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第四話



 大通りにてグラムド率いる冒険者達と、ダークゴブリン・ソーサラー率いるスケルトン軍団との戦闘が始まった頃、北の城門前広場に面する冒険者ギルド前は、雑多な装備で武装した冒険者達でごった返していた。

 緊張をほぐすためか仲間と談笑をしている者。

 得物を杖代わりに、あるいは腕を組み目を閉じて静かに佇んでいる者。

 自分の武器を布で磨いたりして念入りに手入れしている者。

 落ち着かないのか同じ場所を行ったり来たりしている者。

 そして、冒険者達の武具の手入れをしている武器職人や、矢や魔石、携帯食料などの消耗品を扱う商人。ポーションや解毒薬などを製作して売っている錬金術師など――様々な人種、種族を問わず寄り集まった無頼の集団が、出撃の時を今か今かと待ちわびていた。


「ん、なんだ?」


 談笑をしていた冒険者の一人が何かに気づいたのか、視線を仲間の背後へ向ける。

 それにつられて仲間の冒険者も後ろへ振り返ると、水掘りを挟んで対岸にそびえ立つ重厚な城、その固く閉じられた城門が、耳障りな音を立てて開かれていく。


「なんだぁ?」

「ありゃあ……騎士団か?」

「ケッ、今頃お出ましかよ。もっと早く出てきやがれってんだ」

「おいおい、迷宮が現れた南門から出陣しろよな」


 開かれた門から馬に乗った騎士達に率いられた兵士達が、隊列を組みながら整然と行進してくる。それを見て広場に集まっていた冒険者達が騒ぎ始めるが、隊列が橋を渡って広場に入ってくると、潮が引くように静まり返った。

 その様子を鼻を鳴らして馬上から睥睨している一人の騎士がいた。

 磨き上げられた白銀の鎧に身を包んだ四十代半ばの中年騎士で、立派に整えられた髭は一見すれば威厳を保つためかもしれないが、逆に中年騎士の軽薄さを際立たせている。

 中年騎士は冒険者ギルドの前で馬を止めると、馬から降りて冒険者ギルドの中へと入っていく。

 玄関から入ってきた中年騎士に、ホール内に屯していた冒険者達が視線を向けるが、中年騎士は全く気にした風もなく受付に向かって真っ直ぐ進んでいくと、受付で作業に追われていたセナシアに向かって声を上げた。


「わたしは、レトナーク司教国聖堂騎士団長のカーユン・グレゾンである! 大司教猊下のお言葉を伝えに来た、ギルド長は何処にいる!」

「え、あ、そ、その……」

「――うるせえぞ、騎士団長様よ」


 カーユンの大声に畏縮したのかセナシアが答えあぐねていると、事務所の奥からチェインメイルで身を包んだヴェルダナが、巌のようなしかめっ面を更に険しくして現れた。


「ふん……そこに居たのか。では、大司教猊下のお言葉を伝える」


 そう言ってカーユンは腰に付けていた布袋から巻かれた羊皮紙を取り出すと、一度咳払いをしてその場で広げて読み始めた。


「あー、レトナーク司教国国主、ガブラフル・ジゼロ・ユミゲフの名を以って、冒険者ギルドに要請する! ただいま現時刻を以って、司教国に滞在するすべての冒険者は司教国軍へと編入とし、南城門前広場に出現した迷宮、及びそこから湧いて出た汚らわしい亡者どもを殲滅すべし!」

「ふ、ふざけるな!」

「俺達にてめえらの犬になれってか、冗談じゃねぇ!」

「ええぃっ、これはレトナーク司教国国主の命令である! これに異議を唱えるのならば、反逆者として処罰されても文句は言えんぞ!」


 ホール内の冒険者達に向かって告げられたカーユンの言葉に、ホール内にいた冒険者達が殺気立つが、ヴェルダナが無言でひと睨みすると潮が引くように静まり返る。

 そしてホール内が静まり返ったのを確認すると、溜めていたものを吐き出すかのように長いため息をついてヴェルダナは言った。


「騎士団長様よ、それはこの騒動が終わるまでの話なんだよな?」

「当然だろうが。このような非常時でもなければ、何処の馬の骨とも分からぬ輩を使おうなどとは思わん」


 歯に衣着せぬ物言いにホール内の冒険者達がまた殺気立つが、カーユンは気にした風もなく鼻を鳴らして言った。


「それで、広場に集まっている連中は連れて行って構わんのだろうな?」

「ああ、あんたら国軍が城の中に籠っている間に片付けようとして準備してたからな」

「ふん……では連れて行くとしよう」


 カーユンは踵を返して外に出ようとするが、ホールの途中で立ち止まって振り返った。


「……良かったな、わたしが皮肉を聞き流す術を知っていて、でなければ貴様のような下賤な亜人など、その場で切り捨てられていたと言うことを忘れるなよ」


 そう言って冒険者ギルド前に待たせていた自分の馬に跨ると、カーユンは広場に集まっていた冒険者達を馬上から睥睨する。


「静かにしろーっ!」


 それに気が付いた冒険者達が騒ぎ始めるが、機先を制するように大声を発して静かにさせる。

 そして、冒険者達の視線が自分に集まっているのを確認してから、カーユンは言った。


「わたしは、レトナーク司教国聖堂騎士団長のカーユン・グレゾンである! 今回の騒動が片付くまで、貴様らの面倒を見ることになった。不満、要望があればわたしが相談に応じる。分かったな!

 ――さて、わたしが貴様らに求めるのはたった一つ、上官の命令には絶対服従すること、ただそれのみである! 子供にも出来る簡単な事だ。無論討伐報酬は弾むし、迷宮内で見つけた財貨や素材はどうしようと貴様らの自由だ! それが理解出来たのならば速やかに行軍隊形を組み、迷宮が現れた南城門前広場へと進軍する! ……出発ーっ!」


 カーユンはそう言い放つと、乗っていた馬の腹を蹴って馬を歩かせ始める。

 その後を追い駆けるように馬に乗った騎士達が続き、隊列を崩さぬように兵士達が足早に追い駆けていく。それから少し遅れて、広場に集まっていた冒険者達が、兵士達の後を追い駆けるように移動し始めた。


「やれやれ、御精が出るこって」


 冒険者ギルドの玄関から、広場から立ち去っていく騎士団と、欲に釣られた同業者達を見送りながらカークスが言った。


「でもさ、早くいかないと報酬が貰えないかもよ?」

「そうね。でも昨日依頼を終えているから、懐の方は大丈夫よ、ヒャミちゃん」

「そう言うことだ。だから無理して出撃する必要はねえだろ」


 そう言ってカークスは、背後にいる二人の仲間達に振り返る。

 一人は炎のような赤毛と猫耳が特徴的な小柄な猫人族の少女、ヒャミルタ・レジアルテ、動きやすさを重視したの服装の上に、申し訳程度の革の胸当てを身に付けている。


 ――胸当てが慎ましい胸を強調しているところに哀愁を感じても、決して口に出してはいけない。命が惜しいのなら。


 もう一人は腰まである黄金色の金髪にメガネを掛けた人間族の女性、シリエルダ・トラビール、袖や首の辺りに白地が入った紺色の司祭服を着こんでいるが、こちらは猫人族の少女と違い胸がタプンタプンと存在感を強調している。


 ――外見に騙されて泣きを見る男が後を絶たないが、大事にならないように上手く立ち回っているところに腹黒さを感じても、決して口に出してはいけない。命(名声)が大事ならば。


「でもさでもさ、報酬が貰えるなら貰っておきたいじゃん。そうは思わないシリル?」

「確かにそうなんだけど……」


 首を傾げて見上げてくるヒャミルタに対し、シリエルダは頬に手を当てて苦笑いを浮かべる。


「そりゃあ決まってんだろ。指揮権がギルドから司教国に移ったからな、どんな無理難題をふっかけられるか分かったもんじゃねぇ。まして、誰も入った事のない迷宮だ、はした金で死地に送り込まれるなんざ、俺は御免だね」


 肩を竦めるカークスの言葉に、シリエルダはうんうんと頷いているが、まだ解っていないのかヒャミルタは右へ左へと首を傾げている。それを見て二人して苦笑を浮かべていると、ため息をつきつつヴェルダナが近づいてきた。


「やれやれ、参ったぜまったく……」

「あ、糞爺」

「おうヒャミルタ、年長者には敬意を払えって嬢ちゃんに学ばなかったか」

「え~、糞爺のどこに敬意を払えばいいのさ? ……誰にも構わず怒鳴り散らすところ? ニシシシシ」


 そう言うや否や両手を頭の後ろで組むと、ヒャミルタは八重歯を見せてニカッと笑う。


「……てめえの気持ちはよく分かった。さあ、頭出せ。年長者直々に鉄拳制裁で躾ってのを叩き込んでやる」

「ひ、ひえぇぇぇぇ、シリルゥ、短足糞爺が苛めるよ~」


 そう言ってヒャミルタは両腕を広げてシリエルダの背後に隠れるようにしがみ付く。


「ギルドマスター、ヒャミちゃんには後で言い聞かせますから」

「……嬢ちゃんがそう言うならよ、俺に異存はねえが」


 そう言ってヴェルダナは握りしめた拳を下ろすと、苦笑いを浮かべていたカークスに視線を向ける。


「それで、おめえらはこれから如何するんだ?」

「そうだなぁ……」


 カークスは顎鬚を撫でながら天井を見ていたが、考えが纏まったのかヴェルダナに視線を戻して言った。


「今は、上の宿屋でひと眠りしながら事態の推移を見守る。って、ところだな」

「そうか……まあ空き部屋なら幾らでもあるし、現状ここが一番安全で情報も集まるだろうしな」


 納得したのかヴェルダナは頷く。

 冒険者ギルドの建物には、依頼の請負や新人の新規登録などを担当する事務所と、冒険者達が疲れを癒す酒場が存在しており、酒場の二階から上の区画は格安の宿屋となっている。

 格安と言っても壁は綺麗で下の酒場で温かい食事が出来るし、シーツが整えられたベッドはふかふかで寝心地が良く値段も安い事で、所持金の少ない新人や初級冒険者達には人気の宿屋だったりする。

 もっとも、誰もが通る新人や初級冒険者時代に世話になるためか、新人や初級冒険者に混じって中級や上級冒険者の姿もちらほら見られる事から、温かい食事とふかふかのベッドで寝られるというのは、知性がある生き物なら誰もが羨む生活なのかもしれない。


「まあ、そんなところだ」

「分かった。宿屋の代金はつけにしておいてやるから、何かあったら手ぇ貸せよ」

「ああ、任せてくれ」


 カークスの返事を聞き届けたヴェルダナは満足そうに頷くと、ギルド職員に指示を出すためか事務所へと戻っていく。その後ろ姿が事務所内に消えて行くのを見届けてから、カークスは仲間達に視線を向けた。


「と、言う訳だ。事態が動くまで宿屋で大人しくしていろよ。分かったな二人とも」

「はぁ~い」 「はい」


 両手を頭の後ろで組んでやる気のなさそうな返事をするヒャミルタと、それ見ながらにこにこと微笑んでいるシリエルダを交互に見て、ベッドにでも縛り付けておいた方が良いかもしれねえな、とカークスは内心ため息をついたのだった。




 ※




 青く澄み渡る空間。

 そこには何もない。強いて言えば、白くふわふわした靄のようなものが周囲に浮かんでおり、上には日差しが降り注ぐように照りつけており、下には緑の大地と人工物と思しき灰色の建造物が見える。ただ、それだけだ。

 人の身では決して行くことのできない場所であり、しかし、何らかの力を借りればすぐに行ける場所でもあった。

 そして――そんな場所からレトナークの街を眺めている一つの影があった。

 緑色の丸い身体に大きなコウモリの様な翼と小さい脚が生えている。そして何よりも特徴的なのは、身体の面積の六割を占めている一つの巨大な目玉と口から自在に出せる長い舌。地上に住まう者達からは、フロータイボールと呼ばれ恐れられているそれは、瞬きをしながら地上を蠢く者達の動静を静かに眺めていた。


「……?」


 そんな時、水堀に囲まれた敵の城から、鉄色の集団が出て来るのをフロータイボールの瞳が捉えた。

 あれは何だろうか、とフロータイボールは自身の魔力を瞳に集中させて瞬きを繰り返す。瞬きをする度に、小さく見えていた鉄色の集団が徐々に大きく、そして身に付けている細かい装備などが精確に見えてくるようになった。


「ギヒヒヒヒ、敵発見。直ちに報告」


 フロータイボールがそうつぶやくと、脚に付けていた足輪に装飾されていた小さな宝石が光り始める。


「――こちら本陣、何か起きたか。送れ」


 するとどうした事か、何処からともなく何者かの濁声が響く。

 だがフロータイボールは動じた様子もなく、視線を地上に向けたまま言った。


「こちら空の目一号より本陣へ。城の反対側より敵の出撃を確認せり、なお、反対側の大広場に集結しつつあった武装集団と合流後、反時計回りに本陣に向けて進軍中、直ちに迎撃されたし。以上」

「――了解。空の目一号はそのまま上空にて警戒を続けられたし。終わり」


 濁声がそう告げると、光を発していた小さな宝石から光が消えて、濁声も聞こえなくなった。

 フロータイボールはそれを確認すると、進軍する鉄色の集団から本陣へとギョロリと視線を向ける。

 視界に映る本陣を構えた大広場では、略奪した物資の運搬を手伝っていたスケルトン達が、運搬していた荷物をその場に投棄して一か所に集まり始めている。

 本陣の動きにフロータイボールは満足そうに瞳を細めると、進軍する鉄色の集団へと視線を向けて、地上を蠢く敵勢力の動静を眺める作業へと静かに戻っていった。




 ※




 街中を興奮した馬の嘶きとともに、舗装された石畳の上を馬蹄が叩く音が響いている。

 武具を身に纏い軍馬を操る騎士の群れが、その背後に兵士達と雑多な装備の無頼の群れを従えて、城を囲む水掘りに沿って整備された大通りを進んでいた。

 その集団の先頭を進みながら、カーユンは後ろに続く己の騎士団を見やる。

 金に物を言わせて揃えられた武具や軍馬、それらを操る精鋭無比な騎士と兵士達、精鋭と誉れ高い本国の聖堂騎士団と比べるべくもないが、そこらの中小国の貧乏騎士団に比べれば装備、技量ともに精鋭に値するであろう自負はある。

 正直に言って、こんな辺鄙な場所に飛ばされた時は「なぜだっ!」という思いもあったが、本国でも自分より無能な奴がコネで上に上がっていくのだから、こういう役得くらいはしても罰は当たらないだろう。なにせ、本国では一介の聖堂騎士団の小隊長に過ぎなかった自分が、ここでは騎士団長様なのだから笑いが込み上げて来ると言うものだ。


「ん、何だ……?」


 そんなことを考えながら大通りを進んでいると、カーユンの視界に白い集団がぼんやりと見えてくる。

 何だろうか、と訝しみながら近づいていくと、ぼんやりとしか見えなかった白い集団の正体がはっきりと見え始めて、カーユンは驚愕の声を上げた。

 それはスケルトンだった。何も身に付けていない真っ白な人骨の群れが、片手に短槍やシミターを握り締めて、行く手を阻むように立ち塞がっている。


「出たな! 汚らわしい亡者どもめ!」


 カーユンは吐き捨てるように言い放つと、腰に差していたロングソードを引き抜いて、前方に立ち塞がるスケルトンの戦列を指し示した。


「全軍突撃っ! 汚らわしい亡者どもを粉砕するのだ!」

「あー、カーユン団長、奴ら槍を持ってますよ?」


 後ろにいる騎士の一人が言った。


「それが如何したデキーラ? 短槍程度で、馬を止めることなどできはせん!」

「いや、そうじゃなくて……短槍でも投げられたら拙いんじゃないかな、と」


 言い難そうに進言するデキーラに、カーユンは振り返って言った。


「ほう、ならばあの亡者どもが槍を投げたとして、その後はどうするのだ? 見たところ槍とシミター以外に何も持っておらぬようだが?」

「しかし団長。デキーラの言う通り、万が一槍を投げられでもしたら……」


 率いている騎士の一人、ポタルオが言う。


「ええぃ、このカーユン様の指揮に間違いはない! 汚らわしい亡者どもなど恐れるに足らん、一気に叩き潰してくれるわ! 全員、俺に続けぇい!」


 ロングソードを振り上げながらカーユンは叫ぶと、馬の脇腹を蹴って馬を走らせる。


「止むを得んな。行くぞ」

「やれやれ、手のかかる団長様だ」


 指揮官が先陣を切って突撃する以上、部下がその後に続かぬと言うのも外聞が悪いと判断したのか、ポタルオやデキーラ、他の騎士達も腰のロングソードを抜いて馬を走らせる。

 馬に跨り、剣を振り上げて突撃してくる騎士の群れを阻止しようと、横一列に並んだスケルトン達が得物を構えて立ちはだかる。

 だが、対騎兵戦を想定していない短槍や、長さが足りないシミターでは完全に阻止することが出来ず。所々で馬に弾き飛ばされて粉々に砕け散るか、馬の速度を乗せたロングソードの振り下ろしを受けて、スケルトン達が倒されていく。

 辛うじて生き残ったスケルトン達が反撃しようとするが、そこを騎士達の後を追ってきた兵士達に背後から襲われ、さらに兵士達と乱戦になった所を反転してきた騎士達に突かれて、一体また一体と倒されていく。


「ふん、所詮は天に行くこともできぬ汚らわしい亡者か、知性の欠片も残っておらんようだな。そうは思わんかデキーラ?」


 カーユンは含みのある笑みを浮かべて、最後のスケルトンが砂になるのを眺めながら言った。


「あー……はい、自分の見識不足でした」

「ふん。分かればよい、分かればな! ――よーし、亡者どもは片付いた。このまま城門前広場へと突入し、迷宮の入り口を確保する! 進めぇい!」


 カーユンの号令を聞いて血気に逸ったのか、抜け駆けするように数人の騎士が馬を走らせて飛び出していく。

 それに釣られて駆け出していく兵士達の後ろ姿を眺めながら、後れを取るわけにはいかんな、とカーユンも馬を進めようとした瞬間、驚愕の声とともに先頭の馬が前のめりに倒れ、乗っていた騎士が盛大に落馬する。


「うぉっ!」

「な、なんだ――うわっ!」


 先頭の騎士に続いて抜け駆けした他の騎士達も、乗っていた馬が悲鳴を上げて前のめりに倒れ、その拍子に馬の背から放り出されていく。


「何だ、何が起きている!」


 と叫びながらカーユンは目を凝らして周囲を見回し――その原因を視界に捉えた。

 血の跡や破壊の傷跡が残る城門前広場に、本来なら存在するはずの無い円形の建物が建っており、その側に白と赤の装束を身に纏った獣人族の娘が佇んでいる。その左手には大弓が構えられ、右手で背中の矢筒から掴み取った矢を大弓につがえると、そのまま流れるように大弓を引き絞り矢を放った。

 あまりにも様になっている娘の動作に、思わず見とれてしまったカーユンだったが、娘の放った矢が落馬した騎士の頭部を撃ち貫くのを見て、ハッと我に返る。


「お、おのれ、小癪な真似をしおって!」


 カーユンは顔を真っ赤にしてそう叫ぶと、娘に向かって突撃する。

 それに気が付いた娘は慌てた様子も見せずに、背中の矢筒に手を伸ばして矢を掴み取ると、大弓につがえて矢を放った。放たれた矢は寸分違わずにカーユンの馬に当たり、カーユンは驚愕と悲鳴が混じった声を上げて落馬する。

 しかし、落馬したカーユンの両脇をすり抜けるように、ポタルオとデキーラが乗った二頭の馬が駆け抜ける。

 その時はじめて、娘の怜悧な美貌に焦りの色が浮かぶが、娘は手を止めることなく次の矢を放った。


「ちっ、こなくそっ!」


 放たれた矢は外れることなくデキーラの馬に命中して、デキーラは前につんのめった馬から放り出されるが、落馬する前に投擲したロングソードが、娘に向かって飛んでいく。

 娘は回転しながら飛んでくるロングソードを身体を横にずらして避けるが、その際に生じた隙を突いて一気に距離を詰めたポタルオが、馬上から娘の頭めがけてロングソードを振り下ろした。


「っ……!」


 その斬撃を娘は横へ飛び込み前転して躱すと、起き上がりざまに矢筒から矢を掴み取ろうとして、石畳に転がる折れた矢が目に入り、矢筒に伸ばした手を止める。

 そして、左手に持っていた歪んだ大弓を投げ捨てると、娘は腰に差していた反りの入った片刃の曲刀を鞘から引き抜いて構える。


「……そんな奇妙な剣で騎馬に勝てると思っているのか?」

「あら、そんな積もりはないのだけれど。……まあ、弓兵に真正面から挑んで馬を射られて落馬するようじゃ、舐められても仕方がないでしょうね」


 苦笑いを浮かべて娘が言う。


「その減らず口、何時まで叩けるかな」


 既に馬首を巡らせていたポタルオはそう言うと、馬の脇腹を蹴って突撃する。そして、馬上から娘めがけてロングソードを振り下ろすが、娘は横へ飛び込んでその一撃を躱した。

 ポタルオは舌打ちしながらもう一度斬りかかろうと、手綱を引いて馬首を巡らせるが、その時ポタルオの耳にズシンズシンと重量感のある音が聞こえてくる。


「……何だ?」


 音の出所を探してポタルオは周囲を見回すが、その間にも重量感のある音とともに振動が大きくなっていき――門の枠をゴツゴツした岩の手が掴み、門の中からそれは姿を現した。

 それは人の形をした岩石の塊だった。身の丈はおよそ5メートル位だろうか、岩石が寄り集まって出来た岩の体が、重厚さを醸し出している。


「……ストーン……ゴーレム、だと?」


 驚愕の表情を浮かべてポタルオが言った。

 門から出て来たスートンゴーレムは、ゆっくりと左から右へと首を動かして、その視界にポタルオと背後に立ち並ぶ騎士団を捉えて動きを止める。

 そして、ゆっくりとした動作でポタルオ達に向き直ると、ストーンゴーレムは重量感のある足音を轟かせて襲いかかった。




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