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街の掟1

2 街の掟


  ・・・知らず知らずのうちに、人生至高の歓喜の習慣、すなわち読書の習慣を彼は作り上げていったのだった。むろん、そうすることによって一切実生活の苦痛からの避難所をこさえているのだ、とは彼は知らない。あるいは、こうして有りもせぬ空想の世界を作り出すことによって、かえって毎日毎日の現実世界ををますます味気ないものにしているということも又、彼は知らなかった。・・・

<「人間の絆」から>





 紫雨たちは、二月ほど街を渡り歩き平野の北部の始まり、音服おとふくの街に辿り着いた。音服は北部では最も早く開拓されたところであり、十束平野では数少ない街の一つを形成している。7月か・・・小麦の穂が今年は豊作であることを告げている。長雨が一度降ったが、倒れなかったようだ。と言っても発達していない肥料技術では倒れるほど実るはずもないが。

 紫雨と鮎が音福に来たのは、逃げ場の確保だった。とある理由から、エルフは獣人や人間から狙われているのだ。ここならば、森林地帯も近く、それでいて豊かだ。森林地帯で、魔法の質が上がるエルフと、ゲリラ戦で無双のできる獣人の組み合わせは他に随を許さない。鮎はこれも何かの縁だろうと言って、紫雨と行動を共にしている。

 エルフが狙われるようになったのは紫雨が異世界に来てから2月ほどの事だった。彼らが浩兎ひろうの街にたどり着くと、門をくぐった所で、ゲームマスタと名乗るものからの伝言が届いた。


 「ようやく、参加者全員が街に接触したか。全く、遅いの一言に尽きるな。」

 目の前の立体映像が大げさな身振りの人物を表している。

 「君はずいぶんと出遅れてしまったようだ。が、そんな生きる芽の一欠片もないような君にも、なに、ゲームマスターの心は広いからね、チャンスをあげよう」

 ふむ、どうやら周りからはこの映像が見えていないようだ。この存在自体がふざけているような人物に目をくれるものはひとりとしていない。

 「ずいぶん一方的だな、記録か?」

 鮎が、独り言にしては大きな声で呟く。

 「いや、違うが・・・、ふむ、君はずいぶんと危険な・・・ふふ、これもヒントになってしまうね。」

 ゲームマスターとかいう奴は一息置いた。

 「よろしい! 公平に、簡潔にいこうではないか。君たちは今、好むと好まざるにかかわらずとあるゲームに、既に参加している。ルールはたったの2つ。これは私からの祝福・・・プレゼントでもある。」


 一つ、君たちは今、魔物を狩らなくては生きることのできない祝福を授かっている。

 一つ、魔物から得た魔領域は蓄積し、行使することが可能だ。


 「後は自由だよ・・・ふふふ、そうだ。チャンスをあげようと、私は言ったのだったよねえ。あやうく、忘れるところだった。それに、もう自由だとも言った。ところで、自由とはいったい、どのようなことを指すのだろうねえ。」


 いつの間にか、ゲームマスターの瞳から目を離せなくなっている。


 「選択肢の中から選ぶと言っても、与えられた選択肢である以上既に制限がかかっている。それに、選ぶと言っても全く恣意的に選ぶ訳じゃない。意図的な、つまり好条件を並べその上下をつけるわけだが・・・」

 なぜだか、その一言だけは耳元でささやかれたかのように聞こえた。

 「それは、君の手足が全く届かない領域に操られていることにもなるんじゃないのかい」

 「人は、それを承知でこの世に生きる選択力を、承服しないで自死する選択力によってこの世から得ている。外霧・増田とやら、それは人の世の自由と人生の自由との境目の問題にすぎない。そして、境目など何においても曖昧だ。ひとを拐かすのはやめていただきたい」

 「あははははは!」

 ゲームマスターは急に、狂ったかのように笑い出した。紫雨は、全身から汗がだらだらと流れていくのを感じた。一体何にこれほど緊張しているのだ。そして、なぜ、さっきまでそのことに気付かなかった。通りには人の往来が見える。隅にいるとはいえかなり怪しいはずだ。さっさと今後の生活を見据えた行動をするほうがいい。だが、そんなことよりこの奇妙な圧迫感のほうが、紫雨にとって何の物理的拘束力のない、今後の生活方針を左右するとも一切思えぬ単なる言葉遊びのほうが、重要に思えても来るのだ。

 「君たちは、本当に面白いね。だから本当に特別なプレゼントをあげよう。もちろん、それは開けてからのお楽しみだ。

 あははは! しかしね、そのとおりだよ、獣人君。我々は常にぶつかっている! 何に? 互いの自由に! 君たちはどの自由を選ぶかな? 君らのことじゃない、参加者達のことさ。 全てをなぎ倒す名誉と栄冠かな? 静かな朝の夜明けと優しい風かな? 誰も見たことのない洞窟の薄く輝く水のうねりだって良さそうだ? いや、もしかしたら苦味も歓びも共にした仲間との快哉に勝るものはないかもしれない。 それとも、子を優しく見守る末の万象に対する深い感謝・・・身を焦がす、時に優しい恋だっていいね。

 さあ、世界はいつだって世界自身の都合で動いてるよ。うかうかしてたら傀儡にされて、美味しくごちそうさまさ! 全ては物理法則という宇宙の都合の自由に過ぎないとしても、人はその階層だけで生きているわけじゃあない。君自身の自由を謳歌したいのだろう。いや、そこだけはよく知っているつもりだよ。でも君の内面的自由も、ぶつかり合ってるようだねえ。

 僕は! それを! それらを見たかったんだ! さあ、始まるよ!」

 本当に幻想の一種なのかと思えるほどの光で派手な演出とともにゲームマスターとやらはそれに向かって舞い上がった。

 「勇者選定大会・第三次人魔杯!」

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