成長
ヤンやフリードの葬儀の後、生活のペースを取り戻し始めた私たちは、椅子の間に集合していた。
「そろそろ、大窟の仕事も再開しないとな」
「毎日、豆と魚じゃさすがに飽きてきたよ。たまには別の食べ物がいいな。肉とか」
ヒューがそういうと、私の膝の上に、ちょこんと座っていたヤコが手を叩いた。
「ヤコも同意してくれてるし、『台所』ぐらいまで、足を延ばしてみるか」
「賛成」
ロブが『台所』と呼んだ場所は、『ドーム』の次に位置する場所だった。
「この辺りから、遭難してサクヤに引っ張り上げられる奴が多いからな。気をつけろよ」
彼の言葉通り、そこは、石灰化した木が複雑に入りくんで、自然の迷路のようになっており、一度迷ったら最後、地上への道を探すのは不可能なように思われた。
私は、サクヤの力を確認するように、右足首に結ばれた糸をじっと見つめた。その糸は、蜘蛛の糸のように儚く、すぐに切れてしまいそうな気配を持ちつつも、天井に向かって、どこまでも長く伸びている。
「さーて、このへんだな」
ロブとヒューは、最も大きな木が石灰化したと思われる場所で、上を見上げた。
「俺が行くよ。木登り得意だし」
ヒューが仮面を外すと、私には、ヒューの姿を捉えられなくなった。だが、ロブやヤコの視線の動く様子から、かなりのスピードで木に登っているようだ。
「あ、卵だ!」
ヒューの声が壁に響いて反響した。
「卵は取らないで!」
唐突に、ヤコがしっかりとした口調でヒューに呼び掛ける。
その声を合図に、バサバサとけたたましい羽音がして、鳥ともコウモリともつかぬ生き物が、天井にあいた穴から一斉に出てきた。
待ち構えていたロブは、石とロープで作った罠を投げて、その飛んでいく鳥のうちの一匹を捉えた。
「次、行くよー」
ヒューの声がどこかからこだますると、また別の穴から、鳥のような生き物が一斉に飛び出してくる。そこを、ロブがうまく捕らえる、ということを何度か繰り返して、計四羽がロブの袋に収まった。
「これで十分だ。ヒュー、降りてきていいぞ」
「けっこう取れた?」
「ああ、ここにいる人数分ぐらいは食わせられるだろう」
私はプレートで、その不思議な生き物の映像を送った。
――ヤドリコウモリ。タンパク質の豊富な肉が採れるため、地上での繁殖を試みたが、台所にある特定の植物以外の食べ物を好まず失敗に終わる。
ヤコはバタバタと暴れまわる袋を、不思議そうに覗き込んでいた。彼女は、食べる目的で生き物を捕らえることまでは、止めようとしないようだ。
私は、その様子を見ながら、ヤコの急に大人びた気配を見て、レイヴァンの言葉を思い出した。
――ところでヤコの背が少し伸びた気がするんだが、気のせいかな?
「ヤコ、もしかしてあなた、成長している……?」
ヤコがはっとした表情で、私の方を向いた。ロブも怪訝な顔でヤコの方を見ている。
(やっぱり、少し背が伸びている……ような気がする)
その格好で、じっと考えていると、ヒューが木から降りてきたようで、ピエロの仮面がひょいっと宙に浮いた。
「どうしたの? 二人してヤコを見ながら固まっちゃって」
「いや、ヤコが成長している、と思ったから」
「うん、大きくなっているよね」
ヒューがさも当たり前、という様子で返事をしたので、「言えよ!」「言ってよ!」とロブと私が同時に突っ込んだ。
「だって二人とも気づいているんだと思って。大窟の奥に行くたびに、少しずつ大きくなってただろ。この前、社に連れていったら、彼女じゃないかとか言われて、袋叩きにあって。本当に災難だよね」
「それは気の毒に……」
私とロブは、ヤコに深く同情した。
三人はヤコを真ん中にして、円陣のように立つと、それぞれヤコの様子を観察した。
改めてよく顔をみてみると、あどけない顔立ちだったヤコの顔が、すっと縦に伸びて大人の顔立ちに近づいている。出会ったころはとても幼く、五歳ぐらいに見えていたが、今は十歳と言われても違和感がないぐらいだ。
私たちが、まじまじとヤコの様子を見ていると、彼女が急に大声を出した。
「トリが逃げちゃうよ!」
その声と同時に、脇に置いてあった袋が弾けて、中からヤドリコウモリが飛び出してきた。
「きゃあっ」
「あぁっ!」
その異変に気づき、真っ先に動いたのはヒューだった。逃げたコウモリを捕まえようと、走り出す。
すると、ヤコもヒューの後を追って、走り出した。
「……待って!」
ロブと私は、慌ててヒューとヤコを追いかける。
「ヤコ、待って!」
「このあたりは他の開拓員が残した目印がないと、迷ってしまう。ヒューはともかく、ヤコは早く連れ戻した方がいい」
しかし、その言葉が終わると同時ぐらいに、私たちは二人の姿を見失ってしまった。
「ヤコ! ヒュー!」
二人の名を呼びながら、辺りを探し回ったが二人からの返事はなかった。私は泣きそうになった。
「どうしよう。ヤコは、伝魂が使えないし……」
「下手に動くとかえって危険だ。いったん、さっきの場所まで戻ろう」
ロブの助言に従って、回れ右をしようとした瞬間――突然、私の足元の地面が崩れ落ちた。
危険を察知した時には時すでに遅く、慌てて掴みかけたロブの腕は私の指の遠くをかすめ、驚いた表情を浮かべるロブの姿は、スローモーションのように、遠ざかっていった。
私の体は平衡感覚を失い、周囲にあった岩と共に、大窟の底に向かって落ちていく。私は、ぎゅっと目を閉じたまま、やがて訪れるだろう着地――死の瞬間を待った。