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ミクニと永遠の大窟  作者: 孫 遼
中編
12/36

開拓のはじまり

 翌朝、私は早々にヤコを連れて、サクヤのカウンターの横にある秘密の扉を開き、椅子の間で待っていた。

「よう」

 ほどなくして、椅子の間にやってきたロブは、さっと片手をあげて、短い挨拶をした。

「嬢ちゃん、いよいよ初めての開拓だな。まぁ……入口付近はそれほど危険もないからな。きっと大丈夫だろう」

 ロブはそういうと、首を回して準備運動を始めた。

 しばらくして、外からバタバタと派手な足音が聞こえると、扉の向こうから、ピエロの仮面が勢いよく飛び込んできた。

「ごめん、遅れた!」

「面子は揃ったな。じゃあ行くか」

 大窟の奥への入口は、椅子の間の床から、はしごを降りた先にある。そこは、大窟の社と似たような、石の敷き詰められた広い道だった。

 所々で豆電球ほどのオレンジ色の小さな灯りが、ちらちらと揺れながら道を照らしている。

 ソヨウも、ここから大窟の中に足を踏み入れたのだ――彼に再会できるかもしれない、という期待が、私の胸を躍らせた。

 少しの間、私は立ち止まって、ゆっくりと深呼吸をした。

 湿り気のある空気が、私の鼻の奥を通り抜けていった。

「足元に気をつけてね」

 ヒューの声が耳元で聴こえ、不意をつかれた私は飛び上がった。

 声のする方を振り返ったが、元々姿の見えないヒューの仮面は闇に紛れて、ますますその所在がわからなくなりそうだった。

「ここは暗いのね。昼なのか夜なのか、見分けがつかなくなってしまいそう」

 私がぽつりと言うと、ロブは少し誇らしげに胸を張った。

「そこが、レイヴァン大先生の設計の素晴らしいところでな、この電球は夜になると青色に変わるんだ。開拓員が時間感覚を見失わないように、という配慮だな」

 私は、足元をちらちらと照らしている電球を見つめた。

「この電球は、レイヴァンが作ったの? イブキではなくて?」

 大窟で使われている便利な道具は、そのほとんどがイブキによって作られていたので、まさかレイヴァンも物づくりに関わっているとは意外だった。

「作る、というのは正確じゃないな。単に既製品を繋げただけだ。イブキも言ってただろ、ガラスはそう簡単には、この大窟では作れないんだ」

 ロブはそういうと、豆電球を手元に手繰り寄せつつ、説明した。

「レイヴァンは、この大窟に自生している植物や昆虫を利用した薬の特許を、いくつか持っているんだ。大窟のほとんどの公共物は、彼の特許料でまかなわれている」

 そうなのね、と私は感心した。

「だが、この電球を光らせるための仕組みは、イブキが作ったものだ。家の回りに風車(かざぐるま)があったろう?」

 私は、イブキが住んでいた教会の回りに、たくさんの風車が回っていたのを思い出した。

(あの景色に、そんな意味があったとは)

 そういえば、イブキに初めて会ったときも、彼は風車を持っていた。私に手渡そうとしたあの風車は、ただのおもちゃではなく、大窟の設備の重要なパーツの一つであったのだ。

 ロブの後を引き取るように、ヒューが横から口を出した。

「もっと大きい装置があれば、より強い電気が作れて、もっと明るくできるのに、って悔しそうにしてたよ。イブキは自分の体より大きいものは作れないんだよねぇ。呼吸が持たないんだってさ」

 ヒューはそういうと、楽しそうに笑った。

「それでも、あんな玩具みたいなもので、電気をあっさり作るんだから十分だ。それをうまいこと、大窟の明かりに利用しようとしたレイヴァンもさすがだ。あいつらがいなかったら、大窟もここまで便利にはならなかっただろうから、必要不可欠な人間達だよ、あいつらは」

「でも、これを設置したのはロブなんでしょう?」

「ああん? まぁ、そうだが」

 ロブは髭の生えた顎を少しかいた。

「どんなに良いものが作れても、それを設置する人がいなきゃなんの意味もないと思うの。だからロブだって、必要不可欠だと、思う」

「そうかな」

 ふ、とロブは笑った。

「俺は、半端者さ。開拓員とは言いつつ、開拓なんかしていないに等しいんだ」

「どうして?」

「さあな」

 ロブが、急に無愛想な返事をして、お茶を濁し始めたので、私は彼を無理に追求するのをやめた。

 大窟の中で経験することは初めてのことばかりで、話題が尽きることはなかった。ロブとヒューはこの付近には何度も来たことがあるようで、交互に説明をしてくれるのだった。

 不意に、ドーンという大きい音がして、少し先を小走りに歩いていたヤコが驚いて飛び上がると、あわてて私の足にしがみついた。

「あの音は……?」

「大窟に空気を送り込む装置だ。ふいごの要領だな。たまに大きな音がするが、危険なものではないよ」

「大丈夫、私が一緒だから」

 私は足にしがみつくヤコをぎゅっと抱きしめると、頭をそっと撫でて落ち着かせた。

「ヤコもいることだし、今日は無理をしないようにしよう。水晶の滝を目標にしたい。あの景色は、ぜひ見ておくべきだ」

「いいね!」ヒューも、同調した。「すっごく綺麗な場所だよ。ミクさんに見せたいな」

 しばらく話しながら歩いていると、敷き詰められていた石が徐々に姿を消し、背丈ほどもある茶色いシダのような植物が群生する道にたどり着いた。

「さぁ、ここが最初の関門だ。大窟草(たいくつそう)の群生域。まともに草刈りをしてたら、日が暮れちまう、必要な分だけ刈るぞ、ヒュー」

「おう、任せろ!」

 そう言うが早いか、ロブは手元の袋から鎌のようなものを取り出すと、ざくざくと草を刈りながら前進した。ヒューは手際よくその草をまとめて脇に避けているらしく、目の前には、みるみるうちに道ができていく。

 彼らの作業の邪魔にならないように、私はヤコと、その大窟草と呼ばれる草を静かに観察した。葉は柔らかいが、茎は固く、中は空洞だった。

 私はふと、レイヴァンからもらったプレートのことを思い出した。プレートを通してその草の映像を送ると、しばらくしてレイヴァンからは図鑑の一ページが送られてきた。

 ――大窟草。光のないところでも伸びる。成長が異常に早く、時に通路を阻害し、人を迷わせる。

 食用の欄には、丸をばつで消したようなマークがついており、手書きのコメントで『毒はないがまずい』と書いてあった。私はそれを見て、微笑んだ。こんな見るからに不味そうな草を、食べようとした人がいるのだ。

「さぁ、大方刈れたかな。道は向こうだ」

 山積みにされた草を大きな袋に詰めながら、ロブは奥にあったトンネル状の道を指差した。

「草を集めて、どうするの?」

「燃料にするんだ」

 ヒューはそう答えると、いつの間にか離れて歩きはじめていたヤコを追いかけた。私も慌ててヒューの後に続く。

 トンネルに入る寸前で、ヒューはヤコを捕まえると、まるで陸上選手がバトンを受けとるような自然な動きで、さりげなく後ろを走っていた私の手を取った。

 私が自分の手の感触に気づいたときには、私の前を浮いていたピエロの仮面は、闇に飲まれてあっという間に見えなくなっていた。入口で手をつないでいなければ、きっと私は、ヒューを見失ってしまっただろう。

「目が慣れるまではもう少し、ここにいよう」

 ヒューは、私の手を強く握ったまま、そう言った。

 闇に目が慣れてくると、天井付近に、緑色のぼうっとした光が無数に見えた。

「あの天井に光ってるのは、何?」

 私は、そっとヒューに尋ねた。

「何だったかな? レイヴァンに聞いてみてくれよ」

 私は、手探りでプレートを取り出すと、上に向けてその緑の光をとらえた。裏に返して覗くと、別の図鑑の一ページが表示されていた。

 ――サカサヒカリアリ。地底大窟の暗い天井に群れで生息。危機を感じると特殊なフェロモンを出し、腹の器官が光る。

 その横には、標本あり、とかかれた付箋紙が貼られていた。私はそれを読んでから、天井の光に、改めて目を凝らした。かすかな光だったが、確かに少しずつ移動しているようにも見えた。

「これを観察できるようにするために、あえてここには電球をつけない徹底ぶりだからね、レイヴァンは」

 すると、後ろから私たちを追ってきたロブが、サカサヒカリアリを眺める私たちに声をかけた。

「まぁ、初代のたっての希望だったからな、後続の開拓員達に、なるべく安全で景色の良いルートを通って欲しい、というのは」

「ロブは、初代を知っているの?」

「直接会ったことはない。だが、初代のことは、嫌でも耳に入ってくるさ。ここ大窟にいればな」

 レイヴァンの言う通り、大窟には、初代の思想が強く根付いているようだ。私の心の中に、徐々に初代という人物像が出来上がっていく。大窟に深い愛とこだわりを持った、職人のような人物が。大窟で消息を絶ったという彼は、まだこの大窟のどこかにいるのだろうか。

「そういえば、開拓員って、全部で何人いるの?」

「大窟の中にいる奴らのことか? 今は、他に九人だったかな。俺らを入れれば十三人になる」

「意外と少ないのね」

「ああ、本当はもっといたんだ。だが昔、色々あってな……」

 ロブは歯切れが悪そうに答えた。

 私は何があったのか、と尋ねたくなったが、ドーンという送風の音が私の声をかき消した。

「このあたりの景色は、確かに綺麗なんだが、とにかく明かりが心もとない」

 暗い道に、ロブの声が響いた。

「みんな、ついてきているか?」

「大丈夫だよ、ヤコは抱っこしてるし、ミクニも俺の隣にいる」

「抱っこは俺が代わろう。お前はお嬢ちゃんを見失うなよ」

「わかってる」

 私の手を握ったヒューの手に、力がこもった。

 背丈はそれほど変わらないのに、ヒューの手は私の手がすっぽりと包み込まれるように大きく、何より温かかった。

 ヒューは不思議な存在だった。昨日会ったばかりだというのに、どこか私のことを気にかけてくれている。

(まるで、家族のよう)

 すると、何故か心がちくりと傷んだ。

(私にとっての家族は、ソヨウだけだ)

 私は、ヒューとソヨウと一瞬でも比較してしまった自分に気づき、罪悪感を感じた。

「ヒューは、他の開拓員に会ったこと、ある?」

「いや、まだ会ったことはないなぁ。ほとんどの開拓員が、一年ぐらいはざらに帰ってこないから」

 その言葉を聞いて、今日ソヨウに再会できるかもしれない、と淡く抱いていた期待は、まるで穴のあいた風船のようにしぼんでいく。しかし不思議なことに、私は落胆するどころか、その事実を心の中で、静かに受け止めていた。

 唐突に、洞窟の中にヤコの声が響いた。

「ママ、何か捕まえた!」

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