表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミクニと永遠の大窟  作者: 孫 遼
中編
18/36

成長

 ヤンやフリードの葬儀の後、生活のペースを取り戻し始めた私たちは、椅子の間に集合していた。

「そろそろ、大窟の仕事も再開しないとな」

「毎日、豆と魚じゃさすがに飽きてきたよ。たまには別の食べ物がいいな。肉とか」

 ヒューがそういうと、私の膝の上に、ちょこんと座っていたヤコが手を叩いた。

「ヤコも同意してくれてるし、『台所』ぐらいまで、足を延ばしてみるか」

「賛成」

 ロブが『台所』と呼んだ場所は、『ドーム』の次に位置する場所だった。

「この辺りから、遭難してサクヤに引っ張り上げられる奴が多いからな。気をつけろよ」

 彼の言葉通り、そこは、石灰化した木が複雑に入りくんで、自然の迷路のようになっており、一度迷ったら最後、地上への道を探すのは不可能なように思われた。

 私は、サクヤの力を確認するように、右足首に結ばれた糸をじっと見つめた。その糸は、蜘蛛の糸のように儚く、すぐに切れてしまいそうな気配を持ちつつも、天井に向かって、どこまでも長く伸びている。

「さーて、このへんだな」

 ロブとヒューは、最も大きな木が石灰化したと思われる場所で、上を見上げた。

「俺が行くよ。木登り得意だし」

 ヒューが仮面を外すと、私には、ヒューの姿を捉えられなくなった。だが、ロブやヤコの視線の動く様子から、かなりのスピードで木に登っているようだ。

「あ、卵だ!」

 ヒューの声が壁に響いて反響した。

「卵は取らないで!」

 唐突に、ヤコがしっかりとした口調でヒューに呼び掛ける。

 その声を合図に、バサバサとけたたましい羽音がして、鳥ともコウモリともつかぬ生き物が、天井にあいた穴から一斉に出てきた。

 待ち構えていたロブは、石とロープで作った罠を投げて、その飛んでいく鳥のうちの一匹を捉えた。

「次、行くよー」

 ヒューの声がどこかからこだますると、また別の穴から、鳥のような生き物が一斉に飛び出してくる。そこを、ロブがうまく捕らえる、ということを何度か繰り返して、計四羽がロブの袋に収まった。

「これで十分だ。ヒュー、降りてきていいぞ」

「けっこう取れた?」

「ああ、ここにいる人数分ぐらいは食わせられるだろう」

 私はプレートで、その不思議な生き物の映像を送った。

 ――ヤドリコウモリ。タンパク質の豊富な肉が採れるため、地上での繁殖を試みたが、台所にある特定の植物以外の食べ物を好まず失敗に終わる。

 ヤコはバタバタと暴れまわる袋を、不思議そうに覗き込んでいた。彼女は、食べる目的で生き物を捕らえることまでは、止めようとしないようだ。

 私は、その様子を見ながら、ヤコの急に大人びた気配を見て、レイヴァンの言葉を思い出した。

 ――ところでヤコの背が少し伸びた気がするんだが、気のせいかな?

「ヤコ、もしかしてあなた、成長している……?」

 ヤコがはっとした表情で、私の方を向いた。ロブも怪訝な顔でヤコの方を見ている。

(やっぱり、少し背が伸びている……ような気がする)

 その格好で、じっと考えていると、ヒューが木から降りてきたようで、ピエロの仮面がひょいっと宙に浮いた。

「どうしたの? 二人してヤコを見ながら固まっちゃって」

「いや、ヤコが成長している、と思ったから」

「うん、大きくなっているよね」

 ヒューがさも当たり前、という様子で返事をしたので、「言えよ!」「言ってよ!」とロブと私が同時に突っ込んだ。

「だって二人とも気づいているんだと思って。大窟の奥に行くたびに、少しずつ大きくなってただろ。この前、社に連れていったら、彼女じゃないかとか言われて、袋叩きにあって。本当に災難だよね」

「それは気の毒に……」

 私とロブは、ヤコに深く同情した。

 三人はヤコを真ん中にして、円陣のように立つと、それぞれヤコの様子を観察した。

 改めてよく顔をみてみると、あどけない顔立ちだったヤコの顔が、すっと縦に伸びて大人の顔立ちに近づいている。出会ったころはとても幼く、五歳ぐらいに見えていたが、今は十歳と言われても違和感がないぐらいだ。

 私たちが、まじまじとヤコの様子を見ていると、彼女が急に大声を出した。

「トリが逃げちゃうよ!」

 その声と同時に、脇に置いてあった袋が弾けて、中からヤドリコウモリが飛び出してきた。

「きゃあっ」

「あぁっ!」

 その異変に気づき、真っ先に動いたのはヒューだった。逃げたコウモリを捕まえようと、走り出す。

 すると、ヤコもヒューの後を追って、走り出した。

「……待って!」

 ロブと私は、慌ててヒューとヤコを追いかける。

「ヤコ、待って!」

「このあたりは他の開拓員が残した目印がないと、迷ってしまう。ヒューはともかく、ヤコは早く連れ戻した方がいい」

 しかし、その言葉が終わると同時ぐらいに、私たちは二人の姿を見失ってしまった。

「ヤコ! ヒュー!」

 二人の名を呼びながら、辺りを探し回ったが二人からの返事はなかった。私は泣きそうになった。

「どうしよう。ヤコは、伝魂が使えないし……」

「下手に動くとかえって危険だ。いったん、さっきの場所まで戻ろう」

 ロブの助言に従って、回れ右をしようとした瞬間――突然、私の足元の地面が崩れ落ちた。

 危険を察知した時には時すでに遅く、慌てて掴みかけたロブの腕は私の指の遠くをかすめ、驚いた表情を浮かべるロブの姿は、スローモーションのように、遠ざかっていった。

 私の体は平衡感覚を失い、周囲にあった岩と共に、大窟の底に向かって落ちていく。私は、ぎゅっと目を閉じたまま、やがて訪れるだろう着地――死の瞬間を待った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ