街の掟
紫雨は静かに目を覚ました。この世界にきてから4ヶ月。すっかり静かに起きる癖が身についてしまっていた。4ヶ月。ひと月かけて森を抜け、そのひと月後には狙われるようになり、又ひと月かけてようやく拠点を確保し、そしてひと月かけて生存訓練を行った。隙間などなかった。精神や人生について考えることのできた時間は皮肉なことに、森で街を探して歩いた初めの一月だけだった。彼はぼやけた頭で、はて、何か大事な夢を見ていたような気がするが、と考えて、普通、夢で大事なことは現実で大事なことではないと結論を得た。
「起きたか。」
これも又、かすれたように静かな声で鮎が言った。紫雨は音を立てなかった。コクリと頷くと洞穴の中から這い出し、一度だけ体を伸ばした。さあ、今日もたった2人で魔物を狩らなくてはならない。 ワーウルフ。今日の獲物はもう決まっている。たいてい6匹前後で群れをなし、黒く強靭な体毛で参加者を苦しめに苦しめた強敵。非常に高い知性で持って、未だに北部の王者として君臨している占有種。参加者たちが他の魔物ばかりを狙うから、街隣の森にはもうこの黒狼しか徘徊していない。
「闇よ、私の光を写せ」 彼は小声で<幻影>を発動させた。常時発動している<エルフの耳>が森の中の生命の存在を紫雨に知らせる。それを幻影で空中にゲームのマップのように表示する。キリキリと鮎が弓を引いた。短い、複雑な金属弓だ。弩のように水平に弓を寝かせて引く。その尋常ではない膂力と弓内部の魔力アシストにより一瞬にして限界まで引き切ると同時に発射した。
その矢は200メートルを通り過ぎ、黒狼の腸を貫通し、杉の幹半ばまで刺さった。黒狼たちは慌てなかった。即座に草むらの中に身を隠し。隠しながら木の影へと身を移した。狼達は一瞬もうならなかった。
ほぼ、十秒以内に死体のそばに駆け寄らなければ魔領域、そして生存日数が手に入らない。狼達は参加者たちの行動法則を知っていて、即席の罠を仕掛けたのだ。
紫雨は空中に展開していたマップを消し、人影を死体近くに走らせた。食らいつく狼。鮎は弓をひき、今度はゆっくりと狙いを定めた。2匹めが死んだ。
狼達は今度こそ吠えた。200メートル。森の中ではまず見つけられない人影を、矢の方向から計算し、包囲網を敷くように5匹の足音が広がる。紫雨たちはギャンギャンと鳴き声に囲まれる。この声は精神感応力を帯び、常人はまず間違いなく錯乱する。が、この一月で飽きるほど狩った黒狼の咆哮は、紫雨たちにとって夕食の呼び鈴のように唾液腺を刺激するだけだった。紫雨たちは待たなかった。
包囲される前に片端から斬り殺していく。鮎は薪割り斧の柄半分ほどを掴み、器用に振り回して狼の喉、腹、足を掻き切り、えぐり、粉砕した。三匹、合計5匹が鮎の手によってこの世の裏へ消えた。紫雨は少し短い薙刀を軽々と、杖を振るかのように二匹を両断した。そのうち一匹は体が一回り大きく、群れのボスだった。




