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ミクニと永遠の大窟  作者: 孫 遼
中編
16/36

葬送

「お嬢ちゃん、疲れているところ邪魔して悪いが、ちょっと大窟に付き合ってくれるか」

 その声を聞いた私は、素早く身支度を整えると、玄関に立っているロブを出迎えた。彼はすでに大窟に行く準備が整っているようで、背中に大きな斧と袋を背負っている。

「昨日の一件で、大窟の素材が急きょ要りようになった。水なんかも全部使い切っちまったしな。あんなことがあったばかりで、気が進まないと思うが。すまんな」

「大丈夫。何かしている方が、気が紛れるから」

 身支度を終えて、大窟の入口に着いたときには、ヒューは既に椅子の間にいて、我々が到着するのを待っていた。

 ロブが宣言した通り、大窟の道から垂直に下るルートによって、一気にショートカットをして水晶の滝まで来た私たちは、さらにその先に進むことになった。

 しかし、初回のように楽しくとはいかず、どこか神妙な空気が、チームを支配している。

「少なくとも、俺らが把握しているルートの中で、火傷(やけど)の危険性がある場所はひとつしかない」

 昨日起きた事故の原因を、ロブも彼なりに分析していたようだ。

「そこは普通の開拓員なら、安全に通る方法を知っているはずなんだ。ヤンやフリードはベテランで、そんな簡単なミスを犯すはずがない。何度も潜ってるあいつらが失敗する場所だから――きっと下層のどこかなんだろうな。他の生き残りはどうしているだろう……無事でいるといいんだが」

 ロブは、珍しく口数が多く、それに対してヒューは無言だった。彼らは彼らなりの方法で、仲間の死と向き合っているようだった。

 水晶の滝からさらに下に降りると、大きな蜂の巣のように、地面に無数の六角形の穴があいた広場につながっていた。

 私とヤコは、その穴の中を上から、そっと覗きこむ。穴はかなり深いようだ。

「ここは入る穴を間違えると、命を落とす危険があるから気を付けろよ。正しい穴は一つだけだ――入口から四番目、さらに右に五番目。ここに目印の杭が打ってある」

 ロブはそう言って、派手な黄色い印のついた杭に、二度、三度とロープを巻き付けると、そのロープを束ごと無造作に、ヒューに向かって(ほう)った。

 ヒューはそれを受け取り、体に素早く巻き付けると、私の腰に手を回し「つかまって」と言った。

 私は、仮面の位置を頼りに、ヒューの首に腕を回すと、ひゅっと風を切る音が耳元をかすめた。

 ヒューが穴に飛び込んだのだ。

 私は、その唐突な出来事に、声を出す間もなく、ヒューの首元にしがみついたまま、目を閉じていた。

 ヒューは地面に到達する直前に、ロープをうまく操作し、安定した体制で、私を底まで送り届けた。その手際の良さは、もはや大道芸人のそれではなく、よく訓練された特殊部隊の一員のようだった。

「ロブ、底についたよ」

 ヒューが合図を送ると、次にロブとヤコが、するすると下へ降りてきた。

 私が周囲を見渡すと、そこは白く光るキノコが生えた場所で、少し離れた場所には光が差し込み、一つの部屋ほどの花畑と、回りには白い幹を持つ細長い木が、密集している林が見えた。

 私はレイヴァンのプレートを取り出すと、その場所について調べた。

 ――ドーム。中層の一階に位置し、貴重な植物資源がある。

 私は目を細めて、色とりどりに咲く花を見つめた。水晶の滝に入る前の道も、植物はたくさん生えていたが、花畑らしき場所は、ここが初めてだった。

 大窟は、場所ごとにまるで別世界に移ったかのように、異なる表情を見せる。その景色は、大窟の開拓員に、次の場所には何があるのか、という期待を抱かせるのに、一役買っていた。

 過去になぜ、多くの人が大窟の開拓員を志したのか、私は、その理由が何となくわかったような気がした。

 ロブとヒューが斧を振り上げ、木を切っている間、私とヤコは花を集めた。なるべく見映えのするように、種類や形を吟味してバランスを考えながら集める。

 やがて、頭二つ分ぐらいの大きな花束が出来上がった頃、木材を切り終わったロブが、ロープを伝って上に上がっていった。

 ヒューは器用に木にロープをくくりつけると、ロブの合図に合わせてロープを引き、木を上の階に運んだ。手際よく木を運び終わると、ヒューとロブは木材を二つに分けて背負った。

 私も手伝いを申し出たが、彼らは首を横に振った。

「自分たちが持てるだけの木材しか、切らないと決めているんだ」

 それを聞いて、私にも少しずつ、大窟の生活のルールが解ってきた。

 開拓員を増やして早く最深部にたどり着くことよりも、大窟の資源を枯渇させずに、いかに長くここでの生活を続けるかがより優先されている様子だった。

 大窟に人口が増えれば、それだけ必要とされる資源も増える。

 そのため、大窟に住む人を制限し、最小限のもので生活している。かつて私が、いきなり最深部を目指さない、とチームの方針を決めたときも、サクヤたちがほっとした顔を見せたのはこのためだったか、と思い当たる。

「定期船が出たら、港に集合するよう、レイヴァンに伝えてきてくれないか」

 ロブとヒューは、地上に戻ると、ヤンとフリードの椅子を、外へと運び出す途中で、私にそう告げた。


 レイヴァンは憔悴した顔で、私を迎えた。

 昨日からおそらく寝ていないのだろう、いつも小綺麗にしている彼が、今日は無精髭を生やしている。

「こんな姿で、すまないね。昨日は一晩中、彼の看病をしていた」

 レイヴァンはそういうと、普段より少し時間をかけてコーヒーを淹れた。

「しかし、その甲斐はなかった。フリードは今朝亡くなったよ」

 レイヴァンは、抑揚のない声で言った。しん、と部屋が静まりかえる。

「大窟に来て早々、こんな事態で驚いただろう。我々も少し、油断していたんだ。最近は、死に至る事故はほとんどなくなりつつあったから……」

 レイヴァンは、沈んだ声で言った。コーヒーのマグを持ってはいたが、それを口に運ぶ気配はない。

「僕はこの前、君に軽々しく、未開拓の場所を目指してくれ、なんて言ってしまったけど、嫌ならやめていいんだ。命は大事にしてほしい」

 レイヴァンの訴えに、私は首を振った。

「開拓員であることを、辞めるつもりはありません。私も一つ、レイヴァンに話したいことがあって――ヤコのことです」

 レイヴァンは不意を突かれたように目を丸くしたが、弱弱しく微笑み、私に続きを促した。

「ヤコは、あのとき、二人が死ぬと、私に予言しました。まだ、フリードとヤンが助け出される前からです」

 私は、ヒューがコーヒーをこぼした時の様子や、レイヴァンが来ることを言い当てたことなど、具体的にヤコの発言を、レイヴァンに伝えていった。

 レイヴァンはその一つ一つを吟味するように、私に質問をしながら、彼の思いつく限りの可能性を検討しているようだった。

「つまり君は――ヤコには、未来を予知する力が備わっているのだと、そう考えているんだね?」

 レイヴァンは確認するように言った。

「そしてそれは、君の能力に関係しているかもしれない、と」

 私が強く頷くと、レイヴァンは深く考え込む表情をした。


 ――実は、私とヤコの能力に、直接的な関係性があるという仮説は誤りだった。

 私の能力は、別のきっかけで開花し、ヤコの本当の力を知るのは、ずいぶん後のことになる。しかし、私たちはまだそのことに気づく由もなく、可能性に可能性を重ねた状態で話を続けた。


「もしそれが事実だとすると、大窟の中で危険なことがあれば、ヤコが事前に察知して対処できることになる。より安全に大窟の奥に進むことができるかもしれないな。サクヤやイブキのような人物がいるんだ。ヤコが何か特別な能力を持っていても、まったく不思議じゃない」

「はい。だから、私は今のメンバーで、開拓員を続けます。ゆっくりでも、いいんです。そちらの方が、きっと皆の役に立てると思うから」

「そこまで決心が固いのなら、僕が言うことは何もない。微力ながら、引き続きプレートでサポートしていくよ。ただ、無理はしないでほしい。約束だよ」

 レイヴァンがそこまで話したとき、遠くから定期船の汽笛の音が聞こえてきた。私たちは目を見合わせてうなずくと、港に向かうことにした。

 港に向かう途中で、レイヴァンがふと言った。

「ところでヤコの背が少し伸びた気がするんだが、気のせいかな?」

 私は一日中、ずっとヤコと一緒に過ごしていて、変化に気づかなかったが、レイヴァンは、車椅子の手すりの位置から目線が変わらないので、気づいたのだという。

 ヤコは、きょとんとした顔で私たちを見ていた。

 レイヴァンと私が港に到着した時には、夕日は海の向こうに沈みかけていて、ロブやヒューは松明を持って、待機していた。

 岬のあたりには、大きな櫓のようなものが組み上がっていて、ヤンとフリードの椅子が一番上に置かれていた。

 そして、櫓の周囲には、私が大窟で摘んだ花が飾られていた。

 イブキは黒い法衣をまとって、二つの櫓の前で、頭を垂れて、祈っている。

 やがてイブキが高く手を掲げて合図すると、ロブとヒューが持っていた松明で一気に櫓に火を着けた。

「少し、下がった方がいい」

 レイヴァンにそう言われて、私とヤコは、少し離れたところからその様子を見守った。

 炎は浜風で一気に燃え上がり、風向きによっては、ときおり焼け付くような風を顔に感じた。燃え上がった火柱が、てっぺんに置かれた椅子まで到達すると、全体が火に包まれ、櫓は一気に崩れ落ちた。

(私とイブキの椅子は、きっとあんな風には燃えないだろう)

 高温の炉で焼きしめた陶器やガラスは、溶けることはあっても燃えることはなく、あの炎の中で焼け残ってしまいそうだ。

 そんなことを考えた私は、ふと視線の先に、イブキを探した。

 イブキは炎に最も近い場所で、仁王立ちしたまま、炎の柱が上がるのを見上げていた。

 炎がやがて勢いを失いはじめると、ヒューが木の枝を逆さに持って、箒のように素早く灰を掃き集めていった。灰は木の箱のようなものに納められ、蓋をされた。

「フリード……ヤン……ありがとう」

 レイヴァンが静かに呟き、車椅子を操って前に出た。

 ロブとヒューは、その箱を小さな板の上に乗せ、そっと海に浮かべた。

 三人はしばらく、その場で頭を下げてじっと動かなかった。

(大窟の死者は、こうやって送られるのか)

 海の方向にむかって、ずっと頭を下げている三人を後ろから見つめていると、いつのまにかイブキがすぐ隣に来ていて、小声で、こっそり私に耳打ちをした。

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