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ミクニと永遠の大窟  作者: 孫 遼
中編
21/36

衝撃

 次の朝、早朝に、椅子の間に集まったチームメンバーに向かって、私は自分の作戦を話した。

「なるほど、ミクニの力を使えば、この間の鉱脈の場所まで、一瞬で移動できるのか。そうして先へ先へと進んでいけば、最深部にたどり着くこともそんなに難しくなさそうだな……」

 ロブの言葉に、私は、強くうなずいた。

「そう、せっかくの力だから、どんどん使っていきたいの。そのためにも、みんなの力を貸してほしい」

 チーム全員が、鎖で移動できるかどうかは、一つの賭けであったが、なんとなく実現できるのではないか、という予感はあった。

「どうしたらいい?」

「円陣になって、手をつないでもらえるかしら」

 私は、サクヤが私の足にそうしたように、鎖の端を椅子の足に結びつけると、片方の手でその鎖を持ち、鎖のもう片方の端――合口に結びつけられた部分――のイメージを、強く頭に思い描いた。

「行くよ!」

 その合図とともに、急激に自分の回りがぐるりと逆さになるような気配がし、下へ下へと移動していく感覚を覚えた。サクヤに引き上げられたのとは逆の向きで、私は大窟の奥へと移動している。

 それはまるで、海の底に向かって引かれたロープ沿いに、深く潜行していくような感覚だった。

 次に目を開いたときには、私たちは最後に到達した場所――新たに開拓した鉱脈の前――に到達していた。

「すごい!」

「よかった、成功した。この感じなら、地上に上がるのもきっと上手くできると思う」

「ワープみたいなものか。すごい能力だな。これなら大窟の移動が自由自在だ」

 その力は、どちらかというとイブキよりは、サクヤの能力のイメージに近いものだという自覚はあった。

 しかし、サクヤの場合、能力を持たない人――たとえばロブやヒューであっても、一方向であれば引っ張りあげることができるのに対し、私は双方向に移動できる代わりに、能力を持たない人を移動させるには、自分自身が同行する必要がある、ということは、何回か実験して判明した事実だ。

「ミクちゃんとはぐれたら、移動できなくなっちゃうのね」

 ヤコは、私の左手を、ぎゅっと握った。

「今まで以上に、お嬢ちゃんから、目を離さないようにしないとな。この間みたいな失敗は、絶対に無しだ」

 ロブは、腕を組みながら言った。

「どうやら、大窟の攻略も少しだけ道筋が見えてきたな。ヤコも成長したし、少し欲を出してもいいんじゃないか?」

 ロブはそういうと、懐から紙を取り出した。それは、立体的に描かれた大窟の地図だった。

「フラッグシップチームに、大窟の詳しい構造を聞いた。彼らが把握しているルートの中での、俺達の進捗はだいたいわかっている。ざっくり三分の一ぐらいというところだと思う。実は、どのルートを取ったとしても、最終的には『ダンスホール』と呼ばれる、一つの大きな空洞につながるらしい」

「つまり、このままのペースで進んでいけば、いずれは彼らと同じ地点にたどり着く、ということね」

 私は、大窟でソヨウに再会する確率が、少しでも上がることに、期待を持った。

「ああ。それで、だ。せっかくだからこれだけは言わせてくれ」

 ロブは、そのダンスホールの手前、ぐるりと赤い丸がついている場所を指差した。

「フラグシップチームが地上に戻ってきたのは、クオン完全結晶を持ち帰ってきたからだ。聞いたところ、二つ目のクオン完全結晶はここで見つかったらしい。俺らもここを目指してみないか?」

 その話し方から、ロブがクオン完全結晶を探し求める人間の一人であることは、明らかだった。

「賛成!」

 ヒューも、興奮した様子で言った。

 かくして、私たちは目的を新たに、大窟の奥へと進んでいくことにした。


「そういえば、この間、イブキのところを訪ねたときに、ヒューはいなかったけど、どこにいたの?」

「んー? よく覚えてないな」

「フラッグシップチームには会わなかったの?」

「会わなかったよ。イブキから話を聞いたときも、そんな人たちが大窟にいたの? って感じだったし」

「じゃあどこにいたの?」

「イブキの家にいた……ような気がするんだけど……」

 珍しく、曖昧な様子でヒューは言った。しかし、姿も表情も見えないのでは、嘘をついているのか、それとも本当に覚えていないのか、態度から判断することもできない。

(どうして私にはヒューが見えないのかしら?)

 自分の持つ能力については、徐々に明らかになりつつあったが、彼の姿が見えない原因については、何の進展もなかった。他の人には見えるヒューの姿が、私にだけ見えないことは、果たして大窟の謎と何か関係しているのだろうか。

「あ、そういえば前回、未発見の鉱脈を見つけただろ」

 ヒューが、唐突に口を開いた。

「あれってさ、レイヴァン先生から何か良い情報と交換してもらえるんじゃないの?」

 私はふと、レイヴァンが何かを言いかけたのを遮って、飛び出てきてしまったことを思い出した。きっと、頭の良いレイヴァンのことだ、私の様子がおかしいことに気づいたに違いない。

 私は、戻ったらレイヴァンに謝らなければ、と思った。

 その時、周囲の空気が、急に冷えたように感じて、私は、体をぶるっと震わせた。

「なんだか少し寒くなってきたみたい」

「だな。『北極』がもうすぐだ」

 ロブが『北極』と呼んだ場所は、一面凍りついた壁に覆われた場所にあった。

「雪……?」

 私はプレートを取り出して、その真っ白で冷たい雪景色を映した。すると、レイヴァンから手書きのメッセージが届いた。

 ――北極。一面の冬景色。雪のようなものの形成過程には諸説あり。

 その後ろにカッコ書きで『僕はあの場所自体が、巨大な雪雲のような場所だと仮説を立てている。水と砂糖を混ぜると溶け残りが底に溜まるのと同じ理屈で、空気と氷の粒がバランスよく配合された場所で、余分になった氷だけが底に溜まっている、という考え方です』と書かれていた。

(良かった、あんな風に飛び出してきてしまっても、レイヴァンはいつもどおりだ)

 彼の変わらぬ筆跡に、ほんの少しだけ、心が落ち着いた。

 ロブは袋から、顔に巻く布と、羽を織り込んで作られた暖かそうな上着を取り出すと、一人一人に手渡した。

「ここは残念ながら、虫も植物も、新しい発見は何もない不毛の場所だ。俺も今回来るのは始めてだからな、少し緊張してる――喋ると体力を消耗するから、一気に抜けるぞ。立ち止まると命取りになる、行こう!」

 その声を合図に、私は、ヒューとヤコと手を繋ぎながら、雪道を一歩一歩、前進していった。

 雪道には、開拓者が道を見失わないように、という配慮か、所々に目印代わりの杭が打たれていた。

 私は、初めのうちはその杭の数を数えていたが、途中で数えるのをやめてしまった。その杭が、大体三十から五十メートルの間隔で立っているとすると、ゆうに十キロ以上は歩いたように思われる。

 それはなかなかに大変な作業で、平坦な道ならものの数時間もすれば歩ける距離を、雪道では足が取られてゆっくりとしか進めない。

 四人のうちヤコだけは、軽やかに足跡も残さず進んでいくが、ロブやヒューは、鍛えられた体の重量が、かえって仇になっているようにも見える。特にヒューに至っては、見た目以上に深い足跡――実質足が埋まっているに等しい――になり、ペースが落ちてきていた。

 これまではヤコが、ロブやヒューに抱っこされていることが多かったが、今回は立場が逆転していた。ヤコは涼しい顔をして、埋もれがちなヒューをときどき、雪から引っ張りあげる。

 私は歩きながら、ヤコの細い体のどこからそのような力が出るのかと、信じられなかったが、よくよく思い返してみれば、花びらをイブキの元に届けた時から、ヤコは身体に似合わぬ怪力を、要所要所で、発揮していたのだった。

 手足の感触がほぼなくなり、真っ白な通路が永遠に続くと思われたとき、ところどころ黒い岩肌が見えてきた。

 やがて足が雪に取られることも少なくなってくると、さくさくと音を立ててヒューが雪を踏みしめ、大きく高くジャンプした。

 口を覆っていたマスク代わりの布をはずして、大きな声で叫ぶ。

「死ぬかと思ったー!」

 その時、後ろで大きくドーンという音が聞こえた。

 大きな雪崩が、すぐ後ろの方まで迫っている。

「ヒュー、油断するな! お嬢ちゃんは早く逃げろ!」

 そう叫びながら、ロブは、目の前に空いている岩の裂け目のような場所に、私を押し込んだ。

 私は、雪崩から少しでも遠くに逃げるために、その狭い裂け目の間を走り抜ける。すると、やがて小さな空洞に出た。

 後ろから追いついたロブは、真っ白になった布を口からはずした。

「危ないところだったな。ここは、次の雪がどこからともなく落ちてくるときがあるらしい。文字通り、ドーンと一気に、上から落ちてくるんだ」

 それを聞いて、私は青ざめた。あの雪崩に遭遇せずに、この道を無事通ることができたのは、奇跡に近い。

「すぐに火を起すから、少し待っていて。手足が凍傷になってしまう」

 ヒューがそう言うが早いか、あっという間に地面近くから炎があがった。なるべく炎の近くに身を寄せると、みるみる体が温度を取り戻していく。

 ロブもその焚き火を覗き込み、称賛の声をあげた。

「さすが軍隊仕込みだな。こんな何もないところで、すぐに火を起こせるなんて」

「どっちかっていうと、役に立ったのは、火吹き芸の練習の方かな」

 ヒューは、誇らしげにいった。

「さぁどうしようか。雪原が無事に渡れただけでも、我々にとってはかなりの収穫だと思う。ここで一旦戻ってもいいと思うが……」

「えー。せっかくここまで来たのに、何も収穫がないのは嫌だ」

 ヒューとロブとで珍しく意見が割れると、ヤコは困った様子でこちらを見た。

 私はその顔を見て少しだけぎょっとした。炎に照らされて浮かび上がったヤコの顔は、また少し、年を取っていた。

「私は、ミクちゃんに従うけど……」

 少し低い声で、ヤコは言った。

 そのヤコの様子をみて、私の心の中では、謎の不安と焦燥感が渦を巻いて、私を押し流そうとしていた。

 後から思い返すと、この頃から、大窟の最深部で起こることについて、虫の知らせのようなものを感じつつあったのかもしれない。

「深追いは禁物だ。次のゾーンに進んだらそこで終わりにしよう」

「次の場所には何があるの?」

 ロブは地図を取り出すと、その文字を高らかに読みあげた。

「『天国』だそうだ」


 その『天国』と呼ばれた場所は、霧におおわれた幻想的な雰囲気を持つ場所だった。天井からは、少しだけ明かりが入ってきており、奥の方には薄紫とも、桃色ともつかぬ大きな花がいくつか咲いて揺れている。

「あまり詳しく情報を聞いてこなかったから、ここから先、何が待ち受けているか想像できないな。こういう静かなところの方が、意外と危険なんだ。ちょっとレイヴァンに確認してもらえるか?」

 そう言われた私は、懐からプレートを取りだし、レイヴァンに確認をとった。

 ――『天国』と呼ばれる場所。有毒ガスを発生させる危険な池がある。

「危険な池?」

 私は周囲を見回したが、それらしい場所はどこにもなかった。私が一歩を踏み出そうとした瞬間、ヤコが私の腕を引っ張り、先に進むのをとめた。その手の感触から、年齢を重ねた証としての(しわ)が、ヤコに刻まれはじめているのが分かった。

「やっぱり、今日はここでやめておこうよ」

 ヤコの顔は心なしか、少し青ざめていた。

「なんだかとても嫌な予感がする。ミクちゃん、あなたにとってよくないことが、これから起こる」

 それを聞いて、ロブとヒューは、顔を見合わせた。

「ヤコが言うなら、そうしておこうか」

 そこで、私は、腰の袋から下げていた合口を、鞘から引き抜いた。すると、虹色の鎖が空に向かって伸びた。

 その鎖を、丁寧に道案内の看板の足元に結びつけると、試しに合口を鞘に納めてみる。すると、合口を鞘に納めた後も、その鎖は消えることなく、ぶらりと天井から垂れ下がっていた。

 私はその鎖を片手で掴んで、円陣を組んだヤコの手をとった。意識を鎖に集中すると、瞬く間に地上に移動することができた。

「完璧じゃないか。かなり力が安定してきたようだな」

 ロブは嬉しそうに歯を見せながら笑った。

「これなら、どんどん先に進めそう。明日も、ここで待ち合わせでいい?」

「明日?」

 私の質問に、彼らは不思議そうに顔を見合わせた。「レイヴァンから聞いてない? 明日は、結婚式があるんだよ。ミクニにもぜひ出席して欲しいって」

「結婚式? いったい誰が結婚するの?」

 ヤコは、首をひねった。

「誰だっけ? フラグシップチームに入って、一番日が浅い人」

「ソヨウ?」

「あ、そうそう。そんな名前」

 ヤコの顔がパッと明るくなったのと同時に、私は目の前は、幕を引き下ろしたように真っ暗になった。

 この時初めて、私は、ソヨウが結婚することを知らされたのだ。

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