第三話
あちこちに破壊や殺戮の跡が残る大広場に、ガタゴトと荷車を引く音が響き渡る。
音を立ててオーク達に引かれていく荷車には、放棄された露店から運び出した袋詰めにされた野菜や果物。壺に入った塩漬けの肉や川魚。家や店といった建物から運び出された家具や生活道具。そして――大広場に転がる無数の死体など、様々な物が分別され積載されて地下迷宮へと運ばれていく。
そんな略奪の光景を眺めながら、サスミは運搬作業が終わるのをまだかまだかと門の前で待っていた。
「略奪した物資の搬送にこれほど時間がかかるとはね……もう少し兵を連れて来るべきだったかしら」
そう言ってサスミは運搬作業に勤しんでいるオーク達から視線を外して、街の中央に堂々とそびえ立つ重厚な城を見上げる。
視界には、城全体を囲むように環状に掘られた水堀を挟んで、対岸にそびえ立つ城壁の上を幾人もの兵士達が慌ただしく動き回り、一部の兵士がこちらの様子を窺っているのが見えた。
「そろそろ敵も態勢を整えて反撃してくるはず、これからが正念場ね」
「申し上げます」
背後から聞こえてきた濁声に、サスミは見上げていた城から背後へと視線を向ける。
視線の先には、緑色のローブを身に纏い黄色い肌に長い耳と太い鼻のゴブリン・シャーマンが、片膝を付いて一礼していた。
「何かしら?」
「ハッ、空の警戒に上がっていた空の目一号より報告。大通りを進撃中のスケルトン第二、第三小隊が、敵の武装集団と遭遇。敵は小勢なれど抵抗激しく苦戦しているとのこと」
「そう……」
サスミは顎に手を当てて暫し黙考していたが、考えが纏まったのかゴブリン・シャーマンに振り向いて言った。
「周辺警戒中の第一小隊から二個分隊抽出、第二、第三小隊の増援に充てなさい。それと略奪した物資の搬送を急がせるように」
「仰せの通りに」
一礼してゴブリンシャーマンが下がっていくのを見送っていると、サスミの耳に何かを殴ったような鈍い音と悲鳴が聞こえた。
何事かとサスミが悲鳴のした方へ視線を向けると、縄でグルグル巻きにされた捕虜達が、槍と革鎧で武装したゴブリン達に護送されながら、地下迷宮へと連行されて行くところだった。
護送するゴブリン達に、怯えた視線を向けていた捕虜達だったが、サスミの姿に気が付くと驚愕の表情を浮かべて足を止める。
だが、それを見咎めたゴブリン達は声を張り上げて、槍の柄や石突で捕虜達を殴打しながら進むように促す。容赦なく振るわれる殴打の嵐に、捕虜達は顔をしかめつつも歩き始め、チラチラとサスミに視線を向けながら門の中へと消えていった。
そして捕虜達と入れ替わりに、槍で武装したスケルトン達が、隊列を組んで門の中から現れた。
その一隊を先頭にして、同じように隊列を組んだスケルトン達が、ある一隊は片手にシミターを握りしめ、またある一隊は弓を片手に背中に矢筒を背負いながら、続々と大広場に向かって行進してくる。
「ちょっと、そこの貴方、これは一体何かしら?」
突然門の中から現れたスケルトンの集団に、サスミは眉を寄せて困惑した表情を浮かべながら、先頭集団の横を歩いていたコボルトを呼び止める。
呼び止められたコボルトはサスミの顔を見た途端、犬耳と尻尾をピンと逆立ててスケルトン達に何事かを命じると、ギクシャクした足取りでサスミの前まで歩いて来て直立不動で敬礼した。
「お、御呼びでしょうかっ!」
「ええ、貴方の連れてきたスケルトンについて聞きたいのだけれど」
「ハッ、迷宮王様より、スケルトン一個中隊をサスミ様の下へお届けせよと命ぜられましたっ! 到着次第、サスミ様の自由に使ってよいとの伝言を預かっておりますっ!」
「あらそうなの。ありがとう、貴方は自分の任務に戻っていいわよ」
「ハッ、それでは失礼いたひまぶっ!」
そう言ってコボルトは何事もなかったかのようにくるりと反転すると、逆立てた尻尾をブンブン振りながら、ギクシャクした足取りで門の中へと戻っていった。
コボルトの後ろ姿をサスミは微笑みながら見送ると、物資搬送の邪魔にならないように大広場に整列しているスケルトン達に視線を向けて――どうしたものかと溜息をついた。
「これはこれは、よもやすると増援ですかな?」
横から聞こえてきた声にサスミは怜悧な美貌を一瞬しかめるが、すぐに何事もなかったかのように振る舞うと、声の主に視線を向ける。
そこには青色のローブを身に纏った浅黒い肌に長い耳と太い鼻のダークゴブリン・ソーサラーが、先端に小型魔獣の頭蓋骨を嵌め込んだ杖を突きながら近づいてくるところだった。
「そんなところでしょうね」
「なるほどなるほど――と言うことは、迷宮王様は本格的に地上への侵攻を始めるということですな。つまり、我らはその尖兵っ! なんとも心が踊りますな」
とダークゴブリン・ソーサラーは大げさに両手を広げて、おどけるように言った。
「……まあこのスケルトン達は自由に使っていいって話だし、この中隊、貴方に預けてもいいわよ」
「おお、それはありがたい。手持ちの兵力では些か、些か戦に興ずるには心許なかったものですからな」
ダークゴブリン・ソーサラーは手に持っていた杖を肩に預けて、喜びを表すかのように両手を叩く。
「あらそうなの。なら丁度いいわね、大通りで人間の武装集団を相手に第二、第三小隊が苦戦しているようだから、貴方にはその増援に行ってもらうわよ」
「ふむ……まあいいでしょう。速やかに、速やかに敵を撃破し、軍功を挙げると致しましょうか」
そう言ってダークゴブリン・ソーサラーは両肩を竦めながら、整然と整列するスケルトン達の下へと向かっていく。
「……ええ、大いに暴れ回って敵の注意を惹きつけて頂戴」
立ち去っていくダークゴブリン・ソーサラーに向かってつぶやかれたサスミの言葉は、大通りから轟く剣戟と魔法の炸裂音が奏でる戦場音楽に掻き消されて、誰の耳にも届くことはなかった。
※
剣戟が舞い、魔法の光が飛び交う大通りに雄叫びが轟く。
大柄の重戦士が雄叫びを上げて戦鎚を振り回すが、黒マントは半歩下がってそれを避ける。そして、大柄の重戦士が戦鎚の大振りを外した一瞬の隙を突いて懐に潜り込むと、すり抜けざまに脇腹を切りつけ、反転して頭部めがけてシミターを振り下ろした。
大柄の重戦士は信じられないといった表情のまま目を剥き出し、頭から血を吹き出しながらその場に崩れた。
「ボイーブっ! 畜生、腐れスケルトンがああぁぁぁっ!」
「止めろザポガン。よせえぇっ!」
仲間が倒されたことに激昂した細身の槍戦士が、対峙していたスケルトンを槍の柄で弾き飛ばすと、仲間の制止を振り切り怒声を上げながら、黒マントに向かって槍を横薙ぎに振るう。
だが、黒マントはその場にしゃがみ込んでその一撃を躱した。
それを見た細身の槍戦士は、気合いを入れるように腹の底から声を上げて、槍の引き戻しなど全く考えずに、渾身の一突きを黒マントに向けて繰り出した。
繰り出された渾身の一突きを黒マントは体を横にそらして避けると、細身の槍戦士の喉元に向けてシミターを突き出した。
そうして、喉に銀色のオブジェを生やした細身の槍戦士は、驚愕に目を見開き口をパクパクさせながら、崩れ落ちるようにその場に倒れた。
「ザポガンっ! くそっ、何なんだよあいつは」
対峙していたスケルトンを切り伏せた金髪の青年が、仲間の仇を討たんと黒マントに向かってロングソードを構えるが、横から突き出された槍を咄嗟に躱して、槍を突き出したスケルトンの胴を薙ぎ払う。
その動作を観察するように、黒マントは空っぽの眼窩を金髪の青年に向けていたが、血で赤くなったシミターを振って血糊を払い落すと、金髪の青年に向かってシミターを構えた。
「チッ、こんどの獲物は俺って――わけかい!」
そう言って横から襲いかかってきたスケルトンを切り捨てた金髪の青年が、黒マントに視線を戻した途端、顔と胸に熱い感触と痛みが走り、金髪の青年は全身の力が抜けていくのを感じながらその場に倒れた。
(な、なに……が……?)
一体何が起きたのか分からぬまま、驚愕に満ちた表情を浮かべて金髪の青年は絶命する。
金髪の青年の顔から生気がなくなるのを見下ろしながら、黒マントがシミターを振って血糊を払い落していると、何かを感じたのかふと上を見上げて――即座にその場から飛び退いた。
直後、先程まで黒マントがいた場所の石畳が粉々に砕け散る。
「ぬぅ、躱したか。だが!」
そう言って白色のコートを羽織った禿げ頭の中年男が、トンファーを構えなおして黒マントに踊りかかる。
黒マントは、禿げ頭の中年男から繰り出されるトンファーや蹴りなどを身をよじって、あるいはシミターで受け流しながら的確に躱していく。
「ぬおおぉぉぉっ!」
禿げ頭の中年男は雄叫びを上げて高速回転させたトンファーを振るう。
それを躱して距離を取った黒マントと対峙しつつ、横槍を入れてきたスケルトンの頭蓋骨をトンファーでかち割り、回し蹴りで胴体を蹴り飛ばしながら、氏族“修行兵団”の頭領こと、族長のグラムド・シェイファーは内心焦りを感じていた。
もとより数的劣勢は覆うべくもないが、たかがスケルトン如きにここまで苦戦を強いられるとは予想の埒外であったのだ。
こちらは僅か三十人足らずの冒険者。その内、グラムドを含めた七人がグラムドの氏族であり、残りは名前も素性も知らぬ同業者達である。
一方、スケルトン達は今まで倒した数を含めると少なくとも五十体以上はいると思われ、さらに南城門前広場に出現した“迷宮”から、新手のスケルトンが続々と出現していると思われた。
だが、グラムド達にここから退くという選択肢はない。
今のところ、スケルトン達はグラムド達という脅威が居るためか、大通りに殺到してきてはいるが、何かの拍子で無傷の東西北の市街地へ向かう可能性がある以上、何としてもスケルトン達をこの大通りに釘付けにしなければならなかった。
たとえ――自分達が全滅しようともだ。
そして、そこまで時間を稼げばレトナーク冒険者ギルド長である“鈍足酒樽”が、それなりの数の冒険者をスケルトン討伐に差し向ける事だろう。
その時まで生き残っていればこちらの勝ちだ、と踊りかかってきたスケルトンの胸骨を魔核ごと打ち砕きながら、グラムドは考えを纏めると大通りで戦っている他の冒険者に視線を向ける。
「くっ、離れろこの骨野郎が――ぎゃああああぁぁぁーっ!」
「り、リーゼ――ギャ」
襲いかかってきた二体のスケルトンを猫人の女がロングソードで切り捨て、返す刃でもう一体の胴体を薙ぎ払うが、一瞬の隙を突いてしがみ付いてきたスケルトンによって動きが止まる。
そこを数体のスケルトンが襲い掛かり、身動きの取れぬ猫人の女は数本の槍や剣に貫かれて、自ら流した血だまりの上に崩れ落ちる。
そして、猫人の女を助けようとした兎人の女も、横から飛びかかったスケルトンに押し倒されて、断末魔の叫びを上げながら石畳に血の池を刻んだ。
「むぅ……このままではいかんな」
「頭領!」
そこにスケルトンを蹴り倒しながら、白いコートを着た赤髪の青年が駆け寄ってくる。
「ヘグルトか」
「頭領、ここは一度退いて態勢を立て直すべきです!」
そう叫びながらヘグルトは、スケルトンから突き出された槍を掴んで引き寄せると、槍とともに引き寄せられたスケルトンの胸骨を拳で打ち砕く。
「ならぬ! 今、儂らが退けば、街の被害はもっと大きなものとなろう」
「ですが、このままでは全滅します!」
「分かっておる。じゃが、ここで儂らが戦っておるかぎり、奴らは他所へは行かぬ」
言いながらグラムドは、黒マントのシミターを左手のトンファーで受け止め、お返しとばかりに右手のトンファーを繰り出すが、黒マントはそれを躱して後ろへ飛び退き距離を取る。
その間に数体のスケルトンが割って入り、得物を向けてグラムド達の前に立ちはだかる。更にグラムド達を包囲するように、十数体のスケルトンが周囲を取り囲んだ。
「と、頭領!」 「今行きます」
グラムド達がスケルトンに包囲されたのに気付いた氏族達が、二人を助け出そうと駆け寄って来る。しかし、その前に数体のスケルトンが得物を振り回して立ちはだかった。
「不浄なる者に天の裁きを! ホーリーレイン!」
そこへ、大通りに響いた声とともに上空に光の膜が現れ、光の矢が雨の様に大通りへと降り注いだ。
あるスケルトンは自分の身に何が起きたのか分からぬまま、頭上から降ってきた光の矢に一瞬で砂にされ、またあるスケルトンはシミターで光の矢を二度も弾いたが、三度目の光の矢を弾こうとして、折れたシミターを残して砂に成り果てた。
「……これは、聖魔法か?」
上空から降り注ぐ光の矢に貫かれて、砂になっていくスケルトンを見ながらグラムドが言った。
「頭領! ご無事ですか?」
「ああ、どうにかな。――ところで、この魔法は誰が放った?」
「ああそれなら……ほら、あの連中ですね」
と、氏族の男が大通りの一角を指し示した。
それに従ってグラムドが視線を向けると、膝を付いた水色髪の神官の娘を介抱している格闘家らしき娘と、慌てた様子の騎士風の青年二人が目に入った。
恐らく、さきほどの聖魔法はあの神官の娘が使ったのだろう。余程慌てて魔法を使ったのか、魔力の殆んどを使い果たして立つことすらままならない様子だった。
「そうか、何はともあれ、あの魔法で助かった事には変わりはないな」
グラムドは周囲を見回しながら言った。
「よし、亡者どもの数が減ったぞ! このまま一気に倒してしまえ!」
「へ、へへっ! ジャックの仇を討たねえとな」
「仲間の仇だ、腐れスケルトンどもめ、覚悟しやがれ!」
そこへ生き残った冒険者達の中から、茶髪の青年がロングソードを振り上げて、スケルトンに切りかかっていく。それにつられて他の冒険者達も声を上げて、スケルトンへ襲いかかっていくのを見送りながら、グラムドは言った。
「これより残敵の掃討に移る。皆の衆、最後まで気を抜くでな――」
と言いかけた瞬間、爆音とともに炎の嵐が大通りに吹き荒れた。
咄嗟にその場に伏せると、炎の嵐が収まるのを待ってからグラムドは顔を上げる。そして――視界に広がる光景に絶句した。
先程まで、大通りで戦っていた冒険者達とスケルトンの姿はもはや無く、黒焦げになった“人だったもの”や、灰の上に残された焦げたシミターや槍の穂先などが、石畳の上に無残な姿を晒していた。
「これは……一体……?」
「圧倒的、圧倒的とはこういうものなのですぞ」
グラムドが声のした方へ視線を向けると、南城門前広場の方から幾重もの横列を組んだスケルトンの一団が、大通りを行進しながら現れて冒険者達の前で停止する。
そして、スケルトンの横列が二つに割れて、その間から青色のローブを身に纏った浅黒い肌に長い耳と太い鼻のゴブリンが進み出てきた。
「ダーク、ゴブリン……? なんで、なんでこんな奴がここに?」
進み出てきたゴブリンの姿に、驚愕の表情を浮かべた冒険者の一人が呻くように言った。
それが聞こえたのかダークゴブリンは口角を歪めて笑みを浮かべると、大仰に肩を竦めてさぞ無念そうに首を横に振る。
「……不甲斐ない、不甲斐ないですぞ人間よ。地上に住む我らの同胞達を笑いながら殺し回っていたあなた方は、一体何処へ行ってしまわれたのですか? あまりにも不甲斐なさ過ぎて欠伸が出てしまいますな」
と、ダークゴブリンは口に手を当てて、ふあ~っと欠伸をしながら大通りに転がる“死体”の一つに近づくと、手に持っていた杖を無造作に突き刺した。
刹那、この世のものとは思えぬ絶叫が大通りに響き渡る。
「おやおや、まだ生きていましたか、なかなかしぶといですな」
耳をつんざくような絶叫にダークゴブリンは邪悪な笑みを浮かべると、“死体”から杖を引き抜いて魔獣の頭蓋骨を嵌め込んだ先端を向けた。
「では安らかに、安らかにお眠りなさい」
言うや否や、頭蓋骨の口の中に嵌め込まれた魔石が光り始め、杖の先端から炎弾が放たれる。
そして、大通りに断末魔の叫びを轟かせて“死体”はのたうち回っていたが、その最期を見届けもせずにダークゴブリンは踵を返しながら言った。
「いざいざ行かん! 敵を打ち崩し、軍功を挙げようぞ!」
号令とともにシミターを振り上げ、槍を構えながら前衛のスケルトン達が駆け出し、弓を構えた後衛のスケルトン達は弓に矢をつがえて冒険者達の頭上へと撃ちだしていた。
簡単な魔王軍編成単位。
一班5人、匹。
一分隊15人、匹。
一小隊60人、匹。
一中隊240人、匹。
一大隊960人、匹。
作中では、だいたいこんな感じで進めます。人類側の詳しい設定は追々。