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てきとーの続き

てきとーの続き


 空想というのは、生きる上で大切な要素だ。

 でなければこれほど多種多様な本、アニメや映画、音楽や絵が溢れている筈がない、・・・これらが全て意味のないばかりか生きることを阻害するものだとしたら、賭けてもいい―この私の住んでいる国、日本はとっくの昔に消えている。

 「前適応、という概念があって、進化というものは常に準備をしているものらしい。生命は使い回しをよくする。手足だってヒレの延長だし、肺というものも浮袋が原型だ。その、有効な適応の前には一見無意味な多数の性質の変化が必要なんだ」

 「何の話?」

 「空想的であることが、根本的な無価値を抱えているわけではないという話をだな、長くなってしまってもわかりやすさを求めた切り口でしてあげようと想って」

 「そっか、まあ、なんだろ・・・すまんな」

 鼻水の啜る音がした。半泣きなのを隠そうともしないでいた。

 霊哲が珍しく素直だ。慰めようとしたことは伝わったようである。とにかく、男というものはある厄介な性質を引きずって歩いているものだ。私もかつて男だったからよく分かる。

 意地。言ってしまえばくだらない。

 しかし本人になってみれば、これほど大切なものは他にはないし、己の存在理由と同等同格のものであるのだ。そう、教育されてきたから、たいていは。

 そこら中に勝利が転がっていて、人間は眩しさに目を塞がれ、手当たりしだいに引っかかり、あるものは一つのものに死ぬまで引っかかり続けるし、あるものはいつまでも流され続けようとしたりする。霊哲の親はたかが世間的のものの、それもたったひとつにいつまでも虜になっていようとしていた。虜になって、中学生には酷な事をした。いや、たとえ中学生でなくても一人の人間を四六時中監視していよう試みは大胆ではあるが無謀だ。ものの見事に期待は裏切られ(期待は人間の行動の中で卑しい部類のものだ)時司は皮肉屋になった。何を言い聞かせようとしても上滑りしてしまう。上滑りするだけではなくて小さな棘を持って痛いところをついてくる。しかし、放り出すほどは反抗的でもない。そんな、小康状態が3年以上も続いていた、らしい。(単なる私の予想だし、本人に確認したわけではない)


 少し、この状況の説明には前段が必要だろう。何、空間は時間に折りたたまれいくらでも存在する。この小さな記録素子に刻み込める言葉は、なんと新聞紙換算で約4000日分! つまり特定の手順さえ踏めば部屋をうめつくすほどの文字が溢れかえるというシロモノだ。どんなに小さく書いたって1日分である25万字すら机に書ききれまい。


 私が時司霊哲れいてつに出会ったのは高校一年の8月7日だった。その日は七夕で、死ぬほど忙しい麦の刈り取りが田舎で行われ終わる一歩手前だった。半分田舎に足をつっこんでいるこの地域のこどもは暇な方の(つまり農家以外の)親に見守られながら空に浮かんだ牛乳の道を眺めるのだ。遥の親は農家だったから夏休みだとかで本家に居候している親戚のぼんくらあんちゃん(そう呼ばれていた)の車に乗っかって開放されている小学の校庭まで行った。

 その頃には目覚めてからちょうど一年ほどたっていて、だいぶこの世の常識に慣れてきていた。学業も英語と歴史を除いて、以前の世界からの積み上げと適正があり特に数学と生物学は好みでさえあった。魔術にかける程の情熱はないのだが。

 霊哲は金魚の番をしていた。地域の出し物で金魚すくいを設置してあるのだが、霊哲はつまらなさそうに空中を眺めていた。その目が、一瞬、瞑想しているようにも、何かこの世の裏側を探っているようにもみえた。単なる直感だ。勘違いの可能性も高い。

 「ねえ、ぼんあんちゃん」

 「うん。その呼び方は君の教育上よろしくないと思うんだ。何回目だかわからないけど、止めることを提言するよ」

 「無理して難しそうな言葉使わなくてもいいよ。それから、その提言は<臭い物に蓋は教育上よろしくない>というアンチテーゼにより却下。金魚行ってくる」

 「はいはい。じゃ、俺は挨拶に行ってくるよ」

 「うぃ」

 ちらりとぼんくらは金魚すくいのある方角を鋭い目で見た。だが、その鋭さは一秒と持たず、いつもの何を考えているかわからないぼんやりとした顔と、この世の全ての面倒臭さに染み付く暗さと濁りを孕んだ目に戻った。暗く濁った目、だが私はこの兄ちゃんが好きだ。状況確認をする賢しさを気付かれてないだろうと思い込んでいる鈍さが、強烈に人間らしさを感じさせてくれる。彼は時に思っているに違いない、自分は鈍いふりをしているのだ、見破ってみろ、と。

 金魚番は退屈そうなのに携帯をいじくるでもなく、まだ空中をさまよっていた。


 霊哲と初めてした会話ははっきりと覚えている。私は金魚すくいをした。捕まえた二匹の小金を目の高さまで持って行き霊哲の前で揺らした。

 「ふふふ、これでコイツの運命は私の掌の中に委ねられたというわけだ」

 なんということだ。所有という幻想のなんと甘美なことか! とてもじゃないが抗えそうにない。現代に生きて抗えそうなものが思いつかないくらいだ。一体どんな人間性を持てば惑わされずに要られる? そういったことを初対面で言うには度胸が必要だったので初めの切り出しだけに止めておいた。

 「アロワナにでも食わせんのか?」

 「すごいな」

 「どこが?」

 「いきなしこの状況の連想でアロワナが出てくる奴はそうそういないぞ」

 「まあ、普通、水槽に興味ねーからな」

 乱暴な口ぶりに慣れていないのだろう、逆に柔らかく聞こえてしまう。多分一生なろうとしてもこの人間は乱暴になりきれないと直感した。

 「じゃあ、君は興味があるんだ」

 「まあ、そこそこ」

 「ふむ」

 私は冷徹の横に座って、一緒に店番をしている体を装った。次に話しかけてきたのは冷徹の方からだった。

 「何のために、金魚っているんだろ」

 「それは、何のために人間は金魚を飼ってるのかってこと? それとも」

 「いや、それでピッタリ合ってる」

 「それは、人間の創作性の発露だろうな。ずぅっとづっと昔、我々が思い出せないくらい遠くで誰かが鱗の煌きが美しさの一形態だという感覚を創りだしたのだろう」

 「それとも、黄金の輝きに惹かれたのかも」

 私は大きく笑った。

 「そのとおりだな、黄金の輝きは素晴らしいという体験が有ったのかもしれないし、あるいはそういう体験を人は創ってきたのかもしれない」

 「体験を創る」

 「そうさ、そうしない道も有ったのだからね」

 「うーん、じゃあ、経験ってのは受動的なものじゃないってこと」

 「いや、受け身な経験もあるよ。てかそういう経験ばっかりだろうがね、今の多くの人間は」

 「例えば?」

 「ふふ、自主的に勉強しなさいと言われて行った勉強は、全く自主的ではない、とかね」

 今度は霊哲が笑う番だった。

 「それはいい」

 「何の話だったかね、ふむ。そう、だからあの答えは、人間は創作行為に金魚を使っているということで」

 「あるいは、金魚のほうが人間を使っているのかも」

 「それはどういう?」

 「牛は、人間に食べられることによって、より繁栄しているんだ。例えばね」

 胡乱げな金魚番は、実は冒険的な思索家であったらしい。少なくとも退屈な顔はしていなかった。


 私は、これだから生きるのを辞められないと思った。この新しい着想に少々の精神の高揚を感じた、だけではなくそれ以上にこの人間に興味を持った。それこそ魔術にかけるよりも濃く大きな胸の高鳴りを感じた。魔術は、使えればもちろん圧倒的な優位性を得ることができる。得ることはできるがそれは現世的な優位性だ。肉体の世界によるものだ。前にいた世界では、領主が魔術に依る強権をほしいがままにしていた。我ら竜鬼はまつろうことは一切なかったが、竜鬼の力頼みの生き方も私の好みではなかった。

 こういう、ひねくれたものにこそ魔術は相応しい。この人の世と自分の世界とのバランスを常にふらふらと調節しているような人々にこそ。彼らこそ本当の均衡を創りだす可能性がある者達なのだ。


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