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ミクニと永遠の大窟  作者: 孫 遼
中編
19/36

目覚めた能力

 すると、突然、耳元でリーンと大きな音がして、重力と逆方向に体が引っ張られる感覚があった。

「ミク! あんた、大丈夫かい?!」

「サクヤ……?」

 サクヤの声がして、慌てて目を開くと、サクヤが糸巻きを持って、心配そうに私の顔を覗き込んでいた。

 私は、ゆっくりと体を起こす。そこは、椅子の間だった。

「ロブは? ヒューとヤコは?」

「ああ、ミク、無事でよかった!」

 サクヤは私をきつく抱き締める。ユリに似たむせかえるほど強い花の匂いがして、私は呼吸を整えた。

 サクヤは私の頭を二三度、ゆっくりと撫でると、体を離した。

「あんたまで危険な目に……何があったの?」

 私は、自分が穴に落下した経緯を、サクヤにゆっくりと説明した。

「そうか、あいつらなら、きっと大丈夫。もし危険な目に遭っていたら、あたしの伝魂が反応するはずさ」

「でも、ヤコには椅子がないから。もしものことがあったら、どうしよう」

 ふと、ヤンとフリードの様子を思い出して、私の目からは涙が溢れた。サクヤが、私を肩ごと抱き締めると、優しい声でささやく。

「ロブに任せておきな、きっと大丈夫。それに、ヒューだっていつも女に追われてばっかりだから、たまには追わせた方がいいんだ」

 サクヤは軽い冗談を言って片目を閉じると、私を落ち着かせるために、コーヒーを淹れながら、ロブたちの帰りを待った。

 しかし、一晩中待っても、一日待っても、彼らは戻ってこなかった。

「ミク、少し休んだら?」

「サクヤこそ、休まなくていいんですか?」

「アタシは、寝なくていい体なの」

 そう言うと、サクヤは、引き出しから、煙管を取り出した。

「あたしの本体は、実は大窟の社のところにあってね。あ、これはレイヴァンも知らないことだから……誰にも内緒だよ」

 私は黙って、うなずいた。

「前から疑問に思っていたんですが、サクヤさんは何者なんですか? 初代のメンバーだったって、本当ですか」

「ああ、本当だよ。他の人とは違う力を持っているけど、アタシも初代のメンバーだった」

 サクヤは、煙管に火をつけて、大きく息を吐いた。

「まさか、人から見えなくなるとは、思ってなかったんだけどさ」

「何か事情が、あるんですね」

「……ああ。何ていえばいいのかな……執念、だろうか」

 サクヤは、右手の手首に青く浮き出た血管を見つめながら、普段とは違うトーンで喋りはじめた。

「私自身の魂は、とうの昔にこの大窟の奥深くに、強く結びついてしまっているんだ。自分で断ち切ろうとしても断ち切れるものじゃない」

 そう言って、手首から視線を外すと、サクヤは鋭い目でこちらを見た。まるで、余計な詮索はするな、と、釘を刺されているかのようだった。

 私は、ふと目の前に置かれたコーヒーに目を落としながら、考える。そこまでして彼女達、初代が追い求めた大窟の最深部には、一体何があるのだろうかと、私の心に、忘れかけていた好奇心がよみがえろうとしていた。

「ああっ!」

 私はそのとき、自分の服の内側に隠してあった、合口がなくなっていたことに気づいた。

「……何?」

 サクヤは怪訝な顔でこちらを見たが、合口のことは内緒にしておこうと言った、ヒューの言葉を思い出し、慌ててその場を取り繕う。

「ごめんなさい。なんでもないの」

 サクヤに向かって、両手をあげると、ふと自分の椅子のところに、虹色に光る鎖があるのを見つけた。

「これは……」

 その鎖に触れた瞬間、暗い洞窟の中の映像が脳裏に浮かんだ。私には、そこが、合口が落ちた場所だと、すぐに解った。

(この鎖は、大窟になくしてきたあの合口とつながっている……)

 私は、イブキやサクヤが能力を使うときの真似をして、静かに呼吸を整えた。

(サクヤが結びついた体を手繰りよせられるのであれば、きっと、逆のこともできるはず……体を向こうに、送ってみよう!)

 手元の鎖に集中すると、ふっと身体が引き寄せられる感覚があり、私は、自分の力を確信した。

「ミク! そこで何してるんだい?!」

「ごめんなさい。私、もう待っていられない。みんなのところへ、戻ります」

 そういうが早いか、あっという間に私の身体は大窟の底へ移動していた。

「ミクさん?!」

 少し離れた場所から、ヒューの声がして、辺りを見渡すと、数十メートル離れた場所から、ヒューやロブが驚いた顔で私を見ていた。その横には、もう少女とは呼べないほどに成長し、大人の女性となったヤコがいた。

「ヤコ! ロブ! ヒュー!」

 私たちは抱き合って再会を喜んだ。

「ミクさんが落ちたって聞いて、ここまで探しにきたんだ。だって、ミクさんにもしものことがあったら俺……」

 そこまでいうと、ヒューはますます、私に強く抱きついて、おんおんと声をあげて泣き出した。

 彼らは口々に、彼ら三人は、私が落ちた音を聞きつけて再会したこと、そして私の消息を確認するために、わざわざこうして深くまで降りて来たことを話した。

 私も、落下の途中で、サクヤに引き上げてもらっていたことや、自分の能力について、話した。

 私の手にあった虹色の鎖は、地面に剥き出しになって刺さった合口につながっていた。その刀身を引き抜くと、虹の鎖はふっと消えて見えなくなった。

 私は合口を鞘に戻して、ふぅ、と小さく息をついた。

 サクヤもイブキも、術を使うときに、一度呼吸を整えるという点で共通していたが、その意味がようやく解ってきた。自分自身から、見えない何かを引き出すのには、想像以上に強い集中力を要するのだ。

 三人は、私を囲んで、私の様子を心配そうに見つめているので、私は、彼らを安心させるために、振り向いて笑った。

「ヤコ、大きくなったのね。もう私より、立派な大人のお姉さんね」

 ヤコは無言で、私に抱きついた。

 もうかつての子供のような、ふわふわとしたぬいぐるみのような感触ではなかったが、相変わらず柔らかく温かみがあった。

 私はそっと、ヤコの頭を撫でた。

「俺が目を離したから。本当にごめん」

 ヒューは鼻をすすりながら、言った。

「いいの、こうしてヤコが無事だったのだから、それで充分」

「……私のせいで、ミクを危ない目に合わせたから。だから私が悪いのね」

 ヤコは心底すまなそうな様子で、上目遣いに私の方を見た。

「あなたは悪くない。ヤコがどんなことをしても、私はヤコを恨んだりしないし、ずっと味方だから。ヤコが後悔しないように行動していいのよ」

 ヤコはうなずいて、私の胸元に顔をうずめた。

「とにかくみんな無事でよかった。実は、ミクニのおかげで、思わぬ収穫があったんだ」

 ロブは奥の壁を指差し、カンテラでその場所を照らした。

「地質マニアのレイヴァンに見せたらきっと驚くぞ?」

 私は、そのゴロゴロとした石が露出している壁をプレートで映した。

 ――初めて見ますが、何かの鉱脈で間違いないと思います!

 と、即座に回答が戻ってきた。レイヴァンにしては珍しい乱筆ぶりだ。

 バチン、と力づよいハイタッチの音が後ろで響いた。ロブは満面の笑みで、ヒューと肩を組んでいるようだ。

 私とヤコは、不思議そうにその壁に触れる。

「ただの壁にしか見えないけど……」

「そうだよね……」

「いや全っ然、違うから! この石の角張った感じとか! なんでわかんないの?」

 さっきまで泣いていたヒューが、突然、その壁を指さして特徴を説明しながら、その発見の素晴らしさを熱弁しだした。

(どうしてここまで、ただの石に、面白い反応ができるのかしら)

 私が、困ったようにヤコを見ると、彼女も同じく困ったような表情でこちらを見てきたので、二人してクスクスと笑った。

 背が伸びたヤコは、いつの間にか私と同じぐらいの背の高さで、肩を並べている。

 まるで幼いころから一緒にいたかのような、身近な友人ができたように感じて、私は少しだけ嬉しかった。

 私は、あらためて、合口を地面に刺した。

 すると、虹色の鎖がサクヤが結んでくれた糸と同じように、地上に向かってするすると伸びていく。

「そいつはイブキの刀か」

 ロブに声をかけられて、私は頷いた。

「そうか……くれぐれも、使い方を誤るなよ」

 ロブは私にそう念を押すと、黙って腕を組んだ。

 私は、鎖が紐づいたままの合口をそこに残したまま、本来、収穫として持ち帰るはずだった鳥や水などを回収するため、徒歩で地上に生還した。


 サクヤは私達の姿を見るや否や、涙を流して喜んだ。

「みんな無事で戻ってきてくれてよかった……心配してむりやりこっちに引っ張りあげちまうところだったよ。約束しとくれ、もう無理はしないと」

 私はわかりました、と頷いた。

 しかし、命の危険に晒されたからこそ、得られた収穫は大きかった。私の能力について謎が一つ明らかになり、ヤコが妙齢の女性に成長した。

 さらに、未開拓の鉱脈の発見と『台所』で得た食料が、しばらく生活を豊かにしそうだ。

 自分の能力はついに目覚めた。この力をうまく使えば、今後の開拓は、もっとはかどるに違いない。

 私は、明日からの期待を胸に、ベッドに横になった。


 その夜、私は、ソヨウの夢を見た。それは、浮わついた気持ちで床についた私に、ここ大窟での、本来の目的を思い出させるかのようだった。

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