1:自らの力で
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「毎度ありがとうございます! またどうぞ!」
アキラが声を張り上げると、専業魔術師風の格好をしたお客は、右手に提げた野菜の籠をちょんと持ち上げて見せた。それっきり、昼下がりの広場の人混みの中に、消えていってしまう。
それを見届けたアキラは、うあああ、と気の抜けた声をあげ、どっかりと足元の木箱に座り込んだ。目線が低くなると、この広場の人混みが、一層ごちゃごちゃして見えた。
朝から途切れることのなかったお客も、そろそろひと段落したようだ。農産物を乗せた船にトラブルがあり、今日は久しぶりに、このウィアベルの街に、上流の村々から農産物が届いたのだ。だからだろう。いつもよりも、この教会の前の広場は人出が多かった。言いようのない退屈さを感じた彼は、売り物の玉ねぎの山の一つに狙いを定め、人差し指をそちらへ向けた。
人差し指が上へ跳ねる。そら、浮け。……ほら浮いた。
人差し指が回る。玉ねぎよ、回れ! ……ほうら、回った。
人差し指が、天を指す。玉ねぎよ……。
「お疲れ! ほら、休みにしていいぞ、アキラ。奥に昼飯がある」
割れるような大きな声に、アキラの肩はびくりと跳ねた。玉ねぎはごとり、と山のてっぺんに落ち、コロコロと転がって彼の膝に跳ねた。
店の奥から現れた大男が、禿げた頭を拭きながら、にかっ、と笑えば、日に焼けた肌の中に白い歯だけが浮いて見える。この八百屋の店主、ウルフ・ダーヴィットだった。
「そろそろ客足も鈍ってくるし、夕方まで好きにしてていいぞ」
彼は、アキラの仕事中の遊びを咎めるつもりではなさそうだ。
「ありがとうございます」
アキラはきびきびと立ち上がると、そう礼を言い、奥へと下がった。そのままそそくさと、外に比べれば幾分か暗く、埃っぽいウルフの家の中に入る。入ってすぐに木のテーブルがあり、そこには幾つかのパンと、皿に盛られたスープがあった。
「ヘレナさん! これ、いただきますね!」
「あ、アキラ。上がったんだね。どうぞ、召し上がれ」
ややあって、奥から、こちらも恰幅のいいおばさんが現れた。ウルフの妻、ヘレナ・ダーヴィットである。この八百屋は、ウルフと彼女が二人で始めた店だった。
「で、今夜は仕事、あるのかい?」
「わからないです。今夜から入れそうな仕事がないか、調べてみようと思ってます」
「そうかい」
彼女は眉根に皺を寄せた。
「でも、あんまり無理はするんじゃないよ。体に触るからね」
「ご心配ありがとうございます。でも、魔法が使えるなら、働かないといけないっすよ」
アキラは答えながらも、スプーンを止めない。十五のアキラは食べ盛りだった。
そう、仕事だ。
この国では、長男が家業を継ぐことがほとんどだ。アキラの家も例外ではなかった。彼の兄がブドウ農家である実家の畑を継ぎ、彼は十五のこの春、父親の伝手をたどって、このウルフの店に住み込みで働くことになった。
しかし、それだけでは、彼にお金としての収入はゼロだ。ウルフとヘレナの間に子供はいなかった。二人は、ゆくゆくはこの店を彼に継いでほしい、とよく言う。
だからと言って、将来、この店が必ず彼のものとなるかは分からない。それに、これをアテにして、この店がまるでもう自分の資産のであるかのように振舞うのは、彼の気に食わなかった。
彼は魔術が使えた。そう珍しくもないことだ。
それなりに大きな家、つまり、お金のある家に子供が生まれると、大抵魔術師のところへ赴く。魔術師はやってきた子供に、魔力の詰まった『魔石』を、細かく砕いてミルクに混ぜて飲ませる。生まれたての赤ん坊はこの『魔石』を吸収する力が強いから、これを吸収して、自分の骨の中に蓄える。『魔石』は魔力を蓄えるものだから、普通の人が力として使えず、絶えず外に垂れ流している『魔力』を、貯めることができる。これを使って、いろんなことをするのが魔術なのだ。
早い話が、親のおかげってやつである。アキラが魔術を使えるのは、彼の家がそれなりに裕福だったからである。
くそくらえだ。
だからアキラは、もっと働こうと思うのだ。