行こうとし始めた瞬間、嬢ちゃんがぶっ倒れたんだからな」

「ロブは気にしなくていい。それにね、探し物、もうすぐ見つかるよ」

 ヤコがそう宣言すると同時に、ヒューが何かにとりつかれたように起き上がると、壁に向かってふらふらと歩いて行った。私たちはまたしてもロブを茶化しているのかと、笑顔で見守っていたが、その異常な様子に気づきはじめると、慌てて彼の後について行った。

「ロブ、フラッグシップチームが言っていた場所はここだろ? たぶん、ここにいるんだよね。つるはし、貸してよ」

 ヒューは人差し指で、壁をつついた。彼はロブから借りたつるはしを大きく振り上げると、一気に振り下ろして、その壁を削った。

 ガン、という大きな音と共に、目の前に見えていた壁が深くえぐれ、黒い岩が崩れ落ちると、その中に埋め込まれるような形で、銀色とも黒ともつかぬ、なんとも言えない色をした塊のようなものが見えた。

「もしかして……これは……」

 信じられない、という声で、ロブが駆け寄ると、その塊を拾い上げた。

「クオン完全結晶?」

 ヤコと私が一緒に歓声をあげると、ヒューのお面はくるくると宙を舞うように動いた。

「間違いない。原石だ」

 ロブは放心したように、その石を私たちに渡すと、その場に崩れ落ちるようにして座り込んだ。

 私たちが交互にその石を見つめている間、ロブは感極まったように無言でいたが、急にその場で正座をすると、かしこまった様子で私たちに頭を下げた。

「このクオン完全結晶、すまんが俺にくれ! 一生のお願いだ!」

「一生のお願いも何も、ねぇ?」

 私たちは顔を見合わせた。

「最初から、そのつもりだったから……」

 ぷっ、とヒューが噴き出す声が聞こえて、私たちはまたしても笑い出した。

 ロブは照れ隠しのように腕組みをしていたが、たまにクオン完全結晶に目を落としては、笑みを浮かべていた。

 それは、薄暗く曇った空に差す一条の光のような、ぬくもりに満ちた思い出――そして、私たちにとっての、最後の幸せな記憶だった。

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