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首を傾げる彼。白々しい。
「……そうですか」
ただ、ここで問いただしたところで意味があるとも思わない。だから、私は「通り道を塞いですみません」とだけ言って、その場を退こうとした。
女の子たちの視線も私に向いている。
だがそれは、彼に向けるような好意的なものではない。敵意むき出しのそれだ。
幸せが口から逃げていく。吐いた息たちが舌を出しているような気がした。
「よーし。今日のお姫様役は君に決ーめたっ!」
彼のピンと伸ばされた指と弾んだ声が、私の額に突きつけられた。
敵意は目で見られるものらしい。これは現実逃避をしたくなるのも無理はない。
「……キレーナ指デスネ」
棒読みだったからか、言葉のキャッチボールになっていないからか。私の言葉が不満だったらしく、彼の頬が膨れる。
「むぅ……。嫌?」
「嫌ではないですけど。ただ、自分にはもったいないと思います」
言いながら、手をヒラヒラと降る。今度こそ立ち去れると思ったが、それも無駄に終わった。
「ちょっと!」
怒気を含んだ声が、私の耳を掠める。
気がつけば、私は胸ぐらを掴まれていた。鼻と鼻がつきそうな距離に、見知らぬ女子生徒の顔が現れる。
「せっかく……せっかく、ゆーくんが誘ってくれたのに、その態度は何よ!」
「ゆーくん……? あー……彼のことっすか?」
目だけでゆーくんとやらを指す。
彼女の目が鋭くなったのを感じた。
「何よ、その態度は」
「態度?」
「その、どうでもいいみたいな雰囲気よ!」
どうでもいいというより、ただただ面倒くさい。そこのイケメンも目を丸くさせてないで助けろ。
心の声が聞こえたのか、襟がさらに引っ張られた。足が少しだけ浮く。
「ちょっ、落ち着いて!」
自分の存在を主張するように、ゆーくんとやらが間に入ってきた。引き剥がされた私は少しよろめく。
目を前に戻すと、女の意識から私が外れているのが分かった。
「ゆーくん……」
「いきなり指名した俺も悪いからさ。ごめんね?」
男は背を向けているから顔が見えないが、よほどかっこよく見える表情をしているのだろう。女が顔を赤らめている。
もし、今の発言だけでドキドキしているのなら、頭の病院をオススメする。
これがチャンスと考えた私は、気付かれないようにその場を離れる。
そうして、少し歩いたところで彼の声が私の耳を掠めた。
「今日の放課後、校門で待ってるから!」