説教、或いは捕物帖
春鳥の囀りと鹿威しの風情な音。
襖の外の広い庭は夕日に照らされ、全てが茜色に染まっている。
手入れの行き届いた木々には、遅咲きだった桜がまだ残っている。
時が止まっているような美しい景観に、塁一はここで丸一日何も考えずにごろごろしながら過ごせたらどんなにいいだろうと思った。
一瞬、現実逃避を計ったものの、塁一の意識は直ぐに目の前の事実に注がれた。
塁一は、にこりと悟りを開いたような穏やかな表情で、自分に向き合って正座している夜子を見やる。
不機嫌そうにむくれてそっぽを向いている。
反省の色はない。
その後ろでは、名前も知らないこの屋敷の住人であろう和装少女がおろおろと事の成り行きを見守っている。
大変、可愛らしい少女だった。
薄い肩口で切り揃えられた黒髪は、和装と合間って日本人形を想起させられる。
その体躯は驚くほど華奢で、夜子や塁一よりも年下だと思われる。
ふてぶてしい夜子とは正反対のよそよそしい雰囲気が庇護欲をそそられる少女は、突然の侵入者に驚いて混乱しているようで、暫くは通報される心配はなさそうだ。
それを確認し、塁一はとうとう固く閉ざされていた口を開いた。
「夜子、お前は今、何をした?」
「見て分からないの? 貴方に椅子から引き摺り落とされて、無理矢理正座させられてるんでしょ」
唇を尖らせて答える夜子に、塁一は眉間の皺を深めた。
表現するなら、特大の怒りマークが頭に貼り付いてる感じ。
塁一は、夜子の的を外した返答に大声で言い返した。
「違う! その前だ! その前!」
「? その前って──不法侵入して、ちょっとそこの天井を破ろうとしただけじゃない」
天井を指差し、何が悪いのよと言いたげに答える夜子に、塁一はぐらりと目眩を感じる。
和装少女も夜子の非常識っぷりに顔面蒼白だ。
何故自分が怒られているのか、肝心の本人だけが分かっていない。
塁一はピクピクと震える眉間を押さえつけ、自らに語りかけた。
(落ち着け、塁一。そうだ。こいつの非常識なんざ、今に始まった訳じゃない。今までだってあったじゃないか。こんなの前会長を暗殺しようと、爆弾魔から爆弾をカツアゲした時に比べたら可愛いもの。そう、広い心で受け止め──)
「られるかぁああああ────!!!」
「きゃっ!」
「ちょっと、塁一大丈夫? 突発性絶叫病でも発症した?」
「んな病気はねーよ!」
和装少女がビクリと跳ね上がり、夜子は検討違いの心配をしてくる。
そろそろ心労で胃痛がしてきたが、夜子の本性を知る一部から夜子のお守り係と呼ばれている身としては、ここはしっかり諭してやらねばなるまい。
「夜子、いいか? お前のやっている事は犯罪だぞ? 今までは通報されなかったから良いものの、今回は流石にアウトだ。通報されるぞ」
「そりゃそうでしょ」
何を当たり前の事をと鼻白む夜子に、塁一はますます怒る。
「分かってるなら、何でやった!?」
「知らないわよ。本人に訊きなさい」
「は? 本人・・・・・・?」
本人も何も、やらかしたのは夜子だ。なのに夜子はまるで、自分ではなく他人が何かをした風に話している。
どうにも、夜子との会話が噛み合っていない。
塁一が首を傾げた時、夜子が立ち上がり、何故か部屋の片隅に立て掛けてあった薙刀を掴み、スタンっと天井に突き刺した。
止める間もない早業だった。
いくら先が尖っているとはいえ、木製の薙刀で天井板を貫通するというのは尋常ではない。
和装少女がひっ! と息を飲む。
塁一は唖然としたが、流石に二度目。すぐに正気に戻り、夜子を叱ろうとしたが、その時。
ガタタタタッ。
天井裏で何が動く音がした。
「「え?」」
塁一と和装少女が揃って天井を見上げる。
今の音は決して、鼠が走る音ではなかった。猫といった類いとも感じられない。例えるなら──
それの正体に二人が辿り着く前に、夜子が天井に第二撃を放ち、天井のど真ん中を完全に破壊した。
すると──
ズドンッ! 「いてぇ!!」
苦痛の声と共に、人間が降ってきた。
灰色のジャージに目深に被られた黒いニット帽。大きなマスク。それからサングラス。
全身から不審者オーラを放つ、天井から落ちてきた男は明らかに不審者であった。
夜子は茫然とする二人を見て、携帯を取り出し言った。
「不法侵入の犯罪者一人見っけ。どうする? 通報──する?」
夜子がこてんと、首を傾げる。
着いていけない状況の中、塁一はこれだけを思った。
(いや、どんなに可愛らしく、どんなに正論ぶっていようが、不法侵入はお前もだぞ)
コメディーというより、ギャグのノリでいくことにしました。
面白いかどうかは別ですが・・・。