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それでも俺はガチャを引く

作者: りょうくん

ありがちな設定ですが、ガチャを引くことのせつなさとか書いてみたくて書きました。

レアが出ないんです。まじで。


 たぶんこれは夢だ。

 俺は延々と続く細い一本道を歩いていく。

 両脇には何棟にも並ぶ薄汚れたビルの群。


 普通に歩いていたのなら、すぐにどこかの大通りにぶつかるか、はたまた行き止まりにぶつかるはずなのに。

 それに今歩いている場所すら記憶にない。

 ―――なんで俺は歩き続けているんだろう。

 

 ひとつのビルを通り過ぎる度に、俺の後ろに黒い影がどこからか湧き出ると、俺の後をひっそりと追って来る。

 気にならないわけでないないけど、なんとなく後ろを俺は振り向かなかった。

 そしてまたひとつ、またひとつ背後の気配が増えていくのだけは分かる。


 ストーカーではないと思う。

 全くもてない俺をストーキングする奴はいない。

 それなら変質者だろうか。 


 だがそんな思考とは裏腹に不思議と怖い感じはしない。

 俺はてくてくとまだ先が見えない一本道を歩き続ける。 


 「―――ご主人」

 ふいに背後から呼びかけられた。

 凛とした若い女の声だ。

 聞いたことがある気がする。誰だっただろうか。


 ぼけっとそんなことを考えたときに強烈な頬の痛みに俺は飛び起きた。

 「ご主人、ご主人。起きてください。時間です」

 小さいがはっきりと聞こえる少女の声と俺のおなかの上にのしかかる確かな重み。

 だがそんなことは問題じゃない。


 素早く何度も俺の両側の頬をペシペシと張り続ける暴力から俺はベットから転がるように逃げ出した。

 といっても狭いシングルベットだ。

 そのままびたんと落下し、したたかに背中を床に打ち付ける。

  

 「いてて……」

 「大丈夫ですか?ご主人」

 大丈夫な訳ないだろう。物凄く痛いよ!


 「ちょっとなんで朝っぱらからバイオレンスになってる訳?!」

 少し腫れた頬と落下ダメージによる背中が結構痛い。

 俺の抗議が聞こえていないのか、先程まで俺が寝てたベットの上にいた彼女はベットヘッドに置いてあるデジタル時計を確認すると深い溜息をつく。


 「10秒オーバー。任務失敗」

 「なんだって?」

 「ご主人。申し訳ありません。ご主人を7時に起こす任務に失敗してしまいました」

 そういうと彼女は深々とベットの上で頭を下げる。

 いわゆるDOGeZAだ。


 彼女が勢いよく頭を下げたので、艶やかな黒髪のポニーテールが大きく揺れた。

 髪が横へとながれ、華奢な白いうなじが見える。

 一瞬どきっとするが、彼女にはたかれた頬がひりひりとまだ痛い。


 確かに7時に起こして欲しいと頼んだが、これはないだろう。

 もともと甘いラブコメのような起こし方を期待してはいなかったが、張り手で起こされるとは夢にも思っていなかった。


 茫然とベットの上の彼女を座り込んだまま見上げていた俺だが、土下座から一転頭を上げた彼女が袖から取り出した短刀を見てぎょっとする。

 「……なにをするつもりだ?」

 「任務失敗であれば自決するしかないと」


 「冗談はやめろよ!自殺は禁止だ!!!」

 俺は素早く起き上がると短刀を持つ彼女の腕をぐいっと引き、怒鳴りつけた。

 「しかしご主人。闇の掟が……」

 「そんなの知るか!駄目ったら駄目だ!!」


 握ったほっそりとした白い短刀を持つ手を俺は更に強く握りしめる。

 映画やゲームじゃないんだ。ここは現実なんだよ。そんな簡単に死ぬとかありえない。


 「……ご主人の命じるままに」

 黒曜石のような大きな黒々とした瞳をふせると彼女はそう答えた。

 「ならいい」

 俺は握っていた手を振りほどく。


 俺は高原瑞樹。17歳の高校2年生。

 父親の海外赴任に他の家族はついて行ったため、現在一人暮らし中だ。

 

 そして彼女の名前は黒羽。

 幼馴染の同級生でも妹でもない。

 特技は暗殺。そしてクラスはアサシン。

 僕がガチャで引いてしまった精霊だった。







 ことの起こりは数日前に遡る。

 2034年9月某日。

 日本中が混乱したあの日。


 「よぉ、瑞希。見たか、今度のピックアップガチャ予告」

 「見た見た。いままでのレアが結構ピックアップされてたな」

 俺は手早く机の上を片づけながら近寄ってきたジローに向き直る。


 「これは課金せねばなるまいな」

 「大金を小遣いにもらっている奴はいいよなぁ」

 「格差社会なのだよ。瑞希くん。しっかり働けコンビニで。そしてガチャを引くのだ」

 はっははと殿さまのように鷹揚に笑う親友を見上げて、俺は肩をすくめる。


 まぁ実際何代か遡ればジローの家は伯爵家という血筋。

 時代が時代なら口を聞くことすらできなかっただろう。

 なにせなにもかも俺は平均的な普通の高校生だからだ。


 ジローは見た目だけでいえば女子達が大騒ぎする端正な顔立ちで、しかも大金持ちで優良物件であるはずなのだが、あほっぽい言動のせいで近寄ってくる女生徒はいない。

 

 まぁ俺としては正直女の子と上手く話せないので、親友であるジローに近寄ってくる女の子がいないことにほっとしている。


 「もちろんガチャは引くさ。しかしバイト時給上がらないかなぁ……」

 俺は帰り支度を済ませると、まだ腰に手をあてて笑っているジローをぼんやりと眺めた。


 俺とジローが今はまっているゲームはやりこみ型のゲームで、精霊と呼ばれるキャラクターを使ってクエストをすすめる。

 レアと呼ばれる精霊はガチャでしか手に入らない。

 ガチャを引くにはクリスタルを集めればいいのだが、無課金で手にはいるクリスタルはそうそうに尽きてしまう。


 それにガチャを引いたとしても必ずレアが出るわけではないのだ。

 レアの精霊が出る確率はわずかに1パーセント。

 世知辛い世の中である。


 運営に踊らされる俺達は結局課金に手を出し始めた。

 両親からの仕送りが毎月銀行口座に入金されるが、さすがにゲーム代につぎ込むわけにはいかない。

 ガチャのために放課後はバイト生活を送っている。


 もちろん全部ガチャ代に消えてるわけじゃないけどね。たまには俺だってジローとふらふらと遊びにいくさ。服やアクセサリーを買いに……行くわけがなく、美味いものを食いにね。

 ジローのおすすめの店は結構高いところが多いので、せいぜい2,3カ月に一回くらいだけどさ。

 ジローはおごるつもりで俺とでかけてるらしいけど、友達同士で毎回おごってもらうわけにはいかないからな。


 「とりあえず庶民はバイトに行ってきます。休憩のときにガチャ引くから結果をメッセで報告するわ」

 「うむ。健闘を祈る」

 「ども」

 

 俺は帰り支度をすませると、ジローに向かって軽く手をふりバイト先であるコンビニへと向かう。

 俺が働いているコンビニは駅から結構はなれた住宅街にある。

 元が酒屋だったので、酒の種類だけが異様に豊富だ。

 まぁ俺は未成年なので飲めないけどね。


 俺はバイト先の自動ドアをくぐるとスタッフオンリーと書かれているドアをくぐり、三畳ほどの小さな事務所に顔を出す。

 事務所には俺と同じく夕方からシフトに入っている広瀬さんが自分のロッカーからこの店の店名が入っているエプロンを取り出しているところだった。 


 「あ、瑞希くんだ。こんばんは」

 「……どうも。こんばんは」

 「ふふっ。相変わらずシャイだねぇ。顔が真っ赤だよ」 

 「……すみません」 

 「なんで謝るかなぁ。お姉さんにもっと甘えていいのよ?」

 

 広瀬さんは俺よりも3歳年上の女子大生のお姉さんだ。

 彼女は女の人とあまりうまく話せない俺が面白いのか、にこにこ笑いながら「ん?」と顔を近くによせてニッコリと笑う。


 「おいおい、千穂ちゃん。瑞希くんをいじめないでくれよ。顔がトマトみたいに真っ赤だぜ」

 事務所の横に続くレジカウンターのほうからひょいと顔を出した店長が苦笑している。 

 「えー、可愛がってるんですよ、店長」

 ピンク色の唇を小さく尖らせて広瀬さんが店長に抗議する。

 

 いりません。そんな可愛がりなんて。

 くそぅ……。遊ばれている。

 俺は無言で自分のロッカーを開けると手早く制服のブレザーをハンガーにかけ、エプロンを取り出して装備する。


 「とりあえず瑞希くんは商品の補充頼むね」

 「了解です」

 俺は店長にそう頼まれてそそくさと事務所を出て商品が積まれた倉庫に向かう。


 混雑時はレジに入らなければいけないが、基本的には俺は商品の補充や掃除をメインに仕事をしている。

 レジに入ったときは客商売なので愛想をよくしなければならないとは思うのだが、あんまりうまく出来ていない。


 「うっし、やるか」

 俺は山と積まれた段ボールの攻略にかかった。




 「瑞希くん、休憩入っちゃって」

 店長にそう声をかけられて、俺は軽く返事をしながら今手掛けていた段ボールの中身を商品棚に陳列していく。

 中途半端なままで休憩に入るのはなんとなく嫌だったからだ。

 せっせと腕を動かし、空になった段ボールを折りたたむと俺は事務所に向かった。


 時間はすでに19時を回っている。

 猛烈に腹がへっていたが、晩飯は家で自炊すると決めている。

 何事も節約だ。ゲームのためにだけどな。

 俺は空腹の腹をひと撫でして、ロッカーから鞄を取り出す。

 バイトの終了はあと1時間ほど。もうちょっとの辛抱だ。

 

 それよりも気になるのはゲームのほうだ。

 今日のアップデートは17時に終わってる。

 たぶんジローのガチャの戦果が届いているはずだった。

 先にそれを読むとショックを受けるかもしれないので、とりあえず携帯を取り出すとジローからのメッセージを読まずにゲームを立ち上げる。


 ゲームのショートカットを押すと、ロリ系の魔法使いの女の子ときりっとした美少女剣士のアップが描かれたログイン画面になる。

 軽くワンタッチするとメニュー一覧がずらりと表示された。

 迷わず俺はガチャとかかれたボタンを押す。


 今回のガチャで出現しやすくなっているレア精霊の説明が画面に表示される。

 星5のレア精霊で出やすくなっているのは3つ。

 剣士、魔法使い、暗殺者の3人の美少女たちだ。

 

 「どうせなら暗殺者(アサシン)がいいかな。他は持ってるし。でも2枚目が出ると強化できるしなぁ」

 俺はそういいながらもドキドキと高鳴る胸を抑えて、レアガチャ10連ボタンを押す。

 この高揚感はガチャマニアにしかわからないものだろう。


 一枚ずつ引いたカードが表示される。

 レアがあたるときは召喚グラフィックがいつもと違って虹色に輝く。

 ドキドキしながら俺は無言で画面をタップしていく。

 

 一枚目ハズレ。二枚目ハズレ。

 「うがぁぁぁぁぁぁ」

 十枚目までタップし終えた俺はがっくりと肩を落とす。

 全部ノーマルな精霊しかでなかった。

 

 鬼畜すぎるぞ、運営!

 もっとレアが出る確率増やせよっ!

 それかクリスタルをもっと配布しろ!

 俺はぶつぶつと小声で悪態をつく。

 

 そりゃあレアがぽんぽん出てきたらゲームに飽きるやつが多くなるだろうけどさ。

 いいんじゃないの?俺にレアを出してくれても。

 俺は飽きないよ。こっそり出してくれていいんだよ?

 ほんと頼むよ。


 泣く泣く俺は購買メニューを押す。

 ここでクリスタルを課金して買うのだ。

 

 「うう……。バイト代2日分。2日分……」

 10連ガチャを引けるだけのクリスタルをネット決済で購入する。

 これでカスったら、どうしよう。

 もう一回引くか?俺。


 いかん。すっかり弱気になっている。

 運が逃げちゃうかもよ?

 でもバイト代2日分……。

 

 そんなことを考えていたら、ぴこんと小さなポップアップがあがる。

 ジローからのメッセージだ。

 『ロリ魔法少女げっちゅー!』


 「……」

 めげちゃだめだ。めげちゃだめだ。

 出る。きっと出る。

 俺に黒髪スレンダーねーちゃんを!!!


 「????」

 びしっと気合を入れて俺がガチャボタンを押した瞬間、店内の照明が全部落ちて真っ暗になる。

 なんだ? 停電?

 携帯端末のほのかに光る灯以外真っ暗で何も見えない。


 「瑞希くんいるかい! ちょっと事務所のブレーカーお願い!」

 暗闇の店内から店長が叫ぶ。

 「真っ暗で何も見えない!!」

 広瀬さんの怯えた声も聞こえてくる。


 「了解です!!!」

 俺はそう大声でかえすと、携帯端末のわずかな光を頼りにブレカーが設置されていた場所にむかってゆっくりと歩いていく。

 途中休憩用の椅子をけっとばしてしまう。ついでなので、その椅子を片手に引きづりながら歩く。

 ブレカーは高い位置に設置されているので椅子が必要だった。


 普段気にしたことがなかったが、携帯端末の光はおぼろげでほんの数十センチ先をかろうじて照らすだけだった。

 それでもなんとかブレーカーの元へ辿りつく。

 事務所が狭いことが今回は功を奏した。

  

 「あれ?」

 ブレーカーの元をバチンと立ち上げても電気がつかない。

 何度かスイッチを上下にスライドさせるが、なんの反応もない。


 「ブレイカーだめです! 電気つきません!」

 俺が大声でそう返すと、店長が困ったような声をあげる。

 「ここら一帯が停電なのかなぁ……。いつ復旧するんだろう」


 「ちょっと見てきます」

 俺はそう言って事務所の床を這って、出入り口に向かう。

 まじに光量が全然足りない。


 「俺は馬鹿か……」

 這って出入り口に辿りついたものの、自動ドアが動かない。  

 そりゃ電気で動いてるもんな。開く訳がない。

 俺はしかたなく、裏口を目指して再度床に這いつくばる。


 やったことはないけど、サバゲーとかこんな感じなのか?

 いや、森とかでやるだろう。ちょっと違うな。

 しかし匍匐(ほふく)前進ってマジ辛いな。

 

 「―――!!」

 そんな馬鹿なことを考えていたら陳列棚に頭を打ち付けた。

 俺はちっちゃなプライドでうめき声をかみ殺す。

 集中、集中しろよ!


 携帯端末がセーブモードにいつのまにやらなっていたようだ。

 光が消えていた。

 俺は電源ボタンを軽く押すと再びついた明かりを頼りになんとか裏口から外に這い出た。


 もともと住宅街なのでビルのネオンなどここにはないが、近所の家々の明かりもすっかり消えている。

 ただぽつぽつとかなり薄暗いが街灯に明かりがついているのが見える。

 

 そういえば停電のときにも25パーセントの明かりで街頭って数日持つんだっけ?

 なんとなく誰かに聞いた話を漠然と俺は思い出す。


 「闇に包まれた街だな……」

 俺はふらふらとぼんやりとした灯をともす一番近い街灯を目指して歩く。

 たぶん原始的な欲求のせいだろう。

 暗闇は怖いのだ。


 コンビニから角を一つまがって30メートルほど先の街灯になんとか俺は辿り着いた。

 セーブモードになっていた携帯端末の電源ボタンを再度押す。

 停電情報がネットで流れないかを確認するためだ。

 

 そういえばガチャを引いていたんだっけ?

 俺は携帯端末をじっくりと眺める。そこには見慣れた召喚画面が表示されていた。

 「なんだこれ?」

 だが真ん中に見慣れない文字列が3行ほど浮かんでいる。  

 どうみても文字化けしたかのような意味が分からない文字列の塊だった。


 「アップデートバグった?? 詫びクリスタル出るかな?」

 大停電中だというのに現金すぎるだろう、俺。

 俺は文字化けした文字列を数回タップする。


 すると召喚が始まったのか光のサークルのグラフィックに変わる。

 「おお?! 虹!!」

 まばゆい虹色に光るサークルが携帯端末の画面いっぱいに広がる。

 座ってなどいられずに俺は立ち上がり、サークルが収縮するのをドキドキしながら待った。


 「アサシンお願いしま―――す!!!」

 ぎゅっと一瞬目をつぶって心の叫びを唱え、俺は逸る胸を抑えて画面を覗き込む。

 「ん???」

 覗き込んだ画面は真っ暗で、何も表示されていない。


 

 「え? まさかサーバー落ちた? ありえないだろう!!」

 俺はあまりのショックに再び街灯の下にしゃがみ込む。

 虹。確かに虹だった。

 まさかの引き直し?! データ残ってるよね? 残ってると言ってくれ!!!

 

 しばらくの間俺は惚けたように、ただ無言で空を眺めていた。

 きっとこの気持ちを分かってくれるのは数少ないゲーマーくらいだろう。


 ジローにも分からない。あやつは余裕の課金勢なのだから。

 「勝負は時の運。運がなかったな、おぬし」

 そう言って高笑いするに決まってる。

 なんで俺あいつと友達なんだろう……。


 まぁ、最悪引き直しさせてくれるよね?

 まさかのなかったことにされないよね?

 運営そこまで鬼畜じゃないよね?


 「………」

 俺のバイト代2日分返せ!!!

 

 思いつく限りの悪態を俺はついたあと、近くの暗闇の中で何かが動く気配を感じた。

 いつのまにやら俺の他に誰かが近くにいたようだ。

 もしかしたら俺の無様な姿をずっと見ていたのかもしれない。

 そう思うとかっと顔が赤くなり、羞恥心でくらくらとめまいがする。 


 何も言えずに固まってしまった俺は、いつ闇の向うから人が出て来るかを審判を待つような気持ちで固唾をのんでじっとしていた。 

 だがしばらく待ってみても一向に闇の中から人が出てこない。

 先程感じた気配が見事に消えていた。

 

 もう誰もいないんじゃない?

 俺の勘違い?

 それならセーフッ!!!


 俺はひそめていた息を吐き出し、ほっと胸をなでおろす。

 固定していた視線を外し、再び携帯端末へと視線を戻す。

 

 その瞬間何かが動いた。

 どこから飛んできたのか目の前に人がいる。


 ひゅぅと俺の口から張りつめた息がか細く吐き出される。

 あまりの突然なことに言葉も出ないまま、俺は再び体を硬直させる。


 突如現れた人物は片ひざを地面につけたまま、俺に向かって頭をさげている。

 俺よりも二回りほど小さな体。

 肌は透きとおるように白く、豊かな長い黒髪は頭のてっぺんで赤い組み紐でしっかりと結ばれている。


 肌にまとっている服は全身まっ黒で、見間違えでなければかなり丈を短くしたような着物のようなものだ。

 なぜか靴は草履じゃなく、露出した長い足の先には黒のブーツ。

 顔は伏せているので見えないが、たぶん少女のようだ。


 「―――君は誰? なんで頭を下げてるの?」

 やっと声が出せるようになった俺はそのままの疑問を口に出す。

 まるで彫像のように動かなかった少女がぴくりと軽く頭を揺らし、凛とした声で答える。

 「お初におめにかかります。ご主人。私は黒羽。あなたの(しもべ)にございます」

  

 「僕? はい?」

 「はい。僕にございます」

 戸惑った俺にはっきりと彼女は答える。

 

 ―――新手のサプライズイベントか?

 停電といい、この少女といい……ジローならやるかもしれない。

 いや、いくらなんでもそれはないか。

 いくらアホなジローでも停電を起こすわけがない。犯罪だものな。


 じゃあ、この子はなんだ?何者なんだ?

 

 「お疑いですか?ご主人。あなたが先程、私を召喚なさいましたでしょうに」

 彼女はゆっくりと顔を上げ正面から俺を見上げる。

 黒曜石のような大きな黒い瞳に紅い小さな唇。

 どこかで見たことがあるような気もしてくる。


 「えっ? 召喚?」

 「はい。私は精霊。クラスはアサシンでございます。ご主人。暗殺などなんなりとお申し付けください」

 「暗殺? 何を言って……」

 「私に殺せないものはありません」

 無表情のままきっぱりと言い切る彼女に俺は言葉が続かない。


 アサシンといえば、さっきまで俺が切望していたレア精霊に確かに面影は似ている。

 そう。名前は黒羽。

 ということはこのひとコスプレイヤー???


 駄目だ。何がなんだか分からない。

 ええと俺は現在バイト中で、そんで停電が起きて…… そうだ。停電情報を見るためにここに来たんだよな。

 俺はとりあえず目の前の彼女を無理やり意識的にスルーして、手元の携帯端末を再びいじりはじめる。

 

 「はぁぁ???」

 ブラウザを立ち上げてみたが、文字化けしてるらしく何も読めない。

 音声入力機能も使ってみたが、出て来るのは文字化けした文字の羅列だけ。

 

 戻ろう。

 情報はなにも取得できなかったが、俺はバイト中だ。

 店長達もきっと心配しているだろう。

 

 「ご主人どちらへ?」

 立ち上がった俺を見上げて美しい少女が尋ねて来る。

 「バイトに戻るよ」

 素直に答える必要はなかったが俺はそういってコンビニに向かって薄暗い闇の中へと再び足を踏み入れる。


 「私はどうしたらよいでしょうか?」

 「んー、アサシンなら闇に潜んでいればいいんじゃない?」

 「かしこまりました」

 投げやりに俺がそう答えると少女の気配がぷつりと消える。

 まるで瞬間移動のように。


 夢でも見ていたんだろうか。

 疲れているんだきっと。腹も減ったし、コンビニに戻ってさっさと今日は上がろう。

 どうせこの停電じゃ店を開けやしない。

 俺は軽く頭を振ると、のろのろと暗闇の中を歩きだした。


 



 コンビニを出てからどのくらい時間が経ったのだろうか。

 暗闇では思う様に歩けない。牛歩しているようなものだ。

 携帯端末で時間を確認してみると、停電から40分ほど時間が過ぎていた。

 こんなに長い停電は経験したことがない。


 停電しても5分後くらいにサブシステムに切り替わるんじゃなかったっけ?

 しっかり働けよー。

 というか俺も働けよー。というかこの一時間ほどって時給って出るの?


 出ないだろうなぁ……。

 ああ、今日は厄日だ。


 とぼとぼと歩いているとやっとコンビニが見えてきた。

 店内からぼんやりとした灯が見える。

 たぶん非常用の懐中電灯だろう。


 やけにその灯がせわしなく動き回っている。

 広瀬さん辺りがパニックになってるのかな?

 女の人って男より怖がりだっていうし。

 のんきに俺はそんなことを考えながら裏口からまた這う様に店内へと突入する。


 すると店の奥から大きな物音がする。

 ガシャーンとなにかが倒れたような音が。

 その音が終わり切らないうちに知らない男の声が聞こえてくる。


 「さっさと金を詰めろっていってるだろう! のろまめっ!!」

 「す、すみません、暗くて見えないんです」

 怒鳴る知らない声と声がひっくりかえってうわずった店長の声。

 その後に広瀬さんの悲鳴が混じる。


 俺はそのまま匍匐後進してひっそりと店を出る。

 まじ厄日だ。

 停電に乗じたコンビニ強盗らしい。


 俺は急いで携帯端末を取り出すと110番をタップする。

 だがコール音にすらつながらない。

 

 「まじかよ。通信もやっぱりイカレてるのか! どうすればいい? こんな暗闇で太刀打ちできるのか? 店長達を脅してるってことは何か武器でも持ってるんだろ?」

 交番まではかなり距離がある。今から呼びにいっても間に合うだろうか。

 なんて無力なんだ。

 どうする?どうする、俺。何ができる俺?


 「ご主人。あれを始末すればよいですか?」

 混乱した俺に向かって暗闇から静かに問いかけられる。

 

 「始末?」

 「あのような者であれば、一瞬で首を掻っ切ることができます」

 「駄目だ」

 「首は駄目ですか。では手足をばらばらに切り刻みましょうか?」

 「切るのは全部駄目!!」

  自称アサシンの少女が闇の中から忽然と姿を現す。

 

 「暗殺者の私に殺すなと?」

 少女の問いかけにかぶって店内からまた物が倒れる大きな音と広瀬さんの悲鳴が聞こえてくる。


 「殺すな、傷つけるな! そういうやつは俺は嫌いだ」

 「暗殺者の私に無下なことをおっしゃる。ならば傷つけずに倒してまいりましょう」

 「おまえにそれができるなら!」

 もう魔法でも夢でもなんでもいい。

 この厄日の夢を誰か終わらせてくれるのであるのならば。 

 俺ははじめて、彼女の瞳をしっかりと見据えてそう答えた。


 「主人の望みを果たすのが使命。ならばしかと果たしてまいりましょう」

 彼女はじっと俺を目を見返しそう答えると再び闇に溶けるように消えた。







 悪夢のような厄日の次の日。

 俺は疲れ切った体に鞭を打って、学校に向かって歩いている。

 遠い異国の地にいる両親に日本に残るなら病気以外での欠席はしないと約束したせいだ。


 結局日本中を混乱に陥れた停電とネットワークテロは、何者がやったのかは一晩たった今でも判明できていない。

 あの後停電とネットワークが復旧したのが夜中の1時過ぎ。

 多発した停電に乗じた犯罪に警察は対応に追われいまだに不眠不休らしい。

 

 俺のバイト先であるコンビニ強盗も、停電が解消された後に店長に引っ立てられて警察署に連れていかれた。

 なぜか強盗が突然失神したので実際被害は1円も発生してはいないが、失敗したとはいえ強盗は強盗だ。

 店長が帰ってきた午後3時まで俺は店番を頼まれたため、ほとんど寝れていない。


 「やぁ、瑞希。やたら眠そうじゃないか」

 欠伸をしながらだらだらと歩く俺の横に高級車が静かに停車し、朝から元気満々なジローが降りてくる。


 「……昨日いろいろあってね。寝てないんだよ」

 「それは災難だったな。ところで停電お詫び用のクリスタル配布は知ってるかい?」

 「まじ?ガチャ一回分くらいある?」

 「ちょうど一回分だ」

 「おー、めずらしく運営太っ腹だなぁ」


 「苦情が殺到したらしいぞ。ガチャ引いてる最中に落ちたやつが大量にいたそうだから」

 「ということは、停電したときに引いたガチャはやっぱり無効扱いになってるのか?」

 「そうみたいだ」

 なるほどなーと俺は頷く。

 俺があの時引いたガチャも同様にゲームのデータにまったく反映されてなかったからだ。


 「早速引くのか? 現金なものだ。まぁ庶民とはそういうものか」

 携帯端末を取り出してじっと見つめてる俺をジローそういって揶揄する。

 はいはい。

 俺は根っからの庶民ですよ。それが何か?


 「無礼ものですね。殺りますか?ご主人」

 こそりと俺だけに聞こえる声がする。

 「そういうなよ」

 俺はそう小声に言いかえし、げんなりとする。


 結局俺は彼女の存在を受け入ることにした。

 ネットワークウィルステロの影響なのか、なんなのか知らんけど。 

 否定しても目の前にいるんだ。今は隠密状態で姿は見えないけど。


 「私は暗殺だけが取り柄です。ご主人のお役に立てていません」

 少し悔し気な声が聞こえてくる。

 「まぁそういうなって」

 気軽に宥めると真剣な声が返ってくる。


 「……きっとご主人は私以外の精霊をまた召喚されるでしょう。それまでは私だけが、ご主人の精霊なのです。お役に立ってみせます」

 「なんで? 召喚ありえないだろう?」

 「なぜと申されましても……ご主人のお持ちの魔具からそういう波動を感じます」

  どうやら携帯端末のことを言っているようだ。

 

 まさか毎回ガチャをするたびに俺の家に居候が増えるってことか?

 まぁ精霊はものを食べないと駄目ってことはないから食費はかからないらしいけど。

 

 「何ぶつぶつ言ってるんだ? 引かないのか?ガチャを」

 「もちろん引くさ」

 俺はお詫びクリスタルを歩きながら手にいれると早速ガチャボタンを押す。


 ガチャにはまったらなかなか抜け出せない。

 居候が増えようがなんだろうがそれでも俺はガチャを引く。 

 

  

 


勢いと行き当たりばったりです。

ちなみに私は現在無課金です。

ガチャひきたいなぁ。

お読みいただいてありがとうございました。

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