1-1
人生で一番の誤算だった。
別れの間際、彼に呼ばれた下の名前が私の中で何度も反響する。彼の声が、内蔵をグチャグチャに掻き回す。
脳裏に焼きついて離れない彼の笑顔は、まるで刺青のようだ。入れてしまったが最後、あらゆる場所で私の日常を妨害する。
それは、私の膝を折るには充分だったらしい。
「カッコよすぎるよ……」
喉から絞り出した声は震えていた。
・
キャンパスから飛び出したような世界。幻想的な景色は、初めて見た者を魅了するだけの力を持つ。朝日を浴びたそれは、まるで異世界に迷い込んだように錯覚させた。
世界遺産級といっても過言ではない絶景を独占している学校は、日本じゃここだけだろう。
自然の宝庫とも呼べるこの学校では、有名人たちがドラマの撮影をしに来ることも稀ではない。
そのたびに、学校中から小さな嬉しい悲鳴があがる。男女関係なく、この学校の生徒が美形に慣れることはないらしい。
その日も例外ではなく、学校中の女の子たちがソワソワしていた。
でも、私には関係ない。
だって、私は彼らにいい気持ちを抱かないから。今まで来た美男美女たちの多くは、性格が最低レベルだった。
影で人をイジめている場面に遭遇した数は、手足の指すべてを使っても足りないほど。それでも、この学校の生徒にキャーキャー言われるのは、彼らの本性がバレていないからなのだろう。
幸せなことだ。
もしかすると、私が汚い人間なだけなのかもしれない。あっちの世界の人間なんて、どうせ皆同じだと思っている。
騒音の塊を横目に、早足に通り過ぎていく。鼓膜が破れるのではないかと思うほどの大音量に、うんざりする。
「うるさい……」
きっと、私の眉間にはシワがよっていることだろう。
「うわー、ブサイクな顔」
突然、上から降って湧いた声。驚いて顔を上げる。
そこにいたのは、現在進行形で女の子にチヤホヤされているイケメン君だった。
「やぁ、元気かな?」
地なのか染めたのか。遠くからでは分かりかねる金色が、太陽に反射してキラキラと光る。
爽やかに見える笑顔と、顔の横でこちらを向いている手のひら。どれも、彼が美形だからこそ似合う仕草言動だろう。
まるで、少女漫画から抜き出したような光景だ。
先の発言を除けば。
「今、なんと言いましたか?」
「元気? って聞いただけだけど」
嘘。私は聞いた。ブサイクって言った。